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第15話 デモノイド・ウェーブ

 ギルドマスターが棒を手に取ると、すかさず受付が動いた。


 壁に貼り付けられたのは地図で、大陸北部が描かれている。中心にあるのがエイレーネで、東にマギノリア、南の方にロックランスが辛うじて載っていた。


 ギルマスが棒でエイレーネを差した。


「エイレーネ騎士団分隊から連絡が入った。マギノー大森林で大規模な錬成陣が出現し。デモノイド・ウェーブが発生した。魔族の大軍と騎士団が衝突したとの事だ」


 棒は森の東側を小突いた。その辺りはエイル湖を中心として、3箇所に村が点在。湖から見て北の草原、街道の通る西側、そして南の畔。


 ここから1番離れた南の村がアルケイルで、アイーシャの故郷だ。


「オレたち冒険者ギルドにも出撃要請がきた。なにせ魔族(デモノイド)が相手だ。獣とは違い亜人種が主で、タクティカルな戦闘となる。激戦を覚悟しなきゃならんな」


 周囲の反応は鈍い。瞳に闘志を宿すのは少数派で、大半はうつむくか、テーブルの隅を見つめていた。


 ギルマスの咳払い。喚起する意味合いだろうが、士気をあげるには至らない。


「オレたち冒険者の役割は、村の防衛と戦闘補助だ。対象となる村はレイクウッド、ベテルの2箇所」


「アルケイル村は?」誰かが疑問を投げかけると、ギルマスは冷たく言い放った。


「そこは対象外だ。防衛料を出さなかった。その代償は血でもって支払うべきだ」


 背後のアイーシャが息を飲み、震えた。目に見えた反応があるのは、それだけで、誰も問題視しようとしなかった。


「作戦はこうだ。街道に陣取った騎士団と協力して敵を撃つ。オレたち冒険者は別働隊として展開し――」


 なおも続くギルマスの説明を、オレは一歩を踏み出して止めた。


「待てよオッサン。アルケイルを見捨てるつもりか!?」


 全員が一斉にオレを睨む。ギルマスが口を開くより先に、赤ら顔の冒険者が吠えた。


「口の聞き方に気をつけろや。アルケイルは金を払わねぇんだ。そんな奴らを命がけで護れってのか? こちとら慈善家じゃねぇんだよ!」


 そうだそうだと、周りも同調する。顔色を見るに、総意と見て間違いない。


 すると、堪りかねたアイーシャが飛び出し、床に這いつくばった。


「助けてください、お願いします! アルケイルは伝染病が流行ったせいで、村にお金がないんです! アタシが立て替えるから、どうか!」


 両手で差し出された革袋は、銅貨で膨らんでいる。オレたちが必死に貯めた金だった。


 赤ら顔の男が手を伸ばし、中をあらためる。すかさず酒臭い鼻息を撒き散らした。


「クッソ貧しい! こんな端金で命張れっかよ! 金貨もってこいや金貨をよぉ!」


「ええと、今は持ち合わせがなくて……でも、お金は絶対用意しますから!」


「払う見込みのねぇ金より、出来ることがあんだろうよ、アァ?」


 男の視線がまさぐるように動く。舐め回すような軌道が嫌悪感をもたらす。


「オレたち全員と相手しろや、毎晩毎晩、休まずによぉ? そしたら優し〜〜い誰かが、村も助けてくれんじゃね?」


「あの、それは……」


「へへっ。手付金がわりに貰っとこうか。早く脱げよ、お前のくっさいおパンテュを――」


 男がおもむろに手を伸ばす。


 オレは素早く踏み込み、男のアゴを蹴りつけた。白い歯が羽虫のように飛び散った。


 床に転がった財布は拾い上げて、アイーシャの手元に押し付けた。


「この野郎! 何しやがる!」


 別の冒険者が憤激して立ち上がるのを、今度は槍で制した。壁に向けて石づきを叩きつけると、しっくいに大きなヒビが走った。


 これしきの事で連中は怯む。話にならない。


「どうしたゲスども。達者なのは口だけか」


 口で挑発する傍らで睨みつけた。ほとんどが目を逸らす。


「文句があるやつは来いよ! 数が多いだけの金の亡者め! お前らが束でかかって来ても、オレの槍がへし折れるもんか!」


「このガキ……言わせておけば……!」


 一旦は萎んだ闘気が、またもや膨らみはじめる。するとそこでギルマスが吠えた。「静まれバカども!」


 その一喝で乱闘騒ぎは収められた。オレはともかく、ゲスどもは戦う気が失せたようだ。


「これはルールだ。どんな事情があっても、支払わなかった奴らは護らない。泣き落としも無用。そこまで啖呵(たんか)を切るなら、お前が護れば良いだろ、槍小僧」


「フン。腰抜けどもなんて足手まといだ。オレ1人で十分」


「大言壮語でないことを祈ってやる。せいぜい足掻け」


 ギルマスの説明はたいして続かなかった。敵は主に亜人種で、数が多い。作戦詳細は騎士団に聞けという。


 そこまで言うと、ギルマスは視線を辺りに向けた。


「ところでヴァラキンたちはどうした。エイレーネ最強軍団は?」


 オレはむせて咳き込んだ。受付の男も気まずそうに「依頼で大怪我を。一味もろとも」と絞り出す声で。


 ギルマスは溜め息とともに天を仰いだ。同時に居合わせたゲスどもも戦慄し始める。


――マジかよヴァラキンたちが大怪我って、普通じゃねぇぞ……。


――もしかしてデモノイド・ウェーブに巻き込まれたんじゃ。今回の魔族はそんだけヤバいのか?


 ざわめきが収まらない中、咳払いが響く。耳目を集めたギルマスが力強く言った。


「居ないものは仕方ない。やれるだけの事をやれ。いいな?」


 反応は鈍い。こんな時、責任者としてどうするのか。彼は金で釣る事を選んだ。


「報奨金を支払うぞ。魔族1匹分のアニマにつき100ディナだ」


「100 だって!?」


 色めき立つ声には、オレのものも含まれていた。10体も倒せば利息金になるし、頑張り次第じゃタル饅頭の宴も楽しめる。


「よし、行ってこい! 存分に働けよ!」


 次々とギルドから飛び出していく。オレは、座り込んだままのアイーシャに手を伸ばして、立たせてやった。


「すまんな。ブチ壊しにしたかもしれねぇ」


「ううん。そんな事無い。庇ってくれてありがと」


 無数の男どもから浴びせられた悪意は、ダメージも深刻だ。今は静かなところで落ち着かせてやるべきか。


 アイーシャと連れ添うようにギルドを後した。ドアをくぐろうとした時、声をかけられた。しかめっ面のギルマスだった。


「あんだけの大口を叩いたんだ。逃げるなよ」


 振り向いたオレも、同じく顔をしかめた。「アンタこそ報酬を忘れんな。しこたま稼いでやる」


 そして、入口に詰めかけた住民たちをかき分け、路地をゆく。行き先に悩み、辿り着いたのは馬小屋。結局ここがホームだった。


「気分はどうだ、アイーシャ?」


「うん、どうにかね。さっきはショックだったけど、持ち直したよ」


 栗毛の馬が心配そうに顔を寄せてきたところ、アイーシャがその額をなでた。葦毛の方はやはりビクビクして、隅っこでヒンと鳴いた。


「一休みしたらアルケイルに直行するか。いや、騎士団の駐屯地に向かうべきか?」


「ありがとう、本当に感謝してもしきれないよ。ライルはアタシだけじゃなく、故郷まで救ってくれるんだから」


「やめろよ。オレはその、あれだ、報酬目当てだよ。1体倒すだけで100も貰えるなんて、これは金持ちフラグだろ。ぼろ儲けの貧乏脱出確定だな!」


「そこなんだけど……」


「アイーシャも喜べよ。渡航費用を一気に稼ぐ大チャンスだぞ。オレたちで全部倒したら一万近く貰えるんじゃないか?」


「ライルは報酬をもらえないんじゃない? 許可証がないから、記録がとれないもん」


「ハァ……?」


 アイーシャが言うには、魔族を倒すとアニマと呼ばれる魔力が出現するらしい。許可証には魔法が施してあり、それを吸収するのだとか。討伐の証拠として扱われる。


 つまり、オレの働きは稼ぎに繋がらない、という事だ。


「べ、別にいいもんね! 槍は護りだし? 弱い奴らの為にあるし? そういう運命だしね!?」


「あの、無理しないでいいよ? 村の事は、アタシがギルドのみんなに奉仕して、頼んでみるから」


「あぁタダ働き最高! 金目当てだなんてありえねぇよな、あんなゲスどもと一緒になっちまうしな!」


 この世はクソだ。ゴミ溜めだ。どう足掻いても割を食うシステムにはうんざりだ。


 それでもアイーシャの顔がほころび、馬と優しく戯れるのを見て、思う。悪いことばかりじゃないと。


「お前も働くんだぞエリスグル。聖槍の名を汚さねぇようにな」


 オレは槍の柄を力強く握りしめた。ムカつくクい手に馴染んだ。


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