「綾坂さん。な~んで〝あなたごとき〟が東薔薇様と秘密を共有してるわけ?本来なら、私に報告するのが筋でしょ~?」
事前にサプライズの内容を知らされていなかった絵梨花は、明らかにご機嫌ナナメ。いや、それだけじゃない。私と主任が親しくしていたこと自体、気に入らないのだろう。
言い返したい気持ちもあったけど──サプライズが成功するまでは余計な火種を撒かない方が得策だと、ぐっとこらえた。
その時、不意にイヤホン型インカムから主任の声が響いた。
「綾坂さん、池園さん。準備、整いましたか?」
「はい」と答えようとした矢先、絵梨花の猫なで声が横から飛び込んできた。
「はぁ~い!東薔薇様~、いつでもどうぞぉ~!」
……ああもう、タイミングかぶせてこなくていいから。
すでに謝恩会は始まっている。私は用意していた花束を絵梨花に手渡し、ステージ脇で控えていた。
「綾坂さん、控室の方へ向かってください」
「かしこまりました、主任」
──部長のご挨拶を聞けないのは少し残念だけど、今は〝神〟こと専務のエスコートという大役が待っている。
まぁ、正直、こうして役割があった方が気が楽でもある。丸テーブルにちょこんと座って、周囲とうまく会話できるか不安だったから。
そんなとき、ララ様の声が耳に響いた。
『さぁ、そろそろ絵梨花に引導を渡す時間がやって来たわね~』
『はい、最終宣告のお時間です。ララ様』
控室から主任の指示どおり〝神〟こと池園専務を会場入口までご案内すると、ちょうど部長の挨拶が終わったタイミングだった。拍手と歓声がホールに響き渡っている。
絵梨花が笑顔を振りまきながら花束を渡しているが……なんだかその姿がやけに痛々しく見えた。
そして──
「池園専務取締役、ご登壇です」
主任の進行にあわせて、スクリーンが切り替わる。彼の映像が映し出されると、会場が一斉にざわつき始めた。突然の〝神の御来光〟に、出席者たちは大いに驚いた様子。…まぁ、それが狙いなんだけど。
ステージ脇からそれを見た絵梨花は、満足げにドヤ顔。花束の意味に気づけば分かりそうなものなのに。浮かれモードの彼女は分かってないみたいだ。
そして、ステージから戻ってきた彼女は──父親の威光を背に、こちらを氷のような視線で見下ろしてきた。
「……その胸、ホンモノだったのね~?てっきり〝お詰め物〟でもしてるのかと思ってましたわ~、オッホホホホ!」
はいはい、ご想像にお任せします。スルー、スルー。今は相手にしても仕方ない。
「ふん。そんなに胸を強調して、男を引っかけようなんて……本当に品がないわねぇ。いやらしいったらありゃしない」
……こっちのセリフですけど!?
そちらこそ、純白のウェディングドレスもどきに、胸元パックリ大開放じゃありませんこと?気づいてないんですか、それ。
「まさか、東薔薇様を狙ってるわけじゃないでしょうね?ま、あなたには無理だと思うけど~」
悪態もそこまでくると、逆に芸術よね。最後だから黙って聞き流してあげようかと思ったけど──やっぱり、少しはお返ししておきましょうか。
「池園さん。私の服や胸のことより、御父様の〝最後のご挨拶〟に耳を傾けたらいかがです?」
「はぁ!?あんたにそんなこと言われる筋合いないんだけど!」
「でも、これは大事な〝お別れ〟ですから」
「お、別れ……?」
……ああ、やっぱり気づいてないのね。ほんとにおめでたい人だわ。うふ。
私はゆっくりと、絵梨花の目の前でボイスレコーダーのスイッチを「ピッ」と切った。
「さっきまでの品のない悪口、全部録音済みです。ご安心を。これからは〝オフレコ〟です」
「なっ……!?あ、あんた、なにそれ……!」
絵梨花の顔が見る見る青ざめていく。言葉を探してるけど、出てくるのは呼吸音だけね。
「専務──つまりあなたの御父様は、本日をもって子会社へ左遷だそうよ。感動のご挨拶、ちゃんと聞いた?……ああ、無理か。理解力が伴ってないものね」
私はにこやかに、でも一言一言に
「つまり。あなたが今まで振り回してきた〝御父様カード〟は、本日限りで無効。まさかいつまでも通用すると思ってたの?……ちょっと面白い発想ね」
そして、にっこりと微笑む。
「じゃあ池園さん。お疲れさまでしたの気持ちを込めて──その花束、しっかりお渡ししてきて。これがあなたの〝幕引き〟よ」
潮目は、もう完全に変わった。
ここからが本番だ。