これからは、ララ様の下着を身につけるのか……。
なんというか、もう違和感しかない。でも仕方ない。新しい下着を買う余裕なんて、今の私には皆無だ。
というわけで、今ララ様の自宅へ向かっている。
でも正直──今日一日、ノーブラで過ごしたこのヒリヒリ感、二度と味わいたくない。
歩くたび、胸がこれ見よがしに揺れるのだ。
もう、なんか別の生き物飼ってる気分。
これが、私の〝ララ化〟ってやつなのか……?
終着点はどこなの……?
『ふーん、ララ化ねえ。まあ、この肉体に馴染んできて、いろいろ分かってきたわよ』
『……ララ様、心を勝手に読まないでください』
『大事なことだから聞いてちょうだい。あのね、身体の〝主人〟はあくまでわたくし。でも、自我は花のままみたいね。思ったより脳神経細胞の遺伝子が、頑固で強靭らしいのよ~』
『えっ、それって……じゃあ、私はこれからも〝綾坂花〟として生きていけると?』
『たぶんね。でも、肉体や顔つきの半分くらいは、そのうちわたくし寄りになってくると思うわよ。よかったわね~、美人になれて』
……それは嫌味ですか?
ていうか、そもそもあなたのご尊顔、見えてないんですが。
『ま、とにかく。美しく変貌を遂げたら、絵梨花にリベンジしましょ!』
『えっ、いや、それは……ど、どうやって……?』
『美しいってのは、立派な武器よ。ふふ、作戦はわたくしにお任せあれ』
『……はぁ』
頼もしいような、危ういような。
でも、ほんの少し、心が軽くなった気がする。味方がいるって、こんなに心強いんだ。
たとえ外見は〝ララ様仕様〟に変態中でも、私は私。──いや、たぶん。おそらく。できれば、そうであってほしい。意識の中にいるもう一人の存在が、日に日に影響力を増してる気はするけど……。
『ところで、さっき連絡した〝弟様〟って、あの方ですか?』
『ええ。花より一つ年下よ。仲良くしてあげて』
『は、はい……』
ララ様の自宅と思われる高層マンションの前に、爽やかな好青年が立っていた。ただ、周囲の様子が明らかにおかしい。パトカーが何台も並び、警官がひっきりなしに出入りしている。まるで事件現場だ。
『……あら、入れる雰囲気じゃないわね』
『あの、これは一体……?』
『実はわたくし、殺されたのよ』
『ええーーっ!?』
し、死んだのはわかるけど、殺されたって、そんな……!
てっきり事故とか病気かと……。
で、なんで殺されることに!??
『あの……このあと〝ララ様の友人〟として弟様に会うんですから、事前情報をもっとください!』
私は足を止めた。これ、単に部屋を開けてもらって下着を回収するだけの〝おつかい〟じゃ済まない気がする。なんだか急に重たくなってきた。
『ざっくり言うと──わたくし、風俗嬢だったの。箱ヘル勤務ね。ランカーのキャストだったから、太客も多くて……特に一人、執着というか粘着してきた男に、店の近くで刺されて死んじゃった。なのであのマンションが現場じゃないから安心して。ちなみに弟には詳しく話してないわ──以上、健闘を祈る!』
い、いやいや、情報過多です!まず〝箱ヘル〟って何!?〝ランカー〟って……格ゲーの話じゃなくて!?
脳内パンク寸前の私の前に、〝弟様〟が歩み寄ってきた。顔に「誰?」って書いてあるような表情で。
「……綾坂さん、ですか?」
「は、はい。綾坂花です……」
間近で見ると、とんでもない美形。彫刻みたいに整った顔立ち、モデルみたいな長身、そしてシャツ越しにわかるしなやかな筋肉──
これが……
「えっと、このたびは……ご愁傷様です」
深くお辞儀をした。彼も静かに一礼。が、なぜかそのあと私の顔をじーっと見つめてきた。
え、近い、見すぎ……ま、まさか見破られた!?
「もしかして……外注課の……あ、ごめんなさい。勤務先に同姓同名の人がいて、つい」
え?会社の話?ってことは……?
「外注課の綾坂は、私ですけど……?」
「ああー、やっぱり!生産管理部の伊集院翔です。メールでよくやり取りしてますよね」
「あっ……!」
その名前、確かに見覚えがある!
業務メールで淡々と事務的なやり取りをしてた、あの〝伊集院翔〟さん!?
え、この人だったの!?美形すぎません!?
これは──もしかして運命の出会いってやつですか?干し草のように地味で乾いた人生を送ってきた私だけど……今、風が……吹いた気がする。