お局がエスカレーター前でそわそわしていた。まるで誰かを待っているみたいだ。
……面倒くさいなあ。こっちはこっちで、〝神〟の異名を持つ池園専務をお迎えに行かなきゃいけないってのに。
『ララ様、お局……何か企んでるんでしょうか?』
『決まってるでしょ。男待ちよ、男』
『えっ、お局に……男性なんていたんですか?』
『ふふん。今日の彼女、明らかに気合い入った厚化粧じゃない。張り切ってる証拠よ~。こりゃ面白くなってきたわね』
彼女に関しては、浮いた話など聞いたことがない。少なくとも、絵梨花グループの盗撮・盗聴記録(通称:闇ログ)ではゼロ件だった。
じゃあ一体、誰を……?
そのとき、不意にスマホが震えた。翔様からのメッセージだった。
──「花さん、今ホテルに着きました」
……わ、わざわざ報告くれるなんて……うれしい。私も早く会いたいな。専務が来る前に少しだけでも会えたらいいのに……
そう思った次の瞬間、エスカレーターの方からひときわ甲高い声が響いた。
「翔くーーんっ!」
……はいぃぃぃ!?翔くん、ですって!?
いやちょっと待って、それ、うちの翔様では!?
『やっぱりね。あの人、翔のファンなのよ』
『えっ、どういうことですか!?』
『翔から聞いたことがあるの。書道クラブの先輩にずっと好かれてるって』
……あっ、思い出した。翔様とお局、そういえば繋がってたんだ。
『でも当然、翔はまったくその気なし。だから花、見せつけてやんなさい。ついでに東薔薇にもアピールしときなさい!』
『えっ、み、見せつけるって何をですか!?』
急にそんなミッション振られても困る……けど、私もそろそろエスカレーター前に向かわなきゃいけない。神(=池園専務)をエスコートする大任があるのだ。
……できればお局の近くは避けたかったけど、これはもう運命と割り切るしかない。
やがて、エスカレーターの上から現れた翔様。その瞬間──
「まぁ!なんて素敵なスーツなの~!」
お局、もう完全に舞い上がってる。
近所の叔母さんがイケメン俳優に遭遇したみたいなテンションだ。
「お久しぶりです、山本さん」
「ようこそいらっしゃいました~。えへへ」
あんなデレデレ顔のお局、初めて見たわ。
いつも怒鳴ってばかりの〝鋼鉄の女〟が、今日はすっかり溶けてるじゃないの。
彼女──つまりお局が、翔様にベタベタ張り付いたまま会場の方へ振り向いた、その瞬間。
……ばっちり目が合った。
私がエスカレーター前で仁王立ちしてるのが視界に入ったらしく、さっきまでのデレ顔が一瞬で「般若」に変化!
「どきなさいよ!!」って全力で言いたげな目線に、つい反射で一歩後ずさった。
こ、こわっ……!
でもそのとき──
「わぁ~、花さんだ~!」
翔様の朗らかな声が、私の不安を一掃してくれた。
「えっ!?し、翔く……ん?」
お局の悲鳴(未遂)をBGMに、ラブコメタイム開幕。
見せつけてやるチャンス、まさかの到来。自信はそんなにないけど──いま行くしかない。
「翔さん、ご連絡ありがとうございます。お待ちしてました」
「あっ、そのドレス……?」
「お姉様のを借りました。ちょっと派手すぎる気もしてますけど」
「いや、すっごく似合ってるよ。めちゃくちゃ綺麗だ」
……うそでしょ、もう完全に二人の世界じゃない。
お局はその場でフリーズ、口をぽかんと開けたまま石像化してるし。
もはや専務のお迎えなんてすっかり忘れて、私は翔様の腕に自然と手を添えてしまっていた。
その後ろを、オロオロしながらついてくるお局。
耳元には、ララ様の痛快な一言が。
『うふふ、動揺してるわね~。お局ったら見事に撃沈』
さらに──
翔様と楽しそうに話す私の姿は、しっかり絵梨花と東薔薇主任の目にも焼き付けられたようで。
「あっ……」
東薔薇主任、明らかに目で私を追ってる。うそ、ほんとに注目されてる……?
『いいわね、花。ジェラシーの炎があちこちで燃え上がってるわよ』
『は、はい……(燃やされないように気をつけなきゃ)』
まさかこんなことが起こるなんて、自分でも信じられない。でも──
驚いてる場合じゃない。
今日こそ、絵梨花とお局を〝完膚なきまでに叩きのめす〟と決めてるから。
私の逆転劇は、まだ始まったばかりだ!