「あ、あなたねぇっ!?」
まるで怨霊でも取り憑いたかのような形相で睨みつけられたけど……ええ、全然怖くない。
「池園さん、ステージへお願いします」
インカム越しに主任の声が聞こえると、絵梨花は一言も返事せず、最後まで私を睨みつけたまま無言でステージへと歩いて行った。
だから、怖くないってば。
私はというと、内心の興奮をどうにも隠しきれなかった。あの絵梨花に、ついに言ってやったのだ。
『花、よくやったじゃない!』
『はい。ちょっとフライングしちゃいましたけど』
『これからが本番よ。追い討ち、忘れずにね』
ええ、もちろん。全力でかけさせていただきます。
会場では、専務の〝出向宣言〟を受けて、拍手と歓声が巻き起こっていた。
──ああ、もう明らかに「喜んでる」よね。
そのざまあな空気が、会場中にいい感じで蔓延している。
さて、裏方の仕事はひと段落。表彰式まで少し時間があるので、それまではちゃんと席に着かなくちゃいけない。……けど、正直、賑やかなテーブルってちょっと苦手。立ち止まっていると、有志の皆さんが手を振ってくれた。
「綾坂さーん、こっちこっち!」
『花、皆さん味方よ。ちゃんとコミュニケーション取りなさい』
う、うん。わかってます……
とりあえず、お料理をいただいてビールをひと口。今夜は興奮してるから、いくら飲んでも酔わない気がする。お酌をしたり、されたりしながら、注がれたビールはとにかく勢いで飲み干した。
「綾坂さん、僕もう〝お嬢様〟には付き合いませんからね」
「お前、手のひら返し早っ!……ま、俺もだけどな。はははは!」
……と、そんなふうにフレンドリーに話しかけられて、ぎこちなく笑って相づちを打つ。うん、私にできるのはこのくらいが限界。
それでも、このテーブルに〝敵〟がいないのは本当に救いだった。絵梨花はというと、主任にベッタリくっついて離れないし──お局様はというと、まるでストーカーのごとく翔様のテーブル周辺をうろついて、話しかけるタイミングを狙ってる様子。
……まだ、あの二人、頑張るつもりかしら?
『花、ちょっと翔にビールでも注ぎに行きなさい。まずはお局を〝撃沈〟よ』
『了解です。彼女の目の前で、翔様とラブラブモード全開かまします』
有志の皆さんと頑張ってフレンドリーに会話してたけど、ここで本来の任務を思い出す。そう、今日はただの謝恩会じゃない──反撃の日。
私はグラスを持って席を立ち、わざとお局の視界を横切るように歩く。そして、彼女がずっと話しかけられずに立ちすくんでいた翔様の真正面に立った。
「翔さん、お疲れ様でーす」
彼がちょうど会話の切れ目でこちらを向いた瞬間を狙って、さりげなくビールを注ぐ。その手際の良さに、お局は「まさか……」という顔でこっちを見ていた。しかも、気づけば背後にピタリ。私たちの会話を聞き逃すまいと必死な様子。
「乾杯!花さんもお疲れさま。裏方、大変だったでしょう?」
「いえいえ、大したことありませんよ。それより……翔さん、週末って何かご予定あります?」
「んー、部屋の片付けくらいかな」
「良かった。それなら、お邪魔してもいいですか?まだ整理したい荷物もありますし、お料理も作りますよ」
「えっ、あ、うん。ほんと?それは助かるなぁ」
若干動揺しつつも、顔をほころばせる翔様。ふふ、作戦成功。
「じゃあ、あとで連絡しますね。うふふ……」
背後で空気が凍ってるけど、気にしない気にしない。軽やかに振り返ると、狙い通りの鉢合わせ。お局と目が合った。
「あら、こんなところで何をなさってるんですかぁ?」
「え、い、いや……その……」
「先輩?動きがカクカクしてますけど、新手のダンスですか?」
「な、なによ、私はただドリンクを……」
必死に取り繕いながら、しれっとドリンクコーナーへ逃げようとするお局。
──ふん、もう逃がさないわ!
「そういえば、翔さんと書道クラブでご一緒だったんですってねぇ?」
「……綾坂。あんた、彼とどういう関係なのよ?」
「ええ、親しくさせていただいてますけど、なにか?」
「こ、恋人なのか?」
「狙ってますけど?あ、もちろん先輩には負けませんわ」
「……ぐぬぬ」
「え?まさかとは思いますが、先輩……年甲斐もなく本気で狙ってました?うそでしょ?……っふふふ、あっはっはっはっは!!」
笑いすぎて腹筋に効いた。
ちょっと酔ってるかも。でも、まだトドメは刺してない。
「絵梨花さんも後ろ盾が吹っ飛んだご様子ですし、先輩もそろそろ〝ご自愛〟なさった方がよろしいかと。有志一同、ちゃーんと見てますからね?」
ひらひらと手を振って、締めの一撃。
「……では、お気を確かに。ご機嫌よう」
お局は涙目で固まり、そのまま氷漬けの彫像のごとく動かなくなり……
気づけば会場から、すーっと消えていた。
よし、撃沈完了。次、行こう。