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第14話 平穏を破る足音

 書庫の締め切ったドアが、政務所の慌ただしさを遮断する。窓から差し込む午後の日差しは、舞い上がるホコリを浮かび上がらせた。それとカビ臭い。よどんだ空気が胸に重たく感じられ、外の空気が欲しくなる。


 しかし、そんなものは障壁になり得ない。読書に夢中。


「大陸史か。自宅の書斎にもあったな。全部燃やしちまったが……」


 おもむろに開いた大陸史の書。そこに記されたロックランス村は、出だしから散々な言われようだった。


「槍の聖戦士セイドリック・クロードが村を興す以前は、まともな集落は存在せず。今から300年前はそんな感じだったのか……」


 一時は流刑の候補地としてあがったそうだが、すでに凶悪犯罪者の逃亡先となっていたらしく、治安は極悪。計画は頓挫して白紙になる。


 そこへセイドリック――つまりオレのご先祖様がかの地に流れ着き、悪党どもを片っ端から退治して、村の原型ができたと。


「ご立派ですこと。その意気で、最終決戦にも参加してくれりゃなぁ」


 セイドリックは、そこを終の住処とした。(村にご先祖の墓なんてあったか? まぁいいや)


 誰もが羨む美しき妻とともに。その暮らしぶりは、彼の実直で堅実さを代弁するかのように、質素であった。


「いい気なもんだな。子孫のオレはとてつもなく苦労してんぞ。借金は親父のやらかしだが、槍遣いが不遇なのはアンタのせいだ」


 また彼を慕う3名の愛人たちも、同じ結末を望み、屋根をともにする――とあった。


「なんだそれ。実直の看板をはずせ、浮気モンが。ロクな奴じゃねぇわ」


 初めのうちはセイドリックたちが住まうのみだったが、やがて彼の信奉者も集まるようになり、集落を形成。岩場の多い地形にちなみ、ロックランスと称した。


 ここで視線を本から逸らして、天井を見上げた。古めかしい板張りの天井には、小さなクモの巣がある。持ち主が居なくなって長いのか、端から糸がダラリと垂れている。


「槍の信奉者が集まって出来た村ってマジかよ。それにしちゃ、ひどい扱いを受けてきたし、最終的には村八分だ」


 槍遣いが土壇場で逃げたのが、魔王決戦のあった300年前。だから槍に対する批判も、その頃のハズだ。


 しかし、こうしてみると、ロックランスの住民たちはセイドリックを慕っていた。少なくとも信頼していたようだ。にわかには信じがたい。家を焼かれるまでに追い詰められた子孫からすれば。


 今も生家を焼かれた衝撃は、肌を焦がす熱気とともに覚えている。


「もうちょっと読んでみるか。何か答えがあるかも……」



 視線を本に戻した。


 聖剣や聖杖といった他の神器継承者も、セイドリックを悪しざまに批判する事はなかった。むしろ彼とは親しく交流していたほど。ただし一部の、特に都住まいの者たちは、時おり激しく糾弾することがあった。セイドリックが人里を離れ、山野に落ち延びた遠因と言われる。


「これも意外だな。むしろ、苦楽をともにした仲間たちの方が、逃げたことにキレそうなもんだが。なんか想像してたのと違うな」


 この本はデタラメか、と思わなくもない。しかし、立派な装丁が、小さくない説得力をかもしだしていた。


 ロックランスに関する記述は、次の一文で締めくくられていた。「村人たちは口を揃える。槍に護られつつ、我らも槍遣いを匿う。いつの日か、聖槍が歪んだものすべてを正すだろう。それまで槍遣いの血筋を絶やしてはならぬ、と。


「どういうことだよ、それ……」


 意味はさっぱりだ。補足情報を求めてページをめくるが、それ以上は何もなかった。誌面はエイレーネに代わっており、全く別の話題になっていた。文量も桁違いに多い。


 大陸史から分かることは、それくらいだった。


「こんな歴史があって、なんでここまで不遇なんだよ。それも親父の不始末だってのか?」


 脳裏に様々な物が駆け巡る。破滅的なコミュ障、村八分、書斎を埋め尽くす本。レックスたち三バカ、暴徒と化した村人、クリエ村長。


 そこでふと思う。村長のローブに描かれた紋章が、妙な胸騒ぎをもたらしたからだ。


「あの違い羽根の紋章。何か書いてないか……」


 ページを流し読みしながらめくっていく。それはマギノリアの章に記載されていた。


「アルフィオナ教会……?」


 そこには教会の詳細情報とともに、例の紋章がある。女神がどうの永遠の楽園がなど、当たり障りのない言葉も並んでいる。


 マギノリアは教区の1つという扱いで、本拠や発祥地ではない。そして教会本部を調べてみて、鼓動が大きく脈打った。


「本部は、イルタールにあるのか……」


 想定しない言葉だった。アイーシャが目標とする国がでてきたのだから。


 今のところ、違い羽根の奴らがどの程度脅威なのかは、一切不明だ。しかしクリエ村長の強硬姿勢と、村の歴史を思えば、無関係とはいえない。


 かつては友好だった村の奴らも、羽根のシンボルを背負う連中によって変節した――とか。


 もちろん証拠はゼロ、想像でしかない。それでも心のなかではシックリくるものがある。


「もしかすると、アイーシャと旅を一緒に続ける理由になるかもな……」


 その時だ。書庫のドアがドンと開いた。瞳をバッキバキに見開いたアイーシャだ。


「どうよライル。捗ってる? こっちはもうバーサクモードでザクザク働いてるから、身体が2人分あるみたいよ無限にやれちゃうアッハッハ」


「怖ぇよ。なんだその顔、正気に戻れ」


「って、あぁ〜〜! 全然終わってないじゃん! しょうがないから、ここは狂戦士アイーシャがひと肌脱いであげる!」


「錬金術師の看板はどうしたんだよ、それより見ろよ」


「アルフィオナ教会が、どうしたの?」


「どうしたのって、これ見ろよ。違い羽根の紋章が描いてあんだろ」


「うん、そうだよね。シンボルマークだよ。それが何?」


 さらりとした姿勢が苛つく。


「何ぃ〜〜じゃねぇ! 知ってたんなら教えろよお前!」


「あっ理不尽! それよりも仕事だよ仕事、早く片付けよう!」


 話し込む間もアイーシャの整頓術は猛威を振るった。みるみるうちに棚が整っていく。腕が4本生えたかのような動きだった。


 書庫が綺麗に片付いたところで、午後6時の鐘が鳴る。オレはアイーシャとともに政務所から追い出された。「正規職員なら残業できるのに、悔しい……!」と嘆く政務官を置き去りにして。


 日暮れを迎えた帰路。すでに辻ではかがり火が燃やされていた。


「仕事はゴミきっついけど、稼ぎとしては悪くないね。今日も80ディナでホッコリです」


 アイーシャがまんざらでもない様子で言う。片やオレは消化不良。もっと調べたい気分だった。


「明日も政務所に行くのか?」


「どうだろ。帰り際に何も聞いてないんだよね」


「まぁ、あの様子だと何かしらあるだろ――うん?」


 道すがら、ギルドの傍を通り抜けようとした。しかしそこで気づく。不穏な気配が濃い。こちらは裏手で、表の方に大勢が詰めかけているようだった。


「ねぇライル……何かあったのかな?」


「行ってみるか」


 路地を回ってギルド正面へ。壁掛けのランプが住民たちの不安げな顔を照らしている。外に集まる中に、冒険者はいないらしい。


「すまん、ちょっと通してくれ」人垣をかき分けながらギルドの中へ。するとそちらはもっと緊迫していた。不穏な気配が肌を刺す。


「テメェは槍遣い! 出禁だって言ったろ!」


 受付が怒鳴るのだが、声色に焦りがにじみ出ていた。


「何の騒ぎか気になっただけだ。大した事じゃなけりゃ帰るわ。じゃあな」


「チッ……。今回は特別だ、テメェも残れ!」


 受付が横を向いて吐き捨てた。


 ギルド内は、酒場スペースも含めて、水を打ったように静かだった。冒険者たちは所在なさげに立ち尽くし、酔客ですら、ジョッキを卓に置いたままだ。


 そんな静寂を足音が破る。2階からゆっくりと降りる音。


 現れたのは茶褐色のチュニックを着る中年男。大柄で筋肉質だが、右足を引きずりながら歩いていた。アイーシャが「ギルドマスターだよ」と耳打ちした。


 ギルマスは全員の視線を集めつつ、酒場の真ん中に立った。


「待たせたな、ようやく確認が取れた。魔族の大量発生、デモノイドウェーブが起きた事に間違いない。場所はマギノー大森林だ」


 一同がざわめく。誰もが青ざめており、すがるものを求めて視線をさまよわせた。アイーシャも、オレのチュニックの裾を強く握った。


 そんな騒ぎの中で思うのは魔法陣だ。消しかけの陣のフチに、羽根の模様を描いたものがあったと、思い返していた。


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