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第50話 迷宮ロビーで別のおじさんおばさんが泣く

 迷宮に行く準備をしていると泥舟がやってきて、程なくして鏡子ねえさんと峰屋みのりがやってきた。


 皆で電車にのって川崎駅前へ。


「鏡子ねえさん、魔石とドロップはどれくらいありますか?」

「適当に貯めてたからなあ、結構ある、要らない物は捨てていこう」


 換金出来る物だけ運ぼうか。

 一応、強い半透明ポリ袋の七十リットルの十枚入りのを持って来たから、なんとかなるだろう。


「レア武器とかもあるかな?」


 それは無いだろう、峰屋みのりよ。


「何個かレイパーから奪って使ってた事があるよ」

「「あるのっ」」

「うん」


 レイパー達も強い奴はレアスキルとかレア装備で武装していたんだなあ。

 十階越えれば結構割の良い狩りが出来るのに。


 またもや、女子高生Dチューバーとかにキャーキャー言われながら複合商業施設の地獄門に付いた。

 今日は土曜だから屋台が出ていてたこ焼きとかも売っているな。

 人出も結構多い。


 門をくぐると、中も結構混んでいる。

 空いているソファーが無いぐらいだな。

 東海林のグループがいないな、まだ来てないのか。


「鏡子! 鏡子!!」

「ああ、鏡子!」

「うん?」


 身なりの良いおじさんとおばさんが鏡子ねえさんの元に駆けよって来た。


「ああ、父と母か」

「正気にもどったのねっ、鏡子っ!!」

「ああ、なんという事だ、ああ、みのりんさん、ありがとうあなたが薬を使ってくれたお陰でっ」

「あ、鏡子おねえちゃんのご両親ですか」

「はい、服部です、鏡子の昨日の配信を見て飛んできました」

「なんとお礼を言っていいのか……」


 服部のおじさん、おばさんは目を真っ赤にしてぼろぼろと涙を流していた。


「さあ、鏡子、家に帰ろう」

「今日はあなたの好きな物を作ってますからね」

「あー、そのー、父と母よ」

「な、なんなの、鏡子」

「どうしたんだ、鏡子」

「悪いけど私は記憶が無いんだ、ごめんな」


 ひっと服部のおじさんとおばさんは息を飲んだ。


「わ、私たちの事を、覚えて無いの?」

「鏡子、鏡子~~」


 ぼろぼろと涙を流している。

 愛娘がやっと正気に戻ったと思ったら記憶を無くして他人のような目で見られたら、それは悲しいよなあ。


「だから私はあなた方の知っている鏡子と同じ形をしているけど、なんかまあ違う人間だ」

「鏡子、鏡子や、そんな事を言わないで、家に帰ってゆっくり休めばきっと思い出すわ」

「そうだそうだ、家に帰って来てくれ、私たちはずっとそれだけを願って生きてきたんだ」

「困ったなあ」


 鏡子ねえさんは本当に困ってる感じで頬を指で搔いた。


「ああ、その癖、あなたは本当の鏡子なのよ」

「そうだ、鏡子も困るとよくそうやっていたよ」


「どうしよう、タカシ」

「うーん、一度帰っても良いんじゃない?」

「そうかー? でもねぐらの整理しないと誰かに盗られるからなあ」

「それもそうだね、明日でも行けば良いんじゃ無い?」

「うん、そうだな。父と母よ、えー、明日、家に帰る事でいいかな」

「何か用事があるのかい」

「うん、まあ」

「もう迷宮なんかに入るのはやめて頂戴、大学も復学できるようにするわ」

「え、それはやだ」


 大学に戻って勉強している鏡子ねえさん……。

 あ、だめだ、大学生と喧嘩している図しか浮かばない。


「もう私たちはお前をみて怖い思いをしたくないんだ」

「せっかく拾った命なのよ」

「こーまったな」


 一瞬、かーちゃんを呼んで説得してもらおうかな、と、思ったんだが、なんかちょっと違う気がした。

 鏡子ねえさんはもう『Dリンクス』のメンバーなんだから、かーちゃんに頼らないで、俺がちゃんとしないと駄目だよな。


「ええと俺は『Dリンクス』というパーティのリーダーをやっている新宮たかしと言います。お嬢さんの鏡子さんとは縁があってパーティメンバーとして参加して貰っています」

「『オカンが来た』のタカシさんですね、動画は見させてもらいました、同じような経験をしたあなたならば、私どもの気持ちも解りますよね」


 解る。

 今日もマンションで娘さんを失ったお母さんの嘆きも見たからね。


「今、鏡子ねえさんは記憶を失って、いろいろ混乱しているんですよ、ですので、明日、家に招いて元の鏡子さんの事を話してあげてください」

「はいっ、ありがとうございます」

「その後で、鏡子ねえさんの意思を聞いて、Dチューバーを廃業するのか、続けるのか決めても遅く無いと思うんですけど」

「いや、私はやめないし」


 うるさいっ、余計な事を言わないでよ、鏡子ねえさんっ。


「はい、そうですね、鏡子の姿を見て、ちゃんと話しているのを聞いて、すこし焦ってしまったかもしれません」

「ああ、でも鏡子、良かった、本当に良かった」

「うん、母よ、私もそう思う」


 あれだよね、鏡子ねえさんは知識はあるけど記憶が無いから情動とかの感じがぴんとこないんだろう。

 実家に行って、元の鏡子さんの話を聞いたり、好物を食べたりしたら、また何か思い出す物もあるかもしれないしね。


「それでは、私たちの家はこちらです、明日つれて来ていただけますか、タカシさん」


 おじさんが名刺を出してきた。

 おお、一流電気会社の重役さんだった。

 裏にすらすらとパーカーの万年筆で住所を書いていく。

 家は鹿島田の方か。

 そんなに遠く無いね。


「はい、明日、必ずお嬢さんをお送りしますので、ご安心ください」

「明日、お待ちしています。鏡子あなたの好きなずんだのおはぎ、作って待っているわ」

「それは、うまそう」

「なんだか、少し変わってしまったが、鏡子は鏡子だ。ああ、明日が待ち遠しいですよ」


 服部夫婦は深々とお辞儀をして、こちらをふり返りふり返りしながら地獄門から出て行った。


「タカシ、私、実家になんか行きたく無いんだが」

「だめだよっ」


 この人は、なんというワガママねえさんなのかっ。

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