プルルル……ピーー……
ファックスの受信音が響く。お局が記録紙を取りに席を立ち、数枚の紙を手に持って、一枚一枚じっくり確認し始めた。
果たして、裏に仕込んだ怪文書に気づくだろうか?
──しかし、そのまま何事もなかったかのように席へ戻り、いつも通りに業務を続け始めた。
……え、スルー!?こっちは心臓バクバクなのに!
と思ったのも束の間。記録紙の内容をシステムに打ち終え、ファイリングに移ったところで──彼女の手がピタリと止まった。
「……なんだ、これは!?」
『うふふ……気づいたみたいね』
お局は目をカッと見開き、口を半開きにしたまま硬直。そして、鬼のような形相でこちらを睨みつけてきた。思わずPC画面の陰に体をずらして隠れる。
──まぁ当然といえば当然だ。
同僚が大切に飾っていた美しい花びらを、ニタニタしながら千切っているところを、前方から隠し撮りされていたなんて、夢にも思わなかったはずだ。
……焦ってる。絶対に、相当焦ってる。
『あら~、すごい見てるわね。モロに花を疑ってるわ。お局ったら、興奮しすぎて血圧上がってるんじゃない?うふふ』
『あ、あの……逆上したりしないでしょうか?怒鳴り込んできたら、どう対処すれば……』
『確証がないから来ないと思うわよ?まあ、万が一来ても、とぼけなさい』
『……は、はい』
お局は記録紙を慎重にコピーし、それをファイリング。怪文書は、引き出しの奥深くにこっそり隠し込んだ。その手つきもどこかぎこちなく、ファイルをデスクから落とすなど、明らかに動揺している。
「有志一同」なんて信じちゃいないだろうけど、かといって──
あの地味な子が、こんな大胆な真似をするだろうか?
──と、思い巡らせているに違いない。
さぁ、私は地味で分かりにくいながらも宣戦布告をした。
大切な花を傷つけるのを、やめてくれるだけでも効果はある。
──けれど、きっとこのままでは終わらない。
相手は手強い。徒党を組み、絵梨花という強烈なボスも控えている。
私も、覚悟を決めなければならないのだ。
その覚悟の一端として──
やりたくもない会計の引き継ぎに挑むことにした。
前任の会計さんから有志会費の繰越金を現金で預かり、通帳を新たに作り直さないといけない。
その他、具体的な業務内容についても確認したけれど……
──かなり面倒だよ?
特に、幹事の東薔薇主任とは打ち合わせをしないと、とても回せそうにない。
企画、ホテルの手配、席表の作成、案内文の準備、景品の買い出し、表彰状やビンゴゲームの手配──
盛りだくさん過ぎて、目眩がしそうだ。
当日は受付や進行補助を担当することになりそう。
さすがに、花束贈呈の大役には選ばれないだろうけど……やること多すぎ!
今のところ、唯一形になっているのは「一年を振り返る業績ビデオ」だけ。
これも「なんで私が!?」と納得いかないながらも、何とか悪戦苦闘して作り上げた。
──なのに、肝心の東薔薇主任からは、いまだに打ち合わせの連絡が来ない。
彼が忙しいのは分かる。分かるけど……
幹事として、どこまで把握してるのか、正直ちょっと疑問だ。
……私から絵梨花グループの彼に、連絡を取らないとダメかなぁ?
景品の買い出しとか、一人じゃ絶対無理だ。
本来、こういう時のために、各課から「お世話役」というサポーターがいるのだけれど──
彼らを采配するのも、幹事の仕事だ。
『ララ様、在宅勤務中の東薔薇主任に、メールで確認した方がいいでしょうか?』
『そーねぇ。絵梨花と東薔薇って、次に出勤するのはいつ?』
『明日です。お二人はいつも同じ曜日で固定してます』
『じゃあ、明日まで待ちなさい』
『え、直接、主任に尋ねるんですか!?』
『それは絵梨花の出方次第ね。うふふ』
ラ、ララ様……何でそんな微笑んでるんですか!?
こ、怖い。
明日が怖すぎる。
──多分、心がズタボロに傷つくと思います。
ああ、私も在宅勤務した~~い!
人と接したくないよお!