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【3】双子ドラゴン襲来

第10話 簡単!スライムクッキング☆

【3】 双子ドラゴン襲来


 おかしいです。これは一体どういうことでしょう?


 ダンジョンの中では常識に囚われるな。常識的に考えて、などという発想は命取りだと思えと師匠は口癖のようにおっしゃっておりました。


 そう、ダンジョンの中では何が起こっても不思議ではないのです。


 閉鎖的な洞窟の中に溜まった魔素がさまざまな作用を起こし、干渉しあって地上では再現不可能な摩訶不思議なんでしょうこの光景はーみたいな体験を冒険者は一度や二度するものだと聞いたこともあります。


 中にはそういった「不思議な体験」に取り憑かれ、そう言った不思議体験を求めて潜り続ける不思議ハンターを自称する冒険者さんもいるそうです。


 ていうか、不思議ハンターさんの本は図書館で読んだことがあります。とても面白いです。私もお友達ができた暁には不思議ハンターさんのように不思議を求めてダンジョンに潜り、遭遇した「お菓子のお城」や「水飴でできた温泉」などの摩訶不思議現象をお友達と分かち合い、笑い合いたいと実は思っていたりします……!


 恥ずかしいので師匠にすら言っていませんが、密かな願望なのです。


 お友達が、ほしい……。


 それだけの目的を達成するために私は強くなって、駆け出し冒険者さんの元へ颯爽と助っ人として参上し、初心者さんキャリー? とかいう上級冒険者さんが見せる「魅せムーブ」とやらを振る舞って差し上げるのです……!!


「ご主人様? どうかされましたか? 私の声は、聞こえていないふりをしていらっしゃいますのですか?」


 ああ、なんということでしょう。


 お友達はいないのに、摩訶不思議な現象ばかり私の身の回りでは起きている気がします。


 第一に、デッドバイスライムのメイドさんが私のペットになりました。

 ダンジョンの大主人であるスカルデーモンを倒した時に獲得した神様からのギフト、スキル・モンスターテイカーの効力なのだと思いますが、妙に懐かれ、私の身の回りの世話をするようになってしまったのです。


 私は師匠に出会ってから、……というか、このダンジョンに初めて潜った日から一度も地上には戻っていません。


 なんだかんだ言って慣れるとダンジョンの中は快適なのです。

 所々に温泉も沸いていますし、食事だってキノコとか生えています。キノコ。美味しいです。


 私は少食なのでキノコだけでお腹いっぱいです。

 真水も沸いている場所をいくつか把握しているので飲み水には困りません。


 眠る時も、場所を選べばモンスターの襲撃には反応できますし、そうでなくとも、モンスターテイカーでスタイル・デッドバイスライムを発動させれば基本的にモンスターが私に触れることは出来ないので安全です。


 唯一気をつけないといけないのが生活リズムの乱れだったりするのですが、最近はモンスターの発生状況から今は昼なのか夜のかも把握できるようになってきた気がします。


 モンスターは夜に生まれます!

 そして、昼間に冒険者と戦います!


 夜に遭遇しても戦いますが、昼間にうろちょろしていることが多いです。


 理由は不明です。

 師匠なら知っているのでしょうか?


「あのぉ、ご主人様……? さすがになんの反応も示していただけないというのは私の頑張りに対する褒美としてはいささか……、……まさか、放置プレイ、というものなのでしょうか? 孤独を味合わせ、水の一滴を絞り、カラカラに乾いた体に染み渡るご主人様の愛を知れということなのでしょうかっ……!? はぁっ……、ハァっ……、なんだか私、昂ってまいりました。ご主人様。どうかふしだらな私めに愛の鞭を……!」

「何を言ってるのか、わかんない、です……」

「はぅっ……!」


 黒いメイド服に身を包んだメイドさんの形をしたデッドバイスライムがビクンビクンと身悶えしています。


 怖いです。


 もはやモンスター的な脅威は微塵も感じないのですが、なんというか、生理的に「無理」って感じがすごいです。


「ハァっ……、ハァぁ……、これほどの渇望……、私、知りませんでしたわっ……? かつてこのダンジョンの大主人を目指していた頃の私でも、これほどまでに恋焦がれ、ご主人様の寵愛を欲することはなかったでしょう……!」

「あの……、自分が何を言いたいのか、一旦整理してから、話して……?」

「ご主人様の寵愛が欲しいです!」

「えぇ……、やだ……」

「はうわっ……!!!!」


 何がそんなに嬉しかったのか、顔を真っ赤にして転がりまわるメイドの姿はかなり不気味です。

 不気味すぎて、現実逃避できてしまいました。これはいいことです。


「ところで、それで、どうですか!? 私が腕によりをかけて改築させていただいたこの大宮殿は!」

「…………はぁ」


 最悪です。


 現実から目を背けたところで現実に引き戻されました。


 いえ、まぁ、現実から目を背けたところで現実は変わらずそこにある。

 気に入らない現実は拳でぶち破り、気に入らない奴はぶちのめせと師匠が言っていたのでいつかは向き合わねばならないのですが、「……ダンジョンの中にお家って、怒られないかなぁ……?」


 私は目の前に組み上げられた? 立派な宮殿に縮こまることしかできません。


「ここしばらく姿を見ないと思っていたけど、もしかして……」

「ああ、はいっ! 他にも色々としていたのですけども、大まかにはこちらの改築に」

「えぇ……」


 元々、ダンジョンの中には古代遺跡を思わせるおかしな街並みが広がっていたり、ヘンテコな宮殿が打ち捨てられていたりはしたのですが、目の前にあるのはそれを遥かに凌ぐ大宮殿でした。


 ここは最下層。


 元々はスカルデーモンが鎮座していた王座があった大きな空間です。


 私は日々の日課のモンスター退治を終え、地上へ向かいたかったのですが、このデッドバイスライムが「どうしても」というので久しぶりに最下層までやってきたのです。


 するとなんということでしょう。


 岩と溶岩しかなかったはずのその広いだけの空間に、なぜか川が流れ、草木が生え、朱色の木造建築で組み上げられた大宮殿が出来上がっていたのです。


 驚きです。意味がわかりません。ダンジョンの中では不思議なことが起きるとは言いますが、流石にこれは予想外でした。


 明らかにダンジョン内では手に入らなそうな装飾品や家具があるのはなんでだろう……? そんなふうに考えていると察したらしいメイド姿のスライムが答えます。


「親切な冒険者さんたちから譲り受けました」


 なんでもこのダンジョンに潜ってきた冒険者の一団とメイド姿で接触した際に仲良くなり、度々家具や貴重品を運び込んでくれるようになったのだとか。


「なんで……!? なんで、あなたが、先に……!?」

「ご主人様に少しでも快適な生活を送っていただきたく、人肌脱いだまでのことでございますよ?」

「違う!!! そうじゃ、なくて……!」

「ぁあ……、ご安心ください。決してあの方達は私の“お友達”などではございません。強いていうなら、“信者”でしょうか?」

「信者……!?」

「ええ、信者でございます。ゆくゆくはご主人様の信奉者として育て上げるつもりでおりますのでご期待ください」

「いら、ない……!」


 本当にいりません。そんなもの、ちっとも欲しくありません!


「そうですわよね? ご主人様には私がいればそれで十分……」

「スライムも、いら、ない!」

「あぁんっ……。そうやって雑に扱ってくださるご主人様が、す、て、きっ」

「うぇぁ……」


 どう反応したらいいのか分からなくて変な声が漏れてしまいました。


 私は友達が欲しいだけなのに、ヘンテコなスライムに懐かれて悪趣味な宮殿まで出来上がってしまっています。


「私、宮殿、いらないよ……?」


 何やらいそいそと私が宮殿内でくつろぐ準備を始めたスライムに告げると、スライムは大げさに驚いて見せます。


「なぜゆえ!? ご主人様なのに!」

「だって、いらない、し……」

「いけません! いけませんよ、主人さま? 主人さまは見たところまだまだ成長期。モンスターでも好んでは食べることのない意味不明なキノコや、魚すら棲みつかない川の水ばかり飲んでいては体を壊します!」

「え、えぇ……?」


 モンスターのいうことを魔に受けるつもりはありませんが、あまりにもひどい言われようです。


「わ、私のお腹は強いから平気!」

「そういう問題ではございません! ご主人様は人間であることをお辞めになっては荒れますが、だからと言って、健全で健康的な営みを放棄するなどというのはあまりにも軽率! 素晴らしき魂は健全なる肉体に宿るとも申します。そこらへんに生えている苔だキノコだのを食べるのはもうお辞めください!」

「こ、苔は食べてない……」

「言い訳をしない!」

「ひぃっ!?」


 な、なぜか自然と身がすくんでしまいました。


 きっとこのデッドバイスライムを倒すことはそう難しくはないのですけども、そうしてしまったらこの先ずっと私はこのスライムの言うことから逃げ続けなくてはならない気がするのです。


 それはダメです。そんなのはカッコ悪いです……!


 駆け出し冒険者さんたちに出会った時に、もし、仮に、このスライムが余計なことを言って幻滅されてはたまったものではありません。


 余計なことを言いそうになったら始末してしまえばいいとは思うのですが、そうやって慌てて口を塞いだところを怪しまれたりしたらもう私はリカバリーできない気がするのです。


「ぐぅ……」


 仕方なく私はメイドスライムの言うことに耳を貸すことにしました。

 確かに苔は食べてはいませんが、キノコばかり食べているのは事実なのです。


「いくら好きだと言ってもキノコばかりお食べになるのは栄養バランス上よろしくないかと」

「好きってわけじゃ……」

「殿方のアソコを噛みちぎるつもりで齧っているのでは?」

「違うよ!? なんて事言うの!? もう二度とキノコ食べられないじゃん!」

「それはようございます。これからは、私の用意するものをお召し上がりください」

「料理、できるの……?」

「このように」


 そう言ってメイド姿のスライムは触手を伸ばすと部屋の隅に置かれていた野菜かごからいくつかの食材と肉を“取り込んで”体内でぐるぐると回し始めます。


 その様子がメイド服のお腹の部分を透けさせて、見せてくれました。


「ぇえ……?」


 これは、なんと言えば良いのでしょうか……?


 消化……、では、ないと思うのですが、「はい、出来上がりました」「あ……、うん……?」


 待つこと数分。


 正直見ていたくはなくて目を逸らしていたのですが、そこには何もありません。

 お皿は用意されていましたが、その上には何も置かれてはいませんでした。


「では、どうぞ」


 そう言ってメイド服のスライムは指先を触手にしてお皿の上に伸ばし、ボトボトと黄緑色の液体を盛り付けました。


 ええ、はい。ぐちゃぐちゃに切り混ぜられた緑色の苔にしか見えません。


「これは一体……?」

「栄養バランスに配慮したご主人様のお食事です」

「モンスターって、ご飯、食べるの……?」

「食べません。強いて言えば、大気中の魔素を取り込むことが食事とも呼べるでしょうが」

「うん。だよね。そうだよね」


 モンスターたちがこんな液体流動食を食べていたらびっくりです。夢が壊れます。ドン引きです。


「ごめん。いらない」

「えぇえええ!?」


 心底以外そうにスライムメイドは驚きますが、当然です。食事にうるさくはない私にでもわかります。これは人の食べる料理ではありません。


「お野菜を作ってくれた農家さんや、犠牲になってくれた羊さんに謝って欲しいぐらい、です……」

「そ、そのような悲しい顔をされては、は、ハァッ……! た、たぎって、お、お腹の辺りが熱くっ……」

「多分取り込んだ食材が消化されてるんじゃないかな……? なんかドロドロしてるし」


 なんだか元々無い食欲が、ますます無くなって来た気がします。

 とてもではないですが食べ物には出されたそれを食べ物だと思い込むことは難しそうです。


「見てくれ……、ですか?」


 スライムメイドは真剣な目で尋ねてきます。

 そういう問題ではないのですがとりあえず渋々頷いておきます。


 見てくれが悪いのは事実なのですから。


「では、直接、お口の中に流し込めば、……冗談です」


 無言でデッドバイドラゴンスタイルを発動させるとさすがのスライムも黙りました。


 スライムなんて一撃ですからね。毒性が頼みの綱であるデッドバイスライムは上位種であるデッドバイドラゴンには敵いません。モンスターに気を遣うつもりは微塵もありませんが、立場というものを分からせるのは大切だと師匠から教わりました。


「と、とにかくっ……、これは、いらない、です……!」


 お皿を突き返します。


「好き嫌いは発育に良くありませんよ?」


 お皿ごと指先から取り込んでしまったスライムメイドは綺麗になったお皿を排出しながらそんなことを言います。

 取り込んだ料理(?)はそのまま体内に移動し、消化されていくようです。


「やっぱり嘔吐物と同じだったんじゃ……」

「似て非なるものでございます」


 あと、発育がどうとか言われた気がするけどなんだかもう疲れたので聞かなかったことにしました。


 発育とか、もうちょっと身長が伸びで欲しいのはありますが、それよりもお友達です。


 むしろ、駆け出しさん達は若い方が多いのであまりナイスバディなお姉さんになってしまうと敬遠されてしまうというか、へんな虫?が寄ってくるとも師匠から聞いたことがあるので、スライムの嘔吐物を食べるぐらいなら今のままで結構なのです。


「ではお風呂にしましょうか」

「お風呂……?」

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