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第16話 故郷へ急げ

 街道が整備されてるとは言え、夜は視界が悪い。月明かりと魔法のランプがあっても、十分に照らせない。


 今は南に向かって街道を進んでいる。南北に延びる道は、マギノー大森林の東側を掠めるように続き、果てはエイル湖の南端。湖の周辺に村は3箇所あり、アルケイルは湖の南側に位置する。


 魔族が蹂躙するより先に、湖の南まで行きたいところだが――道案内を兼ねた、頼れる相棒はビビリ散らかしていた。


「うう……先を急ぎたいけど、魔族が出ると思うと」


「腹をくくれ。お前の村を護るためだろ」


「分かってるけど! 怖いもんは怖いの!」


 しかし道中は、アイーシャが懸念する事態にはならなかった。行く先々で、矢が地面に突き立つのを見て、戦闘があったのだと思う。恐らくは街道を突き進んだ騎士団のものだ。


 そして、騎馬が断続的に追い越して行き、馬車も時おり続く。冒険者たちだ。


「この様子だと、魔族も手出しをしにくいだろ。きっと安全だからキリキリ歩け」


「分かって! ます! から!」


 ぎこちない歩みのアイーシャを連れて、ようやく駐屯地に辿り着いたのは翌朝の事。


 先に着いた冒険者たちは、てっきり持ち場についてるもんだと思った。しかし、駐屯地の周囲に天幕を張っての野営を決め込んでいた。さすがに酒の臭いはしていないが、悠長なものだと思う。


「ギルマスの顔色とは違って、ノンキなもんだ」


「これだけ大勢集まってるから、安心したんじゃないかな」


 確かに、騎士団を見るに立派な身なりだ。陣の中をうろつく高官はもちろん、見張りに立つ下っ端でさえ、きらびやかな銀鎧だ。


 きっと戦場でも頼れるだろう、鎧に手足が生えて戦うのであれば。


「冒険者ども、あつまれ! これから団長じきじきに説明されるぞ!」


 若い騎士が呼ぶので、オレたちも駐屯地の中へ。整列を促されて並ぶと、眼の前に鋭い顔の男が数名、そして酷く緩みきった男が現れた。


 まさかな――。最も堕落に沈んだ男が団長だった。


「うぉっほん。ワシはエイレーネ騎士団を束ねる団長である。諸君のような雑兵を、この栄誉ある防衛戦に加えてやるので、一命を賭して挑むように」


 団長は身動ぎで太鼓腹を揺れた。鎖帷子(チェインアーマー)が波を打つ様には、笑いを堪えるのが大変だ。


「今回、大繁殖した魔族はキルリザードだ。素早い身のこなしに斧さばき、それと毒矢を操る難敵だ。我らが街道を押さえた。彼奴らは小集団に分かれて近辺の森に潜み、機を窺っているようだ。まとまるまえに叩く必要がある」


 そこで、脇に立つ冷酷そうな男が付け加えた。「宮廷魔術師のアニマ探知によると、出現した魔族は100体ほどである」と。


 すると辺りがざわめいた。「そんなに多いのか?」「こっちは騎士団と合わせても50くらいだぞ」と、徐々に不安が膨らんでいく。


 そこで、騎士の1人が剣を抜き放った。年嵩で威厳があり、響かせた怒号も一同を黙らせた。


「つべこべ抜かすな、魔族ごときにだらしない! 弱腰の敗北主義者はここで切り捨ててやろうか!」


 その不思議な剣は、刀身が微かな光を放っていた。青か白かは判別がつかない。誰かが震え声で「魔法剣だ」と言った。剣だけでなく、銀の胸当ても微かに光を帯びていた。


 身なりは最高点というヤツか、実力は知らん。


「偉そうに吠えるんだな。もちろんオッサンも戦うよな?」


 オレの言葉に辺りの気配が引いた。遠巻きになる冒険者一同。アイーシャは青ざめた顔を繰り返し横に振った。


 しかし、年嵩の騎士は乗ってこない。鼻で笑って剣を戻した。


「小僧がぬかしおる。泥臭く戦うのは雑兵の役目よ」


 それから年嵩の男は、腰から羊皮紙を引き抜いては、読み上げた。


「これより作戦を申し付ける。お前たちは予定通り村とその周辺の防衛にあたれ。我らは小集団に分かれた敵を順次あぶりだし、貴様らの方へ誘導する。そうして挟み撃ちだ。阿呆でも分かる作戦だぞ、理解したな。まずはレイクウッド班!」


 冒険者の名前がいくつもあがる。続けてベテル班も同じ数だけ名前が呼ばれた。


「そしてアルケイル村。金の支払いを拒絶した不遜な奴らを護ろうという、偽善に狂った奴らは……」


 冒険者から失笑がもれた。騎士団たちも肩をすくめながら聞いていた。


「ライルとアイーシャ」


「おうよ」


「ふん……よりにもよって貴様か。これは実に都合が良い」


 騎士の髭面がグニャリと歪む。殺気の感じられる笑みで、それだけで肌がヒリついた。


「都合が良いって?」問いかけは黙殺された。


「貴様らは持ち場を守れ。決して森に入ろうと思うなよ、連中の庭のようなものだ。必ず平地に引きずり出して戦うように。分かったらいけ!」


 冒険者たちは弾かれたように動き出した。馬が、馬車が、慌ただしく各所に散っていく。一塊になって街道を南にくだる集団を、徒歩のオレは見送る形になる。


 街道は大森林とエイル湖の間を貫くように伸びる。だから途中までは同じ進路で、エイル湖に差し掛かったところでレイクウッド班が東に逸れる。かの村は湖の北側で、草原地帯にある。


 ベテルは大森林と湖に挟まれる位置だ。防衛組も間もなくたどり着き、村郊外に展開を始めるだろう。


 最も遠い道のりのオレたちは、揃って徒歩だった。エイル湖をグルリと回り込み、さらに起伏の激しい丘を登り降りしなくてはならない。


「馬が欲しいな。こっそり栗毛の方を連れてくりゃ良かった」


 せめて駆け足で行きたいところだが、アイーシャの歩調に合わせなくてはならない。案内なしにはどこかで迷いそうだ。


 しばらくして――陽が高く登った頃。目に見えて速度が落ちた。昨夜から駆け通しみたいなものだった。東へ向く小路の先にレイクウッドが見えて、冒険者たちが村郊外に展開を終えた所だった。


 目的地まであと半分、という位置だった。


「そろそろ休むか? 疲れただろ」


「ううん。平気。故郷のピンチだもん、ここで頑張らなきゃ!」


 アイーシャが小さく笑う。そこまでして故郷は守りたいものかと思うが、何も言わなかった。ロックランスとは違うのだから。


「じゃあその荷物をオレが運ぶ。そしたら楽になるだろ」


 手を伸ばしかけたその時だ。辺りに鋭い声が響いた。「頃合いだ、火を放て!」


 北の方角に騎士団が見えた。部隊の魔術師が火球を生み出しては、森に向けて放たれた。南に向けて追い立てるように。


 爆風とともに火の手があがる。火勢は強く、青空を焦がすほどに火柱はのびた。


「あいつら、何を!?」


「ライル見て! 森の中から!」


 耳障りな奇声とともに、森が激しく揺れた。そして炙り出されたように魔族が次々と飛び出してくる。 


 トカゲの様に尖った顔、血を思わせる赤い革鎧に、手斧や弓で武装する二足歩行の亜人種。標的のキルリザードだ。


 そいつらは森から出るなり、東へ向けて直進したのだが、行く先にレイクウッドがある。そこで展開する冒険者たちは矢を射掛けた。当てるつもりのない牽制だが、魔族の進路を変えるには十分だったらしい。


 敵の一団は、向きを反転させて疾走した。ちょうどオレたち目掛けて突撃する形になる。


「アイーシャ来るぞ! 下がれ!」


 エリスグルを握りしめて迎え撃つ。相手はかなり速い。両者の間合いが詰まるのも一瞬だ。


「先手必勝、食らえ!」


 槍を横に一閃。それで敵の二体が吹き飛ぶが、斧で受け止められた。ダメージはほとんどない。


 魔族たちは総勢4体。奴らはオレたちの傍を掠めて逃げ去っていった。そちらも大森林なのだが、爆心地からやや南に進んだ位置だった。


「クソッ、待ちやがれ!」


「だめだよライル! 森には入るなって言われたでしょ!?」


「ここで逃がす方がヤバい、こいつらが束になったら厄介だぞ!」


 キルリザードたちが茂みを飛び越えて森の中へ。すかさず追跡した。


「火の手が回る前にケリをつけねえと!」


 まだ炎は遠いが、熱気は強烈に押し寄せていた。魔族を探す。どうやら猿のように、枝伝いに移動しているようだ。その姿をつぶさに追うことは難しい。


「なるほど、森の中はお前らの得意ゾーンってことか……!」


 空から降ってきた1体目と切り結ぶ。力はこちらが上だ。2体目、3体目と続々攻め寄せてくる。死角から襲い来る攻撃もなかなかに鋭かった。


「チッ。めんどうだな」


 敵が数を増やすほど、攻勢は加速度的に厳しさを増していった。無数にも思える斧を槍でいなす。その間隙を縫って毒矢も飛んでくる。まばたきすらも許さない猛攻だった。


「オレをナメんなよ! 親父ならこの倍は浴びせてきたぞ!」


 あらゆる攻撃を凌げているが防戦一方だ。戦況は不利、一度森から出たかった。しかし息を付く間もない攻撃で、まともに身動きが取れない。隙を見せれば一気に畳み掛けられるだろう。


「ライル伏せて!」


 アイーシャの声。視界の端から迫るものを、しゃがんで避けた。小瓶。木の幹に激突して破裂した。


 すると中から粘性のある液体が飛び出し、キルリザードの半数を捉えた。自慢の身のこなしも、酷く鈍重になっている。


「早く外へ! 薬は長持ちしないよ!」


 オレは茂みを突き抜けて街道へ飛び出した。キルリザードたちは追跡せず、またもや森の奥へと消えた。火元から遠ざかろうとしてか、更に南へ。


「ライル、大丈夫!?」


「助かった、なかなか厄介な相手だったからな。森の中だと手を焼きそうだ」


「無茶しすぎだよ。騎士のおじさんも言ってたじゃない、森に入るなって」


 アイーシャが言い募ろうとした所、ふたたび号令が届いた。「射て!」


「今度は弓矢か!?」


 鋭い音を響かせながら、無数の矢が空を埋めた。方角からして騎士団から森へ向けてと放たれていた。


 それもやはり、北から南へ追い立てるように見えた。


「森に撃ったところで、あんま意味ないだろ。木が邪魔だし」


「見てライル! 木が揺れてる!」


 確かに木々の頭に目を向けたら、木々が激しく揺れていた。大きく南へ、目まぐるしい速度で突き進んでいる。


 あそこをキルリザードたちが駆けているとしたら――。そう思うと寒気が込み上げてきた。


「やばいぞ。ベテル村も素通りしてる。あのまま行けば……!」


 この時やっと合点がいった。自分の鈍さに腹立たしくなる。挟み撃ちと豪語した騎士団の歩みは、異様なほど遅かった。護る者のいないアルケイルでは、挟んで撃つだけの戦力もない。


 恐らくは、始めからアルケイルを犠牲にするつもりだったに違いない。年嵩の騎士が浮かべた笑み。殲滅すべき村と、口答えしたオレを同時に滅ぼせるということで、笑っていたのだ。


「やりやがったなあの野郎! アルケイルが危ねぇぞ!」


 顔を見合わせたオレたちは、街道を駆けた。途中、ベテル村を固める冒険者たちに煽られた。「馬を貸してやろうか、一万ディナで!」それで下卑た笑いが響く。嘲笑は、大きな丘を下りに下り、姿が見えなくなるまで聞こえた。


 アイーシャは懸命に駆けてくれた。しかし足が限界に達したのか、腰砕けになる。一方でキルリザードたちは、大森林を抜けて平地に飛び出した。


 人を凌駕する速度で駆けて行き、東へ向かって一直線。アルケイルの方角だった。


「やばい、奴らの方がずっと速いぞ!」


「ライル、お願い。私は置き去りにして、先に村へ……」


「そうしたいのは山々だが、道を知らねぇ。ウッカリ迷ったらそれこそピンチだぞ」


 ここでふと思う。前にも似たような状況があった。そう、ロックランス洞窟から出てすぐのこと、足を怪我したアイーシャを相手にしていた。


 オレはすかさずアイーシャのバッグを漁りだした。


「ちょ、ちょっと何!? 水筒ならそこじゃなくて……」


「エビルボアーを呼べ! この鈴で!」


「えっ、でも、誰かに見られたら」


「その辺はこの丘が隠してくれる。今なら大丈夫だろう」 


「それにあの子は、もっと西の方に居ると思うけど」


「とにかくダメ元だ。可能性に賭けるしかないだろ?」


 するとアイーシャは意を決して、鈴を手に取った。そして深く、強く祈った。


「お願いボアちゃん。助けて……とっても大変な目にあってるの、お願い……!」


 チリン、チリリン。美しい音色だ。しかし、虚しく響くばかりで、救援は現れなかった。あるのは木々の焦げた臭い、それと無人の野を駆ける魔族の足音だけだ。


「仕方ねぇ。道を教えろ。オレが村にたどり着けば何とか――」


 その時、辺りが激しく揺れた。マギノー大森林で鳥たちが慌てて飛び立ち、時おり、大木がへし折れて倒れた。


 そして聞こえた。かつてはダンジョン主として、今は頼もしき仲間だと伝える咆哮が。


「ボェェェ〜〜ッ!!」


「ボアちゃん! 来てくれたんだ! ほんとに、ほんとにありがとう!」


 駆け寄ったアイーシャが大きな首元に抱きつきた。エビルボアーも瞳を細めて、デカい尻の上で尻尾を左右に振った。


「お前ら、感傷に浸るのは後だ! とにかく急ぐぞ!」


 エビルボアーの背中に飛び乗る。アイーシャも続いたところで、ゴーサインだ。


「よし、全力で走れよ! 間に合ったら美味いもん食わせてやる!」


 エビルボアーは目まぐるしい速度で疾駆した。風よりも騒がしく、稲妻よりも激しく。林立する木々をものともせず、大きな岩も飛び越していく。


 猛追だ。キルリザードたちの背中が見えるようだ。しかし、軌道が若干ズレていた。道なりに南東へ進む敵とは違い、オレたちは真東に。


「バッカやろう! そっちはエイル湖だろうが!」


 相変わらず直進以外は苦手らしい。こいつの制御には多大な苦労を強いられた。

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