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第12話 最強の襲来

 轟音に見上げれば、宮殿の屋根が吹き飛んでいます。


「危ないですわ!?」


 スライムメイドが私を崩れてくる天井から庇おうと飛び込んできましたが、大丈夫です。

 これしきの突発的事故に対応できないようでは師匠に寝首をかかれて終わりです。

 修行は、積んできました……!


「……ゴーレム・スタイル」


 私はその場でしゃがみ込み、小さく丸まりました。

 しゃがんだ私の上をスライムが飛び越えて行きますが知りません。

 私の知らないところでコソコソしているスライムのことなど知りませんったら知りません。


 衝撃はゴーレムの鎧によって分散され、私には一才伝わって来ませんでした。

 ただ、宮殿が崩れた轟音だけは凄まじくて、積み木崩しみたいに全部が崩れ落ちて来たのはわかります。


「すごいですの。さすがですの」


 幼い女の子の声でした。


「やりますの。驚きましたですの」


 そこに別の女の子の声が重なりました。



「「 まだ、生きているようですの 」」



 声に遅れて今度は瓦礫が吹き飛びました。

 考えるよりも先に跳び上がり、下を見れば小さな女の子二人がこちらを見上げています。


 黒髪の長い女の子と、短い女の子です。

 普通の女の子ではないのは確かでした。

 普通の子供がこんな最下層までやってくることなどあり得ませんし、それに何より、そのお尻から黒い、ドラゴンの尻尾が生えています。


「驚いてる」

「驚いてるね」

「あ、当たり前ですっ……!?」


 だって、すっぽんぽんだったのです。

 どこかで拾ったらしい布を体に巻いているのですが、そのほかには体を隠すものを纏っていないので大切なところが丸見えです。


「お腹、冷える……!」

「何か言ってるね」

「言ってる言ってる」


 ダメです。お話の通じる相手ではありません。

 そもそもモンスター相手にお話しようとした時点で私の方が間違っているのでした。

 モンスターであれば考える前に潰せ。

 その師匠の教えを今一度心に刻み直す必要がありそうです。


 そう言えば――、と視線を巡らせてみれば瓦礫の下敷きになってぐちゃーんと広範囲に渡って散乱しているスライムの姿がありました。


 あれでどうやって私を守ろうとしたのでしょう。おバカにも程があります。

 どさくさに紛れて襲って来たのだと言われたほうがまだ理解できます。


「倒します」


 これ以上余計なことに時間を割きたくはありませんでした。


 いますぐに本日のお友達作戦へと移行しなくては!

 そうやって速攻をかけたのですが、振り下ろしたゴーレムの腕は易々と小さな手に受け止められてしまいます。


「うん。大丈夫」「大丈夫大丈夫。私たち、強いから」


 私の腕を受け止めた二人の幼女はそのまま鏡移しのように拳を打ち出し、衝撃が私のお腹に伝わりました。


 久しぶりの感覚に足元が浮きます。

 浮いたところに尻尾での追撃がやって来ました。

 空中では踏ん張ることができず、壁に激突し、思わず口から空気がこぼれます。


「うん。やっぱり強い」

「うん。やっぱり何かの間違いだったんだ」


 頷きあう二人の少女。

 見た目に反しての、力に驚くばかりなのです。


 それに、その姿はどこかで見たことがある気がします。

 猫のような黄色い瞳に、黒い尻尾。

 脳裏をよぎったのはメイド服姿のデッドバイスライムです。


「まさか、あなた方は……」

「うん。思い出したみたい」

「うん。わかっちゃったみたい」


 そう言って二人の幼女は姿を泥のように変え、みるみるうちに巨大な二体のドラゴンになります。

 ――デッドバイドラゴン。

 約半年前、私がこの大空洞でスカルデーモンと戦った時にその手下として攻撃を仕掛けてきたドラゴンでした。


「復活に、時間がかかっちゃった」

「気がついたら、ヘンテコな建物出来てて驚いた」

「建てたのは私ではないのですが……」


 ドラゴンの口から可愛らしい女の子の声が聞こえてくるのは不思議な感覚でしたが、禍々しいドラゴンの姿になってくれたのならやりやすくて助かります。


 メイドに擬態したスライム相手でも若干の抵抗があったのに、幼い女の子相手となればどうしたって手加減してしまうのです。


 きっと師匠なら四の五の言わず、一撃で倒していたことでしょう。


「私もまだまだですね……」

「なんか言ってる」

「言ってる言ってる。敗者の負け惜しみ!」


 二体のドラゴンが首をもたげます。

 吐き出されたのは触れるだけで万物に死をもたらすと言われているデッドバイブレス。

 ネーミングセンスに思うところはありますが、私の読んだ本にはそう書いてありましたし、師匠もそんなふうに呼んでいたのでそういうことにしておきます。


 ――とにかくまぁ、デッドバイブレスで視界が真っ暗になり、周囲の岩とかも溶けるのですが、一度倒した相手に倒されるほど私も腑抜けてはおりませぬ。


「死んだ?」

「死んだ死んだ。溶けて死んだ」


 きゃっきゃっと騒ぐ声が聞こえますが、残念。生きています。


「デッドバイドラゴン、スタイル――」


 既に私は二体のドラゴンの頭上、天井ギリギリの高さまで跳び上がり、身に纏っていたデッドバイドラゴンの衣を脱ぎ捨てるところでした。


「あれ?」

「あええ?」


 ネコのような瞳が私を見上げます。

 実のところ、私は油断していました。

 ゴーレム・スタイルで突進したところで速度は遅く、質量で言えばデッドバイドラゴンの方が上なのですから、ゴーレムのパンチが通用するわけがなかったのです。


 デッドバイドラゴンにはデッドバイドラゴン。

 デッドバイドラゴン以上の力をぶつけるほかありません。


「スカル、デーモン!」


 なので、手っ取り早くこのデッドバイドラゴンの飼い主だった大主人の力を使わせてもらうことにしました。


 死を司る悪魔。その最上位たる存在であるらしいスカル・デーモンの薙ぎ払いは一撃で二体のドラゴンを壁に叩きつけます。


「お返し、です……!」


 そのまま私でも受けるのに苦労した精神汚染ビームを浴びせてやります。

 使用者が過去に葬ってきた死者の怨念を物理的なダメージとともに精神にも異常を来たす厄介な攻撃で、私が受けた時は耳を塞ぐのが大変でした。


「アビビビビビビビビ!?」

「アババババババババ!?」


 可愛らしい悲鳴が響き渡りますが、見た目はドラゴンなので問題ありません。


 それもデッドバイドラゴンです。


 生っぽい見た目というよりも、腐っている見た目の方が近い印象なので罪悪感は一切沸いて来ませんでした。


「スカル、ブレイク!」


 ついでにスカルデーモンの腕を伸ばして力技で全身の骨を砕いて差し上げます。

 ばギャリ、と心地よい音が響き渡り、悲鳴は消えました。


 一件落着。


 ダンジョン内に静寂が帰って来たのです!


「――ハァっ……、さすがに、疲れましたぁ……」


 柄にもなくその場にへたり込んでしまいます。

 肉体的な疲労というよりも精神的な疲労といった方が良いのでしょうか。

 私も、まだまだですね……?


「ご、ご主人様ぁ……。助けてぇ……」

「……うぇえ……?」


 声の方を見ればドロドロのメイドが、……いえ、ドロドロのスライムメイドが瓦礫に埋もれた状態で私に向かって助けを求めて来ています。


 ……正直面倒です。

 何が楽しくてモンスターを助けなくてはならないのでしょう?


「復活するなら、倒されたほうが、早くない……?」

「そんなぁ……」


 まぁ、自力でどうにも出来ないのなら都合がいいです。

 そのまま瓦礫に埋もれてもらっていた方が私は自由気ままなダンジョンライフに戻ることができるのですから。


「あ、でも、氷漬けとかに、しておいた方が、復活、時間かかる……?」

「あえぇ……?」


 さすがのスライムメイドも疲れたのかべちゃりと地面に這いつくばりました。

 そういえばこの宮殿を作るのに相当走り回っていたらしいので、その疲れも出たのでしょう。


「ダンジョンの中で余計なこと、するから悪いのです」


 ちょっとした余裕が危機を生む。

 師匠の教えです。


「あ、うぅ……」

「うぅ、ぁあ……」

「あら……」


 消滅したと思い込んでいたデッドバイドラゴンの方から声がしました。


 油断です。

 本日何度目かの油断にやはり最近の私は弛んでいると言わざるを得ません。


「不覚……」

「残念無念……」


 ドラゴンの姿ではなくまた人間の女の子の姿に戻っています。


「なんで、人間の形、してるの……?」

「趣味」

「可愛い」


 地面に這いつくばりながらもそう告げる二人、いえ、二体に私はため息しかこぼれません。


 呆れてものも言えないとはこのことなのでしょう。


「ダンジョンで、余計なことを考えるのは、命取り」


 呆れてものも言えないので、サクッと片付けることにしました。


 再びスカルデーモンの手だけを生み出すとそれを振り下ろします。

 死を司る悪魔の手に押し潰される瞬間、二人の幼女はなんとも形容し難い笑みを浮かべてはおりましたが、モンスターの考えることはよくわかりません。


「「びぎゃっ」」という、ヘンテコな悲鳴を最後に今度こそダンジョン内へ平和が訪れ、「あわわわわわ!?」


 突然です。突然。突然ダンジョンが大きく揺れました。地震です! 天変地異です!?

 そんな混乱する私の耳に飛び込んできたのは、随分と懐かしい人の笑い声でした。


「おーおーおー、こりゃまた随分な成長をしてくれたもんだ!?」


 その人は雑に伸ばしっぱなしになった長い赤毛を後ろで一つにまとめ、遭遇したモンスターが一目散に尻尾を巻いて逃げ出すので、いつも私が退路を塞がなくてはならなかった私の命の恩人で憧れでもある、


「 お師匠! 」


 ――剣聖、フリアリーゼ様でした。

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