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第4話 企業倫理、どこいった? すみっこ社員、絶賛変態中ですが、まだ心は干し草です。

パスワードを入力し、秘蔵ファイルを開く。

入社以来こつこつ記録してきた、画像付きモラハラ日誌とリンク先の動画ファイル一覧──その全貌を、〝身体の主人〟に披露することにした。


『ふーん。あなた、〝綾坂花〟って言うのね。入社二年目か。わたくしより二つ下……にしても、マメじゃない。って几帳面なんだー』


『えっ……?』


いきなり名前で呼ばれてドキッとする。

親以外に下の名前で呼ばれたのなんて、中二以来だ。ずっと、すみっこ女子で生きてきたから。


『あら、花もわたくしのこと、〝ララ様〟って呼んでいいのよ?』


……えっと、自分には〝様〟つき?


でも、なぜだろう。嫌な感じはしなかった。

味方なんていないこの職場で、亡霊でも悪霊でも、「主人」と名乗る存在と秘蔵ファイルを共有したことで、ほんの少しだけ親近感が生まれた。……気がする。


『では、ララ様。始業までの間、プレゼンさせてください』


そこには、二百件を超えるモラハラ案件が克明に記録されていた──。


偽の会議室を指定された。

私が出るまで電話に誰も出ない。

質問しても、わざと無視される。

自分だけ業務の連絡から外される。

机にはゴミみたいな不要書類が山積み。


トイレや休憩から戻ると、机の備品が微妙に変えられている〝地味ホラー〟。

私物のペンや付箋がなぜか忽然と消えたり、物理的に破壊されていたりするのも日常茶飯事。

これ、もう業務妨害でしょ?


──まだ終わらない。


ちょっとした伝達ミス。ほんの些細なことでも、まるで鬼の首でも取ったかのように吊し上げられる。

それも人前で、公開処刑スタイル。

で、最後はお決まりのクスクス笑いのオマケ付き。


さらに、聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量で、悪態をつぶやかれる。

裏では私の名前でトークが盛り上がってる。悪口オンリーで。


そして、大切なお花を傷つけられる……。


『すべて、画像や動画、そしてボイスレコーダーに記録しています。いつでも証拠として提出できますし、バックアップも完璧です』


先ほど撮影した画像を添付して、ファイルを静かに閉じる。


『なるほどね。これはなかなかの量ね。絵梨花Grも問題だけど、それを放置してる上司や周囲もどうかしてるわ。企業倫理が崩壊してるレベル』


──認めてくれた!……ちょっと、いや、かなり嬉しいかも!


『で、主犯の絵梨花って?』

『あっ、彼女は今日は在宅勤務です。他の人も有休とか在宅が多くて……』

『花は在宅しないの?』

『めちゃくちゃしたいです。でも、絵梨花がシフトを決めてて、課長がそのまま承認するんです。なので、私は常に出勤組です』


『……それも立派な嫌がらせじゃない。ますます許せないわね。こんなの、すぐファイルを公開して訴えるべきよ!』


でも──


自分にも原因があるって、分かってる。

上手く人と話せない、距離の取り方が分からない。だから、余計に躊躇してしまう。


それに、ファイルを公開すれば、関係ない人にまで波紋が広がる。特に、あの人には……迷惑をかけたくない。

きっと私は〝組織に馴染めない反乱分子〟として上層部のブラックリスト入り。合法的なモラハラ──例えば配置転換とか、遠回しな左遷とか──が始まるのだろう。


だって絵梨花のお父様、役員なんだもの。


……そう思うと、どうしても腹を括れないでいた。


『なるほどね。迷ってるってわけか。そのファイルは〝お守り〟みたいなもんね。──でも、本気でやるなら、人事や組合じゃダメ。退職覚悟で〝お上〟に訴えるしかないわよ』


〝お上〟って……ああ、労働基準監督署か。


『ララ様、それは最終手段として温存中です。今は……精神が持ちこたえる限り、自分の価値を高めて、ポジションを確保して……そしていつか絵梨花を〝ぎゃふん〟と──』


うぐっ、く、くるしい!

なにこれ、胸が……締めつけられるように……!


『ちょっと花!?話は後よ!早くトイレ行って!』

『は、はいぃぃ!』


訳も分からず、私はトイレへ駆け込んだ。

胸が、苦しい。いやもう、ブラジャーの締めつけが尋常じゃない。背中に食い込んだホックが、これまた全然外れない!


やばい。もう始業時間だってば。

〝敵〟たちに新たなネタを提供したくない……!でももう限界!


「やむを得ない……!」


ポケットから事務用のカッターナイフを取り出し、躊躇なくブラジャーを裂いた。びりっ。


──すると。


「……えっ!?」


自分の胸を見て、思わず声を上げた。


なに、このおっぱい。

見覚えがない。ていうか、サイズが全然違う。私のひんやり切ない貧乳じゃない。


『あらまぁ~、〝わたくし化〟の兆候がこんな形で出たのね。ふふ、次はウエストのくびれとプリッとしたお尻かしら~』


『え、ええ!?ちょ、ちょっと待ってください、これは一体!?』


『だから言ったじゃない。この身体の〝主人〟はわたくし。魂がだんだん馴染んできたって証拠よ』


『で、ではこの立派なバストは……』


『ええ。わたくし、巨乳だったから』


うそでしょ……!?

私、私じゃなくなってく!?

これって、まさか、ララ様に──変態(物理)していくってこと!?


ヤダぁぁぁぁ!


『でもほら、おっきなお胸になって、ちょっと嬉しいでしょう?ね?』


『いえ、ぜんっぜん嬉しくありません!巨乳とか、特に求めてないんですけどぉ!?』




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