――「れ、蓮さまは渡しません。結婚なんて駄目です! 私が許しません!」――
ヴィヴィはサリサを前に、頭を伸ばし、猫特有の『やんのかポーズ』で激しく威嚇している。ていうか、猫亜人の身体ってどうなってんの? 人の姿でやんのかポーズ出来るんだ……柔らか。
※伊織(おお~っと! まずはヴィヴィさんが口火を切った!)
※チエ《ヴィヴィさまのあの目、あの構え……断固たる決意を感じます》
※印は伊織とチエの念話です。サリサには聞こえていません。
「ほう、許さないだと?」
嗚呼……面倒くさいことになった。男だと思っていたヴェレドが実は女性で、アマゾネスの国、トトゾリア王国の第三王女、サリサ・ヴェレドフォザリ皇女だという。そして何をとち狂ったか、彼女は俺の事を気に入り、結婚を迫ってきた。
――少し、俺の事を話そう。
俺の名前は
顔はどちらかと言えば、整っていはいる方だと思うが、地味な顔つきだ。あ、一度だけ、勝っちゃんおいちゃんに……
『――蓮ちゃん! あんた、瀬戸〇史くんにそっくりやんか!――』
と言われたことがあるが、それは言いすぎだ。俺はあんなにキラキラしてないし、全てのスペックにおいてあっちの方が上位互換……はぁ、自分で言っていて悲しくなってきた。やめよう、誰かと比べるのは。
大学の頃、密かに好意を寄せていた女友達が飲み会で「蓮くんは恋愛対象としてみれないかなぁ。友達としては最高なんだけど。なんて言うか……あまりに平凡過ぎて」と、地獄のようなコメントを頂いた。あの時のビールほど苦いものはなかった。
そんなザ・キングオブヘイボーンな俺に、いきなりの求婚という、春の嵐が吹き荒れている。嵐じゃなくてもっとこう……穏やかな春風から始めたい。求婚じゃなく球根からゆっくり育ませてよ……
「ヴィヴィ、なぜお前の許しがいるんだ? お前は……蓮の何なんだ?」
サリサの鋭い目から放たれる静かな圧力が非常に怖い。フードをかぶっていた時は見えない怖さがあったが、フードを脱いだ今、見た目の美しさも相まって、静かな口調が王族の威厳を感じさせた。
ヴィヴィは少し後ずさりしながらも、視線を逸らさずにその問いかけに答える。
「蓮さまと私は……すでに……」
小声で言い淀むヴィヴィ。彼女は更にやんのかポーズの角度をつけ言い放った。まじで骨どうなってんの、それ?
「ち、誓いの儀式をしているんです!(さらに小声で)まぁ、偽物ですけど」
※チエ《ものすごく小声でいいましたね。聞こえてませんよ》
※伊織(ちょっと悪ノリでやっただけやもんねぇ。ごめんばい、ヴィヴィちゃん)
「ち、誓いの儀式? それは、すでにお前たちは……結婚しているということか?」
「い、いえ……店主の……契約です」
ヴィヴィはやんのかポーズを解き、しゅんと肩を落とした。ヴィヴィよ、分かりやす過ぎるぞ。
「店主の契約……なるほど。さっき蓮がバルトに持ち掛けた話か……蓮、最後にもう一度聞く。私と結婚は出来ないのか?」
「うう……は、春風から始めたい……」
※伊織(春風! なんねそりゃ?! なんを言いようとねこの子は! そんなんじゃ何も伝わらんやろ! チエちゃん、私イライラしてきたばい)
※チエ《落ち着いて伊織さま。ここは心を大きく見守りましょう》
「春風か……そうだな……蓮、悪かった。お前の意思も尊重しなくてはな。これでは従来のアマゾネスのやり方と何ら変わりはない。私自身も変わらなくては」
サリサは藤の花にそっと手を添え、香りをかいだ。紫の花にルビーのような赤い髪がなんとも映える。まるで一枚の絵画のような美しさだ。
それより、藤の花には毛虫がついているが、気にならないのだろうか? さすが凄腕ハンター。あ……毛虫を指に乗せた……なんで? 気持ち悪くないの? サリサは何故か毛虫を愛でながら、何か穏やかに語り始めた。
「春風……いいじゃないか。まずはそこから始めよう。穏やかにお互いを知るところから始めよう。そうすればいつか花が咲くかもしれん。わかったよ、蓮。いきなり求婚するのではなく、球根からゆっくり愛という花を育もう……そう……穏やかな春風の中で……」
※伊織(つ、伝わったーーー?! なんかこの子、すんごい乙女! てか、球根ってなんね?! なに言うとるんこの子?!)
※チエ《この人、蓮さまの心が読めるんでしょうか? 蓮さまが思っていたワード全て拾い上げましたよ》
「よし。蓮の心がわかれば話が早い。私もその店主の契約とやらをするぞ!」
サリサは凄腕のハンターだ。一人でヒズリアを冒険できるほどの強さを持つ。だから状況の判断が恐ろしく速い。また自身の感情や欲求で流されることがほぼない。その時の最適解を即座に選択して、その決断に身をゆだね、即行動する。
そして獲物を必ず仕留めるのだ――
この場合の獲物は俺だ。即結婚が無理なら、まずは店主の契約を、と判断したんだろう。ハンターが獲物の逃げ道を絞っていくように、俺は追い詰められていく……こえーよ、サリサ。
「ぐ、ぐむむむ……私と同じ店主の契約を……」とヴィヴィも危機感をさらに募らせている。
しかし、もうここまで来たら言い逃れは出来ない……とりあえず店主の契約で手を打とう。
「わ、分かったよ。でも、どの店と契約するの? 金光刃物店はバルトが契約することになってるし、武器屋とかこの商店街にはないんだけど……」
「武器屋? ふふ、何を言っている。私の一番の特技は……裁縫だ」
「はぁ?!」
※伊織(家庭的! 特技までギャップが凄い!)
「アマゾネスが戦闘能力だけと思ったか? 一人で旅をするんだ。衣類の修繕くらい出来なきゃ話にならん。裁縫店くらいあるんだろ? それにずっと気になってたんだ。蓮、お前の服、ぼろぼろだ。私が直してやる」
そういえばこっちの世界に来て、このスーツ一着で過ごしてきた。安物のスーツだが、ストレッチ素材で水洗いが出来る優れものだ。しかし、修行や魔物との戦闘で随分とくたびれてしまった。
「それは、かなり嬉しいな……サリサが裁縫店の契約をしてくれるなら、この商店街に衣食住が揃う」
「れ、蓮さま?!」
「そうか! じゃあサイズを測ろう! 服を全部脱ぐんだ。さあ」
「え?! 今ここで?!」
「そうだ。全て脱ぐんだ。お前の全てを測る。さあ!」
「やめてください! サリサさま! フ、フーーー!!!」
「さあ!!!」
「ひ~~~!」
※伊織(さあさあ! こうして、長かったサリサちゃんの求婚騒動も、店主の契約をするという事で、一旦の落ち着つきをみせました! 嗚呼! 大狸商店街に新たな風が吹く……愛を運ぶ、春風の様に!)
※チエ《伊織さま、念話のままですよ。もう普通に話していいんじゃないですか?》
※伊織(あ、そうやね)
俺とサリサとヴィヴィが揉み合っている間に、ばあちゃんが誰かに向けて大声で叫んだ。
「えー、この番組は、江藤書店の提供でお送りしました! それではまたお会いしましょう! さよ~なら~~~!」
「「「番組?」」」
いきなりの奇行に驚く俺たちをしり目に、ばあちゃんはしばらく宙に向け手を振っていた。