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第17話 襲われたアルケイル

 エイル子に入水する危機はどうにか免れた。エビルボアーの背にまたがったまま、槍で地面を突いたことで、どうにか軌道修正。


「相変わらず愚直なやつだな、お前はよ!」


「見てライル! 魔族が村に!」


 木々の隙間に家屋が見えた。そこをキルリザートたちが横切っていく。村は既に襲われていたが、オレたちの到着もさほど遅れなかった。


「アイーシャはデカブツから降りるなよ!」


 オレは飛び降りて村に降り立った。


 家々は窓を板で塞いで硬く閉じた。遠くで刃のぶつかる音が鳴る。懸命な防戦を繰り広げていた。


 硬く閉ざしたドアをキルリザードが粉砕。子供の悲鳴、女の絶叫。オレはすかさず駆けつけ、その背中を槍で貫いた。


 キルリザードは甲高い絶叫を響かせては、全身を霧に変えた。それは散らばらず、むしろ一処に集まり、赤黒い球体に変貌した。それよりも安否だ。


「大丈夫か、怪我は!?」


「あ、ありがとうございます。どうにか……」テーブルの下で、母子が抱き合いながら震えていた。出血は見られない。


「とにかく隠れてろ。敵はオレが倒してやる」


 エビルボアーに合図を出して呼び寄せた。アイーシャも背中に隠れるようにして身を潜めている。


 敵の数はどうか。点在する家屋の屋根に2体、地表に3体。今見えるのはそれだけだ。


 村の中央付近では、村人が農具を片手に絶望的な防戦を繰り広げている。魔族の動きについていけず、1人2人と斧で切り倒されていた。


「急ぐぞ! このままじゃ壊滅だ!」


 駆けつけようとするが、散開する5体が襲いかかってきた。地表の3体が猛然と距離を詰めてくる。


「邪魔をするな、退け!」


 初撃の斧を柄で受け止め、すべらせながら相手を斬る。2体目の頭を石づきで殴打して吹き飛ばす。最後の1体は、飛びかかる前に突き倒した。


 しかし屋根の上、射手が矢をつがえて放った。オレではない、エビルボアーの方だ。


「やばい! 避けろ!」


 しかし巨大なイノシシは矢の動きに応じる事はできず、鈍重だった。その身体に矢が吸い込まれていく――かに見えた。


「グオォォン!」


 エビルボアーが大地を揺るがすほどの雄叫びを響かせた。すると、放たれた矢は飛びながら歪み、力なく地面に落ちた。その体には傷1つない。


「ハハッ、やるじゃねぇか!」


 屋根の上の2体は石礫(いしつぶて)で落とし、倒れた所を刺突で葬った。


「向こうだ、敵はまだ多いぞ!」


 中央付近まで歩を進める。ひときわ大きな建物の前で村人たちが抗戦している。アイーシャが「集会場だよ」と教えてくれた。


 状況は厳しい。戦うのは残り5名。倒れている男たちの方がずっと多かった。そしてキルリザードも10体は押し寄せているだろう。


「注意をひけ、デカブツ!」


「グオオオン!」


 至近距離での咆哮に、全員がこちらを向いた。特にキルリザードの標的が村人から逸れたのは大きい。


 矢が射掛けられる。オレはエビルボアーの前に立ち、聖槍で円を描くように振り回した。へし折れた毒矢が地面に散らばる。


「今度はオレが相手だ、トカゲ野郎!」


 低く這うように駆けていく。敵は2射目をつがえ、オレだけを狙う。放った瞬間、さらに速度をあげると、全ての矢が頭上を通り抜けて地面に突き立った。


 その時には、すでに間合いだった。


「死ぬ覚悟は出来たな! これでも食らえ!」


 横一閃。複数体を同時に討ち果たしていく。そのほとんどを倒したしたが、2体ほど逃がしてしまった。それらは村の郊外へ、そして北のエイル湖方面へと消えていった。


「チッ。まぁいい」


 オレは構えを解いては、村人に話しかけた。「助けに来たぞ、無事か?」


 しかし村人たちは構えを崩さない。農具や斧を握りしめたまま、こちらの様子を窺っている。ほとんどはエビルボアーを睨んでいた。


「何者だお前ら、そのバケモノは何だ!?」


 それは、そう。いきなり大型魔獣が現れたら、その反応は正しいとしか言えない。大抵は怯えており、闘志を見せるのは斧を構える髭面の男だけだった。


 そこへ、エビルボアーの毛髪の海からアイーシャが顔を覗かせた。


「カーターおじさん、アタシだよ!」


「アイーシャ!? これは一体どうしたことだ!?」


「エイレーネから駆けつけたんだよ、あとこの子はボアちゃんで、敵じゃないから。よく見て、可愛いでしょ?」


 エビルボアーは頬を地面にこすりつけて、ポエポエ鳴いた。村人たちは唖然とするものの、闘気や恐怖心は遠のいていた。


「ま、まぁ分かった。客人よ、話をしたいところだが怪我人の治療を優先したい」


「もちろんだ。つうか手伝うぞ」


「何から何まで……すまない」 


 カーターという斧使いの男は、背後のドアに取り付き、スライド式の錠を外した。開かれた鉄扉の向こうには、すでに数名の負傷者と、怯える子供たちが居た。


 部屋の隅に積み上がるテーブルや椅子の乱雑ぶりに、混乱ぶりが伺えた。


「怪我も毒も、かなり厳しいな……」


 カーターとともに担ぎ込む。負傷者たちは腕を押さえても血が止まらず、包帯を巻き付けても瞬く間に赤く染まった。


 矢傷の男も危険な状態だ。傷口は紫に腫れており、命を蝕むかのように広がっていく。大人たちは血相を変えて駆け回るが、悲壮な顔は片時も緩まない。


「うぁ……いやだ……トカゲが来る!」


 うめき声まで恐怖に満ちていた。怪我人たちは、痛みと恐怖心で錯乱状態だ。オレに出来ることは少ない。怪我が悪化しないよう、力付くで押さえる事だけだった。


(クソッ。何が槍は護りだ。結局は人斬り包丁じゃねぇかよ……!)


 その時だ。外からボンッという音とともに、七色の煙が集会所に流れ込み、間もなく消えた。


「ゴホッ。今度は何だ!?」その問いに答えるより前にアイーシャが飛び込んできた。


「錬金術だよ! 傷薬と解毒薬、これを使って!」


 両腕に抱えられた大量の小瓶。渡りに船だった。


 しかしカーターは眉を潜めるばかりで、受け取ろうとはしなかった。


「アイーシャ。お前は無免許なんだろう? 聞いてるぞ、本試験には受からなかったと」


 彼の瞳は、責めるというより諦めを帯びていた。しかしアイーシャは引き下がるどころか、ヒゲに噛みつく勢いで詰め寄った。


「そうだよ、確かにアタシは仮免で、本当の錬金術師じゃない。でもそれが何? 免許証が皆を救ってくれるというの!?」


「それは、理屈としてはそうかもしれんが……万が一、不手際があったとしたら」


「じゃあどうするの。エイレーネから治療師を呼ぶの? そんなの間に合わないよ。そもそもデモノイド・ウェーブが起きてる村に、誰が来てくれるって言うのよ!」


 あまりの剣幕にカーターが気圧される。両者が視線をぶつける中で、オレは渡し船をだした。


「信じてやってくれ。これまで、アイーシャの錬金術に助けられるシーンは少なくなかった」


「……分かったよ。お前にすがるしか無さそうだ、信じてるぞ!」


 アイーシャは小瓶を床に並べると、飛ぶようにして外へ出た。錬金釜に取り付いている。調合を続けようというのだろう。


 薬はというと、効果があったらしい。出血は止まり、毒の侵食も食い止めている。これにはカーターもアイーシャに「薬は立派な出来栄えだった」と頭をさげた。


「さて、ここは村の者に任せようか。客人、話をさせてもらえないか?」


 カーターが汚れた手を拭いながら、歩み寄ってきた。


「もちろんだ。どこで話す?」


「オレの家が近くにある、そこにしよう。茶くらいは出す」


 ここで集会所の鐘が鳴った。カーターの顔が目に見えて緩む。警戒を解く知らせなのだろうか。


 すると、方々の家もドアを開いた。安堵を浮かべた村人たちが、様子を窺いつつこちらに歩み寄るのだが――。


「うわぁ! バケモノがいるぞ!」


「まだ安全じゃないじゃないの!」


 エビルボアーを目にした村人たちは、またもや家の中に閉じこもってしまった。


「ええとだな客人。あの魔獣をどうにかできないか?」


「悪いやつじゃないし、危害を加える事もない。村の連中には、妙にデカい馬だと説明してくれ」


「馬の二倍は大きいが……分かった、どうにか言いつくろう」


 こうしてオレはカーターの小屋に案内された。テーブルで向き合うなり、彼は驚きの言葉を口にした。


「槍遣いの世話になるのはいつぶりだろう。デキン殿以来だな」


 思いも寄らない言葉に、思わず前のめった。親父の名前をここで聞くとは思わなかった。



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