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第8話 俺は別にその……特別ケモナーってわけじゃないから……ね?

 階段を駆け上がり、すぐ目の前にいた人物――頭からすっぽりとローブを被った男の肩を叩いて話しかける。


「おい、この音は何だ? 何があった⁉」


「むろん敵襲です! ゆ、勇者様⁉」


 存外に高い声。

 男ではなく女だったのか。目深にフードを被っていてわからなかったわ。


「あ、急に呼び止めてすまない。敵襲とは……魔王軍か?」


「いえ、魔物の襲撃です。最近非常に多いのです……」


 ローブの女が大きなため息を吐いて首を振る。

 それだけで深刻な様子がうかがえる。


「魔物か……。どんな感じなんだ?」


 せっかくなのでローブの女に、これまでの経緯や戦況などを軽く教えてもらった。


 ここ半年ほど、魔物の襲撃が相次いでいることがわかった。

 その原因は、このヴァレンシア国を守る国宝(『アーティファクト』と呼ぶらしい)が、急激に力を失ってきていて、結界の力が弱まっているせいらしい。人が暮らせるように結界を張って国土を維持しているが、国宝アーティファクトの力が弱まると、魔物や他国の兵士が攻め入ってこれてしまうのだとか。

 国宝アーティファクトの力が健在なら、国民はその祝福を受けることができるという。その祝福さえあれば、結界内の戦闘で自国の兵士が傷つくこともないのだが、今はそれが弱まっているため、徐々に戦闘で傷つく兵士が増えつつあるらしい。

 さらに今は、ひっきりなしに魔物たちの襲撃が発生しているため、精神的にも摩耗していてかなり限界が近い、と。


 控えめに言っても窮地に立たされているって感じだな。


「じゃあこれから討伐に出るんだな。俺も――」


 と、言いかけてみたが、「勇者様」なんて呼ばれていても、俺は普通の人間だ。俺なんかが戦場に出て、何ができるというのだろう。

 きっとここは剣と魔法でドンパチやり合う世界なんだ。武術もロクに修めていない俺に出る幕はないだろう。もちろん魔法なんてものは使えないしな。


 だがそうなると、俺は何のためにこの世界に呼ばれたんだろう……。


「勇者様! コータ様! こちらにおいででしたか。地下に居られないので大変心配いたしました」


 周りの兵士たちがざわつく中、遠くからでもよく通る声が聞こえてくる。


 振り返ると、ルナリス王女の姿があった。

 さっきまでのドレス姿から、予告していた制服姿ではなく、金属の鎧姿へと着替えていた。

 しかしこれもまた凛々しくて似合う……。


「お前その格好……王女殿下も戦線に立たれる……のですか?」


 って、これで敬語は合っているか?


「ええ、もちろん。コータ様。『王女殿下』などと他人行儀な。私たちは夫婦ですのに。いつものように愛称で呼んでくださってもよろしいですのよ♡」


 重い重い! 2重の意味で重いわ!

 鎧を着たまましな垂れかかってくるな。


「まだ夫婦じゃないし、愛称って……さっき名前を知ったばかりだろう」


 圧倒的に距離感がおかしい……。


「で、殿下。そろそろ待機部隊への出撃命令をお願いしたく……」


 かなり遠慮がちに話しかけてきたのは、さっき俺が肩を叩いて呼び止めたローブの女。

 俺とルナリス王女の様子を遠巻きに見て、周りの兵士たちが混乱しているのが見て取れた。


「何? 夫婦の語らいのひと時を邪魔するの? さっきはコータ様とずいぶん親し気に話をしていたわね。魔導遊撃隊・ミカルミ隊長……。そう……コータ様と私の間に割って入ろうというの? そうなの……あなたは私の敵……?」


「めめめめ滅相もございません! 私はただ魔物の襲撃が!」


 かわいそうなくらいペコペコと頭を下げるローブ女――ミカルミ隊長さん。


 コイツやっぱやっべーわ……。

 部下相手にガッツリ気味にメンヘラ発動してるじゃんか……。

 俺がちょっと話をしただけで浮気相手か何かと思われてるのか? いや、浮気とか、そもそも夫婦でもないし付き合ってもいないんだが?


「ふ~ん? そういうことかしら? 魔物相手だと言えば私が引くとでも? あなたがコータ様に色目を使っていたのをこの目ではっきりと見ましたからね。話を逸らせばごまかせるとでも思っているのかしら?」


「私はそのようなことは一切!」


 ミカルミ隊長は、頭をすっぽり覆うほどのフードを被っていて、色目どころか顔すら見えていないんだが……。ここまでパワハラが過ぎると、さすがにかわいそうになってくるな……。


 と、ミカルミさんが頭を下げ続けて100回目くらい――はらりと頭のフードが脱げる。


 OH! ミカルミさんの頭にイヌミミが生えている!


「獣人……?」


 思わず口から独り言がこぼれてしまった。


 俺の声に反応し、ルナリス王女の鋭い眼光が突き刺さってくる。 


「コータ様……?」


 あ、やべっ。


「まさかコータ様は……こういう女がお好みなのですか……?」


「いや、そういうことではなく……日本には獣人っていなかったから、初めて見たなーって」


 生で見たからちょっと感動しただけなので、大丈夫です!

 俺のことは気にせず、そちらで話を続けて!


「そうですかそうですか。私もこういう耳が生えていれば結婚していただけるのですね? なるほど……あなたの耳、少し貸してくださる?」


 狩人の目だ……。

 このままだとミカルミさんのイヌミミが引きちぎられちゃうのでは⁉

 ミカルミさん、逃げてっ!


「お、俺は別にその……特別ケモナーってわけじゃないから……ね?」


「ケモナー……たしか獣人族を愛する者たちのことでしたか。日本にもそのような文化がございましたね。しかし、コータ様の所蔵品の中にはそういったものは多くありませんでしたが」


「おい! なんで俺のお宝同人誌所蔵品のことを知っているんだよ⁉」


 まさか……部屋に侵入したのか⁉


「日本のセキュリティなど、私から見ればあってないようなものでしたわ。コータ様のことはすべて存じ上げておりますのでご安心くださいませ」


 俺のプライバシーって一体……。


「コータ様は獣人よりも制服がお好きですものね♡ 大丈夫ですよ。た~くさんの種類の制服をご用意いたしますからね♡」


 いやーーーーーーーー!

 見ないで見ないで見ないで!

 兵士の人たちもこっち見ないで!

 ひそひそしないで!


 人をそんな制服フェチみたいに言わないで!

 ほんのちょっとだけ興味があるだけだからね⁉ 俺の年齢なら普通程度の興味だから!


 ああ……もう死にたい……。

 いや、二度と死にたくはないわっ!


「ミカルミ、疑って悪かったわね。行きなさい」


「滅相もございませんっ! まままま魔導遊撃隊、並びに弓騎兵隊、出撃しますっ!」


 やっと出撃命令をもらえたミカルミさんが、矢のような速さで部下を従えて駆け出していく。

 中間管理職……どこの国でも大変なんだな……。


「コータ様。我々も出ます。ついて来てください」


 やっぱり俺も出撃するんですね?

 戦場って初めてなんですけど……大丈夫ですかね?

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