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061 救済活動(7)~神さんはいつも心の中~

 ――《では、伊織さま。ヒーゴ王が言った通りに出来ますか?》――



 昨夜の会議でヒーゴ王が、ウキヤグラの地盤を補強することを提案してくれた。この辺り一帯の地層は、硬い下層と、柔らかい上層の二層構造になっている。そのため、土砂崩れが起きやすい。


 そこでばあちゃんの木属性の魔法で柔らかい地層を補強しようというのだ。



「う~ん、ヒーゴちゃん、この子たちを増やせばいいんやね?」



 ばあちゃんがヒーゴ王から渡された植物の種を見て、ヒーゴ王に尋ねる。



「うむ。すでに崖の上にいくつか種を撒いておる。じゃが、ワシの手持ちの種だけじゃ足りんからの。例の伊織さんの魔法で増やせれば、地盤の強化になるじゃろう」



 ヒーゴ王が地盤強化に選んだのはクマロク原産の「水やりの木」だった。バルトが大狸商店街の水道インフラに使ったあの「優しくも切ない木」だ。


 火山地帯であるクマロクに自生するこの木は、極めて強い根を持ち、硬い地層でも深く張ることができる。さらに、火災時には幹に蓄えた水を枝葉から撒き、消火する習性を持つ。


 ウキヤグラの人たちは火の扱いに慣れていない。というか、覚えたての赤ちゃんだ。万が一、火災が起きても、水やりの木が消火してくれる。ばあちゃんの魔法で、この木を一気に増やせれば、地盤の補強と消火対策の両方を同時に果たせるというわけだ。まさにうってつけの選択。



「しかしチエさん――」



 ヒーゴ王が顎髭を触りながら心配そうに続ける。



「これだけの範囲……いくら伊織さんでも難しいのではないかの?」


《そうですね……単体の木に魔力を分けるのとはわけが違いますからね。どうなんでしょう……》



 ウキヤグラは渓谷に作られた村だ。崖の上全体となると、かなりの広範囲を補強しなければならない。



「なんやったかね。え~、なるべく広い範囲で~、しっかりと根を張るように~、数を増やして~……まあ、なんかよく分からんばってん、やってみよ」



 ばあちゃんがひと際高いやぐらの上に立つ。ウキヤグラの人たちは救い主の御業をその目にしようと、期待を胸に集まっている。



「えー、お稲荷さん……あー、水やりの木さん? たちを、えー、ここ……あれ? 蓮ちゃん、ここなんて所やったかいね?」


「ウキヤグラ!」


「あーはいはい。ウキヤグラの人たちの生活? ん? 地盤? えー、根っこでほら、強くね……うん。してください。水もね、やってくださいね。火事の時? で、いいんかね? 蓮ちゃん?」


「俺に聞くな! 集中して!」



 やだなぁ、こんなグダグダな詠唱……全くありがたみがないよ。見てみろ。ウキヤグラの人たちの表情。めっちゃ不安そうじゃん。ざわついてるよ。



「だって、どげんすればいいか分からんもん~! もういっその事、森湧顕地もりわきけんじ使う?」



 ――「ダメダメ!!!」「ダメです!!!」《いけません!!!》――



 森湧顕地もりわきけんじの恐ろしさを直に見て知っている、俺とヴィヴィとチエちゃんは速攻で否定した。あんなもの二度と発動させてはならない。全ての人たちに迷惑がかかる。



「なんね~、文句ばっか言うてからに……もうこんまま進めるばい?」


「うーん……お願いします」


「はいよ。えーっと、じゃあ、まあそういうことで……お稲荷さん、水やりの木さんをどうぞよろしく! 元気! やる気! おおだぬき~!」



 ――パキパキ……ぐぐぐ……メキメキ……バサ~!



 相変わらずいい加減な詠唱だったが、崖の上に撒いた種は瞬く間に成長し、立派な巨木へと姿を変えた。だが、広範囲には効果が及ばず、成長したのは一本だけだった。



「やはり厳しいかの……」


《そうですね……種からあそこまで立派な成木に急成長させるだけでも、十分凄いのですが……》



 村人たちも残念そうに肩を落とす。



「な~~~んか違うんよねぇ……こうじゃないんよねぇ……なんか一味足りんというか……動きが足らんのやろか?」



 ばあちゃんは首をかしげ、いつかの様に振り付けをした方がいいんじゃないかと、ワサワサと振りを考えている。



「あ……そうやん! そうよ、そう! これさ~、みんなでお願いせん?」


「え? みんなで?」


「だってそうやん? こりゃウキヤグラことなんやけん、村のみんなもお願いせな。お稲荷さんも納得いかんのやない? そうやろが、自分のことなんに自分たちはなんもせんのは良くないばい」



 確かにばあちゃんの言う事にも一理ある。村人たちも「そうだ! 救い主さまの言う通りだ!」と同意の意志を示した。だが、ばあちゃんは構わず続ける……



「ほんなこつ、こずちゃん(ばあちゃんの妹・小梢さん)もそうやったったい。い~っつも困った時だけ私に頭下げさせてから。あん子、ああ見えて学生の頃は悪そやったんやけんねぇ。ケタケタ悪戯いたずらば~っかしてから! 何回、「うちの妹がご迷惑をおかけしました」って頭下げたやろか! は~~~! 思い出したら何か腹が立ってきた! あ! そうそう! あん時だって――」



 もう後半は、小梢さんに対する愚痴で聞いてられなかったが、とにかくここはみんなでお願いしてみるのがいいだろう。



「知っとうね?! 蓮ちゃん! こずちゃんね――」


「ばあちゃん! もういい! 分かったから! 続けよう!」


「ぶう!!! なんね! ちっとは聞いてくれてもよかろうもん!」


「あとで! 後で聞くから! な?!」


「ぐぅ~……わかった。あとでね」


「ああ! あとで」


「……じゃあ、みんなで一緒にお願いしようや」



 最近気づいたことだが、ばあちゃんは完全にへそを曲げると機嫌が戻るまでしばらくかかる。カリスとタリナの時も一日中ちゃぶ台を叩いていた。まあ、気が済むと切り替えは滅茶苦茶早いんだが……生前は淑やかばあさんで通してたのに。反動か? 我慢し続けた反動でこうなったのか? いずれにしても、ここはなるべく機嫌を損ねない様にしないと……はぁ、めんどくさい。



「というわけで、みなさん! ばあちゃ、え~、救い主さま……ん~! なんか気持ち悪いな。もう、ばあちゃんでいいや……え~、ばあちゃんの後に続いて、ご唱和下さい! ばあちゃん、言葉は元気のやつ?」


「うん。私の後に続いてくれればいいけん。じゃあいくばい! お稲荷さま! どうかよろしくお願いします! 元気! やる気! おおだぬき! はい~!」



 ――「「「元気! やる気! おおだぬき!」」」――



「声が小さい! もっと元気よく!」



 ばあちゃんが村のみんなをもっともっとと煽りだす。



 ――パキパキ……ずざざざ!



「いいばい! いい感じ! もっと心を込めて~!」



 ――「「「元気! やる気! おおだぬき!」」」――



 掛け声に呼応するかのように、水やりの木たちが広範囲で成長し始め、辺りの風景がみるみる変わっていく!



「す、すげえ……」


《……これは……なぜ……》



 ――ばっさ~~~!!!



 露出していた山肌には、水やりの木だけではなく、その他の草木も生い茂り、様々な花や木の実が実った。



「おお~……こ・れ・は……ヒーゴちゃん! これ、成功よね?! 出来た?!」


「あ、ああ……出来た。出来とるよ」


「いよっしゃ! 皆さ~ん! どうもお疲れ様でございますぅ~! 成功でございますぅ~!」



 ――「「「おお~~~!!! 救い主様~~~!!!」」」――



「いや、しかしこれは……想像していたものより凄いのう……水やりの木だけじゃなく、他の植物たちまで」



 さすがのヒーゴ王も驚きを隠せないようだ。そりゃそうだ、あの岩肌に囲まれどこか殺伐とした景色が、こんなに彩り豊かな美しい渓谷に変わったのだ。



 ――ぱたぱた……チュンチュン……



 花や木の実の香りにつられて、今まで見られなかった鳥たちが集まってきた。早速木の実をついばんでいる。



「ふむ、鳥が来たか……これで種がより広い範囲に運ばれ、この渓谷はもっと実り豊かな場所になるじゃろう。蓮どの、ワシ、ちょっと近くで見てきてもいいかの?」


「え、ええ。ウォルフ、ヒーゴ王について道案内してくれる?」


「分かったっす! ヒーゴ様、こちらっす!」



 ヒーゴ王はウォルフに連れられ、崖の上の調査に行った。



 ――「「「ぬ~しさま! ぬ~しさま!」」」――



「へはは~! そんなおだてても何も出らんばい~!」



 村人たちも大喜びだ。地盤強化に消火対策、その上、木の実などの食料が豊富になったんだ。きっとこの村は大丈夫だろう。救済活動……まずは大成功ってことかな?



「しかし相変わらずばあちゃん凄いな。これだけの範囲をカバーできるなんて」


《いえ……蓮さま……実は伊織さま、殆ど魔力を使っておりません》


「え? どういうこと?」


《詳細は不明ですが、伊織さまが使った魔力は極めて僅かです》



 ばあちゃんがほとんど魔力を使っていない? じゃあ誰が……? ここでばあちゃんが、何かを思い出したように大狸商店街がある方角を探し始めた。



「ああ! そうやった。ちゃんとお稲荷さんにお礼ばせんとね。え~と、どっちやったかいね。こっちかね? あっちかね? まあどこでもいいたい。神さんはいつも心ん中におるけんね。え~、お稲荷さん、ありがとうございました。これでこん村も安心安全になりました」



 村人たちもばあちゃんに倣って、手を合わせ祈っている。ばあちゃんを中心に、淡い光が村人たちに広がっていく。一人、また一人と光が増え、まるで波紋のように村全体が輝き始める。


 よく見てみると、村人たちはそれぞれ手や胸元、腰辺りなど違った個所が光っている。手が輝いている村人の手には、アポロがお守りにと配った江藤書店のしおりが握られていた。



「これ……しおりか? しおりが光ってる?」


《伊織さまと同じ光……同じ波長……》



「どうかこれからもこん村の事を見守ってあげてください。どうぞよろしくお願い致します……パン! パン!」



 ばあちゃんが柏手を打った瞬間……ばあちゃんと村人たちの輝きが一気に増し、その光はぐるぐると渦を巻き球体にまとまった。



「チエちゃん?! これ! このぐるぐる!」


《ええ! これは……最初の……魔物の弱体化補正の時と同じです!》



 光の玉は、甲高い音をたて天へ打ち上げられた。



 ――キューーーン…………ドォーーーン…………



 空には光の紋が広がり、残響と共に消えていった。



 ――ズ……ズズンッ……



 何か大きな力が働いたような感覚……これ……間違いない。加護が発動してる!



「チエちゃん!」


《え、ええ! 加護による魔物の弱体化補正……されています!》


「なんで?! ここお社無いよ?!」


《分かりません……分かりませんが……これは……》



 どういうことだ? ウキヤグラは大狸商店街から随分離れた場所なのに……



「へはは~! 何か知らんばってん綺麗な花火が上がったねぇ! あり? これなんか前にも見たことあるような……ま、いっか! 大成功~!!!」



 ――「「「ぬ~しさま! ぬ~しさま!」」」――



《これは……加護範囲の拡張……?》



 加護の拡張……ばあちゃん、なんかえらいことになってるぞ……



「えへ~ははぁ!!! も~! じゃあ、くさ戦艦伊織いっきま~す! そ~おれい! バキバキバキ!」



 ――「「「ぎゃーーー!!!」」」――



 呑気に遊んでる場合じゃない!






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