――「蓮ちゃん。いいから、ばあちゃんの話ばききなさい」――
いつになく、ばあちゃんの表情が真剣だ。しかし、バルト達の気持ちを受け取るって……どうするつもりだよ、ばあちゃん。
「バルちゃん、あんたたちの気持ち、本当に嬉しく思うよ。でもね、今はその時期じゃないんよ。採掘の税を商店街は受け取ることは出来んけど……あんた、その分、稲荷神社に奉納せんね」
「ほ、奉納?! どういうことだよ!」
「バルちゃん達は、税を納めて恩返しをしたい。蓮ちゃんは受け取れない。やったら代わりに、私が大狸稲荷神社の巫女として、お布施を頂きます。この辺りの魔物が弱いんは、稲荷神社の加護のお陰やろ? それでみんな助かっとるんやけん……多少のお布施があってもよかろうもん! ふん!」
ばあちゃんは腰に手を当て胸を張り、鼻息を荒くしている。しかしなるほど……これだったら、協定を結んで自治を主張することにならないし、バルトさんたちの気持ちも受け取れる。
(チエちゃん、でもこれって)
《マネーロンダリング、ですね》
(だよな)
《ですがこれは、絶妙な落としどころかもしれません。宗教的奉納とすれば、他国も強くはでれないでしょう》
「バルちゃん、それでいいかいね?」
「うーん……でもぉ、僕たちドワーフは崇める女神さまがいるんだよぅ? 伊織さん、異教徒のお布施、受け取っていいのぅ?」
「なーん! 私たちが住んどった日本っちゅう国には、
たしかに。元の世界でも、日本の宗教観は独特だもんな。大らかというか、いい加減というか。
あ、話は飛ぶが、ばあちゃんが持ち込んだこの日本的宗教観が、ヒズリアに大きな変革をもたらす。ばあちゃんは変革の中心となり、その名をヒズリアに知らしめることとなる。
「そ、そうなのぅ? 変わった神様だねぇ。ん~、うん! 蓮さんたちがそれでいいなら、そうさせてくれるかなぁ?」
「ああ……その形なら喜んで!」
「へはは! 良かったばい。これで採掘権の税金の事は済んだね。あとは、ん~? 何なに~、安全保障と技術・文化交流やねぇ。どげんするね、蓮ちゃん」
「安全保障に関してはこれまで通り、お互い助け合いの精神でやれたらと思ってる。でも、もし大狸商店街と他の国がトラブルになっても、手を出さないでほしい。本当に迷惑はかけたくないんだ」
「蓮さん……」
「もちろん、近隣諸国と摩擦を生まないことが大前提だけどね。そのために今話し合ってる」
「うーん……わかったよぅ(でも僕たち、蓮さんたちに何かあったら、やっぱりじっとしてられないかなぁ)」
よかった。分かってくれた。あとは……
「技術・文化交流の推進か。これさ、こちらから提案があるんだけど」
「なぁに?」
「バルトさん、うちの商店街の店主になってくれないかな? 協定とかじゃなくて、個人的に。
「それは面白そうだねぇ! ここで店を構えられれば、採掘道具の修理がすぐに出来るし、かなり効率があがるよぅ! 今までは道具が壊れたら、クマロクの工房まで持って帰らなきゃならなかったからねぇ」
「商店街に鍛冶屋があると、他の冒険者も助かると思うんだ」
「わかったよぅ。王様に話を通さなきゃならないから、今すぐには無理だけど、その提案、ありがたく受け入れるよぅ。あ、場所代についても、また話し合おうねぇ」
「え? いや場所代はいらな――」
「蓮さん! 駄目だよう。商売は商売。商店街、大きくするんでしょう? じゃないと……この話は受けられないよぅ?」
「わかったよ、バルトさん。その辺りは王様の許可がでたら、また話し合おう」
「よぅし! そうと決まれば、僕たちはいったんクマロクに戻るよぅ! みんな! 話はまとまったよぅ! 帰るよぅ!」
「じゃあな蓮さん!」「ありがとう伊織さん!」「ヴィヴィちゃん! また食べにくるからな!」「ヴェレド……サリサさん! 助かったよ!」などとドワーフたちは口々に去っていった。
◇ ◇ ◇
ふう……初めての交渉が終わった。はぁ~疲れた~。こんなに長い時間、真面目な顔をしたのはいつぶりだろうか。こめかみがじんじんする。試験が上手くいかなかったときの様に、テーブルに突っ伏していると、後ろから足音が聞こえてきた。
「さて、話は終わったようだな。次は私の番だ」
「サリサちゃん! よっしゃ! 待っとったばい! ばあちゃん、ワクワクすっぞ~」
嗚呼! そうだ! サリサを待たせていた! くそ! ばあちゃんめ、相変わらずこの手の話が好きだなほんと。ああ! 頭が割れそうだ! ロキ〇ニン欲しい!
「あ、あの、サリサ……その、結婚についてなんだけど……い、今話していたように、他の国と深く関係を持つのはまだ無理なんだ。だから、トトゾリア王国の王女であるサリサとは……結婚できないよ。ね? 分かるよね?」
※伊織(おおっと、田中蓮さん。先ほどの交渉をネタに、上手く口実をつけましたね)
※チエ《ええ。なかなか鋭い切り返しです。サリサさまはどう答えるのでしょうか》
※印は伊織とチエの念話です。サリサには聞こえていません。
ばあちゃんとチエちゃんが念話で実況を始めてしまった。他人事だと思って完全に遊んでやがる……
「ふむ……そうか……うーん……なるほどな……確かに……」
サリサは腕組みをし、口に手を当て何か考えている。まだ男だと思っていたころのヴェレドの姿がかぶり、なんとも奇妙な感じだ。
しかし、すごいスタイルだな。ヴェレドの時は全身をマントで覆ってたから分からなかったが……すらりと長い手足、引き締まった筋肉、それでいて、女性らしいところはしっかりと……なんと言うか、雑誌に出てくる『世界一美しい女性アスリート』みたいな感じだ。
「わかった。じゃあこうしよう。私は王女を辞めよう。それならば問題ないだろう」
※伊織(なんということでしょう! サリサさん! 王女を辞めるといいだしました!)
※チエ《これは予想外の展開です……!》
「はあぁ?! ちょちょちょ! ちょっと待て! 王女を辞めるって無茶苦茶な! トトゾリア王家のしきたりは?! 『婿比べ』の為にずっと冒険をしてきたんだろ?!」
※チエ《しきたりを持ち出しましたね》
※伊織(蓮ちゃんらしいというか、保守的というか奥手というか。興ざめばい)
「いや……元々私はこのしきたりに疑問を持っていた。トトゾリアでは、王家が婿比べをしているせいで、国民たちも互いに伴侶を比べるのが当然だと思っている。それが原因で、伴侶は見栄や力の象徴として選ぶ風潮が根強いんだ。ひどい時は、相手の意思を無視して伴侶をさらってくることだってある。それが他国からも恐れられる、私たちアマゾネスの風習だ……私も王女として、そのしきたりに従うことを強いられてきた」
※伊織(チエちゃん……アマゾネスって、旦那さらうん?)
※チエ《ええ。その風習があだとなり、出生率がさがり、人口が徐々に減少しているそうです》
※伊織(うー、無理やりさらわれた上に、比べられたら……流石にその気も起きんって事ばいね……)
「でも、そんなのは間違っている。本当は愛と敬意を持って、お互いが選び合うべきなんだ。そうだ……うん……そうなんだ。蓮、お前は本当の意味で強い男だ。今回の救助の件で私はそれを知った。私は……お前がいい。心から尊敬に値する男だ。お前と一緒になれるなら王族の地位などいらん」
「いや、だからサリサそれは……」
「今日から私は、一人の女として生きる。うん……決めたぞ! 蓮!」
あーーー、サリサがすんごく吹っ切れた顔でこちらを見ております。
※伊織(やぁん! 一人の女! こんなん言われたら、ばあちゃん速攻爆速で抱きしめるばい! なんばしよっとねこの子は!)
※チエ《キラーワードですね。いい顔してますよ、サリサさま》
「で、でも、王女がいなくなったら、国民の皆さんが困るんじゃ……」
「心配ない。王女はあと四人いる。私一人が減ったところで、大したことはない。さあ……蓮、返事をくれ」
――「ちょっと待った~~~!」――
ヴィヴィがシーソーから飛び降り、伸びた頭と、たわわなアレをゆっさゆっさと揺らしながら、俺とサリサの間に割って入った。もうやめてくれ。
※伊織(おおっとここで! ヴィクトリアさんから『ちょっと待ったコール』がかかりました~! 待っとったばい~! ヴィヴィちゃん!)
※チエ《伊織さま、その台詞が言いたかったんですね。|古《いにしえ》の深夜番組……好きでしたもんね》
※伊織(さあさあ! ヴィヴィちゃんの乱入でこれからどうなるのか?! 注目の後半戦が始まります! その前に……いったんコマーシャル! チャンネルはそのままで!)
ばあちゃんとチエちゃんの悪ふざけが加速する。この念話のチャットルーム、いったん閉鎖させよう。
ヴィヴィとサリサがにらみ合い、お互い次の一言をどう発するかけん制しあっている。まるで荒野のガンマンの様に、ヴィヴィの頭が風になびき、また変な形になっている。彼女の瞳は、強大な敵に立ち向かう勇者のように燃えていた……!
って……嗚呼……面倒くさい。男友達が欲しい。
※伊織(この番組は、江藤書店の提供でお送りします―― へは!)