「んじゃ、泣き止んだら、私を一発殴ってみろ」
「うぇえ……?」
ようやく泣き止んだ私に向かって師匠が開口一番言ったのはそんな言葉でした。
「遠慮なく。殺す気で殴れ。スキルが使えるようになったんならそれも使ってな。全力で、だ。お前が本当に大主人を倒したってんなら、その力を見せてみろ」
「え、で、でもでも、スカル・デーモン倒した時はスキル持ってなかったです……」
「四の五の言わず殴ればいいんだよ。お前が殴らないなら私が一発殴ってやるから殴り返せ。殴られる理由が必要なんだろ?」
「ちちち、違い、ます!」
何が嬉しくて半年ぶりに再開したお師匠様と殴ったり殴られたりしなくてはならないのでしょう……!?
私がモタモタしていると目の前に指先が飛び出して来ました。
デコピンです。
師匠のデコピンは絶対に痛いです。痛いに決まっています!
「はうわ!?」
思いっきりのけぞって避けたら風圧で前髪が浮き、天井が崩れました。
パァン! とかいう空気が裂ける音が聞こえた気がします。絶対に人に向けて撃ってはいけないデコピンです。対モンスター用の殺傷兵器です!
「これで一発だ。次はお前の番だな」
なぜかご機嫌なお師匠様。
意気揚々と腰に手を置いて胸を張っておられます。
「え、えいや!」
とりあえず真似してデコピンをその胸に打ち込んでみたのですが、普通に私の指の方が負けました。
人間の限界まで鍛えられた胸筋の前には人間の指など無力だということを思い知らされます。
ええ、私も早くこうなりたいものです……。何事にも揺るがず、何事にも動じない。そんな師匠のように早くなりたいと思うのです!
「相変わらずアホだな、お前は」
言って師匠は私の手首を掴むとドン、と自分の胸に私の拳を当てます。
「殴れ」
「な、なんで……」
「どれほど強くなったのか、測ってやる」
意気揚々とこの人は何をおっしゃっているのでしょうか?
もしかして師匠はそう言った武力だけが支配する戦闘部族の出身で、久しぶりの再会を果たした相手には殴り殴らせるみたいな風習があったりするのでしょうか???
「できないってんなら破門だ。そんな玉無しに育てた覚えはないからな」
「私は女です……」
「冒険者は心の中にキンタマ持ってんだ。わかるだろ」
「わかりません……!」
わかりませんが殴らないことには師匠は満足してくれないことだけは分かりました。
「で、では全力で、行きますっ……の、で……! い、一応、守って、ください……!」
「お、生意気だが良いぞ。その方が全力を出せるってんなら私も全力でガードしてやる!」
師匠は自分に敵意や殺意を向けられた時、本当にいい笑顔で笑います。
人としてどうかとも思いますが、冒険者としてはそれが正しい姿勢なのでしょう。
全力で打て、と言われて全力で打たなかった場合のことを考えます。
多分きっと師匠は怒ります。呆れるかも知れません。
そうなった時、本当に師匠は私を破門するでしょうし、そうなったら二度と師匠は私に会いに来てはくれないでしょう。
言動に難はありますが、唯一私を助けてくれた大人で、唯一私から逃げなかった冒険者さんです。
私はこの人に恩義も感じていますし、尊敬もしています。さすがは剣聖だと思う時も時々ありますし、無茶苦茶な人だなぁと思う反面、やっぱり師匠のようになれたらいいなって思うのです!
「憧れは、超えるもの……!」
これも師匠から教わったことです。
いつまでも師匠の後ろをついて回るばかりだった私をモンスターの前に蹴り飛ばしながらこう言ったのです。
「殺されたくなければ戦え」
前門の虎。後門の師匠でした。
ファントム・タイガーと師匠ならファントム・タイガーの方がマシでした。
死に物狂いで霊体のコアを見定め、確殺の小刀で止めを刺した私に師匠は言ったのです。
「やる気あんのか?」――と。
あの時の師匠は本気で怖かったです。
そのまま二股首のツインドラゴンの元へと引きずって行かれて、師匠が満足するまでデスウルフ、ファイヤーフラワーとただひたすらにモンスターと戦う羽目になり、殺されたくない一心で戦うことの愚かさを教えてくれました。
私は、いつか師匠を越えねばなりません。
いつか、越えてやるという気概で挑まねばならないのです!
きっと師匠はその事を、思い出させようとしてくださっているのでしょう!
「見ていてください! 私の、成長……!」
「おう!」
モンスターテイカーを発動させ、スカルデーモンを私は纏います。
空間の魔素を取り込み、デッドバイドラゴンに放ったようなビームを打つ構えを取りました。
――ですが、本当にこれで良いのでしょうか?
私は考えます。
師匠はいつも「そこからさらに一歩先へ」を私に強要してきます。
ギリギリ倒せるかどうかのモンスターに挑み続け、ギリギリ倒せるぐらいの相手に圧勝するぐらいじゃないと満足してくれません。
論理的には破綻しているのですが、師匠はそう言った細かい理論の外側に存在するお方なので私もそれに倣わねばならないのです。
「こんな程度じゃ、だめっ……!」
私はさらにスキルを発動させます。
モンスターテイカーはモンスターの力を自分に宿すスキルだと認識しています。
神様が説明を怠ったせいで私はこの力がいったいどういう物なのかは手探り状態なのですが、多分そういう事なんだと思います。よくわかりませんが。はい。多分きっと、モンスターの技を使えるようになる技なのです。
モンスターテイマーがモンスターを使役するように、モンスターの技を模倣し、披露することでモンスターにどちらが上かを示し、服従させる。
そう言ったスキルなのでしょう!
「なら……!」
限界まで溜め込んだ魔素を纏っているスカル・デーモンに注ぎ込み、さらにその上からデッドバイドラゴン、デッドバイスライム、サーペントドラゴン、ファントムメナス、パックンフラワー、ファイヤーウルフ、カウンターモンキー、ホロウヴァイン、スモールナイトメア、ファイレクシアンナイト――、今の自分が持ちうるありとあらうるモンスターの力を顕現させ、スカル・デーモンの放つ怨念ビームの内側に押し込んでいきま、「ぁばばばばばばばばばばばば!?」
――あ、ダメそ。
ぶっつけ本番で危ないことをするなと神様に言われた気がします。
ちなみに師匠は「ぶっつけ本番だろうが危ないことは進んでやれ」と言っていました。
私は、どちらを信じればよろしいのでしょう――……、
「ごめんなさーーーーーーっい!!!!?」
抑えきれなくなったので師匠に向かってビームを放ちます。
反動で思いっきり私はひっくり返し、聞いたこともないような音が全身を打ち付けます。
ええ、はい。音です。音で全身があびびびびびびびび!?ってなりました。
そのビームを受けた師匠からもドギャーンだの、だぎゃーーーん!? だの、ちょっと形容しようのない音が聞こえて気がします。
自分が打ち出した音と混ざってよく聞こえなかったのでもう何が何だか分かりませんが、気がついたときには私はひっくり返っていて、目の前に真っ黒焦げの師匠が立っていました。
長い赤毛を結んでいた髪ひもは解け、装備も所々が傷んでしまっています。
「ごめんなさいごめんなさいごめんんなさい!!!」
慌てて土下座し、謝罪を行いますが、そんな私に師匠は優しく手を差し伸べ、肩を抱いてくださいました。
「さすがは私の弟子だ。よく、頑張ったな」
「ししょぉおおおおお……!」
思わずまた涙が込み上げてきます。
何が何だか訳がわかりませんが、とにかく師匠に認められたようです。
ただそれだけで私は嬉しくて嬉しくてたまりません。
「それにしても師匠、さすがです……! あんな意味のわからない攻撃受けて平気だなんて……!」
「鍛え方が違うからな。さすがにそのまま受けたらダンジョンが吹き飛びそうだったから上に跳ね飛ばさせてもらったが」
そうして指さす先には小さな青空が伺えました。
「はえ……?」
とても、とてもとても遠くに黒い鳥が飛んでいるのが見えた気がします。
「最下層から地上までぶち抜く大穴を開けるだなんて、やるじゃないか」
師匠の言葉を、喜んでいいのか悪いのか、私にはわかりません。
わかりませんがその後、私たちは部屋の片隅にドラゴンの卵が落ちていることに気づき、なんとかギリギリ生存していたらしいスライムメイドと共に今晩の夕食についてあれやこれやと言い合いのでした。
お話しする相手がいるって、いいことですね。
早く師匠離れして安心して頂く為にも、お友達を作り、仲間になって頂いて、師匠のように色んなダンジョンに挑んでみたいと思った私なのでした。