目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第16話「くらえ、ノヴァ・スリング!」ヒーロー、遠距離攻撃を獲得する

 建物の隙間にするりと隠れ、私はリュックからドミノマスクとパーカーを取り出す。その手つきについては本当に慣れたもので、元々特殊な衣装を使っていないこともあり、スイッチングはあっという間に終わった。

 ドローンの展開はまだ早いのでバッグに入れたまま物陰から飛び出すと、選挙カーを思わせる大きなスピーカーが搭載された白い車が商店街のプロムナードを駆け抜けていた。


『モンスター予報により、この区域には即時避難が発令されています! “BRIDGE”の指示に従い、即刻避難してください! もしも逃げ遅れた方がいましたら、専用アプリを使ってすぐにアラートの送信を!』


 その車の車体にも印刷されているように、彼らはBRIDGEという名前の戦闘インフラメンテナンス機構…国交省からの出向者が立ち上げた、避難誘導や交通規制を担う組織だった。

 そうした背景からもわかるように公的機関ではあるのだけど、問題は『公益性を最優先に考える出向者と癒着によって腐敗を続ける国土交通大臣が犬猿の仲』というもので、その結果として予算や人員配置といった面で冷遇されており、今は『現場の誇りだけで維持されている』とまで言われている。

 もちろんそうしたお寒い事情は監督官から教わっていて、BRIDGEやCUREのような現場に近く実直な団体ほど割を食うのは今も昔も変わらないみたいだった。なので向こうも忙しいと知りつつも、私は現場にてこういう人たちとすれ違う際は最低限の挨拶を行っており、今も軽く頭を下げておく。

 すると車に乗っていた職員たちがこちらに向かって手を振ってきて、その表情も緊迫の中にどこか親しみを感じられるアルカイックな雰囲気を残していて、私の心は戦闘時の筋肉のように引き締まっていく。

(…絶対にここまでは来させない。私は私にやれることをやらなきゃ)

 今日の戦いだって撮影するし、そしてそれを投稿して利益につなげるだろう。

 だけど、私にだってヒーローとしての意地がある。それは『人々を守るために戦うこと』で、なにを優先しないといけないのか、それは忘れちゃいけない。

 あの日、食堂のおばちゃんから教わった心がけは、たしかに私の中へ根付いていた。


『いいかい、どれだけ強くなっても“それ”は決して捨てるんじゃないよ。それをなくしたらモンスターと同じ、人に危害を加える害獣に成り下がっちまうからね』


 自分の胸に触れる。すると指先でトントンとされた感触が明確に蘇るようで、私は端末のマップが示す出現位置へと疾風のような速度で駆けていた。

 飛行能力のない私にとっての高速移動、それは『ひたすら速く走る』というものだ。これもまた特殊な能力を持たない近接型の宿命とも言えるのだけど、私みたいに装備品も最低限であれば障害物を避けながらの移動もしやすく、今も運搬途中で放置されたトラックの荷台を踏み台にして跳躍したり、少しでも高い位置から敵の進行状況を見るために建物の屋上に飛び乗ったり、ヒーローらしいパルクールをしながら一直線に進めた。

 あの日の測定以降、私は少しだけ自分の力に自信を持ったのか、あるいはヒーローとして大切なものを理解できたからなのか、わからないけど。

 それでもわずかに動きが鋭敏になり、一分一秒でも早く敵へ向かおうとしているように、私の中のヒーローは少しだけ目を覚ましつつあるのかもしれなかった。


 *


 この日は事前の予報とは異なる急な出現にもかかわらず、少なくとも私以外に二名ものヒーローがすでに出動していた。なんでそんなことがわかるのかというと、携帯端末にインストールされているヒーロー専用アプリこと【HeroAssistヒーローアシスト】のおかげだった。

 これはその名前の通り、協会に登録したヒーローをサポートするためのアプリだ。一般向けに提供されているモンスター予報アプリよりもさらに高精度な出現マップをはじめとして、協会登録IDに紐付くほかのヒーローの出動状況もわかる。

 現在の地図上には居住区域にやや近い場所に一人、それから結構離れた場所に一人が向かっており、私はこの二人とは異なる出現場所へと向かう。

 そうやって移動している最中にも別の場所で戦闘が開始されており、こちらはどういうわけかヒーローの反応がなかった。

(…多分、『非認可ヒーロー』かな? となると、もしかしたらレディが対応してくれているのかもしれない)

 HeroAssistは協会の認可ヒーローしか使えず、同時に非認可ヒーローの探知まではカバーしていないため、マップ表示ではこうした問題が起こることもある。

 けれども非認可だからとモンスターに味方するわけでもなくて、むしろこういう緊急時であれば戦力が増えるほどありがたいのも事実だ。協会が非認可ヒーローと対立しつつも明らかな排除に乗り出していないのは、認可ヒーローだけでは対応しきれないこともあると理解しているからなのかもしれない。

 そしてここら辺を縄張りとしている非認可ヒーローの知り合いは一人しかいないため、彼女であれば安心だと勝手に納得しつつ、私は一番近い出現場所である雑木林に訪れていた。

「ギャギャッ!」

「…! 今日はインプ、ゴブリンよりはちょっと面倒ってところか」

 木々の合間を縫うように現れたのは、ゴブリンサイズの悪魔型モンスター…インプだ。

 赤銅色の体はゴブリンとほぼ同じサイズ、違いとしては背中に小さな羽があること、そして頭に子鬼を思わせるような二本の角があることだろうか。

 ただ、こいつらはゴブリンに比べるとずる賢さが備わっており、獲物が集団であればできるだけ弱そうな人間を狙ったり、仲間を囮にしたり、良くも悪くも人類に近い戦い方をしてくる。

 そうした特徴は『人の暮らす場所が近いとヒーローを無視してそちらを狙う』という事態にもなりやすいため、決して油断はできなかった。

「しかも空も飛べるから、周囲への警戒は怠れない…はあっ!」

「ギャオッ!?」

 早速二匹のインプが私に向かってきたので、賢さの割にゴブリンと大差ない単調な爪での攻撃をいなすように、軽く身を逸らして回避しつつ一匹目の腹部にパンチを繰り出す。

 防御力もたいしたことないのか、大げさに吹っ飛んでそいつは消滅、続く二匹目には顔面めがけてのハイキックを放ち、こいつもまた悲鳴を上げて吹き飛び夜の闇に消えていった。

「…やっぱり、空を飛んで集落に向かおうとする奴もいるか…なら!」

 この調子で地上側の敵は次々に撃破していった私だけど、やっぱりそいつらとは別に空を飛んで突破を狙う奴もいて、それは以前戦ったガーゴイルを思い出す。

 そしてそのときは遠距離攻撃の術がなかったことから、被害を出してしまったけれど。私だってその戦いからは学習しており、そういう場合に備えて用意した武器…必殺技?もあった。


「逃がすわけにはいかない…『ノヴァ・スリング』!」


 ベルトで巻き付けているシザーケースのジッパーを開き、パチンコ玉を取り出す。

 そしてそれを銃でも構えるように握った右手人差し指に乗せて、親指で勢いよく弾き出す。ヒーローの身体能力によって放たれた金属の球は、無防備に低空飛行を続けていたインプの羽を貫通していった。

「ギョッ!?」

 そして羽を打たれたことで墜落、地面でもがくインプのボディにストンピングを放ち、民間人を狙おうとした狡猾な魔物を裁いた。

 ノヴァ・スリング、これは…まあ、自分の体でスリングショットを再現した私なりの飛び道具だった。以前は小石で似たようなことをしたけれど、その際に「弾丸代わりのものがあれば遠距離に対応できるかもしれない…」なんて気づき、それならと普段から向かうことのある雑貨屋で探してみたところ、パチンコ玉が安く売られていたので購入した…というわけだ。

 パンチングマシーン破壊の一件──幸いなことに弁償にはならなかった──もそうだけど、どうやら私は近接型のヒーローらしく身体能力は案外悪くないようで、こうやって指で弾き出すパチンコ玉でも、小型のモンスター相手ならハンドガンくらいのダメージは与えているのかもしれない。

「両手に乗せて、放てば…!」

「ギョワァ!?」

 それからも近くの敵は徒手空拳で、離れた敵はスリングで攻撃をする。インプたちは私が遠距離に対応していないと思い込んでいたのか、鉄の弾を発射してくると理解したら若干臆病な様子になり、別の仲間が突っ込むのを待つように進撃速度が遅くなった。

 ずる賢いがゆえに面倒な反面、こちらの攻撃について観察する知能がある分、自分たちでは対処しきれないと思ったら及び腰になるようだ。

 もちろん不毛なにらみ合いを続けるつもりもなかったので、それならばと両手にパチンコ玉を乗せ、もう一度必殺技名を叫んで発射する。両手から放たれた銀色の銃弾はすっかり薄暗くなった雑木林の闇を一閃し、二発ともインプの頭に突き刺さっていた。

「よし、これで全滅…っ!? また警報!?」

 ようやくやけっぱちになったのか、残りのインプがまとめてかかってきて、その処理については我ながら無駄がなかった。

 身を逸らす、ステップ、バク転といった動きを活用し、攻撃を避けてはパンチとキックでとどめを刺す。私は見ての通り集団を一掃する技に欠けているけれど、それなら素早く一体ずつ仕留めればいいのもまた真実であり、回避からの攻撃という基本を徹底するだけだ。

 ヒーローとして強化された身体能力、そして五感はインプ程度の動きなら集中すればスローモーションのようにも感じられて、飛びかかってくる相手の攻撃が当たる前に懐に潜り込んで殴り飛ばしたり、バク転で避けつつ逆立ちのままキックを放ったり、あらゆる動きが攻撃へとつなげられた。

 そしてすべての敵を仕留めた直後、端末は再び不安になる音を立てた。

「…行かなきゃ!」

 端末を取り出し、確認すると。

『商店街のある方角に強敵が出現』という内容、そして位置的に一番私が近いことがわかり。

 私は本能的に反応し、そしてまるでワープでもするような速度で一直線にそちらへと向かっていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?