悪魔とは……。
人間の住む三次元世界よりも高次の世界。
四次元世界に住む生命体。
太古から彼等は地球を、人間世界を見ていた。
そして時おり干渉し、人を誘惑したり食したりしていた。
時には人間に成りすましながら。
そして今……。
恐るべき魔界の王子が人間の姿となり、ここ「日本」にやってきた。
人間を支配するために!!
三次元世界の空を突き破り、ダンテとベルゼバブ二世が現れた。
「きたぞ――!!日本だッ!!!」
その日、二人の悪魔が夜空に現れたことを誰も知る由はなかった……
――――そして一週間――――
ダンテは地下アイドルのライブで声援を送っていた。
彼は日本に来てから一週間、連日通っている。
アニメ、マンガ、アイドル……実はダンテは熱狂的な日本のサブカル大好き悪魔だった。
魔界から人間界を見ていた彼は、日本の独特な文化に心奪われる。
その中でも特に夢中になっていたのが、地下アイドルメンバーの一人、西条みなだった。
さらっとしたロングヘアに色白の肌、小悪魔的雰囲気を持つアニメ声の17歳。
ライブが終わると握手タイムがある。
各メンバーの前に並ぶファン達。
西条みなの列は10人ほど。
ダンテは三番目だった。
『ダメだ!一週間通っているが全然慣れない!心臓がヤバイ!!』
ダンテは西条みなの前に出ると何かを感じていた。
しかし、その感情がなんなのか自分でもわからない。
「今日も来てくれたんだ!ありがとー!」
「ああ、い、いや、き、今日、今日も最高でした!」
「嬉しい!…ねえ?もしかして高校生?」
「ああ!うう、うん!そう!高2!」
「私も!そろそろ試験近いのに全然勉強してない」
みなは照れくさそうに笑った。
「お、俺も!みなちゃん頑張ってね!」
「ありがと!君、名前は?」
「お、俺は…だ、伊達皇子(ダテコウジ)」
「皇子くん!お互いがんばろーね♪」
一分にも満たない会話だったが、ダンテ至福の瞬間であった。
握手が終わったダンテは列から離れ、会場の後ろに行き右手を見る。
「今日も会話してしまった……思えば今まで、俺は君のことを知らずに生きてきた……なんという時間の無駄だったのだろう!!」
「独り言キモイですよ」
ベルゼバブ二世の言葉も感極まったダンテには届かない。
「でも君を知ってから、その瞬間から、俺の中には君しか存在しなくなってしまった!この幸せと感動……ああ!俺は今、猛烈に感動している!!」
「うわー…王子みたいなキモイ人、そういないと思ったけど、たくさんいるんですね」
ベルゼバブ二世はライブハウスを見渡しながら興味深そうな感じの目をして言った。
「おまえが興味があるっていうから連れてきてやったんだぞ!」
「ええ。動物園みたいで一度見てみたいと思ってましたよ」
「ベル。おまえがなにを言おうと、もう俺には効かない!俺は地球にきてからメンタルの強さを手に入れた!!!」
「俺相手にメンタル鍛えてどうするんですか……ほら、集合チェキ始まりますよ」
「あっ!そうだった!!」
ステージでみなたちメンバーが集まって、その下にファンが集まる。
急いでいこうとしたダンテはキッと振り向いて言った。
「おい!このあとのミーティングでそんなこと言うなよ!絶対だぞ!!」
「わかってますよ」
ライブハウス近くにあるファミレスの一角、窓際のテーブルに三人の男が座っている。
彼等はみな「西条みな」のファンであり、彼女を愛することにおいて人後に落ちない者たちである。
そのテーブルにダンテとベルゼバブ二世がやってきた。
「遅れて悪い」
ダンテが片手をあげて挨拶する。
「おお!大帝!まっていたでござるよ!」
「いやいやいや、今日もまた楽しめましたなー」
声をかけてきた二人をダンテが紹介する。
二人ともメガネをかけている。
「この二人はクラスメイトで俺の親友、マン研の二人だ」
「大帝なんて呼ばれてるんですか?」
「まあな」
高校に通い始めたダンテは、さっそくマンガ研究会に所属、近隣の学校も含めた愛好者のネットワークを構築し、そのリーダーシップと行動力から「大帝」と呼ばれていた。
もちろん王族としての高貴な雰囲気、尊大な態度とイケメンなルックスのせいもある。
「んん?そちらは?大帝の友人ですか?」
さらさらした前髪で目が隠れた一人が前髪を指でのけながらベルゼバブ二世を見た。
「ああ。ちょっと連れてきた。彼は隣の学校でサブカル研に所属している。情報収集に定評のある男だ」
「どうも」
ベルゼバブ二世は笑顔で会釈した。
「とりあえず座って。我々は新しい仲間は大歓迎!いつでもウエルカムだ」
最年長のメガネをかけた太めの男がにこやかに言う。
「この人は軍曹。サブカルのみならずミリタリーにも精通している、俺が地球で唯一リスペクトしている人だ」
「ハッハッハ!大帝、そんな大げさに言うなよ」
和やかな雰囲気でミーティングというライブ後のくつろぎの時間が始まった。
「いやー!今日のライブも良かった!」
「ダンスのレベルも上がってたでござるな!」
「んん?ダンスといえばサビ部分の振り付けで、みなちゃんのパンツが見えたのはみなさんチェックしてましたか?」
「おお!見た見た!鼻血でそうになったぜ!」
「ハッハッハ!大帝や皆の衆は若いからな!俺くらいになるとこのてのパンチラは耐性ができてるから」
「「「さすが大人ッ!!」」」
「まあ、他の子と比べてもみなちゃんのパンチらは別格だけどな」
「あれぺチパンですよ。見せてもいいパンツ。ブルマーみたいなもんですよ」
ベルゼバブ二世がコーラを飲みながら涼やかに言った。
「ブ、ブ、ブルマー!!」
「ブルマーと言えばそれはそれで甘酸っぱい香りが」
「いやいやいや、そこは汗でしょう」
「おぬし心得ておるのう!」
『うわー…なんだろうこの人たち……コーラが不味くなるんすけど…しかもなんでみんな早口?』
「それにしても、なみちゃんは日に日に魅力が増していきますなあ」
「んん?その魅力というのは清純性、つまり処女性に起因するものですね」
「ハッハッハ!なみちゃんの魅力を十分わかってるな皆の衆!俺たちのなみちゃんは純粋で清純、そこらのビッチが束になっても敵うまいよ。処女でありながら醸し出す艶やかな女の色気が垣間見える、それが永遠の処女である、なみちゃんの才能であり魅力だ!」
「そんなの普通に彼氏とやりまくってるに決まってるでしょ。17歳ですよ」
ベルゼバブ二世のこの一言が場の空気を凍りつかせた。
「この悪魔があああーーー!!!」
グワシャアアアアーーン!!!
いきなり軍曹と呼ばれる男がテーブルをひっくり返し鉄拳制裁を食らわせようとした。
とっさに身をかわしたベルゼバブ二世は何が起きたかわからず、きょとんとしている。
「待て待て!軍曹!こんなところで暴力はまずい!」
「落ち着け!!」
「離せッ!!こいつは触れてはならない領域に踏み込んだ!!」
「待ちなよ。軍曹」
「大帝……」
ダンテが後ろから肩をポンと掴む。
「ちょっと、どうにかしてくださいよ」
ベルゼバブ二世が困ったような笑みを向けてダンテに言う。
「こいつは俺がやるッ!!!次元断層爆……」
ダンテの髪が逆立ち、右腕に黒いオーラが現れかけた。
「ちょっと!!バレるバレる!!ってか、こんなことでガチの必殺技!?」
「あっ……そっか」
「お、大帝、今のはいったい!?」
「なんかサイヤ人みたいになった!?」
「えっ?静電気だろ?乾燥してるから」
ダンテが両手を広げる。
「たしかにいつもの大帝だ……今のはいったい…?」
「チッ…寝ぼけたこと言ってないで、さっさとカラオケでも行くぞ」
ダンテたちがファミレスで騒いでいるころ、ライブハウスの更衣室では、みなたちが着替えながら会話していた。
「今日のライブにすっごいイケメン来てなかった!?」
「いたいた!!私なんか目が合っちゃった!!」
「あの銀髪の人でしょ!!服のセンスも超よかった!」
「いつも来てるキモイのの中にいるから余計に光って見えたよねー♪」
彼女たちが興奮しながら話しているのはダンテと一緒に来ていたベルゼバブ二世のことである。
仲間の会話を聞きながら、下着を脱いだみなはシャワーを浴びに行こうとした。
「あの人ってみなのファンの連れだよね?」
「えっ?そうだったの?」
「ほら!同じ歳のファンがいたじゃん!」
「ああ…皇子くん」
みなの脳裏にダンテの顔が浮かんだ。
「今度さあ、あの人呼んでもらってよ!」
「いいね!ライブの後に一緒に遊び行こうよ!」
みなの周りに仲間二人がくる。
「それってヤバくない?マネージャーに怒られるよ。恋愛禁止、ファンとの交際禁止だし」
「オフ会なら問題ないでしょ♪マネージャーも同席するし」
「まあ、それならね」
たしかにみんなが話題にしているダンテ―伊達皇子の連れはイケメンだった。
しかし皇子も負けず劣らずの、かなりのイケメンだとみなは思う。
他のメンバーが気が付かないのは、ライブ会場でのダンテは常に顔を伏せ気味にしているし、髪を振り乱し応援しているので、誰もまともに顔を見ていない。
ただ一人、みなだけが握手のときに会話して正対するので「イケメン」という認識がある。
「いつも思うけど、みなって肌キレイだよね―」
「そ、そう?」
「乳首ピンクだし」
「ちょっと!みんなそうでしょ!」
「んなことないって」
「下の毛もうすいしね―!つか見せてみ」
一人がバスタオルをめくろうとする。
「ダメってば!なにしたんの!!」
「「ごめ~ん」」
「もう!」
更衣室にみんなの笑い声が響いた。
「そういえば次のライブってもう決まってたっけ?」
シャワーを浴びようとしたみなは、ふと思い出したように振り向いて聞いた。
今までは毎週予定が入っていたのに、今回は無い。
「まだ知らされてないよね」
「解散……とか?」
「ええー!早すぎ!」
「せっかくファンもついたのに!」
みんなが口々に言ったときーー
ガチャ!
「きゃあっ!」
「えっ!!」
いきなり更衣室のドアが開いて、みなたちは驚いた。
全員下着か半裸に近い姿でいたから。
「みんなお疲れ様」
「なんだ…相田さんか…」
「びっくりした~ノックくらいしてくださいよ」
「ごめんごめん」
相田はみなたちのマネージャーで、物腰の柔らかい20代の青年。
面倒見がよく、全員高校生のメンバーたちの兄的存在でもある。
「そうだ!相田さん、次のライブっていつですか?」
「あと、ファンとオフ会もしたいかな……とか」
メンバーの質問を受けて相田はニッコリとした。
「ライブはもうないよ」
「えっ!!」
「なんで!?」
「解散!?」
相田が細い目で全員を見る。
「君たちは次のステージへ行く」
「次のステージ…?」
みなは首をかしげた。
メンバーが困惑する中、相田は懐からなにかを取り出すと、慣れた手つきで顔に取り付ける。
ガスマスクだ。
「えっ!?なになに!?」
「ちょっと!?」
さらに手のひらサイズの缶をポケットから取り出すと、床に放り投げた。
いきなり缶から白い煙が吹き出すと、みなたちは強烈に意識が遠のいていった。
全員、がっくりと倒れて動かなくなる。
「さあ。これから海外デビューだ」
ガスマスクの下にある相田の口端がつり上がった。