「そうよ、あなたは地味で根暗で恋愛にも興味ないズボラ女よね?服も化粧もやる気ゼロで、まさに〝干し草〟みたいな人生。そんな人が、似合わないお化粧に派手なドレスなんか着て……あ~あ、痛々しいったらありゃしないわ。ホホホ~」
──プチッ。
頭の奥で何かがはじけた音がした。
お前、どこまで性悪なの?
「勘違いしないでくださいね。私は恋愛に興味のないズボラ女なんかじゃありません。たしかに根暗ではありますけど、決して〝干し草女〟ではありませんので!」
気がつけば、絵梨花の目から涙は消え、すっかり据わった目でこちらを睨んでいた。
「……ねえ、これも録音してるの?」
「今はオフレコよ。池園さん──いえ、絵梨花」
「やっぱりね。日頃から盗聴してたのね?あの写真だって、どうせあなたの仕業でしょ!」
「さあ、どうかしら。でも、他人の大切な花を傷つけたり、PCを壊したりするのは……許されるべきではないと思いますが?」
「ふうん。わたくしが関与した証拠でも、お持ちのようで?」
──この馬鹿女、まさか挑発してるつもり?ふん、いいわ。その挑発、買ってあげる。
私は無言でスマホを取り出し、自販機の前でのやり取りを録画した動画を再生した。
《やっぱり、破壊しかないわね~》
《いや、マジで言ってます?》
《あのね~?社内画像を自宅PCに保存したら、それだけで〝機密情報漏洩〟でアウトなのよ?就業規則違反なの、わかる~?もちろん、スマホもね》
《絵梨花様の仰る通り。あの真面目な干し女がそんなマネをするはずがない。つまり、PCさえ壊しちゃえば全部チャラよ!》
《いい?干し女には社用外出ってことで出て行ってもらうから、その間にサクッと済ませちゃいなさい~》
──動画を再生し終えた瞬間、絵梨花の目がカッと見開かれる。
「ま、まさか……こんな会話まで録ってたなんて!?」
「これはほんの一部よ。他にもたっぷりあるから、まとめて然るべきところに提出させてもらうわ。ま、そのうち〝懲戒処分〟が下ると思うから、覚悟しときなさい!」
じわじわと彼女の額に冷や汗が浮かび、つうっと頬を伝っていく。
「ふ、ふん……そんなの揉み消してやるわ。わたくしの影響力、なめないでよ!」
「残念ながら、もはや御父様のご加護も望めそうにないわ。そろそろ現実を見なさい」
「現実……?」
「今日の会場の空気、感じなかった?みんな専務から解放されて、ホッとしてたわよ。あなたにもう遠慮なんてしてないの」
「そ、そんな……こと……」
まさかここまで鈍感だったとは。会社で自分の立場を見誤ってるって、まだ気づいてないなんて。
「来週からが楽しみね。環境がガラッと変わっていくから。自分がいかに〝つまらない女〟だったか、嫌でも実感すると思うわ」
「あらそう。だったら……やれるもんなら、やってみなさいな」
どこまでも強気ね。でも──これを聞いても同じこと言えるかしら。
「あ、言い忘れてたけど……あなたからのメール、全部BCCで東薔薇主任と他の上司にも共有してたの。つまり、皆さんもう〝そういう目〟で見てるってこと」
「なっ、なな、なんですって!?あ、あなたって……本当に卑怯な女ね!覚えてらっしゃい!ふんっ!」
絵梨花はカツンカツンとヒールの音を響かせ、一人で会場を去っていった。
──いや、それこっちのセリフなんだけど?
……まぁいいわ。少しは堪えたみたいね。
その後、花束贈呈は強引に新卒の子にお願いして、なんとか事なきを得た。テーブルでは皆と談笑しながら、あれほど憂鬱だった謝恩会は無事に幕を閉じる。
そして──
面倒で気が進まなかった主任との打ち上げでは、案の定口説かれたけど……どうにか巧みにかわして無事帰宅!
『花、よく頑張ったわね』
『ララ様、ありがとうございます。でも……まだ絵梨花の処理が終わってませんから』
『うん、じゃあそれが終わったら話そう』
『え?……お話、ですか?』
なにそれ、妙に意味深。
聞こうと思ったけど、その前に私は疲れ果てて眠りの世界へ──。