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060 救済活動(6)~蛍の光~

 ――《実はアポロさまとディアナさまは……幼い頃、ご両親を災害で亡くされているんです》――



 アポロがキノとホタルを見に行った後、チエちゃんとばあちゃんが二人の兄妹に何があったのか、話してくれた。



「そうらしいんよ。住んでた家が地震で崩れたみたいでねぇ。アポちゃんとディアちゃんだけは助かったみたいなんやけど……」


《しかし、身寄りを無くした幼いアポロさまとディアナさまは、奴隷商に捕まってしまい、そのままファクタに売られてしまったそうです》


「そうだったのか……」



 なるほど……ばあちゃんとチエちゃんが俺に気を使って、アポロの過去に触れなかったのはこういう事か。



「やっぱりあいつ、何となく、俺に似てるな」


「似てるって……どういうことですか?」とヴィヴィが興味深そうにこっちを見てる。そうか、あまり俺の自身の事を話したことなかったもんな。まあ、別に隠す事でもないし、アポロの話を聞いたせいか、俺も少しだけ昔のことを思い出した。



「いや、実はさ――」



 俺自身も幼い頃、火災で母親を亡くしている。


 俺たち家族は、元々大狸商店街の近くに住んでいたが、父親の仕事の関係で、一時期、東京のボロアパートの二階に住んでいた。その時、下の階の火の不始末が原因で火災に巻き込まれたらしい。


 らしい――というのも、当時俺は2歳になる前で、記憶がほとんどない。母親の顔も『写真で見た感じ』でしか記憶していない。


 ただ、唯一覚えているのが――



『――蓮ちゃん!!!――』



 燃え盛る炎の中、俺を呼ぶ母の声だけ……


 どんな顔で俺を呼んでいたのか、それすら曖昧だ。


 父が職場から駆け付けた時には、アパートは全焼していたそうだ。仮住まいという事もあり、安い木造のアパートを選んだのが災いしたのだろう。火の回りが早く、母は辛うじて俺を助け、炎にまかれ亡くなった。


 何度か当時の事を父に尋ねたが、それ以上詳しいことは教えてくれなかった。何より、その度に曇る父の顔を見て、俺は自然と尋ねるのをやめた。


 その後、父は俺を連れて生まれ故郷の大狸商店街に戻ってきた。きっと母を失った東京にいるのが辛かったんだと思う。


 父を幼い頃から知っている伊織ばあちゃんが、父が働いている間、俺の面倒を見てくれた。



『――蓮ちゃ~ん! 伊織ばあちゃんですよ~。ご本読みましょうかねぇ~――』



 こうして伊織ばあちゃんは、俺のばあちゃんであり、母親みたいな存在になった。



『――すみません……明日も出張で……蓮の事、よろしくお願いします――』



 父は何かを紛らわすように働き、俺との時間はあまり持たなかった。思春期も父と過ごした時間は少なく、父に対する印象は……あまりしゃべらない人、くらいだった。


 ただ、俺が東京の大学に行きたいと言った時は反対された。地元の大学じゃ駄目なのかといわれたが、俺自身、一度は東京へ出てみたかったし、何となく母親の面影を東京に見ていたのかもしれない。


 結局、父は東京の大学に行くことを許してくれた。俺が東京にいる間も、たまには食事をと父を誘ったが、頑としてその地を踏むことはなかった。


 そしてその父も、俺が大学卒業間近に、心臓を悪くして亡くなってしまった。


 俺の事を思ってか、無理して働いたのが祟ったのだろう……十分すぎるほどのお金を残してくれた。お陰で俺は、大学卒業後のお金には困ることはなかった。


 だが結局のところ、父の心の傷は癒えないまま……俺との距離も変わらず逝ってしまった。


 父さん……俺達、もう少し話しておけば、何か変わったのかな……



「蓮さま……そんな過去があったんですね」

「苦労したのう」

「大変でやしたね」



 俺が生い立ちを話す間、ヴィヴィ、ヒーゴ王、ドンガは静かに聞いてくれていた。



「いや、大したことないよ。小さくてほとんど覚えてないし。それに……ばあちゃん」


「ん……なん?」


「そんなに気を使うことないのに。俺は大丈夫だよ。母さんがいなくても、俺にはばあちゃんがいたから」


「う……」


「まぁ、母親が居なくて、寂しくないって言うと嘘になるだろうけど、それでもばあちゃんと一緒にいられたから、俺は幸せだったよ」


「はぅう……うわ~~~ん! れんぢゅわあ~ん!!! あんだっでごは~~~!!!」



 ばあちゃんは号泣して俺に抱き着いてきた。涙と鼻水とよだれが俺の服に染みこんでくる。ちょっと汚いがここは我慢した。



「じゃあ、アポロが勉強って言ってたのは……」


《ええ。災害や救助の際の行動をどうすればいいか、江藤書店で関係書物をみつけ、夜、お二人が眠られた後など、ずっと読んでいました。難しいところなどは私もお手伝いを》


「そうだったんだ……あいつの方が俺より凄いじゃないか。自分だって辛い経験をしているのに、腐らずに前に進もうとしてるんだ」


《そういった過去もあり、人一倍『人を助けたい』という思いがあるのかもしれませんね》


「ぐす……そういうところ、なんか蓮ちゃんと似てる感じがしてねぇ……可愛くて仕方ないんよぅ……ずるぅ」



 ばあちゃん、鼻水が糸を引いているよ。もう俺のスーツはぐちゃぐちゃだ。



「なんか……ディアナの活躍を見て焦ってたあいつの気持ちも分かる気がしてきたよ。焦り過ぎてハゲてたもんな」


「あ、蓮ちゃん、それ言ったらいかんばい。アポちゃん、ハゲ、白い絵の具で塗りつぶしとるけん」


「めっちゃ気にしてるんだな……でも、アポロの勉強、ちゃんと実を結んだじゃない。あいつのお陰でキノの命を救う事が出来た」


「そうやねぇ」


《ええ。アポロさまの活躍、私も自分の事の様に嬉しいです》



 アポロ、よかったな。お前の頑張り、みんな見てるぞ。


 ここでヒーゴ王は髭を撫でながら、考え込むように呟いた。



「しかし、蓮どの、伊織どの……お二人とも珍しいケースじゃのう」


「え? 何がですか?」


「いや、転生についてじゃ。転生自体は聞く話ではあるが、みな幼子からもう一度人生をやり直すと聞くがの」


「え? そうなんですか?」


「ありゃ、ヒズリアはそっちのタイプやったんやね」


「え? ばあちゃん、タイプってなに???」



 どうやらばあちゃんのオタク情報によると、ライトノベルの転生には『生れるところから記憶を保持してやり直すタイプ』と『生前の姿・記憶を保持したまま転生するタイプ』に二分されるそうだ。


 俺たちの場合は後者に当てはまるってわけか。



「なるほどの……であるなら、ヒズリアの場合、前者という事になるの。しかも転生前の記憶は、生まれてすぐに無くなるか、徐々に消えていき、5、6歳になる頃には無くなることがほとんどらしい。まあ、ワシも大して詳しくはないがの。確かエストキオ帝国に転生者を研究する機関があるとかないとか……」


「え? どっちなんですか」


「いや、そういったことは国の重要機密での。よその国の確かな情報はおいそれ分からんよ」


「はぁ……」


「まあ、噂話程度じゃの」


《しかし、火のないところには煙は立ちませんからね。頭の片隅に置いておいてもいいかもしれませんよ、蓮さま》


「だね。そして、あれだろ? エストキオって、亜人たちに永遠の償いをっていう国だよね?」


《はい。そうです。エストキオ神話は教会が流布しているそうですね。その神話が奴隷制度の制定に直結していると考えてよさそうです》



 奴隷制度か……教会にしろ、その転生者の研究機関にしろ、なんかきな臭い国だな。ここで視線を横にやると、ヴィヴィが焚火をじっとみつめ、唇を噛みしめていた。



「あ……ごめん、ヴィヴィ。嫌な事思い出させたね」


「いえ……私は――」



 ヴィヴィが意を決したように、俺の事を真っすぐに見つめ続けた。



「私はもう大丈夫です。過去に何があっても今は……私、本当に幸せです。今日だって、ウキヤグラの人たちと料理について沢山話せました。皆さん、本当に興味深そうに話を聞いてくれて……こんな私でも、誰かのお役に立てるんだなぁって……だから今は、毎日が楽しくて仕方ありません! なので、蓮さま……」


「ん? なに?」


「私にお気を使われなくて結構です。それより……蓮さま、伊織さま、チエさま。このお三方がこのヒズリアのことを知っていただく方が、何より大切に思います。これは私の思いというか……何となくの感覚ですが……私、なんだかお三方がこのヒズリアを変えてくれるような気がしているんです」


「はい? 俺たちがヒズリアを変える???」


「いやいや、ヴィヴィちゃん、そりゃあんた買いかぶりすぎばい~」


「そうだよ~ないない」


「あはは~」「へはは~」



 相変わらずへらへらとする俺たちに、ヴィヴィは真剣な表情で続けた。



「そんなことありません! サリサさま……いえ、サリサは蓮さまや伊織さまのことをあまいってよく言いますが、私はそうは思いません。あまいって事は……優しいって事です。私、思うんです。優しいって……最強だって」


「いや、最強って……うーん、でもサリサの言ってることはよく分かるよ? 難民問題だって俺たちのあまさが引き起こしたようなもんだし。まあ、一番はばあちゃんがあがめられて調子に乗ったってのがあるけど」


「やけん蓮ちゃんごめんって~!」


「確かにそうかもしれませんが、結果をみれば明らかです。難民の皆さんの生活は改善されてます。笑顔が増えてます……それはお二人が難民を突き放さず、不慣れながらも、どうにかしようとなされているからです」


「う~ん……まぁ、それはみんながいてくれたから出来たことで……」


「そこです! 蓮さま、伊織さまにみんなが力を貸すのは……お二人が本当に優しいから……優しいを『お返し』したくなります。この気持ち、この心の力……間違いなく最強だと私は思います」



 ヴィヴィは俺とばあちゃんに向き直り、何とも言えない晴れやかな……そして自信に満ち溢れた顔で、胸に手を当て続けた。



「保証します……私が一番、お二人から『優しい』を貰ってますから」



 なんて力強い……なんて揺るぎない眼差し。そして……なんと心強い言葉だ。この時俺は、初めてヴィヴィを隷属の紋から解放した日の事を思い出した。涙に濡れ、絶望に満ちた過去……その過去を乗り越え、彼女は今、俺たちの背中を押そうとしている。



 ――ぐじゅぅ~……ずるるぅ~……ぼええ~



 ばあちゃんは俯き再びぐじゅぐじゅになっている。鼻水は垂れ下がり、大粒の涙がぼたぼたと零れ、よだれは糸を引いている。忙しいなぁ、ばあちゃん。そして……嬉しいなぁ……ばあちゃん。



「だから蓮さま……もっとヒズリアの事を知ってください。そして出来ることならば……私にくれた優しさを、是非、困っている人たちに分け与えてください。きっとそれは……何かを変えてくれる気がします」



 パチパチと焚火の灯りが俺たちを優しく包む。向こうの方ではウキヤグラの人々がヴィヴィの食事を手に宴を楽しんでいる。笑顔が増える……か。



 ――ぼへぇ~……ヴィヴィちゃんあんだっでごは~……じゅるずるぅ……



 俺の優しいはきっと、このばあちゃんがくれた。このばあちゃんがいたから、俺は今の俺になれた。このヒズリアで、俺とばあちゃんに出来る事……



「なぁ、ばあちゃん」


「へい……なんでございましょ……ずる」


「ヴィヴィに、ここまで言われて何もしないのは――?」



 ――「「商工会青年部の名が廃る!」」――



「――ってことかな?」


「ぐす……そやね」



 俺たちに出来る事。それは、商店街の復興だけじゃないのかもしれない。ヒズリアを知ること。そして、こんな事を言うとおこがましいけど……この世界を、このヒズリアをより良くすること。


 ばあちゃんとみんながいるなら――


 この日を境に、俺はそんな風に考えるようになった。


 まずは明日のウキヤグラの復興作業だ。



「よ~し! じゃあ、明日の作業だけど……あ……みんな! みて!」



 ――「「「ん? あ!」」」――



 渓流の上流の方から、二匹のホタルが淡く明滅しながら飛んできた。それに呼応するかのように、この辺りにもいたのだろう……少しずつホタルの光が増えていく。


「火、消しやしょうね……」とドンガがもう小さくなった焚火に濡らした布をそっと被せた。


 ぽつり、ぽつりと増え、闇に淡く溶けてはまた瞬くその光が、ばあちゃんがくれた優しさに見えた。俺に、ヴィヴィに……そしてみんなにうつっていく。



「はわ~! ホタルなんて何年ぶりにみたやろか! 綺麗やねぇ!」


「ええ」「そうじゃの」「いいもんでやすね」



 優しいは……最強か……ホタルを見て目を輝かすばあちゃんをみて、確かにそうかもしれないと思った。


 などと俺は感傷に浸っていた……が!



「そぉう~~~れぇい!」


 ――ばっっっさ~~~!!!



 その直後、ばあちゃんはくさ手でデカい虫取り網を作り、ホタルたちを一網打尽にとっつかまえた!



「ばあちゃん?!」「伊織さま?!」「なにしとるんじゃあ、あんた!」


「うへはぁ! いっぱい採れたばい! ぬへへへぇ! 子供ん頃こうやってホタルば採りよったんよねぇ~……って! うえぇ?! デカ!!! ヒズリアのホタル、デカ!!! 気色わる!!!」



 そういってばあちゃんはホタルを速攻リリースしていた。


 せっかくの良い雰囲気が台無しだ。



「……おい、ヴィヴィ、ドンガ、火をおこせ。明日の会議を続けるぞ」


――「「……はい……」」――



「なにをしとるんじゃあ! あんたって人は!」


「しゅ、しゅみましぇん……」



 ばあちゃんは暫くの間、ヒーゴ王にあまりの空気の読まなさを叱られていた。






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