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第10話 見えないのか? まさか俺にしか見えていない……?

 兵士の隣。

 何かが光った辺りを凝視する。

 あれは――。


「狼だ!」


 今まさに兵士に飛びかかろうとしている狼の姿がうっすらと浮かび上がってくる。


「コータ様、どうかしましたか?」


 ダメだ、ルナリス王女には見えていないらしい!


「おい、お前! 避けろ!」


 ターゲットになっている兵士に向かって叫ぶ。

 キョロキョロ周りを見て、自分に言われていることに気づいたところまでは良いが……間に合わないっ!

 まさに今、狼が身をかがめて、兵士に飛びかかろうとしている。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 俺に見えているのは、ぼんやりとした狼のシルエットと中心の光を放つ部分だけ。


 間に合えっ!

 その光にめがけて拳を――半ば体当たりするようにして力いっぱい殴りつけた。


 不思議と恐怖などはなかった。

 反射的に体が動いた、そんな感じだった。


「ギャンッ」


「えっ?」


 短い叫び声をあげて、城壁の間を転がっていく狼。

 あっけにとられて立ち尽くす兵士。


「こ、コータ様⁉」


 ルナリス王女が慌てて駆け寄ってくる。


「敵襲だ! その狼が襲ってきたんだ!」


 床に転がる狼を指さす。

 すでに隠蔽の異能力アビリティは解けているようで、その姿が露わになっていた。


 ずいぶん大きい。

 俺の身長と同じくらいはあるんじゃないか……。

 こんなヤツに飛びかかられたら、体当たりだけでも死ぬかもしれない……。


「警戒しなさい! 気絶した振りかもしれないわ!」


 ルナリス王女の言葉に反応し、兵士たちが走り寄ってきた。兵士の1人が剣を構え、もう1人が杖を握り締めながら、床に転がった狼にゆっくりと近づいていく。


 あれは……俺がやったのか?

 あんなでかいヤツを俺が素手で吹っ飛ばした? いやいや、さすがに無理だろ。じゃあアイツはやられた振りをして自ら飛んだ?


「殿下!」


 狼の様子を見に行った兵士の1人が緊張した声で叫ぶ。


「絶命しています!」


「まさかそんなことが……?」


「間違いありません。生命反応ありません!」


 もう1人の兵士も確認した様子。


 狼が死んでいる?

 俺が倒したってこと……?


「ありえないわ……。あの魔物たちは……通常の物理攻撃ではダメージを与えられないのよ⁉」


「どういうことだ?」


「あの魔物たちは、隠蔽の異能力アビリティとは別の異能力アビリティ……おそらく物理攻撃に対する高い耐性を得るような加護を得ているのです。だから、剣や弓矢では足止めくらいしかできない……はずなのだけれど」


 俺は体当たりをして体重を乗っけていたとはいえ、素手で殴っただけ。

 だったら、足止めはできても死ぬわけはない、と。


「そんな……何が起こったんだ……。間違いなく死んでいるんだな?」


 実は気絶しているだけ、それを見間違っているなんてことは――。


「間違いございません。たった今、解体もいたしました。このようにすでに魔核が停止しております!」


 と、兵士の1人がどす黒い血に塗れた巨大な宝石を見せてくる。


「魔核?」


「魔核とは、魔物の心臓のようなものです。ええ、間違いないようですね……」


 ルナリス王女が魔核を確認して頷く。


「コータ様は……何をされたのですか?」


 ルナリス王女が俺のほうを向き直る。


「何って、そこの彼が狼に襲われそうになっていたのが見えたから、とっさに素手で殴っただけだけど……」


「素手で、ですか? 魔物は隠蔽の異能力アビリティで姿が見えなかったはずですが……」


「光がちょっと見えてな。よく目を凝らしたら、ぼんやりと姿が見えてきたんだよ。ほら、ソイツ、顎の下だよ。まだ少し首の辺りが光っているだろう?」


 俺がさっき殴った箇所。

 首筋の光の粒――金色に輝く宝石のようなものを指さす。


「なんですか……? 光? どこですか?」


 横たわる狼に近づくルナリス王女。


「だからこれだって」


 光を放っている金色の宝石に、直接手で触れてみせる。

 もうだいぶ光が弱まってきている。死んだからだろうか。


「何も、ありませんが……」


「自分にも何も見えません」


「すみません、私にも何も」


 ルナリス王女も兵士たちも首を振る。


「これだよこれ。今も光っているだろう? 宝石なのかな……」


 金色の宝石を引っ張ってみるも、それは剥がれそうにもなかった。

 どうやら皮膚に直接埋め込まれているものらしい。


「見えないのか? まさか俺にしか見えていない……?」


「どうやらそのようです……。コータ様にはその光を放つ宝石が見えていて、それを素手で殴ったのですね? すると魔物は絶命した、と……」


「ああそうだな。そういうことになる、と思う」


 とっさのことだったし、自信はないが、たぶんそうだ。


「もしかして、その光を放つ宝石が魔物の弱点だったりするのでしょうか……」


 ルナリス王女が胸壁の隙間から、城下を見下ろす。

 俺も横に立ち、戦況を確認してみる。


 乱戦状態だった。

 さすが、本隊同士のぶつかり合いだ。

 さっきとは規模が違う。歩兵たちが剣と盾で何とか防いでいるが、じりじりと後退していっているのが見て取れる。


 素人考えで言えば、物理攻撃が効かないのなら、魔法を連発すれば良いような気がするが、きっとそうできない事情があるんだろうな。


「もしかして、さっきの炎の矢が撃てる魔法部隊は、あんまり動かせなかったりするのか?」


「はい。各自の魔力量にも限界がありまして……。上級魔導士以外は、次の魔法が撃てるようになるまで回復するのにかなりのインターバルを必要とします」


「なるほどな……」


「剣の攻撃が効かないのは痛い……お、今あそこで攻撃が当たっていなかったか?」


 左翼のほうで狼が一瞬ひるんだように見えた。


「どこですか?」


「左のあそこだ。あ、ほらまた」


 同じ狼だ。

 歩兵が盾で押し返したのを嫌がって後ずさりしたように見え――。


「鼻だ! アイツ、鼻のところに光る宝石がついているぞ!」


 光る宝石を盾で小突いたから、嫌がったんだ!


「ここからでも光が見えるのですか⁉」


「ああ、一応な……」


 ほかの狼も見てみる。

 どの個体も光る宝石の位置はバラバラだった。

 鼻についているヤツもいれば、俺が倒したヤツと同じく首筋についているヤツもいる。ほかには頭の上にあるヤツ、下顎についているヤツ、背中にあるヤツもいるな。


「見えているのですね。それでは前線の左端から順番に、魔物の宝石の位置を教えていただけますか?」


「それは構わないが、ここから大声で兵士たちに伝えれば良いのか?」


「いいえ。私が伝えます」


 ルナリス王女が胸の前で手を組み、祈りを捧げるように目を閉じる。

 直後、ルナリス王女の全身を覆うように、天に向かって真っ白な光の柱が立ち上がった。


「これは……!?」


「私の異能力アビリティ幻影具現Phantasm Creationを使用します」

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