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第17話「これが私の戦う理由…かな?」パン屋ヒーローの戦う理由

「…まさか、こんな大物が出るなんて…!」

 私のつぶやきはまるで『動画映えするモンスターとの遭遇に喜ぶヒーロー』みたいだったけれど、事実は異なる。

 近隣のヒーローたちは今も目の前の敵と戦っているのか、私は4m以上はありそうな巨大な強敵を一人でなんとかしないといけない現状に、多分な焦りを含んだぼやきを漏らしていたのだ。

「…アイアンゴーレム…ストーンゴーレム以上の防御力を持つ、かなり危険な大型モンスター…でも、やるしかないか…!」

 それは以前私が一人で倒したゴーレムとは異なる、金属のボディを持っていた。全身が厚い金属板や鉄骨フレームで構成され、部分的にリベットや歯車、配線のような露出がある。

 その容姿は工業機械や現代技術を連想させるけれど、顔を覆う兜のような部分にはツタンカーメンに近い、立派なひげを模した意匠のファンタジーな顔を再現していた。両目の部分には青く明滅するセンサーっぽい光が宿っていて、現在は進行方向にある小さなプレハブ風の廃工場へ向いている。

 このあたりはかつて町工場が点在していたけれど、過疎化によってエリアごと人がいなくなっており、今でも訪れるのは野生動物、あるいはこの辺の建物を倉庫代わりにしている業者くらいだろうか。

 つまり街には近いものの人がいないことを理解した私は、最初の懸念である逃げ遅れについては心配なしと判断した。

「! やっぱり、パワーも相当なものか…!」

 その巨体を射程距離内に収めるべく駆け出していたら、ゴーレムは目前に迫った廃工場を回避せず、そのまま腕を持ち上げ、障害物を取り除くように振り下ろした。

 すると建物は一撃で粉砕され、中に置かれていたと思わしき廃材が飛び散る。うち捨てられた建物であったとはいえ、もうちょっと到着が早ければ守れたと考えた場合、私の中に自分自身への苛立ちが生まれた。

 けれど、それをぶつけるべき相手は決まっている。


「ブレッド・ノヴァ、参上…そこまでだ!!」


 攻撃力と防御力、双方が危険水準である相手なのは明白だ。

 けれど確実に私が勝っている点、それは素早さだ。現にゴーレムは左側から駆けてくる私に対して振り向こうとしたけれど、向かい合う前に私のキックがその巨体へと直撃した。

 自分の足に金属を蹴っ飛ばしたような重さが伝わったと同時に、ゴーレムは片足だけを浮かしてぐらりとする。けれども倒れるほどのダメージは受けていないかのように、すぐさま元の姿勢に戻ってゆっくりとこちらを向いた。

 ずしん、地面が震える。わずかな足踏みでも大地が揺れるさまは、いくらヒーローになったとはいえ人間サイズの私からすると、特撮の怪獣と相対するようなプレッシャーを感じた。

 それでも怯えはない。だって私がこの戦いから逃げれば居住区に被害が出る可能性があり、それは同時に私の大切な家族が暮らす街が犠牲になるという意味でもあった。

 仮にそんな状況になってしまった場合、私はきっと自分が大怪我をするよりも後悔する。幸いなことにヒーロー状態なら防御力もそこそこあるため、このゴーレムのパンチが直撃したとしても骨折くらいで済むだろう…一発なら、だけど。

「…! 飛び道具か!」

 居住区への移動を阻止するため、私はゴーレムを誘うように街とは逆方向にジリジリ移動する。そして相手もその意図に引っかかったのか、人が暮らしている場所に背を向け、私に向き合ったまま…その腹部が、両開きで開いた。

 そこから姿を覗かせたのは、バリスタを思わせる四丁の弓。その武器は本体の鈍重さとは異なり、出現直後に太く長い矢が放たれた。

 監督官からもらったマニュアルによると、アイアンゴーレムは生物というよりも『兵器』としての側面が強いらしい。まるで人間が作ったみたいにその内部には様々な武装が詰め込まれており、個体によって異なる武装を有しているという点も私みたいな新米ヒーローにはやりづらい相手だった。

 このアイアンゴーレムも射程の短さと動きの遅さを補うように、やや中世的な飛び道具を積んでいるらしい。そしてこいつらがファンタジー世界から訪れたのであれば、体の中に弓矢があるのは驚くほどでもなかった。

 なので私はサイドステップからのダッシュで矢を回避し、ゴーレムはそれを追うように方向転換をしつつ照準を合わせようとしてくる。そしてバリスタであれば大量の弾を積んでいるとは思えなかったので、あえて途中で足を止め、弾切れを狙うように撃たせてみる。

 ばしゅんっ、再びバリスタから矢が放たれる。それを回避する。

 この繰り返しによってゴーレムは腹部をバタンと閉じて、私のほうへ向かってくると思いきや、また背を向けて街の方角を向こうとしていた。

「させるか! ノヴァ・スリング!」

 弾切れと同時に射程距離外の敵を諦め、非戦闘員が多いほうに切り替える…意思があるのかどうかもわかりづらいこの敵は、なかなかに賢いようだった。

 そしてそれを見送るほどバカでもなかった私はパチンコ玉を取り出し、外す心配がないほどの大きな的へ発射した。

 キィンキィン!と金属同士がぶつかって跳ねる音が聞こえ、キックの時と違ってよろける様子すらない。それはダメージを与えられていないことを物語っていて、こちらに振り向くこともなかった。

(これじゃあ気を引くこともできないか…仕方ない、また一撃離脱で足止めを……え?)

 そのとき、どういうわけかゴーレムはまた方向転換を行い、右側を向いて腕を高く振り上げる。

 まさか人間がいたのかと焦って近づいたら、そこにいたのは。

(…猫…あの柄、首輪…野田さん家のミケ!?)

 赤い首輪を装備した三毛猫が、真っ黒な子猫の首を咥えながら逃げようとしていた。

 そして私はその三毛猫に見覚えがあり、パン屋の常連さんである野田さん──農家を営む優しいおばちゃんだ──の猫だと気付く。


『うちのミケはね、賢くて優しいから…自分の子猫じゃなくっても面倒を見るんだよねぇ。たまに遠出をして、親とはぐれた子猫を持って帰ることもあったよ』


 そういえばこのエリアは農業地帯からもアクセスしやすいため、ミケのように移動範囲が広めの猫であれば訪れる可能性はあるかもしれない。実は私が暮らしているマンションの近くにもたまにふらりと遊びに来ているので、里奈と一緒に撫でたり遊んだりすることもあった。

 そう、ミケは猫だ。ヒーローが守るべきなのはあくまでも人間であって、動物を見捨てたところで──一部の過激な団体を除いて──強く非難されることもないだろう。そもそも、そういうシーンは動画からカットできる。

 だから私はゴーレムが攻撃を終えた直後、その隙を狙って弱そうな部分…間接辺りに攻撃すればいいんだ。


『いつもうちのミケを可愛がってくれてありがとねぇ。ミケは人懐っこいけど、誰にでも撫でさせたりはしないんだよ。舞ちゃんと里奈ちゃんみたいな、優しい人じゃないとすぐに逃げちゃうんだ』


 そう、ミケは猫だ。

 …私が守るべき人たちの、大切な家族なんだ!!

 ようやくそこに気づいた瞬間、私はミケをかばうように振り下ろされる金属の拳の下に潜り込んだ。

「…ぐうぅぅぅぅぅ!?」

 両手を拳に向け、装甲車ですら一撃でスクラップにする質量を受け止める。腕に力を込めていたことで致命的なダメージは負っていないけれど、両腕と両足には人間サイズのヒーローが受け止めるには過剰な重量が乗せられていて、私の足は軽く地面に埋まってしまった。

 チラリと後ろを見たらすでにミケの姿はなくて、そのまま視線を動かすと子猫と一緒に退散する後ろ姿が見える。それを見送ったことで私は一瞬だけ力が抜けそうになったけど、本当に抜いてしまったらぺしゃんこになってしまうため、ありったけの力を両腕に再装填した。

「…やば、い…これ、死ぬ、かもっ…!」

 自分から飛び込んできた獲物を仕留めるべく、ゴーレムは容赦のない力加減で私を押しつぶそうとする。それは弱まるどころかますます強くなる…いや、なんとか支えている私の力が尽きようとしているのかもしれなかった。

 そして感じるのは、死の接近。これまではなんだかんだでどうとでもなりそうな相手とばかり戦っていたから意識できなかった、『ヒーローとてモンスター相手に負ければ死ぬこともある』という事実を再確認する。

「…お母さん…里奈…ごめん…そろそろ、限界、かもっ…」

 じっくりと忍び寄る死神に対し、私は死にたくないという当たり前の欲求が頭にちらつく。それでも諦めることなく恐怖をねじ伏せていられるのは、私に大切な家族がいるからだった。

 お母さんも里奈も、ヒーローであるブレッド・ノヴァだけでなく、星川舞という何の変哲もない高校生を愛してくれていた。自分たちだって大変なのに、いつも私のことを考えて、負担を減らそうとしてくれて。

 だから私はもっともっと稼いで、そして二人に楽をさせてあげて、何よりもその平和を守ってあげたかった。

「…それだけじゃっ…だめっ、なの、かなぁ…?」

 もしもヒーローをヒーローたらしめる理由が『優しさ』であるのなら、私の力の源泉は間違いなく家族だ。

 そして今、私は負けようとしている。それはつまり、私の力…家族が負けそうになっているとも言えて、そこで初めて『悔しい』という気持ちが芽生えた。

 家族を守る、それはこんなにも素晴らしいことなのに…それだけじゃあ足りないだなんて、悔しい。けれど、私には『ほかに守りたいもの』なんて。

「…ミケ…みんな…」

 違う。家族が一番大事なのは事実だけど、違う。

 私にはほかに守りたいもの、『自分の手が届く場所』がほかにもあったんだ。


『…私たち、友達、なのかな』

『みんなはねぇ、あたしにとって大切な友達…ううん、あたしの次に可愛い、大切なステディだよんっ!』

『なんでそんなことを聞くのよ? その、こんなふうに出かけているわけだし、いちいち聞かなくても…うん…』


 ヒーローは優しいほど強くなれる。

 そして、守りたいものが多いほど優しくなれるのなら。

 …私はまだ、強くなれる!!


「…調子に、乗るなぁぁぁぁぁ!!」


 それは自分自身にではなく、私に勝てると思い込んでいる鉄の巨人への猛りだった。

 私は相手の拳を握りつぶさんばかりの力で掴み、どこにそんな余力が残っていたのかわからない勢いで、振り上げるようにしてゴーレムの巨体を真上にぶん投げた。

 先ほどまでの質量を失ったように空中を舞うゴーレムはむしろコメディみたいな光景だったけれど、笑うにはまだ早い。

 どうせならあの鉄くずを消滅させてから、思いっきり笑ってやりたかった。

「とっとと…壊れろぉ!」

 私もまたジャンプして、今度は地面に叩きつけるように、空中でゴーレムの体へとかかと落としを決める。すると巨体は隕石のような勢いで地面へと落下していって、その体を中心に小さなクレーターが生まれた。


「とどめだ…ノヴァ、サンダー…キィィィック!!」


 私はゴーレムを蹴り落とした勢いで空中回転を決めて、姿勢を正してキックのポーズを取る。

 そしてまだ立ち上がれない巨体の中心部を狙い、その技名みたいに稲妻のような勢いのキックを放った。

 自分の中に生まれた──ような気がする──新しい力をすべて足に込めたキックはゴーレムの胸元に突き刺さり、金属の体は融解するように歪み、そして。

 バキンッ!という音と一緒に、胸から上が両断されるように割れた。

「や、やった…え!?」

 胸から上は吹き飛ぶように空中を舞いながら消滅していくのに、下半身…腰から下は最後の抵抗をするように少しだけ立ち上がったかと思ったら。

 その断面からサッカーボールを一回りくらい大きくした金属の弾がいくつも射出されたかと思ったら、二つのパターンに分かれて変形した。

 一つはクモみたいな手足を生やし、地上を素早く移動するやつ。

 もう一つは竹とんぼみたいなプロペラを生やし、そのまま空中を浮遊するやつ。

 それはまるで艦船からドローンが発射され、その一つ一つが攻撃対象に向かって移動しているようで。

(まずい、あいつらがどんな攻撃をするかわからないけど…放っておくと、人間に危害を加える…!)

 地上型が私に何機か飛びかかってきて、それについては蹴り飛ばすことでなんとかあしらえている。

 けれども空中型は私よりも一般人を狙うべきだと判断しているかのように、人々が避難した先を探すように飛び去っていこうとして。

 これじゃあ、私のしたことなんて。

 私が誰かを守ることなんて。


「加勢するわよ、ノヴァ!…って何よこいつら、虫みたいで気持ち悪い機械ね!」

「数は多いが…主の名にかけて、ここは通さんぞ! 我が炎の餌食となるがいい!」

「本体はまあまあかてーけど、手足は貧弱っすね! 俺の爪なら一刀両断っすよ!」


「…レディ…! きて、くれたんだ…」

 私の戦いに意味がなくなりかけた刹那、背後から耳に馴染む強気な声が聞こえる。

 そちらに振り向くとレディ・ナイチンゲールが…そしてその使い魔のワンコたちがいて、地上を走る虫みたいな機械の球体へ攻撃していた。

 ケルベロスは遠吠えのようなポーズで息を吸ったかと思ったら、火炎放射器のような勢いで炎を吐き出す。それは数に任せて浸透突破しようとしていた敵を包み込み、効果的な足止めになっていた。

 オルトロスは炎から逃れた敵に対して俊敏に駆け寄り、前足を器用に使って虫を連想させる足を切り落とし、機動力を奪っていた。

 そしてレディ自身も鞭を振るって敵をなぎ払い、そのマントが揺れる様子は夜の闇にすら紛れることなく輝いて見えた。


「パンの人、悪の人、地上は、お願い。空中にいるやつは、私がすべて、消す」


「…シャテルロ…! よかった、助かる…!」

 レディが来てくれたことで地上の守りは固まり、私も近くの敵を粉砕すれば十分殲滅できると思っていたけれど。

 それでも敵は空中にもいて、そちらはどうすべきかと悩んでいたら…これまた聞き慣れた、平坦で一切動じる様子のない声が空中から聞こえる。

 そこには戦闘ユニットを背負ったシャテルロが飛んでいて、彼女はすでに展開していた重機関砲を使って次々に小粒な敵を撃ち落としていた。いくら金属の体を持っていたとしても、空を飛べる程度に軽いボディではその破壊的な弾幕には耐えられないようで、次々に墜落していった。


「みんなー! あと一押し、負けないでー! シザーズちゃんがありったけの愛と力を込めて、喉が枯れるまで応援ソングを歌っちゃうよ☆」


「…シザーズ…! ありがとう、これならまだ…私も戦える!」

 地上も空中も味方が来てくれた以上、あとは全員で力を合わせて敵を全滅させるだけだ。

 けれども先ほどの戦いで大きく消耗した私は動きに精彩を欠いていて、このままだとみんなの足を引っ張ってしまうと思ったのだけど。

 まだ無事だった倉庫の屋上に登場したシザーズは応援歌フェニックス・チアーを歌い始め、私だけでなくこの場にいる全員に赤と金色のオーラが生じる。

 すると疲労困憊だったはずの私の体にはまた力があふれてきて、このバフが消えたときは倒れるかもしれないなと思いつつ、クモというよりもゴキブリみたいな動きで動き回る球体の一つをパンチ一発で粉砕できた。


「…みんな、本当に…ありがとう。いつか私もみんなを守れるくらい、強くなるから…!」


 私はヒーローをずっと続けるつもりなんてなくって、そのための訓練をするくらいならパン作りの修行に精を出すだろうけど。

 それでも私を助けようと戦ってくれる人たちがいるのなら、その人たちも助けられるように強くなりたい。

 この気持ちが力へとつながるのなら、私はあと少しだけヒーローとして成長できるのかもしれない。なんの根拠もなくそう思えることに小さな高揚感を覚えつつ、私は正拳突きにてまた一体粉砕していた。

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