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第7話 不死者の絶望と救済

「……痛かった。けっこー、痛かったです……」


 気がついた時、私は水晶宮の端っこにいました。


 私は不死身のデットバイスライム。再び転生してダンジョン内に生まれ落ち、体は別物になっているというのにお腹の奥の方がじんじんします。


 思わず、その時の感覚を思い出して身震いすらしてしましました。

 ドラゴンに握り潰されるのって、ああいう感じなんだなぁ……と知りたくもない事実を知ってしまったのです。二度と味わいたくない、最悪の体験です。


「とにかく今は回復に専念して、再びリベンジマッチを……」


 転生したてのデッドバイスライムは貧弱です。

 ダンジョン内の魔素を取り込み、体内で毒性を生成しなければ通常のスライムにも劣ります。


 色は最初から黒いので、デッドバイスライムだと認識はされるでしょうが、だからこそ、気をつけねばなりません。


 我々デッドバイスライムの毒性は人間にとって武器に転用できる存在なので、稀に捕獲され、飼い殺しにされるという事件が起きているのです。


 だから私はいつも中層でリスボーンした際には真っ先に深層へと向かい、回復を待つことにしています。


 魔素は深いところに溜まる傾向がありますし、深層へ向かえば向かうほど、冒険者たちに出くわすことも減るからです。


 それに大体、そのいい感じに回復したタイミングで深層でモンスターと戦っている小娘に出くわすことが多いのです。


 道中、力を回復させながら、頭の中ではこれから行うリベンジマッチへのイメージトレーニングを行う。それが私の日課。ルーチンワークになりつつありました。

 その結末はいつだって小娘にやられて終わるわけですが、そういえば前回は何やら小娘がおかしな行動「をっ……!?」


 ーー繰り返しの日常に、ちょっとしたサプライズを。


 そんな神様からの贈り物か、それとも同じことを繰り返すばかりの私に対する試練のおつもりなのか、警戒を怠っていた私はいつのまにか冒険者たちに囲まれておりました。


「黒の、レアなやつじゃねーか!」


 漆黒の鎧に身を包んだ大柄な戦士がいいます。


「毒性の強い個体です! 吸ったら死にます!」


 大きな帽子の青年が叫びます。


「どく! 毒があれば大主人も倒せるから、毒!!!」


 軽そうな、盗賊職という奴でしょうか。すらっと細身の女が警戒を叫ぶと同時に帽子をかぶっていた青年が何やら詠唱を始めました。

 杖を構え、どうやら魔法職だったようです。


 ――不味い。


 反射的に逃げ出そうとしましたが、見た目に反して素早い鎧の男が斧を横にして振るい、私は壁に叩きつけられます。


 べちゃんっ! とどうにも情けない音が響き渡り、小娘にやられた時の感触を思い出して、私はつい、体がこわばってしまいます。

 痛みはないはずなのに、ぎゅっとお腹が締め付けられる感覚があったのです。


「邪悪なる存在を永劫なる牢獄で包み込め! アイスプリズン!」


 詠唱を終えると同時に周囲に水が生成され、それは私を包み込むと一瞬にして凍り付きます。

 いわゆる氷の監獄、ていうか、氷漬けです。


「いやったぁあー!」


 盗賊職の女が叫び、戦士職の男が舌なめずりします。


「こいつを売れば暫くは遊んで暮らせるんじゃねぇーのか? 大主人の調査なんて他の連中に任せちまってよ。帰らねぇ?」


 言われて魔法職の青年は視線で女性に意見を求めますが、盗賊職の女性は「ま、それもありかもねーっ?」と陽気な調子で答えます。


「なら、そうしようか。危険なことは避けるに限るよ」


 ふざけるな、と氷漬けでなければ叫んでいたところです。


 確かに人間は死ねばおしまい。デッドバイスライムの私とは違って一度きりの人生ですが、だからと言って冒険者が冒険することなく、手軽なところで引き上げるなど情けないにもほどがあります!


 沸々と込み上げてくる怒りに、体内の毒素が生成されていくのが分かりますが、氷漬けにされて仕舞えば身動きが取れないのが現状です。


 私たちスライムは、体の形状を変えることはできても、寒さにはとても弱いのです。

 特に氷で固められてしまうと、体の表面が硬直し、それ以上動けなくなってしまいます。


 悔しいですが、油断した私の落ち度です。


 ダンジョンの外に持ち出され、飼い殺しにされ、魔素を失って消滅する。

 そうした場合、私は再びこのダンジョン内に再誕できるのか。

 それとも、地上では魔素が四散してしまいますから、私の魂も消え失せ、本当の意味での死を迎えるのか――。


 いやだっ……。そんなの、絶対にいやだ……!


 この時私は初めて恐怖を覚えました。


 デッドバイスライムとして誕生し、初めての死を経験した時のことを思い出したとでも言うべきでしょうか。


 赤髪の女と、まだ小刀を使って戦闘していた小娘に見下ろされ、訪れる恐怖に身が縮んだ感覚を、いまさらになって思い出したのです。


 怖いっ、怖い怖い怖い!


 震えることもできないこの状況で、それでも私は体の中を震わせました。

 このままじゃだめだ、どうにかしてここから脱出しなければならない。


 そう分かっているのに触手一本作り出すことができず、私は心のうちで涙を流すことしかできません。


「ん? なんだ? このスライム、泣いてんのか?」


 鎧姿の男が私を覗き込みます。


「スライムが泣くわけないでしょ? 氷が溶けたんじゃない?」

「センシでもセンチメンナルなことを言うものだね」

「うっせぇ!」


 ぎゃーすかと騒ぐ冒険者を前に、無力な私はただ、自らの愚かさを嘆き続けるのでした。


 そうして私は地上へと運ばれ、二度とあの小娘にリベンジマッチを挑むこともできず、生涯を終えるのです。


 思えば、死を克服した存在と言って調子に乗ったのが行けなかったのです。


 どうせ死んでも次があるから。

 どうせ負けても本当の意味で死にはしないのだからとタカを括っていた罰があたったのでしょう。


 こうして、ダンジョンの大主人になるという私の覇道は、道半ばで途絶えることに、なったのでした……。



「ま、ま、ママママって、くだ、さいっ……!」



 その時でした。

 氷漬けにされた私を革袋に詰め、青年が持ち上げた時、奇妙な声が響き渡りました。


 洞窟内で反響し、ガタガタと地面が震えていたので獣の唸り声にようにしか聞こえなかったのですが、幾度となく挑み、敗れ、その声を耳にしてきた私の感覚器官であれば聞き分けることができました。


 その声の主は、あの、小娘です。


「な、なんだこいつ、どこから……!?」

「下がって! 構えて!!!」

「聞いてない……! 聞いてないよ、こんなやつ……!」


 パニックに陥る冒険者たちの声。

 そこにズイズイと近づいてくる足音と、ガチガチ震える威嚇の音。


「す、スライム……! スライム……!」


 多分、ガチガチなっているのは小娘の歯で、引きずるように聞こえるのは彼女のまとっている良く分からない毛皮のようなアレなのでしょうが、薄暗い洞窟内ではモンスターが近づいてきたようにしか見えなかったのでしょうね。


 私を入れた革袋は乱暴に放り捨てられ、衝撃で氷が一部砕け散ります。


「た、すけ、たすか」


 どろり、と私はその隙間から這い出ようとし、……それでも体を自由に動かすことができなくて手こずります。


「あな、た、達が、いじめ、いじめた……?」


 そんな私の様子を見て小娘の様子が一変します。

 それまでも不気味ではあったのですが、明確な敵意というものを放ち始めたのです。


「ひ、ヒィイ!?」


 最初に悲鳴を上げたのは一番近くにいた盗賊職の女でした。


「アイス、ブレイク!」


 魔法職の青年は小娘に向かって氷の矢を放ちましたが、小娘は腕を一振りするとドラゴンの爪でそれらを一掃します。


「う、ゥおおおおおお!?」


 戦士職の男が突っ込み、斧を振り下ろしましたが、ドラゴンの手によって真っ向から受け止められ、間近で小娘の赤い瞳に貫かれました。


「氷づけ、にして、いじめるの、……よく、ない、です」


 です、と最後の部分だけがやけに力強く発せられたせいか、一同の顔が引き攣りました。


「デス……!?」

「耳を塞いで! 最上位即死魔法だ!」

「いぎァアアアああ!!!?」

「センシ!!!?」


 戦士職の男は斧を手放し、全身から血を吹き出して転がりまわります。


「撤退! 撤退!!!」


 魔法職の青年が戦士職の男を水球のような何かで包み込み、連れ戻すと一同は荷物も拾うことなく一目散に逃げ去っていきました。


「ま、待って……、回復、きず……!」


 咄嗟に小娘は追いかけようとはしましたが、氷漬けにされ、モゾモゾと動くばかりの私を見て何か思ったところがあるらしく、近づいてくると「えいやぁっ」とそれなりの力で氷をカチ割り、私を解放してくれます。


 解放、してくれたのは良いのですが、あまりにも勢いよく破られたので体が粉々。


 危うく、転生するところでした。


「だい、丈夫……?」


 幼い声が響きます。


 デッドバイドラゴンの着ぐるみの奥に光る赤い目が、私のことを心配しているのだと告げていました。


 屈辱です。

 今すぐ殺せと叫びたくなりました。


 ですが、それよりも先に告げる言葉があることに、賢い私は気づいておりました。


「……ありがとう。助かりました……」

「……んっ。よかった……」


 初めて見た人間の笑顔は、少しばかり、こう、ムラっと、内側が湧き上がるような、大層可愛らしいもので、


「ごしゅ、ご主人様……」

「へ?」


 ――この時私は初めて、従うべき主人あるじというものを認めたのでした。


 ああ、この出会いに感謝を。

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