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第7話 うつむきがちOL、姿勢を正して乳を揺らす。これが反撃の狼煙です。

カツン、コツンと、不慣れなヒールの音を響かせながら職場へ向かって歩く。

私はいま、ララ様の指導のもと、やりたくもない〝美しい歩き方〟の特訓中だった。


『背筋を伸ばして!丹田を意識して!』


……えっと、どうしてこんなことになっているかというと。


『花、今日からじわりじわりと攻めていくわよ』

『攻め……ですか?』

『反撃よ。まずは歩き方からだけどね』


はい、反転攻勢には賛成します。しますけど……歩き方と何の関係が?

確かに私は、少しうつむき加減で歩く癖がある。ネガティブ思考が猫背に現れているんだと思います。しかも巨乳の重みと、それを恥じる気持ちが合わさって、姿勢の悪さに拍車をかけてるのも自覚はある。


『美しさは武器って言ったでしょう?ちょっとした所作で、男なんてあっさり味方になるのよ。だから、わたくしの言うことを聞いておけば間違いないわ』


容姿端麗、才色兼備──。

その言葉は、自分には縁のないものだと思ってた。

辛うじて〝才〟は絵梨花やお局よりマシだと自負してるけど、それ以外は……まあ、ね?


でも、それは〝私らしさ〟とは違う。

美貌を得たとしても、それで男性を味方にするなんて──そんな色気で勝負するなんて……ん?


『ララ様、ひとつ疑問が……』

『ファッションやメイクのこと?美しさを語りながらファンデは薄づき、ダサめのメガネに黒い枝毛チラ見せのボサ髪、そしてスーツは着たきり雀。唯一、変化があるとすれば、セクシーランジェリーを装備してるってだけで、劇的なビフォーアフター感ゼロよね』


ひ、ひどい……。でも反論できない自分が悔しい。


『花の衝撃デビューは謝恩会よ』

『しゃ、謝恩会……っ!』


思い出してしまった。

陰キャでコミュ障の私にとって、地獄なイベントが刻一刻と迫っているということを……。


『それまでは美貌は小出しに。今はまだ〝準備期間〟ってわけ。でもね、歩き方や仕草は一朝一夕じゃ身につかないの。だから今のうちに練習するのよ。お分かり?』


ま、まぁ……完全には納得してないけど、謝恩会の場で嫌な思いをしたり、またボロボロに傷つく未来は容易に想像できる。味方がいるだけでも心強いのは事実だ。


『納得したなら、今日から特訓開始よー。まずは歩きからね!』

『はぁ……』


──そして、今に至るわけで。

だけど、ララ様の指導は、悔しいくらいに的確だった。


「頭の上から吊られているように意識して、重心は丹田。足はクロス気味にテンポよく──そう、リズムが大事よ」


これが、妙にイメージしやすい。

そして何より、〝自信を持つこと〟が姿勢にまで影響を与えるんだと、身をもって知ることになった。

……その〝自信注入〟の方法が、とんでもなく恥ずかしいんだけど。


『さあ、心の中で高らかに唱えなさい!』

『ほ、本当にやるんですか?』

『自信を引き出す自己暗示よ。さあ、声に出して!』


『……み、みんな~見て見て~!私、きれいでしょ~!』

『いい感じ、しっかり前を見て続けて!』

『わ、私のおっぱい、大きいでしょ!ねえ見て見て~!』

『もっと胸を張って!声も張って!』

『お、おっぱい大きいでしょ~~~!!』


歩くたびに、ぶるんぶるんと揺れる私の胸。

……恥ずかしい。でも、これは武器。魔剣とか妖刀とか、そういうカテゴリに属する〝女子の強力装備〟。

女性には睨まれるけど、男性を味方につけるには圧倒的効果アリ──らしい。


「はぁ、はぁ……ぜい、ぜい……」


地獄の特訓が終わり、更衣室のドアにもたれかかって呼吸を整える。頬を伝う汗が、シャツに染みる。


これ、毎日やるの……?

本当に、男性社員の味方が増えるの……?

姿勢よく歩いて、胸を揺らすだけで?

そもそも私に興味なんて、誰か持ってた?


疑問だけが、頭の中でぐるぐるしてる。


『花、職場でも美しく歩くのよ。胸は隠しきれないんだから、堂々と見せびらかしなさい。それだけで風向きは変わるわ』


……そんなもんなんでしょうか。

だとしたら、それはそれで、ちょっと悲しい。

だって、胸の大きさなんてただの遺伝。

努力じゃない部分に評価が集中するのって、なんかこう……ズルいじゃないですか。


私はロッカーの扉を開け、深呼吸ひとつ。

覚悟を決めて制服の上着を取り出す。


セクシーランジェリーの上から、巨乳をぎゅうぎゅうに押し込むようにしてボタンを留めていく。……きっつきつ。もう笑うしかない。


『で、今日の敵は誰が出勤してるの?』

『え、えっと……後輩モブ男子と、お局の二人です』

『よし。なら早速、お局に仕掛けるわよ』

『えっ……仕掛けるって、なにを!?』

『宣戦布告よ。地味にね~』


ひざが震えた。いや待って。いきなりそんなこと言われても、心の準備がまだ……!


でも、時間はない。あの憂鬱な謝恩会はすぐそこまで迫ってる。

逃げるより、今は一歩を踏み出すしかない。


ララ様を信じて。自分を奮い立たせて。


──さぁ、いよいよ、私の闘いが始まるのだ。


干し草女の反撃です!!


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