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第29話 イフェイオンという名


 今後の方針をと楓が話を切り出す。真司の言う通り、危険な行為であるのは事実だ。なので、勝手な行動は避けるべきであり、作戦を考えて共有しなくてはならない。


 前提として、イフェイオンを洗脳された被害者だとして考える。フェルメールはどういう状況なのか判断できないが、二人は共通として会話ができた。


 話ができるということは交渉する余地があるということでもあった。イフェイオンが完璧に洗脳されているわけではないのは、幽璃ゆうりと話して苦しみだしたことで判断できる。



「イフェイオンの洗脳を解くことが重要だ。彼は幽璃の言葉には耳を貸す。僕たちは幽璃のサポートを優先したい」


「フェルメールの相手はあたしがやるわ。あたしの話は聞くから説得は無理でも、気を引くことはできると思うの」


「では、みうのフォローを真司に任せたい」


「イフェイオンの相手を幽璃一人には……」


「僕と真理奈がいるから問題はない。それとお前がフォローに入ったら話がややこしくなりかねない」



 じとりと楓に見遣れて真司は黙る。何を言いたいのか察したようでむうっと眉を寄せた。


 幽璃は分からず首を傾げるも、みうに「気にしなくていいよ、今は」と言われてしまう。


 イフェイオンと幽璃が対話をしている間に彼を包囲して逃げられなくすれば、捕まえることができるかもしれないと楓は作戦を立てた。


 今まで小細工で逃げられてしまっていたが、フェルメールや周辺を包囲していれば隙が生まれるはずだと。


「モノノケのほうに人員を割いているように見せかけて包囲することは可能だ」


「アンデルセンが出てきた場合は?」



 イフェイオンを手放すのが惜しいと考えて、アンデルセンが出てくる場合の事も想定して動かなくてはならない。


 考えることが多いなと幽璃は頭を悩ませる。そんな様子に楓は「最優先にすることはイフェイオンの保護だ」と答えた。



「アンデルセンを捕まえなくてはならないのは当然だが、最優先にすることはイフェイオンの保護。彼が知る情報によってアンデルセンを捕まえる手立てになるかもしれないからだ」


「アンデルセンをその場で捕まえなくともいい。君たちはイフェイオンの保護に集中してくれ」



 アンデルセンの調査はこちらで引き続きやっておくと伊藤司令官は言った。二頭を得ることは難しく、危険な行為となってしまうと注意する。


 狙うならば、一つに絞れ。伊藤司令官の指示に皆が了解と姿勢を正す。



「イフェイオンが現れたら行動に移す。それはまでは待機だ」


「今のところモノノケの出現情報もありませんし、少し休むのも良いですわね」



 真理奈はにこりと笑みながら「実は差し入れを持ってきていましたの」と、足元に置いていた紙袋を手に取って見せた。


 有名な銘菓のマフィンだと紙袋から箱を取り出してあけてみせる。美味しそうなマフィンが個包装されているのを見てみうが「美味しそう!」と目を輝かせた。



「ワシもほしい」


「こら、琥珀」



 ぬいぐるみサイズの大きさになった琥珀がぴょいんと跳ねてみうの肩に乗った。琥珀の姿に真理奈は少し驚いてはいたものの、「おひとつどうぞ」とマフィンを渡してくれる。


 楓は無言で指をさしてこちらを見てくるが、幽璃は「甘いお菓子が好きなんだ」としか答えられない。



「ここまで自我が強い洗脳ヴレイの異能で式化したモノノケは初めてみる。よほど、アリスの腕が良かったんだろうな」


「幽璃の母は優秀なアリスだったからだろう」



 伊藤司令官は懐かしむように琥珀を眺める。母が生きていた時もこうだったのはそれだけで分かった。


 幽璃はみうの肩でマフィンを食べようとする琥珀を抱きかかえる。器用に前足でマフィンを持ってもぐもぐと食べる姿だけを見れば可愛らしい。


 琥珀の頭を撫でていれば、真司がマフィンを頬張りながら「そういやさ」と話し出す。



「おれ、疑問があるんだけどよ。フェルメールがみうと話をしたのは、死んだ妹に似てるからってことだろ。じゃあ、イフェイオンはなんで幽璃なんだ?」



 真司の疑問は幽璃も抱いていたものだ。イフェイオンに固執されている感覚があるけれど、その理由が分からない。


 相手をしたのがたまたま自分だったからだろうか。幽璃はそれにしてもと納得できる答えがでていなかった。



「幽璃と戦ったからとか?」


「それなら、幽璃よりも先に交戦している楓だろ」


「僕は年上で上司なんだが? 呼び捨てにするな、真司。まぁ、疑問を抱く気持ちは分からなくはないか」



 こればかりはイフェイオンにしか分からないことだ。何かしら、彼にとって琴線に触れたのだろうと楓は推察した。


 彼にとって自分が琴線に触れた。幽璃はイフェイオンとの会話を思い出すも、大したことは話していない。


『希望……』


 イフェイオンが口にした言葉が浮かぶ。それは幽璃の返答であったのが、彼は〝希望〟に反応した。


(スノードロップもそうだった。確かイフェイオンは反応していた)


 彼は幽璃のコードネームを聞いて反芻していたのを覚えている。これに何か意味があるのかもしれない。


(スノードロップ、希望……。イフェイオンはいったい……)


 うんと幽璃は引っかかりを感じる。イフェイオン、自分は彼の名を他で聞いたことがあったような気がした。


 どこだったか。幽璃は記憶を辿ってあっと携帯端末を取り出した。タッチパネルの画面を操作して文字を打ち込む。


 検索エンジンの画面が結果を表示する。最初に出てきたページのタイトルは【ハナニラ(イフェイオン)の花言葉】だ。


 幽璃は記事の内容に目を通して――抱いていた琥珀を落とした。ふげっと琥珀が鳴き声を上げて不満げに見てくる視線など気にしていられない。



「幽璃、どうしたの?」



 幽璃の変化に気づいたみうが声をかけた時だった。司令部内にサイレンが響き渡ったとともに天井がきしむ。



「学園にモノノケが出現! 校舎正面損傷!」


「モノノケのランクは!」


「測定できました! ランクAです!」



 オペレーターが伊藤司令官の指示にモニターにモノノケを映し出す。白銀の長い胴体は大きく、頭部に生える二本の角は電気を纏っている。


 東洋竜の姿をしたモノノケは尾尻の先で建物を叩き壊し、雷撃を落としながら咆哮した。



「戦闘に出せない生徒の避難を急げ! 天津光ノ民は出撃を!」


「イーグル、ブラックキャットこれより任務を開始します」



 素早くボルトアクションライフルを担いだ楓は隊員たちに通信を入れて指示を出す。


 武装した真理奈が素早く準備を始めたのを見て、幽璃は意識を浮上させた。



「荒禍の姿あり!」


「最重要人物は!」


「イフェイオンの姿があります!」



 イフェイオンがいる。幽璃は駆け出していた。後ろから「待てよ!」と真司の声がするが、幽璃は止まらない。


(イフェイオン、お前は――)


 確かめなくては、彼の事を。



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