サイ・アームの優れた自己浮遊制御機能は過度の消耗がない限り長距離航行が可能であり、この日も敵がたいしたことがなかったため、無事に『研究所』まで飛行できた。
夜空を切り裂く青白い炎の軌跡は流れ星のように美しくも力強く、それでいて余計なぶれもない。これはただ単に兵器が優れているだけでなく、シャテルロの高度な処理能力、そして操作技術があってこそだ。
「ただいま、戻りました」
「お疲れ、シャテルロ! メンテは私たちがしておくから、あんたはしっかり休むんだよっ」
「はい。ありがとう、ございます」
サイボーグ研究所の屋上、シャテルロが離発着するスペースに着陸すると同時につなぎを着た技師が数名駆け寄ってきて、そのうちの一人、長い髪をポニーテールにした女性がサイ・アームをシャテルロから取り外しつつねぎらう。
最後にゴーグルを外すと年齢相応な少女の素顔が晒され、それは舞や鈴とほとんど変わらない年齢であることを物語っていた。瞳の色は夕日を思わせる赤橙、髪色は夜に紛れて光るようなランプブラック、張り付いた無表情がどこか冷たい印象を生み出すものの、それでもこれまで背負っていた機械とは真逆の人間らしさを備えている。無論、それは彼女がサイボーグであるという事実を覆い隠すものではない。
シャテルロは快活に笑いかける整備士にも無表情のままお礼を伝え、のそのそと研究所内へと入っていった。
サイ・アームを外したシャテルロの体を覆うバトルスーツ…『C.L.R-Type-07』は黒とグレーを基調とした伸縮性のあるナノ合成繊維製で、ぴったりと体にフィットしている。
しかし胸部と腹部は薄いシルバーのアーマープレートで覆われ、腰からヒップはユニットサポーターを巻き込むような構造により、体の曲線を覆い隠すように設計されていた。背中にはサイ・アーム装着用マウントレールと磁気安定フレームが内蔵、スーツの一部に沿ってエネルギー導管が走る様子は女性的というよりもロボット的だった。
「おかえり、シャテルロ…いや、もう『乃亜』だったな」
「主任、戻りました。装備には、異常、ありません」
そんな姿のまま研究所の中を歩き、とある部屋の前に立つと自動で金属製のドアが開かれ、中にはデスクとモニター、そしてその前に設置された椅子に座る女性がいた。
見た目は四十代ほど、シャテルロ…『
「…装備のことはいい。お前はまず、無事に戻ってくることを最優先に考えろ」
「ですが。私たちが、活躍しないと。サイボーグの地位向上が、できないと聞きました」
「…まったく、パトロンの一人に吹き込まれたか? そういう面倒くさいのは私たち大人に任せて、お前は帰ってきたら肩の力を抜け」
「了解しました。肩の、ジョイントパーツ、外します」
「そういう意味じゃない」
主任の言葉にも乃亜は一切表情を変化させず、言われたことをそのまま…それこそ、命の危険性すらある戦闘ですらこなそうとする。
そして今もできる限り言葉の内容に沿うべく、肩に装着されたアームとの同期にも使うパーツを外そうとし、主任は頭を抱えてため息をついた。
「…お前をサイボーグにしたのは私たちだ、こんなこと言える立場じゃないかもしれない。だがな、お前を消耗品のように扱うくらいなら、こんな研究打ち切ってしまったほうがいいとも思っている…これは私個人の意見だがな」
「それは、困ります。ここがなくなると、私の維持点検が、できない。あと、私みたいに死にかけた人が、救われなくなる。それは、いや、です」
かつて乃亜は家族と一緒に大きな事故に遭い、両親は死亡し、自身は生死の境をさまよっていた。そんな中、『サイボーグになれば助かる』と言われた乃亜は朦朧とする意識の中でそれを受け入れ、第七世代と呼ばれる最新式のサイボーグとなったのだ。
そしてサイボーグはヒーローのカテゴリに分類されるように、モンスターに立ち向かえる貴重な存在でもある。しかし『体をいじってまで戦わせることに正当性があるのか?』という意見は今も根強く存在し、ヒーローとしての立場は弱いままだった。
乃亜本人が素晴らしい技術だと思っていても、周囲は決して認めない。それが、それだけが…乃亜は受け入れられなかった。
「…ああ、そうだな。私もお前みたいな奴を救えるからこそ、こんなところで働き続けている…暗い話をして悪かったな。腹も減っているだろうし、私がなにか用意しよう」
「…おにぎり、食べたい気分。です」
「ふふふ、そうかそうか…それくらいなら私にも作れる、期待してくれていいぞ」
「はい。主任のおにぎり、大好き。です」
こんなにも優しい子が認められない世の中を苦々しく思いつつ、主任は切り替えたように穏やかに微笑んだ。
乃亜は最後まで表情を変えなかったが、それでも素直な気持ちを口にした直後、目の前の相手が笑ったとき…胸の奥で、命の鼓動を訴えるようなぬくもりが芽生えていた。