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第1.5話「気に食わない奴…でも…」嵐山鈴は悪である

「ああもう、結局あいつにもそこそこ戦わせたし、ケルベロスは怪我をするし…今日は厄日だわ!」

「主、拙者は使い魔なので消えたとしてもまた呼び出せるのですが…」

「口答えしない! 次怪我したのを黙ってたら、おやつ抜きにするわよ!」

「えぇ…」

「あっはは、レディー様はおやさしーっすね!」

 戦闘終了後、レディはオルトロスの背に乗って山林を駆け抜けていた。すぐ隣ではケルベロスが走っていて、その右前足には切り傷があった…極めて小さなものだが。

 しかし、レディは常日頃から『怪我をしたらすぐに下がれ』と使い魔たちに言い聞かせているように、誰かが傷つくことを人一倍嫌っていたのだ。

 それはたとえ肉体が滅んだとしてもまた呼び出せる使い魔であっても、一切変わらなかった。だからこそ些細な切り傷を放置していたケルベロスは叱られて困惑、オルトロスはこのお約束とも言えるやりとりにケラケラと笑っている。

 もちろん、いやではなかった。そんなレディだからこそ二匹は使い魔になって早々に心酔し、彼女のために身を張って戦っていたのだ…それこそ、レディが攻撃を受けようものならこの二匹はヒーロー相手でも攻撃を加えるだろう。

(…そうよ、ヒーローはいつだって自分のことばかり…だから、私の家族だって…)

 近道を使い家路へと急ぐ彼女の脳裏には、あの日、痛みに涙を流す弟と妹の姿があった。

 高精度でモンスターの出現を知らせるモンスター予報であるが、それも絶対ではない。だからその日も自分たちが暮らすエリアの近くに何の前触れもなくモンスターが出現し、長女であった鈴は恐怖を押し殺して小さな兄妹の手を引き、逃げている最中だった。

 突如としてやってきたヒーローたちは脳天気にポーズをとり、動画撮影における見栄えを重視して派手な合体技を披露、結果としてモンスターたちは吹き飛んだが。

 その余波は一般人にとって危険極まりないものであり、咄嗟に兄妹たちを抱きかかえて守ろうとした鈴であったが、一緒に吹き飛ばされて怪我をして。

 そんな自分たちを救助することもなく、高らかに勝利宣言をするヒーローたちを、彼女は薄れゆく意識の中で強く憎んだのだ。

「…そう、私はヒーローじゃない…私は『嵐山あらしやますず』、ヒーローに敵対する者…」

 レディ・ナイチンゲールとなった嵐山鈴という少女には、たくさんの家族がいる。彼女もまたノヴァのように家族のために戦う一方、その目的はもう一つあった。

 たとえ自分がヒーローの敵になったとしても、悪と呼ばれる存在に身をやつしたとしても、成し遂げるべきことを見つけたのだ。

(今のヒーローは稼ぐために迷惑を顧みず、派手なことばかりして被害を広げて…私の弟と妹は、怪我をした…)

 今や一大ビジネスとなったヒーローという職業は、どれだけ目立てるか、そしてどれだけファンを獲得するかが重要だった。

 ゆえに派手な必殺技を考える人間も多く、それを放てばときに不要な損害を、犠牲を生み出すこともある。現に、鈴の家族は逃げ遅れた際にヒーローの必殺技による余波に巻き込まれ、怪我をしてしまったのだ。

 幸いなのは鈴も含めて家族全員に命があったことだが、『協会』は「ヒーローは正体不明で我々も賠償先の情報は保管していない」と強弁し、建前上の厳重注意で済ませただけ。

 家族思いでまっすぐな性格の鈴にとって、そんな現状を受け入れるわけにはいかない。

(…あいつらは、ヒーローなんかじゃない! ヒーローがいるから涙を流す人がいるのなら、私は悪になってでもあいつらを止める…!)

 鈴もまた、ヒーローの素質に恵まれた。それも『使い魔の使役』という非常に珍しいスキルを持つトリックスターであり、そのままヒーローとして活動すれば人気者になれたかもしれない。

 しかし、鈴はそれを望まなかった。そして協会未認可の組織である『ホスピリティア』に勧誘され、彼女は悪の道を選んだのだ。

 そこに後悔はない。だけど。

(…あいつは、まあ…気に食わないけど)

 ヒーローの仕事を奪う都合上、鈴は前線にて様々な『敵』を見てきた。

 その中には彼女が忌み嫌うようなタイプのヒーローもいたが、中には…どうしても嫌いになれない、そんな変わり者もいた。

 そんな自分の本音は認められない、そうは思っていても心は偽れない。鈴はいじっぱりであると同時に、本当は心優しい少女であった。

「…ブレッド・ノヴァ。あいつは地味だけど余計な被害は出さないし、まあ…怪我をしたら、手当てくらいは…」

「うはっ、レディ様のツンデレキタコレ! やっぱノヴァ×レディなんすねえ…」

「!? ち、違うわよ! いっ、今のは…そんなんじゃないから!」

「弟よ、主をからかうでない…ただ、あやつは主が気にかけるだけあって、なかなか見所がある。主、今度テイムを狙ってみてはいかがでしょう?」

「ケルベロスまで! っていうか、『テイム』はモンスターにしか使えないでしょ!」

 担当地区の都合上、顔を合わせることが増えてきたヒーロー。

 シナモンのロングヘアをはためかせ、シンプルなドミノマスクで目元を覆い、私服や制服にしか見えない普通の衣装で、派手な技を使わず戦うヒーロー。

 その今となっては貴重な、『プレーン』とすら揶揄される戦い方を、鈴はどうしても嫌いになれなかった。

 いいや、気になっているとすら言える。でなければ、こうして油断したときに口を開くこともないのだから。

 それでもオルトロスの楽しそうな声に鈴はすぐさま憤慨し、ケルベロスはそれをいさめようとしつつも余計に怒らせてしまう。

 そんな二匹とのやりとりに対して鈴は首を振り、家に戻るまでは何度も「そういうんじゃないから…!」と連呼していた。

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