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第7話 コータ様のお好きな制服はどれかしら……

「改めまして勇者・コータ=トリィ様。ヴァレンシア国へようこそおいでくださいました」


 そう言って、ストーカー女が深々と頭を下げる。


 こういう仕草がいちいち絵になるヤツだな……。

 慣れているんだろうな。


「ヴァレンシア国、ね。お前のほうは、俺の名前を知っていたんだな……」


「はい、お名前だけではなく、勇者様のことは何でも存じ上げていますよ」


 そこでの微笑みはさすがに怖い……。

 ストーカー女の本領を発揮するんじゃないよ……。


「俺はお前のことを何も知らないんだが? それこそ名前もな」


 俺のほうだけ何でも調べ上げられているのは状況が不利過ぎる。

 この後どうするかも含めて、情報がほしいな。

 しっかしなあ、俺が国を救う勇者、ね……。聖剣を使って魔王を倒す、とかなのかね? 怖すぎるんだが……。


「申し遅れました。私はヴァレンシア国第一王女のルナリス=ヴァレンシアと申します」


「お前、王女……だったのか」


 どことなく高貴な雰囲気を感じてはいたけれど、まさか王女様とはね。

 言われてみれば、なんか高そうな金装飾がいっぱいついたドレスを着ている……。似合ってはいる、な。TPO的に言っても、おそらく高得点が出るだろうな。


「し、失礼しました! 勇者様の前でこのようなダサい服装を! 儀式のためにどうしても必要でして……すぐに着替えてまいりますね」


 俺の視線をファッションチェックと勘違いしたのか、慌てだすストーカー女、もといルナリス王女。


「いや、そのドレスはけっこう似合っている、と思うぞ? TPOを弁えるなら、今はワンピースのような軽装よりも、そのドレスのほうがポイントが高い、んじゃないかな?」


 たぶんそうだと思う。

 この国での常識を知らないから、たぶんでしかないが。


「そう、でしょうか……? ですが、やはり勇者様のお好みに合わせたほうがよろしいでしょうね」


 俺の回答に納得いっていない様子。


「これから婚姻の儀を執り行うのですから、勇者様のお好みの格好のほうが良いかと思いまして」


「婚姻の儀?……誰と誰の?」


 いや、俺もそこまで鈍感じゃないから、わかっているけれど念のため、な?


「私とコータ様のですわ。私の婿になり、この国を救ってくださいませ」


 ですよねー。

 最初からそうおっしゃっておられましたもんね?

 だが断る!


「急にそっちの都合で異世界転生させられたら困るんだよな。こっちにも都合ってものがあってだな。俺は学生だから勉強が本分なの! 受験勉強とかいろいろあるんだよ。早く元の世界に帰してくれよ」


 いくら美人で巨乳で王女様でも、ストーカー女は危ない。

 また刺されたりしたら、たまったもんじゃないしな。次はどこの世界に転生させられるのやら、だ。


「できませんわ」


 ルナリス王女はきっぱりと言い切る。


「できないって……。召喚された理由をクリアしないとダメってことか? 魔王を倒さないと、とか?」


 俺に魔王なんて倒せるだろうか……。


「違います」


「魔王だけじゃダメなのか? 何を倒すと帰れるんだ?」


「何を倒されましても、コータ様が元の世界にお帰りになることはできません」


「なんでだよ⁉」


「あちらの世界でのコータ様はすでにお亡くなりになっておいでです。聖剣アルデギオンの力を使い、コータ様の魂をあちらの世界に飛ばしたとしても、戻る肉体がないのです」


 刺されて死んだから……。

 そうか、俺の体はきっと今頃火葬されて……。


「俺は帰れない……」


 目の前が明滅し、意識を失いかける。

 俺は死んだのか……。


 ようやく自分の死が理解できた、そんな気がした。


「俺はこの世界で生きていくしかない、と?」


「そうですわ。現状把握が済みましたか? それではさっそく婚姻の儀を始めましょう。そろそろ起き上がってくださいな」


 重たい体を何とか動かし、のっそりと起き上がる。

 ルナリス王女の指示を受けたのか、ぞろぞろと大勢の人間が部屋のドアから出ていくのが見えた。気づかなかったが、この部屋の中にはたくさん人がいたのか。


「私も着替えてまいりますね。コータ様のお好きな制服はどれかしら……」


「ちょっ!」


 俺は別に制服好きってわけじゃ!

 あれは周りと比較してお前があまりに際立っていたせいで!


 って、あー、行ってしまった。

 どう言い訳をしても納得しなさそう。

 俺は『制服好き』という不名誉なレッテルを張られてしまったというのか……。



 手持無沙汰になり、なんとなく周囲を見渡す。


 ほんのり薄暗い部屋には何もなかった。

 ここは地下室か何かだろうか。


 床には怪しげな魔法陣のようなものが描かれている。

 これが俺の異世界転生を成した魔法……か?


 部屋の四隅には一定周期で色が変化する電灯が灯っている。

 もしかしたら魔法のライトかもしれないな。触ったら怒られるかな?


 おそらくこの世界には魔法があるということだよな。あとは神託や預言という話もしていたし、神のようなものも実在する世界なのだろうな。


 俺にも魔法が使えるようになったりするのだろうか。それにはちょっと憧れる。せっかくなら大魔法使いになって、火の雨を降らせたりしてみたいな。


 いやしかし、その前に結婚……。

 向こうは俺のことを知り尽くしているのに、俺は何も知らないに等しい。

 17歳で結婚とか……。

 そもそも人のことを急に刺してくるようなストーカー女だし……。

 でも恐ろしく美人で巨乳で王女様……。いやいや、でもストーカー……。


 まいったな。



【ウー・ウー・ウー・ウー・ウー・ウー】


 けたたましい音が周囲に響き渡る。


 あきらかに警戒音。

 この世界の常識を知らずとも、本能で理解できる。 


 俺は重たい鉄扉を開けて地下室を飛び出す。

 目の前にあった階段を駆け上がって上階へ。


 緊急事態だ!

 まずは誰かと合流しなければ!

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