ヒーローをしている学生にとって、戦闘もバイト──ただし私の場合は実家の手伝いだけど──もない放課後というのは案外貴重だった。
普段の私は戦闘があればそちらを優先、そしてそれが早めに終わればパン屋へ出勤し、その手伝いを追えてから家に帰る。そんな日々を過ごしていたせいなのか、とくにやることのない放課後は急なリストラに見舞われたサラリーマンのような気分だった…社会人経験すらないのだけど。
…もしかしなくても私って、案外社畜精神が強いのだろうか?
「舞ちゃん、鈴ちゃん、これから用事とかある? 今乃亜ちゃんと話してたんだけどさ、やることないんならみんなでちょっと寄り道しない?」
「寄り道? 私はいいけど…」
「私も大丈夫だけど、家事があるからあんまり遅くまでは付き合えないわよ」
どうせリストラされたのなら公園で意味もなくブランコに乗って佇んでみるか…なんて馬鹿なことをぼうっと考えていたら、江田さんと一緒に新井さんが私の席の前に訪れて、いつの間にか私の後ろにいた鈴にもそんなお誘いをしてくる。
ちなみに鈴は自分でも言っていたように、何もないときは早めに家へ戻って家事をしているらしく、たくさんの兄妹がいる長女らしい役割を果たしていた。本人は「どいつもこいつも手がかかる」なんて言っていたけれど、家族について語るときの鈴はいつも穏やかだ。
私は案外そういう家族思いなところに敬意を感じて、鈴とはそこそこ長い付き合いになったのかもしれない。
「んふふ、そうこなくちゃ! 心配しなくてもみんなでちょっとコンビニへ寄っておしゃべりするだけだから、そんなに遅くはならないよっ。ね、乃亜ちゃん?」
「うん。私、コンビニが好きだから。行きたいって話したら、新井さんが誘ってくれた」
「そっか…そうだね、それくらいなら。鈴もそれでいい?」
「コンビニは割高だから、できればスーパーで買いたいけど…まあいいわよ、全員で出かけるときくらいはそういう野暮は言わないわ」
「すでに言ったんだよなぁ…鈴ちゃんって本当にそういうとこあるよね」
どういうとこよ、なんて鈴の言葉をきっかけに私は立ち上がり、先頭を行く新井さんを追うように歩き始める。新井さんのすぐ後ろにいるのは江田さん、ぼんやりとしたイメージとは裏腹に歩くのは決して遅くなかった。
(…そういえば私たち、こんなふうに全員で遊びに行くとかあんまりしてないな)
学校という閉鎖空間ではクラス単位で生徒が分けられているけれど、実際はそのクラス内においても複数のコミュニティが存在していて、私たち四人はそれの一つとして概ね機能しているとは思う。
一方で全員がこうして集まって遊ぶといった機会はほとんどなくて、放課後になるとバラバラに行動することが多かった。念のために補足しておくと、別に仲が悪いわけじゃない。悪かったら学校にいるときですら一緒にいないだろうし。
(私もそうだけど、みんななんだかんだで用事があるっぽいんだよな。でもその用事に踏み込む機会なんてないし、そうする必要もない…)
たとえば鈴は家事をすることが多く、たまに『ボランティア』をしているみたいで、こうして並べてみると相当に立派な女の子だ。
江田さんは謎が多いのだけど、しばしば病院へ向かっているらしいし、この前聞いた話だと『交通遺児を引き取る施設』で暮らしていることから、そっちでの手伝いがあるのかもしれない。
新井さんは…よくわからない。この前の話だと動画投稿をしているっぽいけれど、シザーズについても興味を示していたし、案外『アイドル活動』を嗜んでいたりするのだろうか?
とまあ、こんなふうにみんなの用事を想像してみたわけだけど…これらは本当に私の予測でしかなくて、そして真実について尋ねる気もなかった。
(みんなのことに興味がないわけじゃないけど、かといって踏み込むほど深い関係とも言えない…いや、ちゃんと聞こうとしないからこそ関係が深まらないのかな?)
ご覧の通り私は人付き合いそのものに対する関心が薄く、それはこの三人が相手でも例外ではなかった…けれど。
みんなとの関係が友達と断言できるかどうか曖昧な距離にあることは、着る服に悩む季節の変わり目みたいな不安定さを感じる。深刻とは言いがたくとも、放置しておくのは心細い場所に待ちぼうけしていた。
「舞、どうしたのよ? もしかしてまだ自己PRにでも悩んでるわけ?」
「…あ、ううん。それについてはもう解決したから…あのときはありがとう、鈴」
「…変なの。ま、まあ、上手くいったのなら感謝しなさいよね」
「ちょっとちょっと、また二人でイチャイチャしているの!? 今日は四人でお出かけなんだからさ、あたしも仲間に入れてよ〜」
「舞×鈴に挟まるのは、御法度。邪魔にならない位置で見守る、これが作法…って、クラスの人たちが、言ってました」
「そんなんじゃないわよ! ていうか江田、その与太話をしてた奴らは誰よ!?」
「…はは」
そんな待ちぼうけはどこか寂寥を感じさせると思いきや、急に騒がしくなった会話は私の口元へ苦笑を生み出す。
私はみんなについて知らないことが多いし、そしてそれはこれからも教えてもらえないのかもしれない。
それでも私たちはこんなふうに集まることができて、そして楽しいと感じられる時間が過ごせる。ひとまずは、それで十分。
だから鈴の「笑い事じゃないわよ!」という抗議にもう一度苦笑を浮かべて、私はみんなとの寄り道を楽しむことに決めた。
*
「やっぱり、コンビニといえば、おにぎり。パリパリの海苔がとってもおいしい。です」
「わっかるー! でもね、美少女が四人も集まっているならフルーツサンドの見栄えが嬉しくなーい?」
「うーん、やっぱりコンビニの食べ物ってちょっと高めなのよね…見切り品もないし、どうしたものかしら…」
真糸市の花糸地区。そこは商店街が存在するおかげで、近隣エリアでも一番賑わいのある場所だった。私たちのパン屋があるのはもちろんのこと、コンビニやドラッグストアといったチェーン店の進出もめざましく、そこに個人商店もポツポツと混在している。
だから私たちも商店街にあるコンビニへと向かい、今は全国各地で似たり寄ったりの間取りの店内をうろうろしつつ、おしゃべりのお供になる軽食を選んでいた。
この中で一番の食いしん坊である江田さんは真っ先におにぎりの棚へと足を伸ばし、お腹を鳴らしつつどれにしようかと悩んでいる。最近は乏しい表情の変化からもわずかな感情が読み取れるような気がして、少なくとも今は真剣に考えていることがわかった。
そんな江田さんの隣ではちょこまかと動く新井さんがいて、彼女はサンドイッチを見ていたかと思ったら「みんなでつまめるお菓子もいいよねぇ」なんて言いつつお菓子コーナーへ足を伸ばしたり、しかし次の瞬間には「そろそろ携帯のバッテリーもやばいし、モバイルバッテリーを買おうかな〜」と雑貨コーナーに行っていた。
なお、鈴は学校でも言っていたようにコンビニの値札に若干の不満があるのか、できるだけ安いものを探そうとしている。ただ、そのさなかに「どうせならスーパーでは売ってないプライベートブランドがいいかしらね」と判断しているあたり、買い物上手の片鱗が見えた。
「私は…これでいいか」
そして私がどこをうろうろしているのかというと、やっぱりパンコーナーだった。コンビニのパンは工場で大量生産されたものであり、あえてマウントを取らせてもらうのならミルキーウェイのほうがおいしいだろう。お母さんのパンは世界一なのだから。
ただ、どんな食べ物にも好みというのはあって、あえてコンビニのパンが好きという人もいる。私が過去に『うちのパンこそが頂点、それ以外は全部二番手』なんて考え方に陥っていたとき、お母さんにやんわりとそう教えられたのだ。
となると、私がすべきことは『ライバルの味を研究してもっと洗練したパンを出す』というもので、ならばコンビニでもパンを選ぶのは必然だった。
ちなみに、今日選んだのは『板チョコが挟まれたミニサイズのクロワッサン』が複数入ったものだ。飲み物は…牛乳でいいかな?
「あんた、またパン? ほんと、そこまで来ると尊敬しそうだわ…」
「いや、これなら小さいのがたくさん入っているからみんなとシェアできるし…私、鈴が言うほどパンばっかりじゃないよ。多分」
「あたしは舞ちゃんのお弁当をよくチェックしてるけどさぁ、パン以外だったことのほうが少ない気がするよ? 舞ちゃんって嫌いな食べ物は少なさそうだけど、好きなものはパンに偏ってない?」
「わかる。星川さん、パンを食べてるときだけ、目がキラキラしてる。ご飯派の私としては、おにぎりの良さも、知ってほしい」
「いや、家ではご飯も普通に食べてるんだけど…私、そんなにパンばっかりだったのか…」
念のために言うと、我が家にもお米や炊飯器はある。お母さんはパン作りが上手いけどほかの料理だって余裕でできるし、私も多少は作れるし、ちゃんと食べてもいる。
…ただ、みんなの話を聞くと私は自分で思っていたよりもパンの頻度が多く、同時にそんな姿をずっと見られていたみたいだった。
それを自覚するといやじゃないけど、むずむずとした感覚が全身を軽く撫でていって、私は全員の生ぬるい視線から逃げるように会計を終えた。
みんなも同じように支払い、外に出て邪魔にならない位置まで移動、コンビニの建物へ背を預けるようにして立ち食いを開始した。
「…おいしい。ツナマヨ、昆布、鮭…王道の具材だけじゃなくて、オムライスや天むすも、いける」
「あんた、夕飯前なのに結構しっかり食べるわね…ほら、ちゃんと水も飲むのよ?」
明らかにみんなよりもワンサイズ大きな袋を持つ江田さんはおにぎりを取り出し、それをはむっと食べて無表情のまま味を噛み締めるようにつぶやく。その食レポは淡々としているにもかかわらず、私は「次はおにぎりもいいかも」なんて思ってしまった。
鈴は細長いプレッツェルにホワイトチョコレートがコーティングされたお菓子──外箱には『コンビニ限定』とプリントされている──をポリポリとかじっていて、その様子はリスみたいでちょっと可愛い。夕飯前と言うことでそんなに量を食べるつもりはないのか、私たちにも「あんたたちもつまむ?」なんて差し出してくれた。
お礼を伝えつつ私も一本もらうと、ふと「チョコが少しダブったな…」なんて気付く。
「見なよ、あたしのフルーツサンドを…オレンジ、キウイ、バナナ…色とりどりで、まるで食べられる宝石箱だぁ〜!」
「あはは、たしかに。うちではイチゴと生クリームのフルーツサンドがあるけど、こっちのもおいしそうだね」
こうやってみんなでなにかを食べるとき、やっぱりリアクションが大げさなのが新井さんだった…というか、どんな行動であっても大げさなのだけど。
新井さんはフルーツサンドの包みを開いて早々にそれを左手に乗せ、私たちへ見せるように軽く掲げてから右手をぱっと開き、舌を出しつつ笑った。そしてパンの話題とあれば私も無視するわけにはいかず、ちゃっかりお店の宣伝もしてしまう。
そういう会話もしっかり拾うのが新井さんで、私のほうに振り向きつつ「今度そっちも食べたいなぁ…そのときは舞ちゃんが“あ〜ん”してくれるよね?」なんて言ってくれた。あ〜んはともかく、実際に購入してくれるのは普通に嬉しい。
もちろん私も二口サイズくらいのミニクロワッサンを取り出し、もぐもぐと食べ進める。板チョコを使っているだけあってその食感は予想通りパキッとしており、外側のふんわり感とのコントラストが楽しい。私もこれを「みんなも食べてみる?」とシェアしたら、全員が嬉しそうに手を伸ばしてきた。
「…私たち、友達、なのかな」
それから少しのあいだ、食べ盛りの私たちは会話よりも食事を優先する。夕飯前の空白の時間は胃袋も随分と軽かったため、食べ物があればどうしてもそちらへ意識を奪われてしまう。
そんな中、ぽつりと江田さんが放った一言は…先ほどの私の疑問を見透かしていたのではないかと思う内容で、つい食べる手を止めて考えてしまった。
「んふふっ、いきなりどうしたの乃亜ちゃん? みんなはねぇ、あたしにとって大切な友達…ううん、あたしの次に可愛い、大切なステディだよんっ!」
「ちょっと、変なくくりに入れないでよ…で、なんでそんなことを聞くのよ? その、こんなふうに出かけているわけだし、いちいち聞かなくても…うん…」
言葉を放つよりも思考を優先した私と違い、新井さんと鈴は実に『らしい』と感じる返事をする。新井さんはおちゃらけているようで嘘っぽさはない爛漫さで、鈴は否定しないことこそが答えであるように頬を染めながら、どちらも江田さんの言葉を拒絶する様子はなかった。
無論私も否定するつもりはなかったけれど、二人ほど気の利いた答えをすぐに吐き出すことはできなくて、今しばし時間を稼ぐためにことの成り行きを見守っている。
「私は、友達、全然いないから。それがどういうのかも知らなくて、でも、みんなは、よく一緒にいてくれる、から。だから、主に…施設の人からも『友達はできたか?』って聞かれても、上手く言えない」
本人の言うとおり、学校での江田さんは私たち以外と話している様子をほとんど見かけない。極端に嫌われていることはなくとも、どのコミュニティからも歓迎されているわけでもなく、強いて言えば『近寄りがたい』というのが正しいのだろう。
実際、私でも江田さんの雰囲気からはちょうどその身長を覆い隠すくらいの壁を感じることがあって、少し背伸びしないと会話ができないような…つまり、江田さんと話すときは良くも悪くも気を使っているんだと思う。
(…でも、江田さんとは…いいや、鈴とも、新井さんとも、こうして話す時間は妙に馴染む…)
思えば、私たちは出会ってから今に至るまで…ずっとシンパシーを感じていた。
鈴はちょっと口が悪くてぶっきらぼうだけど、私は最初から嫌いにはなれなかった。
新井さんは妙に馴れ馴れしいと思ったけれど、それでも気付いたらその明るさが好ましく感じていた。
江田さんは…今もなにを考えているのかわかりにくいけど、その訥々として静かな、それでいて純粋な言葉は聞いていて落ち着いた。
なんだろう、これは。私は他人に対してあんまり関心がないけど、この三人に対しては出会った頃からしっくりきていたと言うべきか。
それこそ、もっと前から…みんなのことを知っていた、ような。
「…そうだね、私は友達だって断言できるようになりたいって思ってるよ。江田さんも、新井さんも、鈴も…一緒にいて楽しいから」
私とみんなのあいだになるもの、それの正体はどこか不確かだ。
それでも『友達でありたい』と感じる心は確かにあって、私はそれ以上難しく考えることはやめた。
どんなきっかけでも、どんな理由でも、友達になれるために存在しているのならそれで十分だ。たくさんの友達が欲しいわけじゃない私でも大切にしたいと感じられる相手がいるのは、とっても嬉しいことだって思えた。
「…嬉しい。私、この前、星川さんのことを『泣かせた』から。嫌われていたらって、ちょっと心配だった、のです」
「え!? 舞ちゃんが乃亜ちゃんに!? ちょっとそれ詳しく!! 今あたしは冷静さを欠いてるよっ!!」
「江田さん、それは内緒にして欲しかったんだけど…あと、新井さんが期待するようなことは一切なかったからね?」
「それにしたって、あんたが泣いている様子なんて想像できないんだけど…まあ江田のことだし、ケンカとかの心配は…?」
珍しくちゃんと自分の気持ちを素直に口にした私に対し、江田さんはやっぱり表情を変えず…と思ったら、口元だけわずかに柔らかくして、先日のことを持ち出してしまう。
それを新井さんが聞き逃すはずもなくて、さて今からどうやって言い訳しようかと思っていたら。
私たちの携帯端末から物々しい音…聞き逃さないための不安感を煽る通知音が響いて、全員が同時に手に取った。
「モンスター予報の緊急通知…っ! 近くで広範囲にモンスターが出現、近隣住民は即時避難…!」
モンスター予報は精度が高く、普段は事前の情報に従っての避難で十分だけど、まるで天気のように急な変化が発生することもあった…それこそ、私たちの時間を邪魔するかのように。
そしてすぐに町中に設置された警報器からも避難勧告が出され、住民たちはパニックこそ起こしていないものの、誰もがあらゆる作業を中断して駆け出していた。
「…私、ちょっと妹と合流するから。みんなは先に避難してて」
「…私も家族の様子を確認するわ。いい? 命を最優先にして逃げるのよ!」
「…うん、了解。これより、出げ…避難、します」
「…そうだね、カワイイあたしがここにいたらモンスターちゃんたちが来るから、ちゃんと移動しなきゃね!」
そして私たちは避難よりも優先することがあるかのごとく、シェルター以外の場所を目指すようにちりぢりに移動を開始した。
私はそんなみんなを内心で心配しつつ、それでも「みんなのことは私が守らないと」と考え、スイッチングのために身を隠せる場所へと向かった。