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第20話「姉さん、高額投げ銭だよ!」ヒーロー、太いファンを獲得する

 この日、モンスターが商店街に発生した。

 …なんて書くと絶望的な状況を連想するだろうけど、実際はさほど大きな問題ではなかった。少なくとも、人命が奪われる心配がないくらいには。

「くそっ、ちょこまかと…はあっ!」

「イモモー!?」

 …このなんとも表現しがたい叫びを上げながら私に蹴っ飛ばされたのは、通称『ポテトゴブリン』と呼ばれる小型モンスターだった。

 サイズはやや大ぶりなスイカくらいで、形状はその名前の通りジャガイモ型、そこにどうやって動き回れるのか不思議な細さと短さの手足がゆるキャラ感覚で生えていて、商店街をちょこまかと逃げ回りながら、餌…パンくずや野菜の皮、揚げ物の衣といったものを探していた。

 ちなみに攻撃方法については皆無で、動いているときにぶつかるとわずかな衝撃こそ体に伝わるけれど、小さな子供でもない限りはこけることすら稀だ。人間の大人にぶつかるとこいつのほうが弾き飛ばされる有様で、ポテトゴブリン出現の予報の際は『避難は任意。ただし屋内にいて施錠ができているのならその場で待機可能』という有様だった。

 そんなわけで現在の商店街はどのお店もドアは閉め切っている一方、店内ではレジ打ちや配膳、片付けといった作業を継続している人が多くて、中には『ヒーローを間近で見ても危険性が低いのでチャンスだ』とばかりにこちらへカメラを向ける人たちもいた。私みたいな知名度の低いヒーローであっても、生のヒーローであれば気にはなるのだろうか。

「ノヴァ、とりあえず近くのお店はどこも施錠されているわ! 子供や老人も出歩いていないみたいだし、あなたは安心して敵を仕留めなさい…って、もう! 本当に邪魔ね、こいつら!」

「イモモモモ!?」

 こうした敵しか出ない場合であれば、監督官も安心して事後処理に専念できる…とも言い切れない。

 危険性が低く見栄えも悪いためか、ポテトゴブリンの時はヒーローが多く出動することはないし、面白半分でモンスターにちょっかいを出す人も0ではないため、むしろすぐに現場に向かっての安全確認をする羽目になっていた。

 ちなみに監督官はショットガンもそうだけど、今使ったような近距離武器…スタンロッド──正式名称は多機能スタンロッドType-KAというらしい──も携行していて、こういう極めて弱いモンスターくらいなら普通にあしらえる。

 電撃を流された敵はこれまた気の抜ける悲鳴を上げて、やがてこんがり焼けたような色になってその場に倒れた。

「…このサイズだと動物やゆるキャラを虐待しているみたいで気が引けるけど…顔はゴブリンそのものなのが救いかしら…」

「ですね…それに放っておくと人の食料を奪うのも事実ですし、ドブネズミとかそういう害獣に近い感じかもしれません…せいやっ!」

「オイモー!?」

 ともすれば今の私たちは『小さなポテトの妖精をいじめる悪者』に見えかねないのだけど、それでも罪悪感が刺激されないのは…口にしたとおりだ。

 後ろから見るとギリギリでジャガイモのゆるキャラに見えるのだけど、正面から見るとあの小憎たらしいゴブリンの顔でしかなく、ポテトゴブリンというのはまさに見たまんまの名前だった。

 そしてこのサイズゆえに結界の隙間を縫って発生することが多く、少し遠くに出たとしてもその小ささとすばしっこさですぐに人里まで到達するため、モンスターというよりも害獣という呼称のほうがしっくりきそうだ。

 だから私は躊躇なく、ジャンプして食料品を扱うお店のドアへ飛び込もうとした敵に対し、掌底を打ち込んで吹っ飛ばす。これまで出会ったモンスターはいずれも鳴き声としか言えない言葉を発していたけれど、こいつらのは日本語にしか聞こえなかった。

(…知性のあるモンスターって、こっちの世界の言葉を話せるのだろうか)

 次々に敵を倒しつつ、ふと私はそんなことを考える。噂では知性があって人間と敵対していないモンスターはこっちの世界で静かに暮らしているらしいけど、敵意がないことを伝えるには言葉が必要であって、そうなると世の中にあふれている小説やアニメみたいに『当たり前のように日本語が話せる』というご都合主義仕様なのだろうか?

 そういえばレディが使役している使い魔も『モンスターをテイムしたもの』らしいし、ケルベロスもオルトロスも流ちょうな──しかも個性たっぷり──日本語を話せるし、今になってそんなことが気になってしまった。

「! そっちには行かせない! はぁぁぁぁ!」

「イモ!?」

「ジャガイモ!?」

「サツマイモー!?」

 …今のって、やっぱり日本語だよなぁ。

 複数のポテトゴブリンがいい匂いを嗅ぎ取ったかのように、私の実家であるパン屋へと走って行こうとして。

 ミルキーウェイのパンに目をつけたのは褒めてもいいけれど、あれはお母さんがお客さんのために焼いたものであって、それをお金も払わないモンスターにくれてやるつもりはない。

 だから私は飛び込むようなキックを放ち、一体仕留めたらそのまま地面に手をついて、足払いを連発するようにぐるんぐるんと回転して複数の敵をなぎ払った。

 その攻撃にて敵の大部分を撃破したようで、監督官が「ああ、まだ屋内から出てこないでください! 念のために周辺のチェックが終わるまではそのままで!」なんて周りに注意喚起をしており、それに対して私は普段よりもシームレスに日常へと帰ってきた気分になった。


 *


「ねえ、ちょっといいかい?」

「はい? あ」

 ポテトゴブリンの全滅を確認した私は被害らしい被害が出ていなかったこともあり、適当な物陰へ隠れて元の姿に戻ろうと考えていたら、後ろから声をかけられた。

 そして私はその人を知っていて、思わず名前を呼びそうになり、慌てて口ごもった。

「えっと、ブレッド?ノヴァ?ちゃんだよね? 私、普段はヒーローの動画とか見ないんだけど…この近くで戦いがあったときに『ヒーローが三毛猫を守るために戦った』って聞いて、それを見たんだけど…あれ、うちの猫だったんだよ」

「…そ、そうですかぁ。あはは、助けられてよかったです、本当に」

「ありがとうね、ほんと」

 この人の名前は野田さん、私たち家族とも面識のある農家のおばちゃんで、この前私が助けた三毛猫…ミケの飼い主でもあった。

 ヒーローの存在は全国民が知っているだろうけど、その動画を見ているかどうかはやっぱり年代によってばらつきがあって、野田さんくらいのご年配だとそもそも動画というコンテンツ自体をあまり見ていないことも珍しくなかった。

 だから私が猫を助けたことなんて知られるわけもないというか、そもそも褒められたくてしたことではなく、あのときは本当に体が勝手に動いただけで。

 だけど野田さんは、深々と頭を下げていた。

「そうだよねぇ、あんたたちヒーローがいてくれるおかげで私たちも安心して出歩けているわけだし、本当なら普段から感謝しなきゃだったけど…ミケを助けてもらって、痛感したよ。ヒーローっていうのは、とっても身近な存在だったんだね。これからはもっと感謝して、そして応援させてもらうよ…ありがとう、あんたはうちの子の命の恩人だ」

「あ…」

 私はヒーローだ。でもそれは『力に目覚めたから、そして利益になるから戦っているだけ』であって、それ以上の意味なんてなかった。

 だけど、どうしてだろう。野田さんにお礼を言われたとき、胸の奥がジーンと熱くなって…投げ銭をもらったときとはまた異なる、むしろ、それよりも温度の高いなにかがあふれてきた気がした。

(…これが、ヒーローとして戦うための…大切なもの、なのかな?)

 食堂のおばちゃんから教わったことはまだまだ不確かで、自分の中でしっかりとした形を伴っていないのだけど。

 それでも私は今日のように商店街を助けられたこと、そしてそこで生きる人たちを守れたということは…決して忘れてはいけない、あの人が教えてくれた『それ』であるような気がした──。

「あ、それでブレッドちゃんのほかの動画も見たんだけど…この前のあれ、ほら、パンを作るやつ…おいしそうだったけど」

 なんて、私が充実感を密かに噛み締めていたら…野田さんは急に言いにくそうになって、だけどもまっすぐにこちらを向いて口にする。

 ちなみに「パンを作るやつ」の時点でその続きは予想できていた。でも回避する術を私は知らなくて、甘んじて『カスタマーの声』として受け取らないといけないのだろう…。

「笑えとはいわないけどさ、もうちょっと気持ちを込めたほうが…真似をして同じようなパンを作ってみたし、味も悪くなかったよ? けどねぇ、そのパンを食べる度にあの動画のしゃべり方を思い出してねぇ…せっかくきれいなんだからさ、ちょっとだけ愛想をよくしてみたらどう?」

「……ソウデスネ、オッシャルトオリデス……」

 パンをおいしく作れたこと、それは私としては本望なのだけど。

 でもダルニツキーを食べる度にあの棒読みを思い出されるというのは…普通に申し訳なかった。私だったら「このパンはしばらく作らないでおくか…」なんて思うかもしれないし。

 それでも最終的に野田さんは笑ってくれて、「これ、うちで作ってる野菜だけど…よかったら持って帰って」なんて野菜入りの袋を渡してくれて、私は丁重にお礼を伝えつつ、そして「次はもうちょっと顔とか声をどうにかします…」と、できるかどうか自信のないことを宣言していた。


 *


「姉さん姉さん、見て見て!」

 敵を倒し、その足でパン屋に向かって手伝い、無事に家へ戻った直後のことだった。

 里奈にドローンを渡すと彼女はパソコンを立ち上げたけれど、その画面に表示された通知を見て顔を輝かせ、そして私にも見るようにこちらへ向けてきた。

 そのリアクションから決して悪い知らせではないと思ったけれど、実際に見てみると…それは私ですら目を疑うレベルだった。

「あ、投げ銭…えっ、ご、5万円…?」

「うん! こんな高額投げ銭初めてだね!」

 HeroCastでは動画に投げ銭が送られたらその通知をしてくれるのだけど、これまでの私はたまに数千円がもらえれば御の字という感じで、メインは広告収入だった。

 そういった収益を合計すると月に2万円くらいが関の山で、これからはもうちょっと増やしたいな…なんて思っていたら。

 一人のユーザーがこれまでの2ヶ月の収益に相当する投げ銭をしてくれるだなんて、意外を通り越してなにかの間違いを疑いたくなる。けれども里奈はウキウキで動画サイトを立ち上げていて、そしてログインを済ませてきちんと確認していた。

「えーとね、投げ銭をしてくれたユーザーの名前は…『やっぱりチョコレートですわ!』さんだね!」

「…いろんなハンドルネームがあるけど、なかなかに…個性的だね…」

 HeroCastもその他のサイトと同じく、ほとんどのユーザーはハンドルネームにて利用している。そしてその名前も規約違反にならない限りは自由だけど、この人の名前はなんとも形容しがたかった。投げ銭をくれた人じゃなければ、ストレートに「なんだその名前…」ってなってたかもしれない。

「あ、一緒にメッセージも届いているよ…えっ」

「どうしたの? あっ、これは…?」


『初めまして、ブレッド・ノヴァさん。平素からその活躍をお見受けしております。そして先日、アイアンゴーレムとの戦いを見まして、私は「この人しかいない」と考え、筆を執った次第です。単刀直入に申し上げますと、あなたのヒーローとしての姿勢を見込み、プロデュースに関わるお話をしたいと思っております。つきましては以下の連絡先へのご返信、お待ちしております。大事な話となりますがゆえ、詳細は直接会ってお話しせねばなりません。連絡先への返事をいただけましたら、改めて待ち合わせ場所についてご連絡いたします。私はあなたを高く評価しております、よいお返事を期待していますね』


「…これは…うーん、さすがに…怪しいね」

「だね…というか、投げ銭の際に連絡先を教えるって規約違反じゃないのかなぁ…いや、このメッセージは非公開になっているからセーフ…?」

 先ほどまでのテンションを置き去りにしたかのように、里奈は率直に内容を評価した。

 もちろん私としてもそれは同意で、投げ銭を受け取った以上は通報するつもりはないのだけど、ほかのSNSと同様に『いきなりの連絡先交換は詐欺の常套手段』だと疑うしかない。

 私もヒーロー用のアカウントを維持点検している以上、そういう詐欺師からの連絡は数え切れないくらい見てきたのだ。

「今はヒーロー相手の詐欺も多いしね…うーん、とりあえず投げ銭だけはもらっておいて、当面は放置にしようよ。お金をもらうだけなら基本的にノーリスクだしね!」

「里奈、すっかりたくましくなったね…うん、そうしようか。万が一脅されたりしたらすぐに言ってね、お姉ちゃんがなんとかするから」

「うん! よーし、余ったお金で機材の新調をしようかな…でもドローンは全然使えるしなぁ…」

 ヒーローが平和の立役者としてだけでなく金の卵としても機能するようになってからは、詐欺師のターゲットになることもしばしばあった。

 それこそ『プロデュースしたいので先に契約金を支払ってほしい。心配せずともすぐに取り戻せるくらい稼げるから』なんて手法は今も存在していて、協会で見せられたビデオにも似たような注意喚起があったのだ。

 そして私の純粋な妹はそれに騙されるかもしれない…なんて心配は杞憂だったようで、私以上の速さで割り切った判断を下し、ほくほくの様子で投げ銭の受け取りを完了した。里奈、将来はマネージャーとしても頭角を現しそうだなぁ…。

 同時に私も「どうせこんな棚ぼたはこれっきりだろう」と判断し、動画編集を里奈に任せて私は夕飯の準備へと向かった。お母さんが少しだけ遅くなる場合、私が先に戻ってご飯を作るなんてこともよくある日常だ。

 お母さんが戻ってきたときにこの投げ銭について教えたら、喜んでくれるかな?

 そんなことを考えたら私の心はわかりやすく弾んで、気付いたらチョコレート云々のことは頭から消えていた。


 *


『もう! いつになったらお返事をいただけますの!? あなたはご自分の価値を理解してなさ過ぎます、それはヒーロー界における損失なのですよ!? こちらはすでにプランの準備もしております、あとはあなたの返事待ちですわ! それと棒読み動画の投稿は控えてくださいまし! わたくしがプロデュースする暁には、そういったバトル以外の動画の品質向上も目指しますわよ!』


「…これで三度目の投げ銭…」

「そして三度目のメッセージだね…この人、本当に姉さんが好きなんだなぁ…」

「えっ、里奈はこの文章からそんなふうに思えるの…?」

 あれから一週間と少し、私たちは変わらない日常を過ごしていた…かと思いきや。

 あの人…チョコレートさん──ちょっと省略した──はさらなる投げ銭を送ってくれて、ついでにメッセージも添えてくれていたのだけど…それは回を追うごとに督促の圧が強くなっていて、今回のメッセージに関してはなんだか口調までもが変になっていた。

 …あのハンドルネームもそうだけど、もしかするとお嬢様ってやつなのだろうか?

「だって、投げ銭の金額も初回とほとんど同じだし…この金額、さすがに愛がないとやってられないよ…私がただのファンで姉さんの動画にハマった場合、今頃貯金は底をついて借金もしてたかもしれないし…」

「それ、ただのファンって言えるんですかね…でも、こんなにお金をもらったらなぁ…詐欺の可能性を疑うのは失礼かもだし…」

 里奈の重たい愛情に内心で喜びつつ、私はこの人の意図について考えてみる。

 仮に詐欺を目的としていた場合、ここまでお金をつぎ込めば相当なリターンがなければ割に合わないだろう。そして私くらいの零細ヒーローであればそんなリターンが出るはずもないのは誰にだってわかるだろうし、もしかすると本当に高く評価してくれているのかもしれない。

 …そして。そのメッセージ内容がすべて真実であれば、私を本当にプロデュースする…私の『プロデューサー』になりたいと思っているのだろうか?

「…よし、とりあえず連絡用の適当なアドレスを作って、ちょっと話を聞いてみるよ」

「え? 姉さん、いいの?」

 私はヒーローとして有名になりたいわけじゃなく、パン屋を支えられるくらいの収益と…そして手の届く範囲が守れるくらいの力が欲しいだけだ。

 それくらいの規模の活動にプロデューサーが必要なのかどうか、そもそもこの人が本当にプロデュース目的なのか、それすらあやふやだけど。

「うん、私はヒーローだから。相手が一般人の場合、いざとなったら逃げるくらいどうってことないよ。それに…もっと稼げるようになって、今の生活を…家族を守りたいから」

「姉さん…うん、わかった。でも、絶対に危ないことはしないでね?」

「うん、約束する」

 大切なものを守る、それには単純な力だけじゃなくて。

 お金という、実に世知辛いものが必要なのだ。

 そして悲しいことにお金は多いほど都合がいいため、私が頑張る理由としては十分だった。

 だから私は里奈と指切りげんまんをしてから、チョコレートさんへとコンタクトを取った。

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