――そして時は流れて半年後。
ちょうど師匠が言ってくれた通りの時間をかけて、私は大主人の討伐に成功しました。
「はぁーっ……、疲れたぁ……」
きっと師匠が言ってくれた期間を目安にしたことが良かったのでしょう。
半年あればと言われたのであれば、半年以内に必ず倒してみせる!
そう意気込んだ結果、どうにかこうにか、私はちょうど半年という期間でダンジョンを完全踏破することが出来たのです。
目の前にはスカルデーモンとその使役していたデッドバイドラゴン二体が転がっています。
何度殺しても起き上がってくるので面倒でしたが、三日三晩殺し続けたら死んでくれました。
最後の方は「もうやめて」と言われた気がしますが、師匠曰く「モンスターの話す言葉は全て私たちを惑わすための虚言であり、聞く耳を持ってはならない」とのことでしたので、頑張って緑色に光り輝くコアを壊し続けました。
師匠に出会って一年。
ソロでダンジョンに潜り続けた甲斐があって一年前の私とは比べ物にならぬほどに強くなっています。
今ならどんなモンスターにでも勝てる気がしちゃったりしなかったり。
でも、過信は良くありません。自惚れは身を滅ぼすと聞いたことがあります。ダンジョンの大主人を倒したとはいえ、上には上がいる事など師匠を見ていれば分かる事なのです。
師匠は化け物です。
大主人を倒した今だからこそわかります。あの人は人をやめています。モンスター以上にモンスターです。どうしてこんな辺境の地のダンジョンに潜っていたのかは聞きそびれましたが、今頃前人未踏のダンジョンにでも挑んでいる事でしょう。
そんな風に師匠のことを考えていたら、久しぶりに褒めてもらいたい気持ちが込み上げてきました。
私が強くなった頃に会いにきてくれるとは言っていましたが、今の私ではまだ師匠の期待には応えられそうもありません。
「もっと強くならなきゃ……!」
とはいえ、このダンジョンは攻略してしまったのです。
ダンジョンに大主人は一体。
どういう理屈でそのモンスターが生まれるのかは分かりませんが、大主人と呼ばれるボスモンスターを倒してしまえばそのダンジョンは攻略済み、大主人は復活しないというのが通説です。
つまり、この大主人以上のモンスターと戦う為には地上に出て、他のダンジョンに挑むしかないのです。
そう、他の、ダンジョンにっ、挑む……!
そう考えるとワクワクしてきました。
いえ、今までダンジョンに潜り続け、挑み続けてきたことに変わりはないのですが、私の生まれ故郷の村のダンジョンということもあり、「ちょっと裏山にまで冒険に出て、帰れなくなった」みたいな状況だったので、いまいちダンジョンに挑んでいた感覚が薄かったのです。
そして何よりも、本格的にダンジョンに挑むとなると今度こそ仲間を作らねばなりません。
そうです。師匠に言われて大主人を倒すことに夢中でしたが、本来の目的は一緒にダンジョンに潜ってくれる仲間、友達を作ることだったのです。
いまの私ならきっと人様の足手纏いにはならないでしょう。
人見知りが激しく、人に話しかけるのにも一日の勇気を振り絞らねばならぬ私でも、大主人を倒した今のこの自信を糧にすれば、きっとそれも不可能ではないと思うのです。
――ということで、さっそく地上に向けて戻ろうと思ったのですが、ふと、大主人のコアとなっていた緑の宝石が光を放っていることに気づいたのです。
スカルデーモンは骨のモンスターです。
本来あるべき心臓の代わりに宝石やそれに準ずる何かがコアとなっているのですが、ここの大主人のコアは緑色の宝石でした。
私が粉々に砕き続けたのでもう原型は留めていないのですが、それが宙に舞い上がってキラキラととても綺麗なのです。
「なんでしょう、これ」
危ない感じはしません。
ただ見たことのない現象だったので恐る恐る触れてみることにしたのですが、指先が触れた瞬間、大理的で組み上げられた大広間全体に光が広がりました。
「わ!?」
緑色の光で周囲が満たされ、自分の中に何か、とても暖かな力が込み上げてくるのを感じます。
「これは……?」
胸に触れればぽぁっと心臓が、……いえ、心が熱くなるのを感じます。
それは少しずつ全身を満たしていって、唐突に頭の中に荘厳な鐘の音色が響き渡りました。
跳び上がるほどに驚きましたが、聞いたことがあります。
これは、「天の祝福」です。
ダンジョンを踏破した冒険者には神様からの祝福が与えられることがあると伺ったことがあるのですが、どうやら私もその「ご褒美」とやらを頂くことが出来たようなのです。
「スキル、モンスター……テイカー……?」
緑色の光が空中で文字を綴っていることに気づき、つい読み上げてしまっています。
そう、スキル。それは神様の祝福によって身につけることができると言われているギフトです。
冒険者の中でもスキルを獲得することが出来たら一人前と言われていて、私もその時が訪れるのを楽しみに待っていたのですが、まさか大主人を倒してようやく頂けることになるとは思っても見ませんでした。
「モンスター、テイカーって、なんですか……?」
神様が聞いてくれているのかは分かりませんが、とにかく聞き覚えのない言葉だったので尋ねてみます。
モンスターテイマーなら聞いたことがあります。
モンスターを使役し、操るカッコイイスキルです。
「……ありゃ」
しばらく待っていましたが光は消え、いつの間にか部屋の中のモンスターの死体も消えてしまっていました。
神様はそこまで親切ではないようです。
結局モンスターテイカーというスキルが一体どんなスキルなのかは教えてくれませんでした。
使って覚えろ。
実戦で磨け、ということなのかも知れません。
大丈夫。平気です。師匠と同じです。慣れています。
それに、テイカーとテイマー、語感は似ていますし、きっと同じようなものなのでしょう。
「よし!」
そうして、私は胸を高鳴らせ地上へと向かったのです。
ダンジョン慣れしていない新人冒険者さんたちが困っている所に颯爽と現れ、あの時の師匠のようにカッコよく助けてお友達になってもらおうと、――そしてあわよくば仲間に入れて貰おうと、意気込んで、戻ったの、ですが……。
「……ありゃぁ……」
失敗でした。
完全に失敗していました。
私は今、崩れたダンジョンの瓦礫の下敷きになって身動きが取れません。
第一層で地団駄を踏んでいたら床が抜けたのです。滑落?してしまったのです。
しかも久しぶりに人と喋ったせいでうまく舌が回っていなかった気がします。以前師匠とお話しした時はそんなことなかったのに、この一年で随分と人とお話しするのが苦手になってしまったような……。
ええっい、うじうじしていても仕方がありませんっ!
私は、再びスキルを発動させ、「ドラゴンの外套」を纏って瓦礫を吹き飛ばし、周囲の状況を確認します。
どうやら中層のようです。
水晶宮の入り口まで転がり落ちてきてしまったようで、こんな所にやってくるのは上級者ぐらい。
初心者さんたちを助けるためにはまた階層を戻らねばなりません。
「モンスターパレードに出会した時は運がいいと思ったのですが……」
一年に一度、発生するかしないかと言われているモンスターパレードに遭遇するだなんて神様は私の味方をしてくれたのだと思ったのですが、これは完全に私の落ち度です。
格好よく参上したつもりが怖がらせてしまったようなのですから。
次はもっと上手くやらなくてはなりません。
確かにあの時の師匠を見て私は化け物だと思いました。
モンスターの血肉を浴び、嬌声を上げる姿は今思い返してみても不気味です。
師匠は「モンスターは言葉の通じない化け物だ」と言いましたが、師匠は「言葉の通じる化け物」です。
言葉が通じるから逆に怖い時もあります。
私は師匠のことを尊敬していますが、師匠のようにはなるつもりがありません。
師匠は剣聖。最強の冒険者であり最強の剣士です。
剣士なのに剣を使わないというのは些か不思議でしたが、剣を使わなくても倒せてしまうぐらい強いのですから仕方ありません。
なにはともあれ、戦いの中に生きる師匠の喜びは強者との戦闘で、自分が強くなることが第一と考えている節があります。
ですが私はそうではありません。
私はただ、お友達が欲しいだけなんです。
強くなりたいのは二の次、三の次。
次に師匠に会った時に「よくここまで頑張った。さすがは私の弟子だ」と褒めてもらえればそれで満足なのです。
「えへへ」
想像しただけでも頬が緩んでしまいました。
ドラゴンの外套には尻尾も付いていますから、自然とそれが左右に揺れて水晶をバラバラと砕いてしまいました。
破片が宙を舞いますが心配ありません。
スキルで生み出したドラゴンの外套はドラゴンそのものです。
使ってみて分かったのですが、モンスター・テイカーとはこれまで倒したモンスターの能力を獲得し、自分のものとして身に纏うというものだったようです。
そのおかげで師匠から借りている「確殺の小刀」を使うことなく、モンスターと戦うことができるようになりました。
まぁ、最近は余程のことでもない限り小刀を使う必要はなくなっていたのですが、いつまでも師匠から貸し与えていただいた力で戦う事にも負い目を感じていましたからちょうどいいです。
大主を倒し、手に入れた力。
これは正真正銘、私の力と言っても過言ではないでしょう。
「ふむ!」
ちょっと興奮して地面を踏んだら天井が揺れました。
流石はドラゴンの力。
歩き回るだけでも災害級と呼ばれるだけがありま――、「……まぁっ」
これ以上、ダンジョンを破壊してはいけないと思い、周囲に視線を巡らせると水晶の物陰に冒険者さんたちの姿を見つけました。
「やべ」「構えろ構えろ」「防御術式展開……!」
数名の、装備を見る感じだと中級相当の冒険者さんたちです。
突然現れた私をモンスターだと勘違いしたのか臨戦体制を取り始めますが、私は彼らを安心させてあげようと手を上げました。
「だ、大丈夫ですよ、みなさん! わ、私、人間です! モ、モンスターではありません!」
ダンジョンの中は薄暗く、ちゃんと声を掛け合わないと連携が崩れる事だってあります。
パーティを組んだ経験はありませんが、そういうものだと聞いたことがあります。
ほう、れん、そう。
コミュニケーションは大切なのです!
ですが、私が手を挙げた瞬間、不幸にもその爪先が水晶群にかすりました。
いえ、本当に、不幸中の不幸です。
普段身につけていない装飾がタンスにぶつかってしまった。
そんな感じで私の纏っていた「ドラゴンの外套」の、腕の部分から伸びていたドラゴンの腕の、そのまた先の爪の部分が、水晶に掠ったようなのです。
ドギャン、とかいう聞いたことのない音を立てて水晶はダンジョンの壁にぶつかって弾け、冒険者さんたちの絶叫がこだまします。
「ヒール!! ヒールだ!」「そんなもんじゃ間に合わねェ! フェニックスの羽を……!」「ァアアアアアアアアア!!!!」「しっかりしろ!! おい!? 何してる早く、」「か、神様……神様ぁ……」
阿鼻叫喚とはこの事を言うのでしょう。
私よりも年上の。
それもそれなりに修羅場を潜ってきていそうな方達が取り乱す様はかなり異様でした。
ていうか、めちゃくちゃ不安でした。
完全に事故です。
事故で、私が弾き飛ばした水晶が冒険者さんたちに当たってしまい、大怪我を負わせてしまったのです。
ダンジョンの中では怪我人は出るものですし、死人だって出ます。
でもそれは、モンスターによる怪我人と死人です。
たとえダンジョンの中でも人が人を殺せば犯罪になりますし、モンスターを倒すために潜っている冒険者さんたちの邪魔をしようものなら、ギルド内で手配書が周り、パーティ入りどころかお友達を作ることも難しくなるでしょう。
「あ、あ、あ……!」
私はパニックに陥りました。
このまま逃げてしまえば有耶無耶にできるかもしれません。
ですが、ここは私の村近くのダンジョンです。
村に戻れば似顔絵なりで私の素性は明らかになってしまうでしょう。
それは最悪です。すごく避けたい事態でした。
「す、スライム、スタイル!」
私は咄嗟にスキルを発動し、外套を切り替えました。
それまで身に纏っていたドラゴンの外套からスライムの外套へ。
エメラルド色の、液体状のそれを纏い、直感のつげるがままに冒険者さんたちに向かって駆け寄ります。
「く、くるなぁ!? くるなぁ!!!」
戦士職らしき方が斧を振り回しましたが関係ありません。時を急ぎます。刻一刻と血は流れ、助けられる命も助からなくなるかもしれないのです。
「ぱっくんちょっ……!」
どぶん、と彼ら全員をスライム状の、……というか、多分スライムそのものなのですけども、で包み込み、傷口を消毒、血は回収できなかったので肉片だけでもパズルの要領で元の位置に戻して差し上げて、最後はスライムの粘着剤を使って補強します。
ゴボゴボと、スライムに飲み込まれた直後は暴れていた面々でしたが、しばらくすると窒息したのか気絶してくれました。
おかげで処置は速やかに終えることができ、私は彼らをダンジョンの入り口へ、一階の、地上の光が差し込む場所に運ぶことができたのです。
「ふぅっ……、あとは私が他のモンスターを押さえておけば他の冒険者さんたちがきっと見つけてくれる……」
ダンジョンの中は弱肉強食です。
弱い冒険者さんはすぐに命を落とすハメにはなりますが、できることなら、私の目の前では誰にも死んで欲しくはありません。
彼らが目を覚まし、自力で地上に戻ってくれるか、それとも他の冒険者さんたちに見つけられて連れ帰ってもらえるまでは、私は浅い層をパトロールし、彼らの身の安全を守り続ける事にしました。
彼らが目を覚すまで傍でボディガードし、目が覚めたら、「大丈夫ですか? 私がみなさんを助けたんです!」と言ってみることも考えはしたのですが、なにぶん大怪我をする事になったきっかけは私でしたし、それを治しておいて「助けた」だなんて、あまりにも虫のいい話が過ぎると思ったのです。
お友達獲得作戦としては先行きが不安な始まりとはなりましたが、何はともあれ、久しぶりに他の人とお話し(?)することができて私は満足していました。
今日は失敗してしまいましたが、この調子でステップアップしていけば必ずいつかはお友達ができる! そんな確信すら抱いていたほどです。
大主人を倒して、気が大きくなっていたのでしょうね、我ながらお恥ずかしいとは思います。
それでも、後になってみれば思うのです。
もしこの時、この、冒険者さんたちに正直に謝ることが出来ていたのなら、私はきっと彼らと共に冒険に出発し、さまざまなダンジョンに挑んで、お友達に、仲間に、なれていたのではないか、と。
戻らぬ時の果てから、そんな事を思い、ただただ、今の私は後悔するのでありました。
初ダンジョン挑戦から一年半。
大主人討伐から半年後。
未だに私は村近くのダンジョンの最下層に暮らし、お友達ができない事を嘆き、新人冒険者さんたちの前に現れては怖がられてしまうという日々を繰り返しております。
人生経験豊富の皆さんであればどうしてこうなってしまったのか、的確なアドバイスを頂けるのかも知れませんが、どうしても不器用な私はただこう嘆く他ありません。
「どーして、こうなったのー……!?」
今日も今日とて、私の悲鳴はダンジョンによく響き渡りました。
悲しくて寂しくて、涙がこぼれます。
あぅう……。