「ではお風呂にしましょうか」
「お風呂……?」
それにはちょっとだけ興味がそそられます。
一応ダンジョン内には温泉もありますが、それは天然の温泉です。
湯加減の調整などされていませんし、人が入ってくつろぐには少々無骨と申しますか、景色が悪かったりするのですが、このような草木茂る自然の中に作られたお風呂となれば、それはきっと――、「では、どうぞ」
私は、モンスターの感性にどう反応すればよろしいのでしょうか?
「えっと……?」
目の前のスライムメイドは両手を広げ、「どうぞ、私の胸の中に飛び込んできてください」とウェルカムな姿勢をとっています。
意味不明です。このメイドに抱きついてお風呂にまで運ばれろとでも言っているのでしょうか?
「お風呂、だよね……?」
「はい。私がお風呂です」
「……あー。はい」
「はい」
「なるほど」
「どうぞ」
「け、結構です……」
わかりました。わかってしまいました。要は、さっきのお皿と同じ原理ですね?
このデッドバイスライムは強い毒性を持っています。それこそ、触れた生物をその場で死滅させ、分解してしまうほどの強い毒性です。
つまり、このスライムはこう言いたいのでしょう。
「私の体を通れば汚いものは全て分解して差し上げます」と。
「馬鹿なの……?」
「言葉責めにも興味がないと言えば嘘にはなりますが、大真面目で賢い私です」
「そっか。スライムって脳みそないもんね。ごめんなさい」
「それは言葉責め、なのですか……? ただの事実では……」
「事実だよ?」
一周回って落ち着いて来ました。
それどころか私にしては珍しく一言一句噛むことなくお話しすることができました。
これは進歩です。
いな、進化です!
「ば、ばーか、びゃーっか!」
「あらお可愛いですこと」
「あぅ……」
ダメでした。罵詈雑言であれば詰まることなく言えるのかと思ったのですが、今度は詰まってしましましたし、盛大に噛みもしてしまいました。
恥ずかしくて涙が出て来そうです。うぅ……。
「よしよし……。ご主人様はそのままでよろしいのですよ……?」
スライムメイドに慰められてしましました。
私ってスライム以下なのでしょうか……?
「もういい……。私、一階層に行ってくる……」
そうです……! 今日はまだ駆け出し冒険者さん達にご挨拶していません。
もし駆け出しさん達が危険な目にあっていたら大変です。急いで駆けつけ、窮地を退け、今日こそは自己紹介して、お友達になってもらわなくては!
「駆け出し冒険者はお越しになれないと思いますが」
上へ向かおうとした私をスライムメイドが止めます。
思わず口に出してしまったらしく、小さな口を両手で押さえて目をまるくしていました。
「なんで……?」
「いえ、そんな気がしたのです」
「もしかして、もう、来ちゃった……?」
「いえいえ、そんなことはございません。本日、駆け出し冒険者どもは一匹たりともこのダンジョンには踏み入れておりません。スライムネットワークで監視しているので間違いございません」
えっへんと無駄に偉そうなのは謎だし、スライムネットワークとかいうのも聞いたことないけど、きっと何かそういうのがあるんだろうなーって聞き流すことにします。
大切なのは最近、どうにも駆け出しさん達がくる頻度が減った、……というか、このスライムメイドが私に付き纏うようになってからは中級以上の冒険者さん達しか見かけないような気がするのです。
いえ、お友達になるのに冒険者さんのランクなどはどうでもいいのですが、中級冒険者さん達ともなると既にパーティ内の空気が出来上がっていると申しますか、……お恥ずかしながら、人とお話するのが苦手な私が、その既に出来上がった人間関係の中にわって入る自信がないのです。
なので、お友達になるとすれば、まだ冒険の回数も少なく、人間関係が完全に構築されていない、駆け出しさん達のパーティが理想なのですが……、「なにか、した……?」
そういえば下僕がどうとか言っていた気がします。
この宮殿の家具を運ばせたとも言っていました。
つまりこのスライムメイドは私の預かり知らぬところで他の冒険者さんたちに接触し、何かしらの働きかけをしていたもおかしくはありません。
「なにしたの」
私は真剣でした。
私がダンジョンに潜るのはお友達を作るためです。
仮にもし、このスライムがそのお友達作りの邪魔をしているのであれば私は容赦しません。
「あわわわわっ……、素晴らしい殺気……!! 私、全身が波打ってしましますぅっ……!」
頬を赤らめ、嬉しそうにくねくねするスライムですが、私はデッドバイドラゴンの両の手を広げ、以前そうしたように叩き潰す準備をします。
「なにを、したの……?」
返答次第では絶対に許しません。
ええ、絶対の絶対に許すべきではありません。
やはりモンスターはモンスター。その考え方や行動を理解できるはずもないのです。私は言葉ではなく態度で示すべきなのです。このスライムに、体で、わからせやるべきなのです……!
「ああッ……、そのような目で迫られると、
勝手に一人で盛り上がっている態度にもちょっとムッとしました。
一度死んでもらおうと私は容赦なく腕を振り下ろそうとし――、
「……へ?」
――その時でした、突然轟音が響き渡ったのは。