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第8話 スライムが私を見ている


 駆け出し冒険者さんたちを助けに参上しては怖がられ、少しだけ気落ちしていたのかもしれません。


「主人さまって……、なんで……?」


 私はそのデッドバイスライムの言葉に、耳を傾けてしまっていたのでした。


「あなたこそ、私の支えるべき主人さまだったのだと、気付かされたのです……。お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか……?」

「ヘタル、ヘタル・ロー……、」

「ヘタル・ロー……?」


 私は慌てて口を塞ぎます。


 師匠曰く、言霊というものを操り、名前を聞けばそれだけで魂を縛り、操るモンスターもいるとのことなのです。危うく名乗ってしまうところでした!


「や、やっぱりモンスターの言葉は全部、危険っ……!」


 話など、しようと思ったのが間違いなのです!


「さ、さようなら!」


 言ったそばからお別れの言葉をかけてしまう私はやっぱり甘いのでしょう。


 ですが、スライムは突然形を変えたかと思うとそこには深々と額を地面につけ、お辞儀をする女の人の形になっていました。


「へ……?」


 さすがに初めての光景すぎて私も手を止めます。


 スライムが人に擬態するという話は聞いたことがありますが、敵意がまるで感じられません。


 それに何より、こんなふうに頭を下げている人を容赦なく叩き潰すなど、人で無しのすることだと思ったのです。


 いえ、スライムなのですけど。

 人の形をしたスライムなのですけども。


 ですが、人の形をしている以上、やはり躊躇してしまった私は、やっぱり甘いのかもしれません。


「え、えぇっと……?」


 とりあえず、状況が飲み込めないので警戒したままでお尋ねします。

 余計なことをしたら核を打ち抜けばいいのです。


 デッドバイスライムが相手ならデッドバイドラゴン・スタイルを使用している限り、彼女?の攻撃は私には効きません。


 精神干渉魔法にだけ気をつければいいだけのはずでした。


「私をどうか、お側においてくださいませ、ご主人様」

「ご、ご主人様っ……!?」


 理解不能です。意味がわかりません。

 ですが私には一つだけ、一つだけその可能性を見出すことができたのです。


「も、もしかしてモンスター・テイカーの力……?」

「モンスター、テイカー……? それがご主人様のお力の秘密でございますか?」

「はっ……!」


 いけませんいけません! 口は災いの元です。

 モンスターに手の内を明かすなど言語道断……! 師匠に怒られてしまします!!!


「ふぐっ」


 思いっきり自分の口を塞いだら変な声が出てしまいました。

 そんな私を人の形をとったデッドバイスライムは光悦とした表情で見つめてきます。


「何も、お話になる必要がないと判断なされるのであればそれで構いません。ただ、へタルさまのお側に私を置いてくださるだけで、それで私がデッドバイスライムとして生まれ落ちた意味となるでしょう」

「は、ハァ……?」


 よくわかりませんが、このスライムは仲間になりたそうです。


 仲間? というより、服装的にはメイドさんっぽいので使用人でしょうか。


 ダンジョンの中で寝起きしているのでお掃除とかしてもらう必要はないのですが、話し相手が欲しかったのは事実なので少しだけ気持ちが揺れ動きます。


「で、でも師匠が……」

「お師匠さま。……赤毛の、女性ですね?」


 なんと! そんなところまで知られているなんてやっぱり危険です!


「そう警戒なさらなくても結構です。ご主人様が私に初めての死をお与えになってくださったときに拝見しただけなのですから」

「な、何を言ってるのか、わからない……」

「分からなくても大丈夫ですよ? これからは私が、ご主人様の露払いとなりましょう」


 か、勝手にお話が進んでいきます……!

 これがモンスター。モンスターの交渉術……! と驚愕するばかりです。


「せ、せめて、し、師匠に許可、とってから……!」

「わかりました。正式採用はお師匠さまの許可が出てから、ですね。それでは、それまでの間はペットとしてお使いください。デッドバイスライムのペットです。可愛いでしょう?」

「可愛いって、自分で言うの……?」

「お好みにそぐわなければ調整いたしますが」


 ぶんぶんっ、と思わず私は首を横に振ってしまいました。


 いえ、可愛いのは事実だったのです。多分、私が見てきた女の人の中で一番美人かもしれません。


 デッドバイスライムだった頃は真っ黒だったのに、形を変えた途端に黒いのはメイド服ぐらいで、透き通るような肌の色は健康的ですし、一つに纏められた薄い水色の髪はツヤツヤしていて綺麗です。


 師匠も師匠でお綺麗だったのですが、それとは違うベクトルで綺麗でした。


「男性がよろしければ、男性の形をとりますが」

「そ、そのままで!」


 ぐにゃり、と手の先の形を変えたスライムに私は慌てて制止を申し出ます。


「だ、男性は、……好きじゃ、ないので……」

「なるほど。ご主人様は女性がお好きなのですね?」

「そ、そう言う意味じゃ、ない……!」


 なんだか誤解されてしまったようですが、うまく説明できないので諦めます。


 デッドバイスライムが男の人の形を取らないのならそれでいいです。重要なのは、なんで、このスライムが私のメイド、……ペットになりたいのか、です。


「なんで、ぺ、ペットに……?」

「はて、言葉を間違えましたでしょうか? 下僕、と考えていただいて結構です」

「下僕……!」

「はい。下僕です」


 わかりませんわかりませんわかりません!

 モンスターの考えはやっぱり理解不能です!!


「と、とりあえず、一旦保留……!」

「わかりました。一旦はほりゅ、」


 プギャっ、とスライムは私の一撃で弾け飛び、水晶宮に平和が戻ってきます。


 ふぅ、と私は一息つき、さっきまで人の形だったスライムを見下ろします。


 人の形をしていたので少し抵抗はありましたが、姿形に惑わされていては半人前だという師匠の教えを強く心の奥底で念じて潰しました。


 潰してしまえば感触はいつものスライムのものと変わらず、少しずつ私は冷静を取り戻していきます。


「ふー……、怖かったぁ……」


 とりあえずこれで考える時間は出来たと思います。


 どう言う仕組みかはわかりませんが、このスライムは時間が経つと復活してくるようなのでこのぬるぬるした液体を氷漬けにして再生できないようにしておこうと思います。


 サーペント・ドラゴン・スタイルを纏い、冷凍びーむでカチンコチンにすると先ほどの冒険者さんたちが落としていった革袋に詰め込んでおきました。


 あとはどこかの湖の中に放り込んで湖ごと氷漬けにしてしまえばしばらくは安心でしょう。


「やっぱりダンジョンは怖いなぁ……?」


 一瞬の気の緩み、慣れが不測の事態を呼ぶのだと今一度身をもって経験しました。

 これからはより一層気を引き締め、ダンジョンライフを送らねばなりません!


 そしてその翌日。


 私が巨大な触手を振り回すお花型のモンスター、パックンチョフラワーを倒しおえた後、再び現れたメイド姿のデッドバイスライムに悲鳴をあげることになるのですが、それはまた別のお話。


 私は駆け出し冒険者さんたちを颯爽と助け、お友達を作りたかっただけなのに、なぜかスライムに好かれてしまったようです。


 どうして、こうなってしまったのでしょう……?

 あぅぁ……。

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