「改めまして勇者・コータ=トリィ様。ヴァレンシア国へようこそおいでくださいました」
そう言って、ストーカー女が深々と頭を下げる。
こういう仕草がいちいち絵になるヤツだな……。
慣れているんだろうな。
「ヴァレンシア国、ね。お前のほうは、俺の名前を知っていたんだな……」
「はい、お名前だけではなく、勇者様のことは何でも存じ上げていますよ」
そこでの微笑みはさすがに怖い……。
ストーカー女の本領を発揮するんじゃないよ……。
「俺はお前のことを何も知らないんだが? それこそ名前もな」
俺のほうだけ何でも調べ上げられているのは状況が不利過ぎる。
この後どうするかも含めて、情報がほしいな。
しっかしなあ、俺が国を救う勇者、ね……。聖剣を使って魔王を倒す、とかなのかね? 怖すぎるんだが……。
「申し遅れました。私はヴァレンシア国第一王女のルナリス=ヴァレンシアと申します」
「お前、王女……だったのか」
どことなく高貴な雰囲気を感じてはいたけれど、まさか王女様とはね。
言われてみれば、なんか高そうな金装飾がいっぱいついたドレスを着ている……。似合ってはいる、な。TPO的に言っても、おそらく高得点が出るだろうな。
「し、失礼しました! 勇者様の前でこのようなダサい服装を! 儀式のためにどうしても必要でして……すぐに着替えてまいりますね」
俺の視線をファッションチェックと勘違いしたのか、慌てだすストーカー女、もといルナリス王女。
「いや、そのドレスはけっこう似合っている、と思うぞ? TPOを弁えるなら、今はワンピースのような軽装よりも、そのドレスのほうがポイントが高い、んじゃないかな?」
たぶんそうだと思う。
この国での常識を知らないから、たぶんでしかないが。
「そう、でしょうか……? ですが、やはり勇者様のお好みに合わせたほうがよろしいでしょうね」
俺の回答に納得いっていない様子。
「これから婚姻の儀を執り行うのですから、勇者様のお好みの格好のほうが良いかと思いまして」
「婚姻の儀?……誰と誰の?」
いや、俺もそこまで鈍感じゃないから、わかっているけれど念のため、な?
「私とコータ様のですわ。私の婿になり、この国を救ってくださいませ」
ですよねー。
最初からそうおっしゃっておられましたもんね?
だが断る!
「急にそっちの都合で異世界転生させられたら困るんだよな。こっちにも都合ってものがあってだな。俺は学生だから勉強が本分なの! 受験勉強とかいろいろあるんだよ。早く元の世界に帰してくれよ」
いくら美人で巨乳で王女様でも、ストーカー女は危ない。
また刺されたりしたら、たまったもんじゃないしな。次はどこの世界に転生させられるのやら、だ。
「できませんわ」
ルナリス王女はきっぱりと言い切る。
「できないって……。召喚された理由をクリアしないとダメってことか? 魔王を倒さないと、とか?」
俺に魔王なんて倒せるだろうか……。
「違います」
「魔王だけじゃダメなのか? 何を倒すと帰れるんだ?」
「何を倒されましても、コータ様が元の世界にお帰りになることはできません」
「なんでだよ⁉」
「あちらの世界でのコータ様はすでにお亡くなりになっておいでです。聖剣アルデギオンの力を使い、コータ様の魂をあちらの世界に飛ばしたとしても、戻る肉体がないのです」
刺されて死んだから……。
そうか、俺の体はきっと今頃火葬されて……。
「俺は帰れない……」
目の前が明滅し、意識を失いかける。
俺は死んだのか……。
ようやく自分の死が理解できた、そんな気がした。
「俺はこの世界で生きていくしかない、と?」
「そうですわ。現状把握が済みましたか? それではさっそく婚姻の儀を始めましょう。そろそろ起き上がってくださいな」
重たい体を何とか動かし、のっそりと起き上がる。
ルナリス王女の指示を受けたのか、ぞろぞろと大勢の人間が部屋のドアから出ていくのが見えた。気づかなかったが、この部屋の中にはたくさん人がいたのか。
「私も着替えてまいりますね。コータ様のお好きな制服はどれかしら……」
「ちょっ!」
俺は別に制服好きってわけじゃ!
あれは周りと比較してお前があまりに際立っていたせいで!
って、あー、行ってしまった。
どう言い訳をしても納得しなさそう。
俺は『制服好き』という不名誉なレッテルを張られてしまったというのか……。
手持無沙汰になり、なんとなく周囲を見渡す。
ほんのり薄暗い部屋には何もなかった。
ここは地下室か何かだろうか。
床には怪しげな魔法陣のようなものが描かれている。
これが俺の異世界転生を成した魔法……か?
部屋の四隅には一定周期で色が変化する電灯が灯っている。
もしかしたら魔法のライトかもしれないな。触ったら怒られるかな?
おそらくこの世界には魔法があるということだよな。あとは神託や預言という話もしていたし、神のようなものも実在する世界なのだろうな。
俺にも魔法が使えるようになったりするのだろうか。それにはちょっと憧れる。せっかくなら大魔法使いになって、火の雨を降らせたりしてみたいな。
いやしかし、その前に結婚……。
向こうは俺のことを知り尽くしているのに、俺は何も知らないに等しい。
17歳で結婚とか……。
そもそも人のことを急に刺してくるようなストーカー女だし……。
でも恐ろしく美人で巨乳で王女様……。いやいや、でもストーカー……。
まいったな。
【ウー・ウー・ウー・ウー・ウー・ウー】
けたたましい音が周囲に響き渡る。
あきらかに警戒音。
この世界の常識を知らずとも、本能で理解できる。
俺は重たい鉄扉を開けて地下室を飛び出す。
目の前にあった階段を駆け上がって上階へ。
緊急事態だ!
まずは誰かと合流しなければ!