ルナリス王女は数人の部下を従えて、階段を駆け上がっていく。
やや遅れて、俺も2段飛ばしで後を追う。
「なあ、おい! 戦場は下の森じゃないのか?」
なんで階段を上がるんだ?
という疑問に対しての返事をもらう前に、俺たちは階段を抜けて外に出た。
そこは城壁の最上部だった。
空気の違いに、思わず天を仰ぐ。
抜けるような青い空。
それがどこまでも続いている。
ああ、ここは地球ではないんだな。
なぜだか直感的にそれを理解してしまい、全身に鳥肌が立った。
「コータ様はこちらへ」
ルナリス王女に促されてハッとする。胸壁に近づき、壁のへこんだ部分から顔を出してみた。
「お気をつけください」
そこには、剣を持ち甲冑を身に纏った兵士たちの姿があった。巨大な狼のような魔物、しかもその大群と戦っていた。
城を背にした兵士たち。
森を背にした巨大な狼たち。
どこまでも続く2つの波がうねるようにぶつかり合っていた。
「これが魔物との闘い……」
四方八方に飛び回りながら牙を突き立てる狼の姿をした魔物たち。ヴァレンシアの兵士たちは、その攻撃をなんとか剣と小さな盾で防いでいる状態だった。
アニメや映画の中でしか見たことがなかった光景だ……。
いや違う。
作られたきれいな戦いなんかじゃない。
どちらの軍も傷つき、血を流している。
肉の切れる音。骨のぶつかり合う音。
ふいに血生臭いニオイが鼻を突き、思わずえずいてしまった。
眼下に広がっているのは――まぎれもなくリアルな戦場だった。
「うぷ……かなり押し込まれているな……」
狼たちの動きは俊敏で数も多く、兵士たちは防戦一方だった。
素人目に見てもかなりの劣勢。
「なあ、けっこうヤバいのか……?」
ルナリス王女のほうを見やる。
ルナリス王女は一瞬だけ俺のほうに視線を送ってきた後、城下の兵士たちに向かって大声を張り上げた。
「魔導遊撃隊、射撃構え~~~~~~!」
ルナリス王女の声に反応し、前線の兵士たちは反撃をやめ、剣と盾を交差させて防御態勢に回る。
「魔導遊撃隊、射撃構え! 弓騎兵隊は引き続きその場で待機!」
城下からも同じ掛け声が。
姿は見えないが、おそらくミカルミさんの声だ。
「我が軍に力を。
前線の兵士たちが防御の構えを解き、一斉に後退。
その直後、狼の魔物たちに向かって、無数の炎の矢が降り注ぐ。
逃げ惑う狼たち。
しかし、逃げ遂せたのはごく一部だった。
そのほとんどは炎の矢に貫かれ絶命。または深手を負い、炎に焼かれて暴れまわっている。
形勢が一気に逆転した……んじゃないだろうか。
「これが魔法……」
すごい。
それしか言葉が出てこない。
遅れて、焼けた肉のニオイが鼻を突く。
普通に美味そうなのに……凶暴な魔物……何とも言えない複雑な気持ち……。
「まだです。敵本隊が来ます」
緊張したように強張るルナリス王女の表情。
これから本隊って、今のって本隊じゃないの⁉ 前哨戦だったってこと?
ウソだろ……?
「歩兵第二陣、前へ~~~~~! 横陣隊形、盾構え!」
「弓騎兵隊構え!」
なるほど。
歩兵はいくつかの部隊があって、順番に……さっきよりもだいぶ人数が多い! 10人のブロックが……いくつだ? こっちも第二陣が本隊ってことか。
でも出てきた弓騎兵隊はかなり人数が少ない……。100騎もいないな。
これ、大丈夫なのか……?
って、騎兵って馬に乗ってるわけじゃないのか。あれは何の生き物?
なんか翼生えていないか⁉……もしかして、ペガサス? ここってマジで異世界なんだなあ。
うわっ、ペガサス(?)が翼を開いて飛んだぞ!
おおー! すぐ目の前まで!
かっこいいなあ。俺も乗ってみたい!
あ、ペガサスに乗っているのって、ミカルミさんじゃん。
今こっちを見た?
「ミ~カ~ル~ミ~~~!」
背後からルナリス王女の殺気が……。
ちょっと? なんで今その剣を抜いたの⁉
「ちょっ!」
俺関係ないよね⁉
剣の腹で俺の頬をペチペチするのはやめてくださらない?
冷たくて……気絶しちゃいそう。
「放て~~~~~~!」
うるさっ!
耳元でルナリス王女の大声……。
ペガサス(?)に乗った騎兵隊が、森に向かって空中から一斉に矢を放つ。
敵の姿はまだ見えない。
しかしさっきルナリス王女は敵の本隊が来ると言っていたよな。
「魔物の中には、魔法や
と、ルナリス王女。
「狼の姿が見えないのって……」
「
「そのアビリティってなんだ? 魔法とは違うのか?」
俺の知っているアビリティという言葉は、能力や才能って意味だと思うが。
「コータ様に伝わる言葉で表現すると、通常とは異なる能力、『異能力』とでも言いましょうか」
「異能力……。特殊な魔法ってことか」
なんとなくイメージはつく、気がする。
おそらく超能力的な……。
「魔法とは異なります。魔法は自然界に存在する『地・水・火・風』の4大元素と術者の魔力を混合させて増幅や変質をさせる術のことです。一方で
わかったようなわからないような。
「
「神託ってことは、やっぱりこの世界には神様がいるんだな」
「はい。私たちには神の姿を見ることはできませんが、賢者や神官は『神託』を授かることができます。神はしばしば『預言』という形で、私たちを助けてくださるのです」
日本と比べると、神という存在がより身近なのかもしれないな。
「コータ様が、『危機的状況にある我がヴァレンシア国を救う勇者である』というのも神から授かった預言なのです」
「なんだよそれ……」
俺はこの世界の神様に選ばれたってこと?
「さすがに人違いじゃないのか……? 俺はこの世界の人たちから見たら異世界人で、魔法も使えないし、もちろん
「神託により、コータ様の居場所や迎え方、何が好きで何が苦手なのかなどの詳細な情報を手に入れていますから、間違いようがないかと」
おい、神様ー!
俺の個人情報駄々洩れじゃねぇか!
「ルナリス王女は、その神託の通りに日本までやってきた、と?」
「はい。神の導きにより、一時的に時空を超えてお迎えに上がりました。コータ様と夫婦になる私だけが、それを許されたのです」
神の導きねぇ。
「そのわりには、逆ギレして俺のことを刺すっていう力業でしたが……」
「神の導きには2つのプランが提示されていました。1つはコータ様と私の血を混ぜ合わせることにより、帰りの道を作る方法。もう1つはコータ様の血を触媒に、魂だけを連れ帰る方法でした」
「平和的なプランがあったんじゃん! だったらなんであんなつらい思いをして俺は刺されなきゃいけなかったんだ……」
「あれは全部コータ様が悪いんです! 私、すごくがんばって恥ずかしい格好もしましたのに……」
あ、このタイミングで泣き真似はずるくないか⁉
俺が悪いみたいな感じにするのはおかしいだろ!
無理やり結婚を迫ってきて、逆ギレしてナイフで刺してきたほうが悪いに決まっているじゃんか!
「素直に従って一緒に来てくださればあんなことには……」
だからそんな選択肢は――ん、今のは何だ?
目の端で何かが光った、気がした。
いや、気のせいか?
この城壁には俺とルナリス王女と、数人の兵士しかいない。
ほかには何もない。
俺の隣に立ち、胸壁の間から戦場を確認する兵士。
そのすぐ近くで、再び光がちらついた。
やっぱり気のせいじゃないっ!