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第21話「助けてくださいましーーー!」ヒーロー、令嬢を助ける

 警察との対立…もとい分業もあり、ヒーローというのは『モンスターが出ていないときは可能な限り外での変身を控える』というルールがあった。

 もちろん『乗っているバスが崖へ落ちそうになったため、人命救助のためにやむなく変身して状況を打破した』なんて場合は例外だろうけど、それでも警察的には『モンスター以外のトラブルであればまずは自分たちへ連絡を』という決まりを徹底したがっているようで、感謝状をもらえるどころか『なぜ変身したのかの事情聴取』をされるらしい。

 …ヒーロー登場以降の警察の好感度が低空飛行を続けているのは、こういう態度にあるんじゃないだろうか。

(だからこそ、待ち合わせは人の少ない場所…空きビルの地下駐車場を指定されたけど…いいのかな、勝手に入って)

 だから私は夕方と夜が入れ替わる時刻、待ち合わせ時間からおよそ10分前くらいに目的地を目前にして、そんなことへわずかに逡巡する。

 指定場所はいつもの都市部、そこにいくつか存在する四階建ての空きビル、さらにはその地下駐車場という、反社会勢力が落ち合うのに使っていそうなロケーションだった。

 ただ、そんなアウトロー感とは裏腹に空きビルは保全が行われているのか、外壁やガラスに風化は感じられない。そして空き物件や売り地を知らせるような看板はなく、代わりに『関係者以外立ち入り禁止』というテープが貼られていて、もしかすると空きビルっぽく見せかけて何らかの用途があるのだろうか?

 ちなみにやっぱりチョコレートですわ!さん…チョコレートさんからは『知り合いの物件だからノープロブレムです』と言われていて、私もそれを信じつつ、でも念のためにパーカーのフードを下ろしながらこっそりと敷地内に潜り込んだ。

 監視カメラの有無はともかく、人の気配はまだ感じられない。そのことから誰かに見られている心配はないと判断し、地下駐車場に移動したらすぐにドミノマスクを装着、ヒーローモードになっておいた。

(今日のご指名はブレッド・ノヴァ、これからもこの人に会うとしたら事前に変身しておかないとな…もしくは、家族以外に自分の正体を明かす日が来るのだろうか)

 協会と同じように、ヒーローをプロデュースする立場の人たちも『ヒーローの正体については私どもも把握していない』と話しているように、もしも本当にチョコレートさんに協力してもらう場合、私は常にヒーロー状態で会い続ける必要がある。

 それは星川舞としての生活が守りやすくなる反面、戦いの時以外でもスイッチングする必要が増えることを意味しており、そうなると面倒そうだなぁとものぐさな私らしいことを考えていた。

 さすがに出会って早々に正体を明かすことは考えていないけれど、もしもチョコレートさんが本当に信頼に値する人で、なおかつ私たち家族の手助けをしてくれるのなら。

 私を助けてくれる恩人であったならば、正体を教えるくらいはどうってこと


「助けてくださいましーーー!」


 …うん、私はヒーローだからね。助けられることを望むんじゃなくて、助けることを求められるのが普通だよね。

 なんて若干脱力しつつ、声の方角へ顔を向ける。現在は使われていない地下駐車場は少女らしき叫び声を何度も反響させ、音量の減衰を感じさせないボリュームにて私の鼓膜に届く。

「あっ、あなたはブレッド・ノヴァ! 来てくださっていたのですね、遅れてしまい申し訳ございません! わたくしは、えーと、ええっと、こういうもので…名刺、どこに入れたんですの〜!?」

「あの、落ち着いて…やっぱりチョコレートですわ!さん、ですよね? その、助けてほしいって叫んでいたような」

 その少女は落ち着いたパープルカラーのハイウエスト切り替えのミディ丈ワンピースを着ており、その上に羽織っているベージュのカーディガンが柔らかに上品さを強調していた。

 足下はローヒールパンプスで動きやすさはギリギリの及第点、どれくらい走ってきたかはわからないものの、それでも追われているのであれば少し心許ない装備かもしれない。

 私の目の前に到着したら何度か肩で息をして、そして顔を上げて視線が交差する。瞳の色はどこか知的なダブグレー、クロッカスの髪は私よりも気持ち短いロングヘアーで、裾部分だけが緩くウェーブしていた。

 荷物は小さめのチェーンバッグだけで、サイズ的にはO-DRIVEとその予備バッテリーが二つくらい入るかどうかといったところだろうか? そうした様子からも考えるに、最初から逃走劇を想定していたようには見えなかった。

「そうです、私がチョコレートですわですわ! 以後お見知りおきを…って、来ましたわ!」

「来たって…あの人たちですか? その、どういう関係で、どんな状況で」

「ノヴァさん! 早速ですが、わたくしを連れてあの方たちから逃げおおせてくださいまし!」

「ちょっ…え?」

 話し方のせいで若干紛らわしい自己紹介が済んだかと思いきや、チョコレートさんは複数の足音が聞こえてくる後ろへと振り向き、私もそちらを見ると。

 上下を黒でまとめたスーツ姿の集団が「あっちだ!」とか「これ以上逃げられてはならん! お怪我をされる前に確保するんだ!」なんて言いながらこちらへと向かってきていた。えっ、どんな状況なんだこれ。

 少なくとも私が知っている日常の光景にはどれも該当していなくて、かといってモンスター以外が相手だと戦うわけにもいかず、どうすべきなの可能の処理が追いついていなかったら。

 チョコレートさんは両手で私の腕をぐいっと引っ張り、笑ってはいないもののどこからんらんとした輝きを秘めた瞳で、そんなことを命じてきた。

「あの、逃げろと言われても…見たところ、あの人たちは武器とかも持っていないし、攻撃の意思もないし…お知り合いとかじゃないんですか?」

「ちょっと!? 普通こういう場合、ヒーローなら『助けを求めるレディを優先する』のが王道ではなくて!? あなたにはその力があります、そしてそれを必要としている人間が目の前にいるんですのよ!」

「ええー…あの、ご存じだとは思うんですけど、ヒーローはモンスター以外の相手とは戦っちゃダメなんですよ…向こうは見たところヒーローもいないし、モンスターですらないし、私が誰かに肩入れするのは…」

 そんな目で見られても、という本音をなんとか隠し、私は理性的な状況判断に努めた。

 そう、ヒーローというのは力を行使できるタイミングが非常に限られているため、ここで私がこの子に加担した場合、その情報が漏れるとえらいことになりかねない。協会…というか監督官なら『ブレッド・ノヴァの正体は把握していないので情報は提供できない』と言ってくれるだろうけど、逆に言えば私を何らかの力で守ってくれるとも思えない。

 つまりアニメや漫画のヒーローみたいに無計画な人助けはできないわけで、せめて双方にどんな事情があるのかを聞かせてもらいたかったのだ。現実世界のヒーローは世知辛いのです。

「その点なら調べておきましたわ! 協会や警察のガイドラインによると『ヒーローはモンスター以外の相手に対し、いかなる力を振るってはならない』と書かれておりました! これはつまり『直接攻撃しない限りはOK』ってことですわー!」

「…あれ、そうかな…そうかも…?」

「そうですわそうですわー! それに万が一の時はわたくしが『こちらの意思を無視して追ってくる連中から守ってもらった』と証言いたします! だから…あなたの中の『優しいヒーロー』を解き放ってくださいまし!」

 その言葉はともすれば、私をおだてて利用するためのものに聞こえてしまうだろう。

 けれども目の前の少女が嘘をついているようには見えなかったこと、そしてそんな少女を大がかりな人数で捕らえようとする向こう側に思うところはあったという事実、なにより…『ヒーローとして大切なもの』を口ずさまれたことで、私の体は反応的に動いていた。

「きゃっ…速い! 速い、速いですわー! これならば余裕で逃げ切れます、わたくしが見込んだとおりですわ!」

「それはどうも…向こうは追跡用ドローンも持ってるみたいだし、少し飛ばすからしっかり捕まってて!」

 チョコレートさんの首と膝裏を抱き上げる…いわゆるお姫様抱っこをして、私は追っ手たちとは逆の方向へと走り出す。そしてその意図を察したのか、彼女もすぐに腕を私の首へと回してきた。

 向こうにはカメラ付きの追跡ドローンがあるため、一般人であれば逃げることは難しいだろう。けれど、幸いなことに今の私はヒーロー、人間を追跡するためのドローンであれば巻くことも十分可能なはずだ。

 地下駐車場を駆け出し、ひとまず向かい側にあった二階建ての建物の屋上へジャンプする。そこからはアクションゲームの主人公よろしく、より高い建物へと飛び移り続けることであっという間に都市を一望できるくらいの高度まで到達した。

「…すごいですわー! わたくしを抱えながらも時には三角跳びをして、建物の合間を立体的に移動しつつここまで逃げ切った…やっぱりあなたを見込んだわたくしの目に狂いはありませんでしたわね!」

「いや、近接型のヒーローならこれくらいは誰でもできると思うけど…」

「謙遜ならさずともいいんですのよ! なにせ『協会ご自慢の“特級ヒーロー”でも簡単には壊せないパンチングマシーン』を破壊できた方ですもの、将来は超有望、これまでスカウトしなかった世界に見る目がなかったのですわ!」

「え、なんでそれを…?」

「…蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)でヘビー、プロデュースを志すのであれば時には道なき道を進み、その先にあるものを掴み取らねばならないのですよ! さあさあさあ、ゴーゴーゴーですわ!」

 やっぱり人を抱えながらの移動は若干動きにくいけれど、私も一応は鉄の巨人の拳を受け止められる程度の力はあるようで、今も腕の中にいる少女くらいであれば重量感は覚えない。

 むしろ「怪我させないようにしないと…」なんて考えながら移動していると集中力が増すのか、ビルをはじめとした都市のオブジェたちを見ていると「次はここに移動すればいいか」なんて瞬時に判断できるようになっている。おかげで三角跳びといったアクションも無理なくこなせていて、腕の中のお嬢様──話し方からそれっぽく感じる──はご満悦にテンションを上げていた。

 …にしても、どこであの話を聞いたのだろうか。あと、『特級ヒーロー』ってなんだろう。

 けれどもそんな疑問を口にするほどまだ余裕はないのか、私の立体的な軌道にも追随するようにドローンたちは追いすがろうとしていて、まだまだ逃走劇は続くことを理解する。

 だから私は「まだ動くから、舌を噛まないように気をつけて」とだけ伝えて、摩天楼を飛び移るかのような跳躍を続けた。

 チョコレートさんは「大丈夫です、状況証拠を残すためにもアクションカムは起動しておりますわ!」と返事にならない返事をしてくれた。


 *


「ふう、さすがにここまで来れば大丈夫か…」

「ううう、暗いですわ怖いですわー! なんでここに逃げてきましたの!?」

「いや、街から近くて人が来なさそうな場所だとここが目についたから…それにこの建物ならそこそこ入り組んでいるし、ドローンも追跡しにくいかなって」

「そうですけど! そうですけど! あなたって肝が据わりすぎですのね!」

 それからも都市を使ったパルクール逃走劇を続け、私は高い場所から見つけた逃げ先…廃遊園地へと飛び込んだ。

 ここはかつて高度成長期に運営されていた場所で、モンスターが出現した後に閉園されてしまい、取り壊しにもお金がかかるせいか放置されていた。ちなみに遊園地自体は別の場所に新しく立てているらしく、そちらは比較的順調に運営されているとのことだ。

 そしてそんな遊園地は存在そのものがホラー…さび付いた遊具やそれらが立てる軋む音が不気味だけれど、私たちはその中でもダントツにおどろおどろしい施設、お化け屋敷に飛び込んでいた。

 屋内ということもあって設備の劣化は遅いのか、墓石やしだれ柳といったオブジェはまだその形を保っていて、嬉しくないことに今でもその役割をこなしているかのようだった。

 ちなみにチョコレートさんは携帯端末のライトで周囲を警戒するように照らしつつ、ブルブルと震えながら苦情を伝えてくる。なお、私は平気そうに振る舞ってはいるけれど、それなりに怖いとは思っていた。ただ、「ここなら入ることを躊躇するだろう」という打算が勝っているだけで。

 人間は本能的に恐怖の対象に対し、二の足を踏んでしまうものなのだから。臆病な私が言うんだから概ね正しいはず。

「ふう、それじゃあ…呼び出した要件、聞かせてもらえますか?」

「この状況でですの!?…こほん、そうですわね、追っ手は振り切ったみたいですし…まずは自己紹介を。わたくしの名前は御寺撫子みてらなでしこ、先日もお伝えしましたように、あなたのプロデュースを希望するものですわ」

「あ、これはどうも…え? 御寺? それにこの名刺…もしかしなくても、御寺グループの…?」

「…まだ新しい肩書き用の名刺は作っておりませんの。ですが、今回のわたくしの行動はグループとは無関係、わたくし個人の意思と判断で行っております」

 とりあえず腰を落ち着けるため、丸太を模したオブジェに並んで座る。そして彼女はまだ言いたいことはありそうだけど、ようやく観念したかのように冷静さを取り戻し、バッグから名刺を取り出して渡してくれた。

 そしてそこに書かれていた肩書きには『御寺グループ』の人間であることが明記されていて、しかも役員どころかそこの子供…令嬢、なわけで。

「…あの、もしかして…さっきの追ってきた人たち、あなたを家に連れ戻すとか、そういう…」

「勘のいいヒーローは好きですわよ? 先にぶっちゃけさせていただきますが、実家はわたくしの計画に賛同するどころか反対してまして…まったく、大企業病を患った集まりはダメですわね!」

 御寺グループ、それは…日本のヒーロー産業に強く根付いている、巨大複合企業だった。

 たとえば私が使っているO-DRIVEの製造元であるオーテラメディアテックはもちろんのこと、芸能事務所やヘルスケアファクトリーなどまで有していることからもわかるように、かつての日本を牛耳っていた財閥のようなレベルの存在だ。

 言うまでもなく協会や警察などともコネクションがあるらしく、その時点で新米ヒーローでしかない私なんて、ダース売りされている鉛筆の一本くらいでしかなく。

 ぷんすかと実家への怒りをあらわにしているチョコレートさん…もとい、御寺さんの話を上の空で聞き流しながら、もしかしなくてもとんでもないことをしたのではないかと冷や汗が噴き出してきた。

「むふふ、ですがそれも終わりですわ! わたくしがヒーローのなんたるかを世の中に示し、そして腐敗した仕組みをぶっ壊して『正義』を示す…これってとてもロックでしょう!?」

「いや…うん…えっと…とりあえず…実家に帰らない?」

「あなた、わたくしの話を聞いてまして!? そんなロックじゃない判断、受け入れられませんわー! そもそも、それをするならばとっくに…!?」

「…モンスター予報の緊急通知だ! くそっ、しかも発生源はここ…詳しいことは置いておくけど、あなたは私が守り抜くから! だから、絶対に離れないで!」

「!!…はいっ、もちろんですわ! こんなこともあろうかと、アクションカムの予備バッテリーもあります! あなたの中のヒーローが示す正義、どうか見届けさせてください!」

 さすがに相手が悪すぎるので、私は早々に諦めてしまったけど。

 そんな意思を伝えた刹那、お互いの携帯端末から緊急通知を知らせる音が鳴り、そして周囲からモンスターの気配を感じ取る。

 それを理解した私はひとまずやるべきこと、この人を守ることに専念するべく心もスイッチングさせた。

 すると御寺さんは私を見て再び顔を輝かせて、それでも邪魔にならないよう後ろに回り、そしてアクションカムを構えて撮影を開始した。

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