【0】始まりの失敗談
――これは、私がまだ、本当に駆け出しだった頃のお話。
「ひぃいいいいぁあああああああああ――――――!!!!???」
私は、村の近くのダンジョンの、それもまだ浅い階層で、大量のモンスターに追われていました。
――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!?
いわゆるモンスターパレードでした。
突発的に起こるダンジョン内の大掃除。
日頃好き勝手に暴れる冒険者たちを一度外へ押し流す為の大洪水。
年に一度あるか無いかのそのダンジョンからの逆襲に、運悪くダンジョンに初めて潜ることにした私は巻き込まれ、ただひたすら、出口もわからず、後ろから追いかけてくるモンスター軍団から逃げ続けていたのです。
「死ぬ死ぬ死ぬ!!?? これ、マジで死ぬやつだ!!!!」
ダンジョンに関しての知識は図書館で入念に勉強し、一緒に潜ってくれる人がいない事も考慮して、それなりに準備はしてきたつもりでした。
潜れば潜るほど、強いモンスターで溢れている私たちの村のダンジョン。その一層に生えているという薬草。それを採取し戻るだけのよくある初めてのダンジョン入門!
薬草はお金になります。
ダンジョンに潜る冒険者たちのみならず、一般家庭でも重宝されます。
滋養強壮精力増強。
ダンジョンに潜って帰り道、カバンに余裕があるなら薬草を摘んでおけ。
そんなふうに言われるぐらいには薬草は幅広く役立つ物でした。
――だから、私は薬草を売って次のダンジョン攻略の糧にしようとしたのです。なのに、
「ぃやぁああああああああああああ!?」
なぜか、私はモンスターの大群に追われ、しかも知らずうちにどんどん深層へと潜ってきてしまっていたのです。
仕方ありません、だって追われていたんですから。生きるためには逃げるしかなくて、逃げるためには道を選んでいる余裕などありませんでした。
横道横穴縦穴に階段。
とにかく逃げられるならどこへでも逃げてやるつもりで走って走って走り続けて、
「っ……ぁ、ぁあああああ……!!!」
運悪く私はダンジョンの深層も深層。
上級冒険者でも辿り着くのが難しいとされる水晶宮と呼ばれる美しくも残酷な、暴力だけが支配する世界へと落ちてしまっていたのです。
「あ、あは、あははは……」
見回せば、周りには見たこともないモンスターばかりが私を見下ろしていました。
見たことはなくとも伝聞や御伽噺、かつて村を襲ったバケモノとして知識はあります。
ドラゴンにミノタウロス、三つ首のヘルハウンドにコカトリス。
――……死んだ。これ、死んだ……。
そう思ってその時の私は彼らに食い殺されるか、自分で自分の喉を掻っ切って死ぬか、その二択を迫られていたのです。
あいにく、ナイフは落としてしまって手持ちは何もなかったので足元に転がっていた水晶のかけらを手に取ったのですが、「……うぅう……、」あまりにも痛そうだったので日和ってしまったのです。怖かったのです。
うっすらと水晶たちが光を発する深層で、心細かったのです。
そんな私の絶望を感じ取ったのか、モンスターたちは一斉に襲いかかってきました。
もうダメだと思いました。
死んだぁっ! と思いました。
……でも、生きていました。
とんでもなく鈍い音が響いたかと思うと先陣を切っていたドラゴンの頭がくの字に折れ曲がっていました。
ふわり、と真っ赤なマントが視界の真ん中で揺らめいていて、ドラゴンを“殴り飛ばしたその女の人”は嬉しそうに笑っていました。
そこから先は、モンスターさんたちが可哀想になるほどの凄惨な有様で、その女の人は拳でモンスターたちを殴り殺し、血を浴びて嬌声をあげていたのです。
あまりの悪夢に、気を失ったのはいうまでもありません。
でも、気を失う寸前に私は思ったのです。
――これだ、と。
私が目を覚ますまでその人、のちに私のお師匠様となられるお方なのですけど、その剣聖・フリアリーゼさんのように成ることが出来たら、私にもきっと――。
――そんなふうに思ってはや一年。
私は今、ちょうど一年前の私と同じようにモンスターパレードに巻き込まれた新人冒険者さんたちの前に降り立ち、ドラゴンを一撃で粉砕し、カッコよく振り返り返ります。
「皆さん、大丈夫ですか?」
あの時の師匠のように。
一撃でモンスターを倒してカッコよく、私は“お友達になってくれるであろう冒険者さんたち”の前で笑って見せます!
――だってそうでしょう?
モンスターに追われて、絶体絶命のところを助けられ、手を差し伸べられたらきっとどんな人でも私のように、――あの師匠のような頭のおかしい人が相手だったとしても、感謝し、手をとってしまうはずなのです。
恥ずかしい話ですが、私がダンジョンに潜る目的はお宝財宝、地位や名声などではありません。
ただ、友達が欲しかったのです。
ただ、一緒にダンジョンに潜ってくれる冒険者さんたちのお仲間が欲しかったのです。
そのために私はこの一年、師匠の言いつけを守り、ただひたすらに一人でダンジョンに潜り続け、今、こうしてようやく、新人冒険者さんたちを助けることのできる力を手に入れました。
しかし、皆さんからの反応はありませんでした。
助けたはずの駆け出し冒険者さんたちは驚きで固まってしまっておられました。
「だ、大丈夫ですか、皆さんっ……?」
聞こえていなかったようなのでもう一度尋ねてみました。
ダンジョン独特の薄暗い洞窟の中、男性が二人、女性が二人の私より少し年上の、四人パーティの面々が、私の前で尻もちをついてこちらを見上げていました。
……はて?
いつまで経っても感謝の言葉が返ってきません。
ドラゴンを一撃で倒したというのに拍手も歓声も上がりません。
――……なんで?
疑問に思いながらも背後から飛びかかってきたヘルハウンドを後ろ手で弾き飛ばし、コカトリスを切り裂きました。
モンスターパレードはその名の通り、モンスターの大群による大洪水です。
次から次へと、うかうかしているとモンスターの大群に飲み込まれてしまうほどに襲ってきます。
――なので私は次から次へと、新人冒険者さんたちを守るべく、モンスターの大群を屠り続けました。
倒して倒して、倒し続けて、ようやく一息ついたタイミングで今度はもう一度、聞こえていなかったらいけないと思って一番近くの女性の元に近寄って手を差し伸べました。
「大丈夫ですか?」と。
すると女性は、……そう、まるでそれはかつて私が素手でモンスターを屠り続ける師匠を見てあげた悲鳴のような声で、こう言ったのです。
「ば、ば、化け物ぉおおおお!!!!!!?」
「へぇええええええ!!!!?」
思わず叫び返し、一目散に逃げていく四人を追いかけようとしました。
誤解は解かねばなりません。
私はモンスターではなく人間です。冒険者です。ソロ冒険者です。ただお友達が欲しいだけなのです。
――なのに、どれだけ誤解だと叫んでも彼らは一向に耳を貸すこともなく、逃げ続けました。
出口が見えてきたあたりで、私は足を止めます。止めてしまいました。
流石にショックだったのです。傷ついてしまったのです。
この一年、一度も地上に出ていなかったので地上の光が眩しかったというのもありますが、面と向かって「化け物」と言われたことがショックで、思わず泣いてしまったのです。
スキル『モンスターテイカー』。
発動していたそれを解いて、その場にしゃがみ込みました。
モンスターパレードが続いていましたが、私が落ち込んでいるとなぜか彼らはそのまま深層へと引き返していきました。
意味不明です。理解不能です。……悲しいです。
なので、私は泣いて泣いて、泣き続けて、地団駄を踏みました。げしげし! げしげし! と。
子供っぽいと言われるかもしれませんが、あまりにも悲しかったのです……!
そうしたら、「ぁ」突然、足元が抜けました。ダンジョンに大穴が空いて、私はその穴に飲み込まれてしまいました。
気がつけば中層を抜けて下層です。
余程の滑落に遭ってしまったのか、全身が痛くて、泣きたかったです。泣きたかったけど、すでに泣いていたので泣き続けるしかありませんでいた。
これが、私のダンジョン暮らしの最初の失敗談です。
そして、ここから先も私のダンジョン暮らしの失敗談ばかりです。
ただ友達が欲しかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう……?
疑問に思いながらも、私は今日も、ダンジョンで暮らしています。