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第3.5話「あたしを見てよ」新井日奈子は願う

(さっきの戦い、ちょーいい感じだったのになぁ…はぁ、やっぱりネットにアップできないのってつらいよねぇ…)

 物流倉庫での戦い…単独ライブを終えたマジカル☆シザーズ、もとい、新井あらい日奈子ひなこは電車に揺られながら目的地へと向かっていた。

 そのさなか、彼女は先ほどの自分の姿について考える。

 ルックス、これは間違いなく美少女だ。毎日鏡を見てチェックしているが、自分こそが一番カワイイという自覚があった。

 強さ、これも申し分ない。魔法少女は『若い女性しかなれない』という制約付きであるものの、その分だけヒーローとしての能力は平均して高く、そうした点を差し引いても日奈子は優秀だった。

 歌とダンス、これも自信がある。むしろこの分野が一番楽しいとも言えて、スタジオでの個人練習も欠かしていなかった。

(…なのに、誰もあたしを知らない…あの子も…)

 魔法少女ではない日奈子は変わらぬ美少女であったが、その髪色はグレージュ、髪型はガーリッシュハーフツインとなっていて、ヒーロー自体に『認識阻害』の力があるとしても、まず気付かれる心配はなかった。

 そう、自分は誰にも気付かれない。魔法少女であることも、アイドルであることも、新井日奈子であることも、全部全部。

(…あたしもHeroCastに投稿できたらなぁ…パパとママ、どうして認めてくれないかなぁ…)

HeroCastヒーローキャスト』とはヒーローによる動画配信に特化した、日本最大の動画投稿サイトであった。

 ヒーローであれば誰もが投稿可能であり、戦闘の様子をアップロードできるだけでなく、規約に違反しないのであればそれ以外の動画すら配信できる。たとえば料理動画やミリタリー解説動画など、ヒーローごとの個性あふれるコンテンツを見られるのも魅力だ。

 さらには広告配信や投げ銭、月額支援といった収益システムも充実し、人気ヒーローとなれば高所得者になることも難しくない。

 何より…日奈子にとっては『みんなに見てもらえる』という点が重要で、本来ならばとっくに動画を投稿していたのだが。

(…パパとママがいる限り、あたしはHeroCastには投稿できない…だから、ずっと誰にも知られないまま…)

 日奈子の両親はHeroCastの役員であり、同時に彼女にはヒーローを続けて欲しくないことから、マジカル☆シザーズの動画投稿を厳しく禁じていた。そして現代日本においてネット上への露出ができないということは、誰にも知られないこととほぼ同義であった。

 承認欲求が強い日奈子にとって、これはあまりにも致命的だった。彼女の両親は確実に日奈子を愛していたが、ヒーローという危険と隣り合わせの状況から引き離したいばかりに、徹底的に日奈子の目的から相反していたのだ。

(…弱気になっちゃダメだよね。だーいじょうぶ、あたしにはまだ『アイドル』としての道が残ってるんだから!)

 魔法少女はそのルックスもあり、ヒーローとしてだけでなくアイドルとしての活動も需要が高い。よって日奈子もアイドルとしての活動をしているものの、それは個人的なものであったため、どうしても事務所がバックについている同業者ほど目立てなかった。

 ゆえに魔法少女としてもアイドルとしても彼女を知る人間が少なく、言うなれば『地下魔法少女アイドル』とも表現すべき立ち位置に収まっている。どれだけ優れた素質があったとしても、誰かに知られないということは存在しないことと同義なのだ。

 それでも前向きで明るい日奈子は自分を鼓舞するように、本日のアイドル活動の内容についてチェックする。端末に記入された予定の多くはレッスン、あるいは戦闘であるが、ライブとて0ではない。

 その集客力が惨めなものであったとしても、日奈子は…魔法少女マジカル☆シザーズは、決してくじけないのだ。

(…でもね、あたしだって女の子だから。だから、さ)

 くじけない。日奈子は両親に反対された直後から自分に言い聞かせてきたが、それは決して楽な道のりではない。

 もしも両親が日奈子を愛していなかったのであれば、もっと強く反発できた。しかし彼女は両親のおかげでなに不自由ない生活を送れていたことを理解しているし、受け取り続けた愛が偽りだとも思っていない…多少いびつであったとしても。

 日奈子もまた、両親を愛していた。愛しているからこそ、いつまでも味方になってくれない現状は…日奈子の心をゆっくりと崩していく。

「…誰かあたしを見てよ。あたしを見つけてよ。あたしの…手を…」

 今日も電車は走り続ける。日奈子を乗せて、変わらぬ世界へと案内していく。

 魔法少女になれたとき、自分は世界を変えられると思っていた。けれど自分自身も変えることができていないのに、いったい何が変えられるというのだろう?

 日奈子は窓の向こう側に手を伸ばしかけて、慌ててそれを引っ込めた。そのままスクールバッグの中へ手を入れ、折りたたみの手鏡を取り出して自分の顔をチェックする。

 一瞬だけ辛気くさく曇っていた表情は、それでも美少女であるのを確認したことで、いつもの笑顔を取り戻していた。

「…魔法少女は『旬』が短い。だからこそ、ここで立ち止まっていたらダメだよね」

 魔法少女はたぐいまれな素質を持つ一方、その名前の通り『少女』のうちしか力を発揮できない。ならば立ち止まっていてはダメだ、日奈子は強くそう思う。

 立ち止まるのではなく自分から走って行き、欲しいものを全部手に入れてみせる…なにもしないこと、それこそが日奈子にとっては敗北だったのだ。

「…とりあえず、今日のお客さん…ノヴァちゃんにはあたしだけの単推しになってもらおうかな☆」

 一見すると地味な、どこにでもいるヒーロー。しかし、今日出会ったその少女は日奈子の記憶に深く刻まれていた。

 自分とは真逆な、あえて目立つ気がないようにすら見える少女。現代のヒーローにあるまじき姿にどことなく『反抗心』を感じた日奈子は、いつかまた出会えることをアイドルらしい笑顔で願っていた。

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