『花、よくやったわ!あとは絵梨花よ!』
『はい、この勢いに乗って突撃します!』
お局を撃沈して気が大きくなった私は、ターゲットを主任のテーブルへと切り替える。そう、あの東薔薇主任の隣に、絵梨花が居座っているのだ。
ビール片手に、背後からそっと接近。勝算?そんなの知らないけど、負ける気は全くしない。
「東薔薇主任、お疲れ様でーす」
突然の乱入に、二人は一瞬ぽかん。でも、絵梨花だけはすぐに眉間にシワを寄せ、殺意レベルでこちらを睨んできた。
「……綾坂さんもご苦労さま」
「いえいえ、主任の采配が素晴らしかったおかげです」
笑顔でお酌をしながら自然体を装う私に、絵梨花がピシャリ。
「なによ綾坂さん、邪魔しないでくれる?」
「あら、幹事と会計の信頼関係ですけど、なにか?」
「だ・か・ら~、あなたは私が間に入らなきゃ何もできなかったじゃない!」
絵梨花の声がひときわ高くなる。よし、効いてる効いてる。
「そんなことありませんわよね?主任?」
振ると、東薔薇主任は少し驚いた顔をして、でもはっきりと答えてくれた。
「まあ、そうだな。綾坂さんはよくやってくれているよ」
「ひ、東薔薇様……?」
絵梨花の顔が引き攣った。そのぽかんと開いた口、なかなか見応えある。写真に撮って額縁に入れたいくらい。
「実はね、途中で気づいたんだ。細かい準備や調整、全部綾坂さんがやってたんだって。もっと早く直接やり取りしておけば良かったと思ってる」
ふふん、これは思わぬ援護射撃。性格悪いな、東薔薇──でも、いいぞもっとやれ。
「……そ、そんな。あんまりですわ。わたくしがどれだけ気を利かせて動いていたか、ご存じないんですの?」
あらあら、涙ぐみそうな声。けど、それもこれも、あなたの自作自演のツケよ。
じゃあ、ここは私からもダメ押しの一撃を。
「ええ、主任のおっしゃる通りです。実は、謝恩会に限らず普段からそうなんですの。私、絵梨花さんの〝気配り〟の後処理にいつも追われてましたから……まぁ、それも今日まで、ですけどね?」
絵梨花は私の皮肉よりも、主任からの〝裏切り発言〟に動揺している様子。ショックが隠しきれていない。そんな中、さらに追い討ちのひと言が飛んできた。
「綾坂さん、終わったら打ち上げでも行かないか?」
……え?
えええ!?何言い出すのこの人!?
「ち、ちょっと、東薔薇様!?」
絵梨花の絶叫がいい感じに響き渡る。いやいや、そっちのリアクションはありがたいけど、問題は私の気持ち。
……え、どうしよう。普通に断りたい。ぶっちゃけタイプじゃないし。
でも、この流れで断ったら、あまりにも惜しい展開になるし……
『花、ここは受けなさい。とどめを刺すのよ』
『ええ~~っ!?気が進まないですうう~!』
『気分より結果。仕留めなさい』
うう……気分がアレでも、ここは戦略的に、ね。仕方ない、演技モード発動。
「主任……もしかして、二人きりで?」
「ああ。幹事と会計、水入らずってやつだ」
「……絵梨花さんじゃなく、私と?」
「もちろん。綾坂花さんと、だ」
その返答に、絵梨花の顔が凍りついた。
「東薔薇様……!わたくしが先にお誘いしていたというのに……なんて、酷い……!」
彼は無言のまま、視線も合わさず彼女の言葉をスルー。
絵梨花の目に、ぷるんと光る涙が浮かび──そして、ついに一滴、ぽろり。
「失礼しますっ!」
彼女はガタッと立ち上がり、足早に会場を後にしようとする。
でも──
ここで逃がしてたまるか。
私は絵梨花を追って会場の外へ飛び出し、その腕をぐいっと掴んだ。
「なによっ、痛いじゃない!離してよ!」
「花束贈呈、まだ残ってます。投げ出すおつもりですか?」
「……ふん!もう、やってらんないわよ!」
顔をそむけて涙を隠しながら、彼女は小さな声でぼそりと呟く。
「……ったく、なによ。色気づいちゃってさ。〝干し草女〟のくせに……」
……は?今なんて?
この期に及んで、まだそんなこと言うの?そこまで言われたら、徹底的にやってやる!
「今……私のこと、干し草女って言いましたよね?」