カメラピクシーさんと別れて地獄門から外に出る。
ふう、迷宮から出て街の音が聞こえるとホッとするね。
あたりはもう夕暮れで空も街も真っ赤だった。
「今日はモナリザンに行こうか」
「いいわね、ヒデオさんはイタリアンはどう?」
「あんまり食べないなあ」
「和食か牛丼を食べている感じがするよ」
「街中華も食べるよ」
「食が庶民なのよねえ」
どうやらモナリザンという美味しいレストランがあるみたいだね。
おじさん的には、天竜か、天下一品でも良いんだけどね。
若い女の子とは住んでいる世界が違う感じだなあ。
商業施設の広場から陸橋を使って東口の方に行こうとしたとき、その男が立っているのに気が付いた。
なんだかニコニコしているんだけど、抜き身の刃物みたいにギラギラした気配がある。
顔にアザがある高木さんが彼の横に立っていた。
「片瀬さん……」
山下さんがつぶやくように言った。
そうか、こいつが片瀬か。
俺は『サザンフルーツ』を隠すように前に出た。
「やあ、ヒデオくん、俺が片瀬だ。リーディングプロモーションの幹部だよ」
「よろしくお願いします。昨日からお世話になっている丸出英雄ともうします」
片瀬はニカッと笑った。
うーん、雰囲気がカタギじゃないなあ、ヤクザ、しかも幹部クラスの貫禄があるね。
「君の活躍を先ほど配信で見たよ、すごいね透明のゴリラ」
「はい……」
「もうね、『サザンフルーツ』とかさあ、興味が無くなったんだ、ヒデオさん、俺の下に付きなよ、それで、ゴリラの力を使って楽しい事をしようじゃあ無いか」
「……」
ああ、そうか、俺を取り込みたくて姿を表したのか。
「ゴリラが居れば、暗殺とか、脅迫とか、いろいろ楽しい使い方が出来るよ、凄い力だよ、君も羽振りが良くなるし、俺の目的も達成できるよ、なあ、頼むよ、ヒデオく~ん」
そんなに若くは無いが、年寄りというほどでも無いな。
日常的に暴力を使って来た男特有のきな臭い匂いがする。
「いやだ、と、言ったら、どうなります?」
「……、そうだねえ、考え直した方が良い、俺はワガママな男でさあ、こうと決めた事は貫くのよ。ヒデオみたいなタイプは逃げられないよ」
……。
こいつは、ゴリラたちの、力を、自分の、利益のために、使おうと、言うんだな……。
「例えば、そうだね、まずはケインくんが怪我をするよ」
「ひ、ひいいいっ!」
ケインさんが悲鳴を上げた。
「ちょっとずつちょっとずつだよ、ケインくんが怪我をするんだ、彼が「ヒデオさん助けて」と言うぐらいにね、時に時間が空いたり、怪我が続いたりするんだ。で、ケインくんが終わったら『サザンフルーツ』だ。ヒデオくん、君みたいなタイプは知り合った人を無碍に放り出す事は出来ないんだよ」
ヒカリちゃんがブルブルッと震えた。
「脅迫ですか、片瀬部長」
「え、違うよう、別に僕はやらないからね、ただ、不幸が続くんだよ、そんな事は良くあるからね。ヒデオくんが屈服するまでね、どうだい、ヒデオくん」
片瀬はにっこり笑った。
俺の返事は決まっている。
一歩前に出た。
片瀬がニタリと笑った。
「ゴリ太郎、こいつを殺せ」
「え?」
「駄目よ! ヒデオさん!!」
動こうとしたゴリ太郎の前をミキちゃんが塞いだ。
彼女は良く光る目で俺と視線を合わせた。
「そうやってゴリちゃん達を利用しようとした人を殺して、流れて行くのね。でも、それはヒデオさんが考えたことじゃなくて、ご先祖に掛けられた術よ」
「でも、これが一番簡単なんだよ。こいつを倒して俺は別の街に行けばいい」
「ヒデオさん、もう動画に撮られてゴリちゃんたちの事がばれたのよ、逃げられないわ」
「そ、そうだ、そうだ、逃げられないぞ、お前は俺に屈服するしか無いんだ」
困ったな、ミキちゃんに止められてしまった。
確かにこれはご先祖がゴリラ達を人に利用されないように掛けた術かもしれないけど、他に手が……。
「私は【直感】というスキルを持ってます。たぶん、ゴリラを運んで行きたい場所は迷宮で、ヒデオさんが最後のランナーなのよ」
「そうよそうよ、片瀬なんか殺して逃げたら駄目よ、ヒデオはずっと私たちと一緒に行くんだから」
「はい、何か方法があるはずです」
ヒカリちゃん、ヤヤちゃん……。
俺はなんだか胸が熱くなった。
前にも同じような事があった。
その時は……、結局殺して話を終わらせた。
故郷も、好きだった女の子も、親友も、全てを捨てて俺は川崎に逃げて来た。
でも、今回は違うのか。
この迷宮が、ご先祖がゴリラを持って行きたい場所だったのか。
「片瀬部長、やり過ぎです」
「ああ? 黙れよ山下、俺は俺の好きな事をする。あはは、俺はなあ、悪魔だって騙せる男なんだぞ」
「ウイングチートの残党という噂は本当なんですか?」
「ああ、そうだとも、ははは、俺だけ、俺だけが生き残った、だから俺はまた芸能界でトップを取る、そのためにお前の力が必要なんだ、ヒデオ!」
ケインさんが、両手を天に上げた。
きいいいいっと奇声を上げて地団駄を踏んだ。
「なんだよっ!! なんだよっ!! ずるいことでヒデオさんを食い物にするつもりかようっ!! そ、そんな事は勇者ケインがゆるさないぞっ!!」
「あはは、偽物の勇者が何を言ってやがる……」
「くすくす♡」
片瀬の兄貴の顔色が一瞬で真っ青になった。
いつの間にか、サッチャンが彼の後ろに立っていた。
「ウイングチートの副社長の竜胆修一さんですよねえ。整形して戸籍を乗っ取ればごまかせると思ってたんですか~♡」
「あ、あああああっ、あああああっ!!」
片瀬の兄貴は悲鳴を上げて逃げようとした。
サッチャンの手が肩に掛かっていた。
力が入っていないようなのに、彼は一歩も動けない。
「た、助けてーっ!! 助けてーー!! 金、金なら幾らでもっ!! だからだからっ!!」
「悪魔を出し抜けるとかあ♡ そういう楽しい事を言う人にはそうでは無いと、教え込む事にしてるんですよ~♡」
バラリとサッチャンの姿がぶれて、五人に増えて片瀬の兄貴の体を持って地獄門の方へ運んで行こうとした。
片瀬の兄貴は泣きわめきながら逃げようとするが、サッチャンの手を振りほどけない。
そして、奴は地獄門の中に消えていった。