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オレの聖槍が壊れてくれない 〜天下無双の金食い虫〜
オレの聖槍が壊れてくれない 〜天下無双の金食い虫〜
おもちさん
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月14日
公開日
8.4万字
連載中
 親父が莫大な借金を遺して死んだ。聖槍エリスグルという名前だけ立派な槍に、大貴族みたいな金の注ぎ込み方をしていたと発覚。見るも怪しげな借金取りが「万が一、聖槍が壊れるようであれば借金チャラ」とそそかすので、破壊工作に勤しむ。  しかしダメ。何を試しても壊れるどころか、傷1つつかない。それでも無慈悲な督促が追い詰める。利息金を払うか、あるいは槍を壊すか。さもないとワクワクプリズンという地獄送りになってしまう。  こうなれば手段は選ばない。近くのダンジョンにとてつもないバケモノが出たと言うので、1人で突貫する。  しかしこれをキッカケに、長い旅路が始まる。騒がしい錬金少女や馴れ馴れしい女預言者といった、うさんくさい仲間を増やしつつも、世界中の強者を探し求めてさすらう――。  ※注 本作品は試験的に、一部内容をAIの書評機能を活用および参考にして加筆修正しました。ただし下準備から執筆にいたるまで、自力で書いています。

第1話 捨てたくて負の遺産

 父親から受け継いだ槍が、風に揺れている。いや、槍にかけている洗濯物が揺れたのか。


 伝説の聖槍エリスグルと呼ばれる長柄の槍は、物干し竿にピッタリだ。洗いざらしの擦り切れたチュニックやズボンが、どこか心地よさそうにはためいた。


「今日は天気が良いから、午後のうちに渇くかな」


 あらかじめ用意した革袋を背負い、家から出た。そろそろ金がヤバいので、売れる物は売ってしまいたい。


 高台の我が家からは、片田舎のロックランス村を一望できた。山々に囲まれた狭い平地に広げた畑。その間にチョコンと立つ、わらぶき屋根の納屋と家屋。道の先には村長宅やギルドに雑貨店、集会所なども微かに見えた。


 なぜオレの家だけポツンと集落から離れているのか。理由は知らされていないが、すれ違う村人から想像できた。


「うわぁ槍小僧が来やがった」農具を担いだ男がジロリと睨み、ローブの裾を泥で汚した女も悲鳴混じりに飛び退く。「ひっ、槍が来たわ。汚らわしい!」


 誰も彼も、オレの黒い短髪を見てはそう言った。黒髪というのはここら辺では珍しいようだ。毎度のように、この擦り切れたチュニックやズボン、ツギハギの革靴よりも注目を浴びてしまう。


 だが慣れた、雑音でしかない。連中には目もくれず、村中央の雑貨屋までやって来た。ここらで唯一、売り買いの出来る貴重な場所だった。


「そんなもん買えないね。持って帰れ」


 カウンターに座る店主の男が、冷たく言い放った。


「頼むよ。そろそろ稼がないと苦しいんだ。全部採れたてで新鮮だ、味は保証するから」


「いらんと言ったろう。槍小僧の品なんて誰も買わない、全部腐らせちまう。アンタが自宅で食えばいいじゃないか」


「こんな大量のニンジンどうすんだよ。馬にでもなれってのか」


「そりゃ良い。臆病で卑怯者の槍遣いよりも、馬の方がナンボも役立つ。馬でもロバでも大歓迎だぞ」


 店主は、さも傑作だと言いたげに、太鼓腹を大きく揺すった。オレはまぜ返したい気持ちを舌打ちに変えて、間もなく店を出た。


「クソが。オレだって、好き好んで槍を引き継いだわけじゃねぇよ」


 店主の揶揄が耳にこびりついて離れない。帰路は地面を踏みつけるようにして歩く。通行人が怪訝な目を向けてくるのも、不機嫌な今は腹立たしい。


 そして、悪い事は重なるものだ。行く手を遮る三人組を見て、キレ散らかしそうになる。オレは忍耐力を試されている気にさせられた。 


「おやぁ? 誰かと思えば、槍坊主のライル・クロードじゃねぇか」


 三人とも似つかわしくない姿だった。


 新品の皮鎧にショートソード、小さな木の円盾。オレの視線の先には、まるで分裂したかのように同じ装いの男達が並ぶ。この没個性気味の三バカは、この世で最も会いたくない連中だった。


 オレは盛大なため息とともに答えた。


「気安く話しかけんな、レックス。こちとら暇じゃない」


 三バカは、ヒョロガリのネズミ顔、だらしないオーク顔、それと筋肉だけが自慢の大馬鹿レックスで構成される。こうして装備までおそろいにする思想には、キモいを超えて感嘆させられた。


「いいからコレ見ろよコレ。冒険者ギルドの許可証だぜ、苦労の甲斐あって、この通りよ」


 3人が息ぴったりに小さな鉄板を見せつけた。ギルド印の刻まれた正式な許可証だ。


 オレとしては、審査が通った事よりも、レックスたちの寸分違わない動きの方に驚く。まさかとは思うが、このために練習してきたのだろうか。


「そうか。ゴブリンにでも食われてこい」オレの返答を嫉妬と受け止めたのか、レックスたちの顔がグニャリと歪む。


「ライル、お前はどうしたよ。これまでさんざん鍛えてきたんだろ? 厳しい修行の毎日だったんだろ?」


「ギルドには再三かけあったが、許可がおりない」


「そりゃあそうだろうな! なんせお前は槍遣い、臆病者の代名詞だ! コミュ障親父に引っ付いてる出来損ないだ!」


「なんだと……?」オレは気づけば拳を固く握りしめていた。


「槍使いは臆病者しかいねぇって相場が決まってんだよ。お前だって、ガキの頃から毎日ボコされてんのに、ロクに殴り返さなかったよなぁ?」


 不意に、レックスが無防備な顔を突き出してきた。残りのバカ2人もそれに合わせた。


「村八分のライル。ちょっとくらい度胸をみせろや、ホラホラ。冒険者様を殴れるもんなら殴ってみやがれ、ド平民がよ」


「そうか」


 オレは握ったままの拳を、端から順に汚い顔を殴りつけた。腰の力を使わない、腕だけでの打撃だったが、三バカは揃って白目をむいて倒れた。


「良いか。うちの親父と、槍を侮辱するのは別に構わん。だがこれだけは覚えとけ」


 連中を見下ろしながらハッキリと告げた。


「オレを侮辱したら2度と許さん。牛馬に踏まれて死ね!」


 起き上がる気配が無いのをそのままにして、すぐに立ち去った。多少はスッとしたものの、胸の内はゴチャゴチャの大混乱だ。


 そうして、待つ人のいない我が家へと戻る。


「どうしてだよ、親父……」


 自宅の裏手にあるだだっ広い庭に、2本の棒が並んで突き立っている。墓標代わりだ。いっぱしの墓を建てる金なんてどこにも無かった。


 その棒はかつて、稽古用に使用されたものだ。2本のうち、片方の握りが赤黒く染まるのは、オレの血豆が潰れた跡だった。


 親父が死んでから間もなく1か月。あれだけ憎悪した男でも、いざ亡くすと寂しさが上回った。16年間共に過ごした肉親だ。心の内は一色だけではない。


「稽古だ鍛錬だって、これまで散々オレのことを打ちのめしたよな」


 稽古はとにかく厳しかった。オレの幼少期は、ひたすら鍛錬、修練の毎日だ。他の思い出なんてほとんどない。暗黒期だったと言って良い。


「そこまでして、槍を伝授してどうすんだよ。お陰で死ぬほど貧乏なんだぞ」


 槍遣いは、今より気が遠くなるほど昔、人類の存亡を賭けた聖戦から逃げたと伝えられる。それ以来、臆病だの卑怯者呼ばわりされるようになったらしい。


 父に訊いたことがある。なぜ槍なのか、剣術も教えてくれ――と。しかし返されるのは、決まり切ったセリフだった。


――何度でも言うぞ、ライルよ。槍は私利私欲に遣ってはならぬ。弱きものを護るためであり、決して力を誇示するものではないのだ。


 そして徹底的にしごかれる。邪念を払う為だと、テキトーな理由をつけて。ケンカがバレた日なんて、それはもう、死ぬかと思うくらいの厳しい指導があった。


 その件をキッカケに肉親の情は捨てた。入れ替えるように心を占めたのは、親父をぶちのめす目標だけだった。


「絶対に一撃食らわせてやるって。顔面をブチのめして奥歯へし折ってやるって、そう思ってたのにな」


 16歳を迎えた最近は、技術面で肉薄していた。後少しで攻撃が当たる、という所まで鍛えに鍛えた。


 しかし目標を達成するより先に、親父は流行病でアッサリ死んだ。40歳を目前にしての事だった。


「どうやって生きていけっていうんだ……。せめて、そこまで教えてからクタバレよな」


 遺されたものは槍の技と、聖槍エリスグルという、名前だけご立派な槍だけだ。それも今やギラリと輝く物干し竿だ。そんなもので、この差別あふれる世の中で生きるのは不可能だ。


 しかしふと思う。親父はどうやって稼いでいたのか――と。


「そうだよ。何か秘策でもあるんだろ、絶対に」


 オレは足早に家の中へ戻った。我が家には生意気にも書斎なんてスペースがある。親父は自宅に居る時のだいたいを、狭い書斎で過ごしていた。もしかすると、そこにヒントがあるかもしれない。


 オレは書斎には一度も入った事がない。幼い頃は親父が怖くて。育ってからは親父が憎くて。


「頼むぞ。なにか起死回生のアイディアを遺しててくれ。金銀財宝でも歓迎するぞ……」


 両手をこすり合わせては小さく祈り、そして――。


 書斎のドアを引いた。


 そこは2メートル四方の小部屋に、書き物机と本棚があるのみという、飾り気のないものだった。


「うわっ……親父のヤツ。本をこんなに買い集めてたのかよ?」


 大きな本棚に収まらない量で、あぶれた本が床に積み上がっていた。王国史や郷土史、あとは武術関連だ。


「バカみてぇな量だな。そりゃ家も傾くわ」


 ザッと見るだけでも相当な散財だと思った。我が家の台所事情からすると暴挙そのものだ。


「何が楽しくて、こんなに買い揃えたんだ……」


 ふと、本棚の片隅で目が留まる。そこには「父子のすすめ」やら「子育ての鉄則!10のメソッド」といった本がいくつも並んでいた。


 手垢で汚れたそれらは、何箇所もページに折り目がついていた。


「なんだよ。こんな本まで持ってたのか……」


 ふと、胸に温かなものが流れ込んだ。同時に、親父のカタブツな顔が思い出された。


 書斎に引っ込んでこんな本を読むくらいなら、なぜオレと向き合ってくれなかったのか。ボロボロの両手を見て「がんばってるな」と褒めれば良かったのに。


「変わり者でコミュ障の偏屈親父め。こんな手垢が付くまで読み込みなんてさぁ……うん?」


 本を棚に戻そうとした時、ふと気づく。1冊分の隙間から別の本が見える。このままでは、それが何なのかは分からない。


 隙間を広げようと、棚の物を降ろした。そうして陽の目を浴びた本には、いや全巻セットには、このような表紙がついていた。


――ドッキドキ♡真夏のパイ祭り永久保存版! せいなるポロリ祭典! 〜王都民が厳選した水着美女100連発〜


 そんなものが何十冊もズラリと鎮座していた。


 オレはすかさず庭へ。滑らかに焚き火を起こしては、本という本を片っ端から投げ入れた。炎は一瞬のうちに燃え上がった。


「こんなくだらねぇモンの為に、貧乏ぐらししてたって? 稼げもしねぇ槍を伝授しましたって?

 立派なご趣味してますなぁ、親父殿よぉ!」


 本をくべる、ひたすらくべる。親父の痕跡を全て焼き尽くすかのように。


 そして思い出すのは、物干し台だ。あれも立派な痕跡であり、足かせの1つだった。


「何が聖槍だよフザけんな。テメェも処分してやるから覚悟しろ」


 槍など認めない、存在する事すら許さない。その一心で、聖槍エリスグルを片手に裏山の方へ向かった。


「金属製の槍とか、マジでめんどうだな。木で出来てりゃ燃やせんのによ」


 街道からは大きく外れた辺鄙な場所の、木々が豊かに生い茂る場所を選んだ。そこの地面に聖槍を突き立てた。穂先から埋まったそれは、たのもしくも柄がそそりたつ。まっすぐ天を貫くようだった。


「ふん。初めからこうすりゃ良かった。クソ親父め、オレの人生を台無しにしやがって……!」


 後は自宅に戻るだけ。その帰路は驚くくらい軽やかだった。因縁を断ち切った歴史的瞬間を迎えたせいか。


 そう、オレにはオレの人生がある。親父の妄執に付き合う必要なんて欠片も無いのだから。



「さてと、これで槍遣いなんて汚名もなくなる訳だ。どんな風に生きていこうか――」


 帰宅して庭先に足を踏み入れた時、思わず愕然とした。玄関前の物干し台に目が止まったからだ。


「えっ、なんで槍が……?」


 聖槍エリスグルは、何事もなかったように佇んでいた。物干し台で寝そべる姿は、新たな洗濯物を待つかのようだ。


「次の洗濯物まだぁ? じゃねぇよ、へし折るぞお前!」


 オレはエリスグルを掴むと、睨みつけた。長い柄、直槍というまっすぐな形状の刃、その連結点には青く透き通る宝石が埋まっている。


 その宝石は、夕闇が迫る中で、ボンヤリとした光を放っている。


「こいつ光るのかよ。いや待てよ、石だけ取っちまうか。もしかしたら売れるかも……」


 ほじくり出そうとするも、ひどく頑丈だ。石を叩きつけてもムダで、取り外す仕組みも見当たらない。


 そうして悪戦苦闘する最中のことだ。頭上から何者かの声が鳴り響いた。


「やっと見つけましたぁぁ! どこウロついてたんですかぁ。待ちくたびれましたよ〜〜」


「えっ。誰……?」


 暗闇で小さな何かが羽ばたく。コウモリだろうか。


 すると、それは空中でポンと破裂した。ただよう煙の中に、見知らぬ男が姿を現した。


 黒地に赤いリボンのついたシルクハット、夜闇に溶け込む漆黒のローブ、きらびやかな宝石のついた魔術杖。ひどく細造りで、オレを見下ろすほどの長身。オレは目眩に耐えながら身構えた。


「だ、誰だアンタは!?」 


 何よりも異様だったのは、狐顔の仮面を被っていることだ。顔つきどころか視線すら読み取れない。男はそれを見越しているのか、身振り手振りを大きくした。


「おっと、そう身構えないでくださいな。怪しいもんじゃございませんので〜〜」


「何者だ。怪しさしかねぇぞ」


「はいはい。私はですね、麗しき都マギノリアにて創業100周年を迎えた老舗も老舗、ホッコリーノ金融のフィンと申します。末永きお付き合いをどうぞ〜〜」


「き、金融?」


「平たく言えば金貸しです、はい。今日は融資の件でお話がありましてぇ〜〜」


「帰れ。オレには用なんてない」


「ンッフッフ〜〜、アナタになくとも私にはあるんですねぇ、ハイ」


 フィンは長い手をズイとオレの眼前にまで伸ばしてきた。その手にぶら下がる羊皮紙には、絶望に目が眩むほどの数字と、親父の名が記されていた。


「ええと、デキン・クロードさん。アナタのお父上ですね。10万ディナの支払期限が近づいてますので、そのご連絡でございますねぇ〜〜」


「じゅ、10万だとーーッ!??」


 オレはその場で座り込んでしまった。寄る辺を失くして空を見上げた。そこには青みがかった三日月が、こっちを見下すように輝いていた。


 消しそこねた親父の痕跡は、ここにもあった。それは途方もない額面の借用書として、眼前に突きつけられてしまった。


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