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032 久世衣料品店~大狸商店街よ永遠に~

 ――「ここが久世衣料品店くぜいりょうひんてんか。素晴らしい! 完璧だ!」――



 というわけで、サリサには、久世衣料品店の店主になって貰うことになった。


 ばあちゃんとヴィヴィには、それぞれ自分の仕事に戻って貰った。二人がいると賑やかで楽しいが、それ以上に話が進まなくなる。



「サリサちゃん! 私も新しい服が欲しいばい! 蓮ちゃんのスーツが終わってからでいいけん、よろしくね!」


「ぐむむ……サ、サリサさま……わ、私もお願いします! ヴィヴィ食堂の制服が欲しいです!」


「ああ、わかった」



 新しい服が仕立てられるとなると、ばあちゃんもヴィヴィも目を輝かせた。さっきまでの騒ぎはなんだったんだ。


 久世衣料品店は、古くから大狸商店街にある仕立屋だ。もとは江戸時代から続く和装専門店だったが、明治に入り、和装の需要が減ったため、洋服の仕立屋になった。


 店内には、服を仕立てるのに必要なものが一式揃っている。


 勝っちゃん食堂(現ヴィヴィ食堂)で店の契約に慣れた俺たちは、さっそくサリサと契約し、店を開放した。ばあちゃんがまた『誓いの儀式』やろうと企んでいたので、絶対にやめろと釘を刺しておいた。



《初めまして、サリサさま。私が江藤書店の恩恵、知恵の宝庫、チエと申します》


「ふお!? こ、声が、頭の中に直接……サリサ・ヴェレドフォザリだ。こちらこそよろしく頼む、チエ!」



 サリサには前もってチエちゃんの事を伝えておいた。久世衣料品店の店主となった今、サリサもチエちゃんと念話出来るようになった。



《サリサさまと店主の契約が結ばれました。これにより『|仕立屋の眼《テイラーズ・アイ》』の恩恵がサリサさまと蓮さまに授けられます》



 ――――――――――――――――――

仕立屋の眼テイラーズ・アイ


 能 力:【完全採寸】

 ・対象者の正確なサイズや特徴を瞬時に把握。

 ・対象者の魔力の流れを視覚化し、把握することができる。

 ・布や素材の耐久性や魔法耐性を即座に見極めることができる。

 ――――――――――――――――――



「チエ! これは素晴らしい恩恵だな! 採寸は仕立てにおいて、最も大切な作業だ……チエ? チエ?!」



 サリサが目を輝かせて宙を見ている。そうだよね、慣れるまでチエちゃんを目線で探してしまうよね。でもこれ念話だから。



《さらに、サリサさまの『裁縫』のスキルが『|素材再現《マテリアルミラー》』にランクアップしました。これにより『一度触れた素材を正確に再現し、その特性を持つ布を再生産可能』となります》


「なんと! 店主の契約というのは本当に凄いな……これならどんな服でも仕立てられる。ありがとう! 蓮!」



 サリサが屈託のない笑顔を見せた。いつも緊迫感のある顔をしているから、この笑顔は新鮮だ。



《蓮さまのスーツを新調されるとのことでしたね。サリサさま、|仕立屋の眼《テイラーズ・アイ》を試してみては?》


「ああ、そうだな。やってみよう」



 サリサは、俺をじっと見つめ、微かに目を細めた。


 次の瞬間、ぞわっとした感覚が俺を襲い、仕立屋の眼テイラーズ・アイが発動した。


 一瞬、サリサが眉間に皺を寄せ、驚きと戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに「ほ、ほう」とニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「ど、どうした? 採寸できたのか?」


「ああ。お前のサイズは完全に把握できたぞ。これはなかなかに……」



 サリサの視線がじっとりと絡みつく……なんだこの違和感……



「はっ!……そうだ! 蓮、お、お前も試してみるといい。仕立屋の眼テイラーズ・アイで、わ、私を見てみろ! さあ!」



 そういってサリサは両手を広げ構えた。何故か頬が少し紅潮している。



「でも、いいのか? サイズがわかるんだろ? い、嫌じゃないの?」


「せ、せっかく手に入れた恩恵だ。使わないと意味がないだろう!」


「じゃ、じゃあ行くよ? 仕立屋の眼テイラーズ・アイ!」


「ん……!」



 仕立屋の眼テイラーズ・アイを発動した瞬間、俺の視野は狭くなり、サリサのみに集中していく。


 採寸と言っていたので、数字が見えるのかと思っていたが、視覚的に数字が浮かぶものではなく、直感的に正確なサイズが頭の中に浮かぶ感じって……


 あれ? あれれ?! なんだこれ?! サリサの服が……透けて、見える?! というか、これって……ちょ、ちょっと待て! え、完全に『生まれたままの姿』じゃないか!



「おい! サリサ! なんだこれ?! お前! 服! え?! 服着てる?! ちょちょちょ! 解除解除! 仕立屋の眼テイラーズ・アイ解除!」


「ふふふ……蓮。こ、これで私とお前は、裸の付き合いというわけだ!」



 サリサ! こ、こいつ、はめやがったな! なんだよ裸の付き合いって! 俺も見られたのか?! ちょっと……めっちゃ恥ずかしいんですけど!!!



「あー、これはもう、あれだな……アマゾネスの王女の一糸まとわぬ姿を見て、無事で済むわけがないよな? そうだろ? チエ」


《! そうですね……女性優位社会の最たるアマゾネスの王女ですからね。蓮さま、これは……狩られますよ!》


「狩られる! 久々にきた!」


「これはもう『け』だな。『け』で始まる、あれで責任を取るしかないな。でないと間違いなく狩られるだろう。け~? なんだ~蓮~? け~っこ~? ん~?」



 モ、モビング……鳥類が敵を集団で追い込むかのように、じわりじわりと外堀から固めてくる。凄腕ハンターというより、もうこれは陰湿すぎるだろ!



「な、なにが狩られるだ! お前、王女やめただろ! ば、ばっきゃろ~!」



 恥ずかしい話だが……初めて女の人の裸を見た俺は、どうしていいか分からず、まるで小学生がやるように、その場から泣いて逃げた。いや、小学生でもこんなことはしないか?


 だばだばと泣いて逃げる俺の後ろで「くっ……」とサリサが膝から崩れ落ちた。



《サリサさま! どうされました?!》


「み、見られてしまった……どうしよう……チエ」


《自分からみせておいて……何がしたいんですかあなたは》



 俺は『仕立屋の眼テイラーズ・アイ』を封印することを心に誓った。




 ◇     ◇     ◇




 ――(ふむ……これが念話のチャットルームか。なんと便利な。みんな! 頼まれていた服が出来たぞ! 店に来てくれ!)――



 それから暫くして、サリサは俺たち全員の衣類を新調してくれた。店の名前も、久世衣料品店から『サロン・ド・サリサ』へと変え、本格的に店をオープンした。



「わほ~! ピカピカの巫女服や~ん! ありがとうサリサちゃん!」



 ばあちゃんには、狐と蔦の紋があしらわれた巫女服。「蔦はマンイーターからか?」と聞くと、それもあるが、蔦には繁栄の意味が込められているという。素材は元の素材が優れていたため『素材再現マテリアルミラー』で複製したそうだ。



「この厨房服、す、すごいですね、サリサさま。完璧な仕上がりです」



 ヴィヴィには、解毒の効果がある特別な繊維で織られた厨房服。軽い汚れならすぐに浄化し、食中毒などのリスクが大幅に減るらしい。



「おお、俺のはスリーピーススーツか」



 俺には、ブラックのスリーピースを仕立ててくれた。この世界にはスーツという概念が無いため、サリサは江藤書店でスーツについて勉強していた。



「ふふ、スリーピースにしたことで、防御力も若干向上したぞ。そして素材だが……」



 ヒズリアには化学繊維が存在しないため、それに近い『メイジシルクワーム』から採れる『メイジシルク』という糸を使っている。名前だけ聞くと、風呂上がりに腰に手を当てて飲むやつみたいだ。


 このメイジシルク、伸縮性が高く、魔力の伝導率も優れている。希少性が高く、かなりの高級品らしい。ネクタイもシャツも、チーフまで同じ素材で作ってくれた。


 でも、もう少し異世界に寄せてくれてもいいのにな。異世界の森の中で、俺だけスーツ……浮いてないかなぁ。



「はぁ~、蓮ちゃん、男ぶりがあがったねぇ~! やっぱ既製品のスーツと違ってオーダーやと、ビシッとなるねぇ!」


「蓮さま、かっこいいです! そのスーツというのが一番です!」


「そ、そうか。ばあちゃんもヴィヴィも似合ってるよ。へへ、ありがとう、サリサ」



「え? うん……は? なに?」とサリサが歯切れの悪い受け答えをする。なんだ? サリサが横目で俺をじっと見ている。それにこのぞわっとした感じ……あ! こいつ!



「お前! また『仕立屋の眼テイラーズ・アイ』で見てるだろ!」


「………………いや……見てないぞ……」


「嘘つけ! 変な間があったぞ!」


「ずるいです! 私も!」


「悪いな。この恩恵は蓮と私しか使えない」


「使ってんじゃねぇか!」



 ヴィヴィが意を決したように俺の肩を掴んだ。



「だったら、蓮さま! 私も見てください!」


「はぁ?! 何言ってんだヴィヴィ!」


「こいつを見るのはやめておけ。身長に行くはずの栄養が他に回っている。何だ、その卑猥な体は!」


「サリサさまは見ないでください!」


「へはは! 賑やかになったねぇ~!」


「ばあちゃん! 笑い事じゃないから!」


「へはぁ!」「蓮さまぁ~!」「見るなら私を!」


「見ない!」



 ――こうして、大狸商店街に『衣食住』が揃い、生活基盤が整った。


 ここまで来るのに長かったな。


 春が終わり、そろそろ夏を迎えようとしている。あ、その前に梅雨がくるか。ヒズリアにも日本の様に四季があるのかな。


 そろそろバルトさんたちドワーフも戻ってくるだろう。金光刃物店の契約が楽しみだ。また忙しくなるぞ。ドワーフは身体は小さいのによく食べるからなぁ。


 最初、ばあちゃんと異世界に来たときは、生きるのに必死だったのに……ふふ……異世界転生ってのも……悪くない!


 それから俺たちは、少しずつ商店街を復興させ、多くの人が集まるこの大狸商店街で……



 みんな仲良く、楽しく暮らしましたとさ――











 と、簡単に物語を締められるわけもなく……これから大狸商店街は、近隣諸国を中心とした大きなうねりに巻き込まれていく。


 それはまた、次のお話。



【~生活基盤篇・春~】 完


【~統治篇・夏~】へ続く






 ――――――――――――――

 商店街の恩恵 その3


 【サロン・ド・サリサ(旧・久世衣料品店)】


 店 主:サリサ・ヴェレドフォザリ

 名 称:仕立屋の眼テイラーズ・アイ


 能 力:【完全採寸】

 ・対象者の正確なサイズや特徴を瞬時に把握。採寸の際、なぜか全裸が見える。

 ・対象者の魔力の流れを視覚化し、把握することができる。やはり全裸が見える。

 ・布や素材の耐久性や魔法耐性を即座に見極めることができる。


 名 称:便利な機織り機

 能 力:【思念機織り】

 ・店主の思い描いた通りの布を織ることができる。

 ・一度糸を通して記憶させれば、糸が無くならない。

 ・一日に織れる限度は店主の能力に依存する。


 特 記:

 サリサのスキル【裁縫】が【素材再現マテリアルミラー】に進化。一度触れた素材を正確に再現し、その特性を持つ布を再生産可能。素材再現マテリアルミラーを使う際、店の奥の便利な機織り機で再現を行うが、何故か覗いてはいけないらしい。

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