――「りぇんてゃんにゃ、にゃれびゃれりりゅろっりぇ、りゃーーー! りぇんりゃん、りゅりりょ! りゅりぃりょ!(蓮ちゃんは、やればできる子って、あーーー! 蓮ちゃん、後ろ! 後ろ!)」――
ばあちゃんが、りゃりりゃり何を言っているのか分からなかったが、目線を追い振り返ると、マンイーターの触手がヴェレドに絡みつき、本体の巨大な口元に引き寄せている!
「嗚呼! ヴェレドが喰われかけてる!」
「い、いいから、早く助けろ……」
良かった。ヴェレドの意識はまだしっかりしている。とにかく近づいてヴェレドを引きはがさなくては!
しかし、マンイーターは複数の触手を鞭のようにしならせ、俺を近づけさせないようにしている。まずはヴェレドを掴んでいるあの太い触手をなんとかしないと――
「
――カチカチカチン!
俺は三つの錠前を放ち、触手を固定した。
――ギリギリ……パキン! パキパキン!
だが、距離が遠くて
「れ、蓮……! 触手を……よく見ろ……や、槍だ……」
触手? 槍? ヴェレドが本体に槍を投げたとき、あいつは太い触手を使って槍を――
「あ……もしかして!」
俺は急いで槍を拾い投げつけたが、ヴェレドのようにはいかず「ぴょ~ん、ぷすっ」と本体の口元にかろうじて引っかかった。
「お、お手本みしぇたのに……お、おみゃあは……」
ヴェレドも痺れがまわって、名古屋弁っぽくなってきた。
「いや、これでいい……はずだろ? ヴェレド」
マンイーターは槍を異物とみなし、棘付きの花弁で取り除こうともがいている。しかし、うまくいかず、ヴェレドを持っている太い触手で、彼を放り投げた!
――ぐぐ……ブンッ!!!
俺は生まれて初めて、こんなふうに人が宙を舞うのを見た。まるで世界レベルの走り高跳びの選手の様に、ヴェレドは美しい放物線を描き、俺の後ろへ落下した。
――どさぁ!
「げふう!」
「は! 見とれてる場合じゃない! ヴェレド~! 無事か?!」
「だ、だいじょびゅだ……麻痺してるから……痛みは……にゃい……」
さすがだ。痺れているのに見事に受け身を取っている。
――キシャーッ!
触手……ヴェレドが言っていたように改めてよく見ると、やっぱりこいつ、触手が三種類あるんだ。花粉を吐く蕾のある触手、鞭のようにしなる触手、そして二本の獲物を捕縛する太い触手。ヴェレドが真っ先に捕縛用の触手をひとつ切り落としたので、残りのひとつは異物を取るのに使うしかなかった……
「ヴェレド……お前、本当に凄いな。あの一瞬でここまで読んでいたのか。俺が女だったら、確実に惚れてるよ」
「……本当きゃ?」
「ああ、ぞっこんだね」
「…………あとは……ひとりでぇ……にゃんとかしりょ……」
「わかった。あとは任せろ!」
さて、どうするか。鞭のような触手が邪魔で近づけない。槍の鎖がまだ花弁に絡まって、マンイーターはまだもたついて――
「鎖? 鎖は……金属……そうだ、雷撃を飛ばせないなら……」
俺は鎖を拾い上げ、意識を集中し、心の中で両腕のトグルスイッチをオンにした。なんだよ、心の中のスイッチって。
「飛ばせないなら……直接だ! 喰らえ!
俺の両腕から発せられた青白い電撃は、即座に鎖を伝わり、マンイーターを貫いた。花粉を吐き出す触手の蕾は、破裂音と共に弾け飛び、鞭のような触手は炎をあげ焦げ落ちた。
「うわぁ。自分で言うのもなんだけど、改めて、雷属性って凄いな……こわ!」
マンイーターは残る捕縛用の触手で槍を払いのけた。
「一撃じゃ無理、ですか」
その直後、地鳴りのような音が響き、マンイーターがぶら下がっていた岩肌にひびが入る。
マンイーターは触手を激しく振り回し、身をよじらせているようだ。
「なんか……怒ってる? あ、あんまり暴れると、崩落がおきますよ」
岩肌はガラガラと音をたて崩れ、マンイータの本体が地面に落ちたかと思うと、岩肌の中にあったであろう根が、蜘蛛の足の様に開き、本体を持ち上げた。
「う、うそだろ……こいつ、歩けんの?! うわ! きも! 最悪じゃん!」
《いえ、蓮さま! 最悪なのはそれじゃありません。マンイーターの後ろをご覧ください》
「え? 後ろ?」
崩れ落ちた岩肌の奥から、聞き覚えのある呼吸音が聞こえてきた。
「これってまさか……」
《巣穴と繋がってしまったみたいですね》
『――目に見えるものが全てじゃない。決して油断するな――』
ヴェレドの言葉が脳裏をよぎった。開いた穴からフレイムリザードの群れが、辺りを伺いながらぞろぞろと出てきた。5、6匹はいる。どうするどうするどうする! 最悪の状況だ。いや! 落ち着け! マンイーターは怒り狂っているが、フレイムリザードたちはまだこちらに気づいていない。
「これは……先手必勝だな」
《はい。可及的速やかに対処しましょう。まだこちらに意識を向けていない今しかありません》
どうする。今ある全部……鎖……スイッチ……
「チエちゃん! 今、俺が考えてること分かる?」
《ええ。蓮さまのイメージが流れ込んできました》
「いける……かな?」
《蓮さま。このイメージは非常に合理的かつ、蓮さまの戦闘上の欠点を補う現時点での……最適解だと思います! やってください!》
「よし! ヴェレド! この鎖、貰うよ! 後でバルトさんに直してもらうから!」
俺は、槍で鎖を切り離し、両手に持ち鎖鎌のように回した!
――いや、鎖鎌は回したことない。ちょっとカッコつけた。縄跳びだ。小学生が縄跳びでやるように、ぐるぐると回した。
「俺の遠距離攻撃は……これだ!」
俺は鎖を魔物たち目掛けて投げ、
「鎖で距離を稼いで、対象と
《これなら投擲の未熟さもカバーでき、雷撃も直接流せます。素晴らしいアイデアです、蓮さま!》
1匹、2匹とフレイムリザードを仕留めていく。火の息を吐きだしそうなやつは首を固定し、俺たちへの狙いをそらす。マンイーターはこちらの隙を伺っているのか、距離を詰めてこない。
「蓮……油断するにゃ……手負いのまもにょが、いちびゃん怖いじょ……」
「大丈夫! このまま決める!」
3匹、4匹! 俺は次々と
「はぁ……はぁ……結構、いや、かなりきついな」
《蓮さま、魔力の残りが随分減っています! 無駄撃ちのないよう!》
「ああ、あとはマンイーターとフレイムリザード1匹だけ……大丈――」
――バキバキ! ずるぅ……
足元の岩盤が音をたて割れ、そこから現れた触手が俺の足に巻き付いた。
しまった! マンイーターのやつ、何もしてこないと思っていたら、触手を地中に這わせていたのか! 巻き付く力が強い……外せない! 蜘蛛のような根をばたつかせこちらへ向かってくる! このまま雷撃をかますか?! いや、この触手は地面から出てる。アースの役割をはたして、本体まで届かない可能性がある。直接本体に鎖を
「さ……せるか!」
俺は鎖をマンイーターに
――カチ! カチ!
フレイムリザードが俺に向け火の息を吐こうとしている! 嘘だろ……俺が鎖をマンイーターに
こいつら、連携を……まずい! 躱せない!
「油断するにゃと言っただりょ」
ヴェレドは切り離された槍で触手を切り裂き、俺を突き飛ばした。彼は俺の身代わりに火球をうけ、そのマントは炎に包まれた。
「ヴェレドーーー!!!」
フードからのぞくヴェレドの顔が、笑ったようにも見えた。