「さあ、あんたも早く降りてきなさいよ」
「そんなに急がなくても武器は逃げないよ」
舞弥を追うようにユタラが地面に飛び降りたとき、油田施設のほうから一台の軍用車両が近づいてきた。
武器庫の役割をしていた二台目のボンネット・トラックの手前で停車する。
「君たちは〈ヴィナーヤカ〉に雇われたレンタル・ソルジャーだな?」
軍用車両の中から姿を現したのは、ヒンドゥー訛りの英語を話す軍人だった。
記章つきのベレー帽にサングラスをかけ、ユタラと同じ褐色肌にカーキ色の軍服を着用していた。
そんな中肉中背の軍人は、アサルトライフルを携えた数人の部下を引き連れている。
「私はインド陸軍第十一部隊のハムワリ・ジャムナ中尉だ。今回の油田施設奪還の指揮権を与えられている」
ハムワリは、人種も年齢も様々なレンタル・ソルジャーたちを睥睨した。
「今回の仕事については〈ヴィナーヤカ〉で聞いたと思う。君たちに課せられた仕事は油田施設を占拠している武装ゲリラの排除だ。これについては概ね間違いないが、実のところ変更せざるを負えないことが出てきた」
レンタル・ソルジャーたちが頭上に疑問符を浮かべると、ハムワリは油田施設から離れた場所に陣取っていた何台ものマイクロバスに顎をしゃくる。
「一部のマスコミに今回の件が漏洩した。場所も場所だったので軍部も安心していた矢先の出来事だ。そういうわけで今回の作戦に関する若干の首尾を変更する」
ハムワリは大声で二人の人間の名前を呼んだ。
「ヴァルマ・バジ! パク・イルソ! この二人はいるか? いるなら返事をしろ」
なぜ、自分と舞弥の名前が呼ばれたのだろう?
ユタラはすぐに考えを巡らせた。
頭の中にレンタル・ソルジャーの証明書であるカード型のライセンス証が浮かび上がる。
まさか、ライセンス証を偽造したことがバレたのだろうか。
だとしたら非常にまずい。
どんな職種だろうとライセンス証の偽造は犯罪だ。
懲役を受ける危険もさることながら、確実に今回の武装ゲリラ討伐メンバーから外されてしまう。
そうなったら一大事だ。
討伐メンバーから外されてしまっては、大手を振って油田施設に潜り込めなくなる。
油田施設を占拠した武装ゲリラのことは置いておくとしても、武装ゲリラに加担しているという〈発現者〉のことだけは断じて見逃せない。
どうする、とユタラが思考をフル回転させながら右手で口元を覆い隠したときだ。
「あたしたちは正真正銘のレンタル・ソルジャーよ。変な勘繰りはやめてちょうだい」
舞弥の居丈高な声が周囲に轟いた。
舞弥もユタラと同じくライセンス証の偽造がバレたと思ったのだろう。
レンタル・ソルジャーたちの群れの奥から姿を現した舞弥は、M4カービンというアメリカ製のアサルトライフルを携えてハムワリに歩み寄っていく。
「君は韓国人のパク・イルソだな?」
「そうだけど何か?」
不穏な空気を感じ取ったユタラは、素手の状態で舞弥に素早く駆け寄った。
あからさまに不機嫌だった舞弥の前に立ちはだかり、微妙に引きつった笑みでハムワリと対面する。
「僕はヴァルマ・バジです。え~と、ハムワリ・ジャムナ中尉でしたね。彼女の言うとおり僕たちはレンタル・ソルジャーを生業としています。信じてください」
ぺこりと頭を下げたユタラに対してハムワリは首を捻った。
「誰も君たちが本物か偽者かなど疑っていない。それにレンタル・ソルジャーの素性を調べるほど私たちは暇ではないからな」
「では、どうして中尉は僕たちの名前を呼んだんです?」
「それは君たち二人に今回の仕事から外れてもらうためだ」
一瞬、ユタラはハムワリの発した言葉の意味が理解できなかった。
まるで道端の小石を今から拾って来いと言わんばかりの軽い物言いだったからだ。
「――っざけんじゃないわ! どうしてあたしたちが今回の件から外されるのよ!」
ユタラを押し退けてハムワリと真正面から対峙する舞弥。
しかし、如何せん相手と装備が悪かった。
舞弥はハムワリの部下たちに、四方からアサルトライフルの銃口を向けられる。
「威勢のよさは認めよう。だがマスコミに情報が漏れた今、君たちのような成人にも達していない子供を突入作戦に加えることはできんのだ」
「差し支えなければ理由を教えてくれませんか? そもそもレンタル・ソルジャーは十五歳以上でライセンス証があれば任務に就くことが可能なはずです」
降伏の証として両手を後頭部に回したユタラがハムワリに事情説明を求める。
「すべてを説明することはできない。ただ、多くの人間が今回の突入作戦をテレビやネットを通じて観ているとだけ言っておこう。そして、その中には今後のインド情勢に深い関わりを持つ議員もいる。それが君たち子供兵を使えない理由だ」
「何よそれ! まったく説明になっていないじゃない! 大体、そんなにマスコミが目障りなら追い払いなさいよ! それぐらい国家権力でどうにでもなるでしょう!」
「無理に理解してもらおうとは思わん。おい、この二人の武器を没収しろ」
ハムワリは部下の一人に舞弥の武器を没収するように命じた。
さすがの舞弥も無数の銃口に狙われていては手も足も出ない。
仕方なく舞弥はM4カービンを部下の一人に渡す。
けれども舞弥は転んでもただでは起きない性格の持ち主である。
「中尉さん、一つお願いがあるんだけど聞いてくれる? ライフルやショットガンの押収は構わないけど、拳銃やナイフだけは勘弁してちょうだい。丸腰だと不安なのよ」
「まあ、いいだろう。それぐらいの武器の所持は認める。ただし作戦終了までは大人しくしているのが条件だ」
舞弥のM4カービンとユタラのショットガンを押収した軍人たちは、もう二人に用はないとばかりに軍用車両の元へと帰っていく。
「まさか、こんな形で仕事から外されるなんて」
降伏のポーズを解いたユタラは、参ったとばかりに暗澹たる溜息を漏らした。
「ねえ、舞弥。これからどうしようか?」
「どうもこうもない。こうなったら不法侵入してでも油田施設に入るわよ」
「不法侵入って……どう考えても無理だよ。ゲリラだって馬鹿じゃない。侵入できそうな箇所には見張りを立たせているはずだ」
「そんなことはわかってる。でも、このまま大人しく引き下がれないでしょう」
「それはそうだけど、仮に油田施設内に侵入できたとしても肝心の武器がない」
「武器ならあるわ」
「愛と勇気なんて寒いこと言わないでよ」
「違うわよ。あたしたちにはまだサイドアームがあるじゃない」
「オートマチック拳銃二丁とナイフ二本で何ができるのさ」
「色々よ。中でも一番の武器はあんたなんだからね。こういうときこそ〈発現者〉の本領を発揮してもらわないと」
「何かいいアイディアでもあるの?」
まあね、と頷いた舞弥はユタラの所持している拳銃を要求してきた。
「僕の拳銃を使って何する気?」
「いいから、さっさと拳銃を渡しなさい。お姉ちゃんの命令よ」
強引な舞弥に根負けしたユタラは、仕方なくホルスターから抜いた拳銃を手渡した。
「予備のマガジンも全部」
「はいはい、もう好きにしてよ」
泣く泣くユタラが最後の予備マガジンを渡したときだ。
舞弥は一本の予備マガジンをユタラに手渡す。
銃弾が一発も込められていない空のマガジンである。
「どうして空っぽのマガジンなんて持ってるのさ」
「オカマからのオマケじゃない。頼んだ数よりマガジンが一本多かったのよ。だからここまで来るとき、オマケにもらったマガジンの弾丸を全部バラしておいたの。弾丸を一発ずつチャンバーから装填できるようにしておくと、いざというときに便利なこともあるしね」
「だとしても僕には必要ない。肝心の拳銃がないんだから。それに空のマガジンなんて渡されても邪魔になるだけだよ」
「いいから携帯しておきなさい。心臓に近い場所の胸ポーチに入れておけば弾除けになるかもしれないわよ。そう考えると空っぽのマガジンも捨てたものじゃないわよね。何もないってことがときには役立つんだから」
「ふ~ん、空のマガジンってそんな風にも有効利用できるんだ……空っぽの……ねえ」
このとき、ユタラは舞弥から感じられた妙な自信の正体を見抜いてしまった。
「舞弥、もしかしてあそこから油田施設へ不法侵入するつもり?」
「さすがあたしの弟ね。こんなに早くあたしの考えていることがわかるなんて」
タール砂漠の油田施設は過去に何度も争いに巻き込まれた経緯がある。
それとは別に施設自体の老朽化や破損箇所があまりにも多い。
特に原油を港に運ぶために設けられていたパイプラインは、何度も地元の盗賊団や武装ゲリラの攻撃対象になっていたらしい。
そのため、油田施設には何本もの破棄されたパイプラインが未だに残されていた。
「絶対に成功するとは言えないけど、試してみる価値はあるかなって」
ユタラの視線の先には、一本のパイプラインが油田施設へと伸びている。
今では原油が通されていない、破損が目立つ空っぽのパイプラインが――。