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第11話「姉さんってネーミングセンスは…うん…」ヒーロー、妹にダメ出しされる

 工業地帯跡地、そこは人が近寄ることが少ないため、どうしてもモンスターが現れやすい。

 また、かつては人間が生み出すエネルギーの集積地帯とも言える場所だったからなのか、比較的厄介なモンスターが出やすいスポットでもあった。

「シャァァァ!」

「うわっ! やっぱり、ゴブリンやオーガよりも早い…見栄えはいいだろうけど、油断するとやばいな」

 そんな場所に少しだけ遠出をしてきた私は、本日のモンスター…『クリスタルリザード』との戦いを繰り広げていた。

 こいつはその名前の通り、背中にクリスタルを生やしたでっかいトカゲみたいな生き物だ。もちろんトカゲと言うには大きすぎて、全長はぱっと見で5mはある。そして出現場所や個体差による違いが出やすいらしく、大型であればこの倍以上にもなるらしい。

 さらに厄介なのがその動きの速さで、俊敏なだけでなく跳躍力もあり、電柱くらいなら飛び越えることも可能だ。そんな身体能力から飛びつきや噛みつき、さらには尻尾を鞭のように叩きつけて攻撃してきたりと、近接型である私にとってはなかなか近づけない相手だった。

(こいつのコアは背中のクリスタル、それ以外の場所はほとんどが固すぎて致命傷を与えられない…しかもクリスタルも普通に固いから、まずは鼻先とかに攻撃を当ててひるませ、それから背中に乗ってクリスタルを砕く…面倒だなぁ)

 監督官のアドバイスにより、この辺で見かけやすい敵の情報についてはそれなりにチェックしている。その中でも自分にとって厄介そうな相手はより詳しく調べているから、開幕早々に負けることはなかった。

 けれどこちらが少しでも弱い部分を狙ったら避けるし、攻撃も早いから回避も意識しないといけないし、今のところはお互いが牽制のような攻撃を続け、それらを全部避けるという不毛な様相を呈していた。

 こうなったら一か八か尻尾での攻撃をしてきたときにそれを掴み、思いっきり投げ飛ばして隙を作るか…これなら動画的にもそこそこ格好いいし。


「頑張れー、ノヴァちゃん! あっちにいたのはあたしが仕留めたから、安心してそいつを倒してー!」


「…? あ、この前の…魔法少女?」

「イエス、アイアム! でも正しくは『魔法少女・マジカル☆シザーズ』! あなたを虜にする究極で完璧なアイドル、もう忘れちゃダメだよん☆」

 私は基本的にリスクは取りたくないのだけど、それでもこいつを放置すると人に危害が加わるのなら致し方ないか…なんてまったく似合わないヒロイックなことを考えていたら。

 近くに置かれていたコンテナの上に立つ誰かが、私に対してのんきな応援を送ってくれた。そして私はその声に聞き覚えがあって、でも微妙にはっきりとしない名前を呼ぼうとしたら、先に口元で指を振りながらチッチッチと音を鳴らし、痺れを切らすように二度目の自己紹介をしてくれた。

 その言葉通り額にはすでに汗が浮かんでいるように見えて、私よりも先に近くにいた敵を倒してくれたのが窺える。そんな疲労を気にせずこちらに来てくれたことに対しては感謝したかったけれど、コンテナから降りて攻撃に参加する様子は見られなかった。

「さて、ここらで自慢のレッド・シンフォニアをお見舞いしたいけれど…あれはね、体力と魔力を限界まで使い込むからアンコールには時間がかかっちゃうんだ…」

「そうなんだ…おっと。じゃあ危ないから、安全なところまで退避してて。それで万が一私が負けた場合、救援を呼んでもらえると助かる」

「おおっと、そんな薄情なこと言わないで欲しいな? 大丈夫、あたしの持ち歌は一曲だけじゃない…そして!」

 以前と同じように明るく元気なシザーズだけど、私の見立ては正しかったようでかなりの疲労を抱え込んでいるらしい。大げさに動きつつ説明してくれる度に汗の玉が舞い散っていって、それは夕日に照らされてステージライトみたいに輝いていた。

 同時に、手伝ってくれない彼女へ不満を持つこともない。私はソロで活動しているヒーローであり、誰かが同じ現場に来ていない限りは協力することもないのだから、むしろ様子を見に来てくれただけでもちょっぴり感謝している。

 そして万が一の時は代わりに報告してもらえる、それで十分…と思っていたら。

 シザーズは自身の得物であるサイリウムは背負ったまま、ごそごそとポーチからマイクを取り出す。それはあのチェーンソーとしか感じられないものに比べると、普通のマイクにしか見えなかった。

「あたしの魔法は…歌は! あたし以外だって強くしてくれる! そんなわけで…聞いてください! キミのための応援ソング、PhoenixフェニックスCheerチアー!!」

「……は?」

 そしてそれは予想通り、鈍器ではなく歌うための道具のようで。

 コンテナ上をステージに見立てるように、シザーズは…歌い始めた。


「みんな、立ち上がって! あたしがついてるから☆」


 イントロが始まると同時にシザーズはマイクを高く掲げ、両足で軽くジャンプ、サイドステップしながらターンを決める。

 一連の動きは必殺技で疲弊しているとは思えないほど華やかで躍動感があり、私は敵の攻撃を回避しつつも視線は彼女の方角へ固定されていた。


「夢の炎で 心を燃やせ」

「どんなピンチも ほら笑顔で飛び越えよう!」

「ひとりじゃない 信じてみてよ」

「“カワイイ”はみんなの武器になる!」


 ハートや翼の形を手で作りながら、両手で私を指さしてくる。

 それは一見するとただの応援ライブであって、アイドルに興味のない私としてはむしろ雑音でしかないと思うのだけど。

(…? あれ、なんだか…体が少し軽い、ような…?)

 歌はおそらくサビに近づいているのだろうけど、その盛り上がりがピークに接近するにつれてシザーズの全身から赤と金色のオーラが出始めて、さらにはその曲名通りフェニックスを思わせる赤い羽根が舞い散り出す。どこから出てるんだろうか。

 しかし、その摩訶不思議なアクションは私の邪魔をするどころかポジティブな影響を与え始めていて、いつもよりも明らかに体が軽くなっている。

 クリスタルリザードの俊敏な動きにも徐々に慣れてきたかのように、その噛みつきをギリギリの位置で軽く身を逸らして回避、そしてカウンターとばかりにチョップを繰り出した。すると頭を打たれた敵は一瞬がくりと姿勢を崩し、たまらず後方に飛び退く。

 …もしかして私、音楽とかの影響を受けやすいのだろうか?

 これまでほとんど音楽鑑賞をしてこなかったので、もしかすると少しばかりテンションが上がって心と体が弾んでいるのかもしれない。

 けれど、それは間違いだった。


「Fly high! 君にフェニックスチアー!」

「ほら、翼を広げて──」

「不死鳥みたいに 何度だって立ち上がれ!」

「Dream on! 君の勇気にエール☆」


 両手を左右に大きく広げ、全身で“翼”を表現し、片足ジャンプから流麗なターンを決める。その動きと同時にシザーズの背後に赤い翼…『フェニックスウィング不死鳥の翼』とでも呼ぶべきエフェクトが出現し、紅の光を放つ羽がちらちらと周囲に降り注いでいき。

 それが私に触れると同時に、自分の体からも彼女と同じ色のオーラが湧き出てきた。

「…! 力が、湧いてくる…これならいける!」

 最初はただ単にテンションが上がっただけだと思っていたのに、違っていた。

 魔法少女、それは一般的なヒーローとはまた異なる不可思議な力を持っているらしいけれど…彼女の歌が私にバフをかけてくれたみたいで、レッド・シンフォニアを歌っているときの彼女のように力があふれてくる。

 もはや私にとってクリスタルリザードの動きも、パワーも、恐れるに足りない。ジリジリと下がりつつもこちらを警戒していた敵に対し、私が誘うように右の手のひらを上に向けてくいくいと挑発したら、激昂したように今日一番の速度で噛みつこうとしてきたけれど。

 それはコマ送りのように遅く見えて、私は両手を組んで相手の頭へハンマーのように振り下ろし、クリスタルリザードは顎から地面へと叩きつけられてもがく。

 その勢いのまま相手の頭に手をついて前転しながら飛び上がり、私は空中でシザーズのサビが締めくくられるのを聞き届けた。


「奇跡はここから始まるよ」

「燃え上がれ──」

「この歌で世界を変えよう!」


「とどめだ、強パンチ…じゃなくて、えっと…フェニックス・アロー…?」


 歌の締めくくりはとくに強い力を生み出すのか、私の両手がひときわ強く金色に輝き始め、その光を放って一撃で決めるべく、クリスタルリザードの背中に着地してその弱点であるコア…クリスタルに接近して強力なパンチを放った。

 その際の技名がいつも通りになりそう──というかすでに口にしてしまった──なので、慌てて訂正、なんとなくかけてもらったバフにマッチしそうな、即興の必殺技を叫んでみたら。

 ドゴォン!!

 両手にあふれていた力がそのままエネルギーとしてぶつかったように、青白いクリスタルから大きな打撃音が鳴り響いて。

 次の瞬間、敵のコアは背中から剥がれるように吹っ飛び、そして空中にて砕け散った。もちろん私の踏み台となっていたリザードも力なく倒れ、灰色の体は音もなく消滅していく。


「応援終了! ノヴァちゃん、格好良かったよ! でもね、その必殺技は…認めませーん!! フェニックス・アローはいいけど、強パンチってなに!?」


 そして私は力を貸してくれた優しい魔法少女に向き直り、手を振ってお礼を伝えようとしたんだけど。

 歌い終えたシザーズは最後までスタイリッシュに、マイクをくるくると回して腰にしまったかと思ったら、私を笑顔で褒めた後に両手を使って×印を作り、全力で必殺技名にダメ出しされた。

 いや、訂正後の技名はいいみたいだけど…強パンチ、私の全力を込めた一撃については認めてもらえなくて。

 まるで妹のような指摘に私は急速に肩から力が抜けて、バフが切れたことも理解する。そして「これ、そんなにダメかなぁ…」と苦笑し、しばらくはシザーズによる『女子力の高い必殺技講座』が繰り広げられた。


 *


「すごいすごい、強化された姉さんって輝いてるよ! しかもいつもよりも強いし、見とれちゃうよぉ…」

 今回の戦闘についてもしっかりドローンが撮影してくれていたおかげで、無事に自宅で待つ妹へと動画の提出ができた。

 ヒーローが動画撮影に使うドローンとしてはオーテラメディアテック株式会社…通称オメテックO-METECの『O-DRIVE』シリーズが人気で、私たちが使っているのも同シリーズの廉価モデルことO-DRIVE Liteだった。

 全体的に丸みのあるボディはハンドボール大のサイズに収まっており、プロペラは可変式ガード付で安全性が高く騒音も控えめ、正面に大きめのカメラアイがあることでなんとなく愛嬌のあるデザインでもあった。

 廉価モデルということもあって画質はHD止まりだけど、AI補正で十分見られるレベルに収まっていて、ヒーローの素早い動きにもある程度追従してくれる…ただ、バフがかかった私の動きだと性能不足が窺えるけれど。

 それでもシザーズから受け取った輝きを帯びながら敵に一撃を加える様子もしっかりと収めていて、標準モデルのO-DRIVE StandardやハイエンドモデルのO-DRIVE Proはまだ不要そうだ。妹もこれまでにない戦い方を見せる私を編集しつつ、過剰とも言える褒め言葉を漏らしていた。


『とどめだ、強パンチ…じゃなくて、えっと…フェニックス・アロー…?』


「…姉さんは本当に強くて格好いいのに、ネーミングセンスは…うん…」

「…ごめんなさい…でもさ、ほら…今日はちゃんと訂正したから…」

「訂正が入る時点で台無しだよ…真っ先に出てくる名前が『強パンチ』って…姉さんは格闘ゲームのキャラなの…?」

「…すみませんでした…」

 そして今回の見せ場とも言えるとどめの一撃を放つシーンでは、私の実に間抜けな訂正もくっきりと残っている。

 O-DRIVE Liteは廉価モデルらしく時々木に激突したり、映像がグルグル状態になったり、ある意味ではその見た目に似合うご愛敬な動作に陥ることもあった。

 けれども里奈が設定を調整してくれているのか、私たちが使っているものは大事なところでは大抵いいアングルにて撮影してくれていて、そのおかげでシザーズのくれた力を解き放つ私の姿も残っていたわけで…。

 それを見た里奈はやっぱりすんっとなって、私にじとーっと可愛らしい説教を始めた。そんな姿も可愛いなぁ…。

「…うーん、いっそのこと必殺技の名前は叫ばないようにして、『いやーっ!!』とか『きえーっ!!』みたいなかけ声にフォーカスする? なんか空手を駆使して戦うヒーローみたいになっちゃうけど」

「そうか、その手があったか…でもシザーズには『これからもあたしと組むんならもっと格好いい必殺技を考えておいてね!』なんて言われたんだよな…組むとは言ってないんだけど」

 里奈からの実用的な提案について真面目に検討しつつ、それでも力を貸してくれた魔法少女の言葉も無碍にはできなくて、私は悩ましく息を吐きながら必殺技と向き合う。

 シザーズはどういうわけか、私を『将来は自分とユニットを組む候補の一人』として捉えているのか、戦闘後のお説教においても『ヒーローアイドルユニットとしての心構え』を何度も説かれた。

 …正直に言うと、シザーズと組むのがすごくいやということはない。けれどアイドル路線というのは私の理想からかけ離れていて、あんな格好をするのは御免被りたいのが本音だった。

「えっ、姉さんはシザーズさんと組むの? でもそうなったら、動画編集が大変になるかも…」

「…そうなの?」

「うん。シザーズさん、どういうわけかHeroCastには一切投稿してなくて…それだけじゃなくて、『動画にマジカル☆シザーズが映り込んでいるとアップロードができなくなる』って言われてるから、今日もちょっと編集には気を使わないといけないんだよね」

 初めてシザーズと遭遇した日、私は里奈にそのことを報告していた。そして妹は情報収集の面でもしばしば私の力になってくれていて、編集の過程で起こった問題についても調査してくれていたのだろう。

 同時に、その内容はとても不思議なものだった。シザーズはどう考えても目立ちたがり屋で、そんな彼女が日本最大のヒーロー動画投稿サイトのHeroCastを使わないというのは考えにくい。

 けれど里奈の報告から察すると『過去に問題行為でも起こして存在が排除されている』という可能性も思いついたけれど、でもそれはあまり信じたくなかった。

(…たしかにあの子は変わっているけど。でも、悪い子には思えない…少なくとも、ちゃんと『ヒーロー』をしていた…)

 シザーズとはまだ二回しか一緒に戦っていないし、アイドルユニットを組むのはごめんだし、お互いに知らないことのほうが多いのだけど。

 それでも…彼女が私のためにライブをしてくれたこと、それは決して忘れない。あの歌とダンスはただ単に自分が楽しむためだけではなく、たしかに私を応援してくれていて、そして力を貸してくれたのだ。

 よく通る高くて可愛らしい声、戦いで疲れているとは思えないキレのあるダンス、私と一緒に戦うように汗を流し、そしてともに強敵を倒した…言うなれば、あの場限りの仲間と表現しても差し支えなかった。

 …いや、シザーズ風に言うのなら『期間限定のヒーローアイドルユニット』といったところか?

「…すぐにあの子と組むわけじゃないけど、同じ現場に向かうことがあれば協力したいとは思ってるよ。だから、その…シザーズが入り込んでいて動画編集が大変になることもあるかもだけど、そのときはごめんね?」

「…ううん! シザーズさんに応援されながら戦う姉さん、すっごく強くて格好いいから…私も頑張るよ! だって私は世界一のヒーロー、ブレッド・ノヴァの妹だから!」

「ふふふ、ありがとう! 里奈は可愛いなぁ!!」

「きゃ〜♪」

 私はアイドルなんて柄じゃないし、ヒーローをやめてもいいならすぐに普通の学生に戻るのだけど。

 私を応援してくれる仲間、そしてそばで支えてくれる妹がこう言ってくれるのなら、もうちょっとだけ頑張ってみよう。

 だから私のお願いにも快諾してくれた妹が可愛すぎて、その体を抱き寄せてわしゃわしゃと頭を撫でた。里奈は楽しそうに身を寄せてきて、髪が乱れてもされるがままだった。

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