「そうじゃ。キャスリーンのあだ名がカティじゃ。このカティはお前と同じ魔術師団長だったんじゃ。彼女はお前の先輩じゃよ」
エドヴァルド様の言葉に、私はものすんごい衝撃を受けた。それはシルヴィさんもそうだったらしく、酷くショックを受けて顔面蒼白になっている。
「……え? 先輩? 彼女が……? ……え? でも、どう見ても幼女……え? 若作り……?」
──おいコラ。今のわたしゃ幼女でも、元は正真正銘ピチピチのJKだっ!! 好きでロリっ子になったわけじゃないわっ!!
「……うっ……、はっ!? あっぶねぇーっ! 死にかけたわっ!! オイコラ爺さんっ!! 俺まで喧嘩に巻き込むなっ!! ……ってあれ? 何の話?」
ヤースコさんが無事、意識を取り戻した。泡を吹いていたから心配したけど、元気そうでなによりだ。
そして今の状況を見て戸惑っているけれど、大丈夫! 私も全く何の話かわからないから!
「わかったか、シルヴィよ。これからはカティを敬うんじゃぞ? それにカティはワシが魔導師になるきっかけを与えてくれた、ワシにとっての恩人でもあるのじゃ。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」
(……は? 恩人って何? じゃあ、カティさんがいなかったら、稀代の大魔導師は存在しなかったってこと……?)
何だかカティさんの評価がどんどん上がっていくけれど、そろそろ私が偽物だとボロが出るんじゃないだろうか。
(うーん、今からでも偽物ですって言った方が良いのかな……? でもなぁ……)
初めてエドヴァルド様と会った時からずっと、私はカティさんじゃないって言ってきた。だけどエドヴァルド様は聞く耳を持たず、頑なに私をカティさんだと信じ込んでいる。私はそれが不思議で仕方がない。
「エドヴァルド様っ……! はい、わかりましたっ! この不肖シルヴェンノイネン、エドヴァルド様とキャスリーン様に忠義を誓わせていただきますっ!!」
私が考え事をしている間に、いつの間にか話は進んでいたようで。
「えっ?!」
シルヴィさんがいきなり跪いたかと思うと、私に誓いを立てて来て驚いた。そんなシルヴィさんの様子に、エドヴァルド様は綺麗な笑顔で満足そうにうんうんと頷いている。
エドヴァルド様にならわかるけど、どうして私にまで……?! もう、問題しか起こる気がしないので全力でお断りしたいっ!!
「いやいや! そこまでしていただかなくて結構ですからっ! むしろそんな忠義いりませんからっ!!」
私はシルヴィさんに必死で訴えた。蔑んだり馬鹿にされたりさえしなければ、私のことは空気ぐらいに思っていただきたいと切に願う。
……っていうか、シルヴィさんはこの状況に全く疑問を持たないのだろうか?
今の私はどう見ても七歳の少女なのだ。それがエドヴァルド様の恩人って……!
普通に考えたらありえない、と否定すると思うのだけれど。
「何をおっしゃいますか! キャスリーン様のおかげでエドヴァルド様という気高く、崇高で何者にも代える事が出来ない人類の至宝が……っ! そんな尊い存在が降誕されたのですよっ!! その功績や計り知れませんっ!!」
……ええ〜。何だそりゃ。
そもそも私はそのキャスリーンさんでも無いんだけど……。一体この状況をどうすれば良いものか。
(この人、エドヴァルド様の言うことなら何でも盲目的に信じちゃう人だわ……!)
怖いけど、シルヴィさんには後でこっそり私の事情を話しておいた方がいいかもしれない。下手するととんでもないトラブルに巻き込まれてしまいそうだ。
それにしてもシルヴィさんはエドヴァルド様のことが大好きなんだなぁ。もう崇拝レベルだよ……と、しみじみ思う。
きっと、今回だって尊敬する人のところに得体の知れない女がいるって聞いて心配で駆けつけてきたんだろうな……実際は小さい女の子ってオチだったんだけど。
……そう考えたらさっきの威圧はちょっと可哀想だったかもしれない。
「それにしても先程の凄まじい威圧……! とても素晴らしゅうございました! 身体を押し潰す勢いの重力と全身を切り刻まれるような鋭い魔力の融合技! 久しぶりにエドヴァルド様の魔力を肌で感じることが出来、生きている喜びを実感いたしましたっ! 本当に有難うございますっ! 流石エドヴァルド様ですっ! この私を跪かせる事が出来る、この世で唯一のお方……っ! 私が敬愛するのはエドヴァルド様ただお一人だけですっ!!」
……前言撤回。ただの変態だったわ。
* * * * * *
すっかり冷めたお茶を片付けて、もう一度お茶をアルブスに淹れ直して貰う。
モフモフの白い耳がぴこぴこと動いている様子はとっても可愛い!
ああ……ラピヌ達は私の癒やしだよ……。
「さすが私が畏敬の念を抱くエドヴァルド様の魔導人形は素晴らしいですね! この小さいボディに複雑な術式の数々……感服です!」
「………………」
折角私がラピヌで癒やされているというのに、変態魔術師のせいで気分は台無しだ。
高位魔法を使用した経緯を説明したらさっさと帰るかと思ったのに、エドヴァルド様と離れるのが嫌なのか、中々帰ろうとしない。
ちなみにシルヴィさんにはエドヴァルド様が正直に「快適な住居を構えるべく、土地を造成した際に高位魔法を使用した」と返答している。
それを聞いたシルヴィさんはエドヴァルド様への尊敬度を更に上昇させたようだ。
「なるほど! レベル8の<煉獄火炎陣>にその様な使い方があるとは……! 私が信服するエドヴァルド様の魔法を行使するお姿、とても素晴らしかったでしょうね……! 是非拝見したかったです……! …………今度試してみようかな……」
頬を染めてうっとりとした表情で語るシルヴィさんは、まるで恋する乙女のよう。綺麗な顔だからか、妙な色気を醸し出している。
最後の方でぽつりと何か不穏な事を呟いているけれど、魔法を試すのならここから遠く離れた離島かどこかでお願いしたい、と心から思う。
「私も早くレベル8の魔法を修得しなければいけませんね! 残すは土だけなのですが、対属性なので中々難しくて……」
(土が対属性と言う事は、シルヴィさんは風系統の魔法が得意なんだ。でも後は土だけでレベル8の魔法はコンプリートか……すごいなぁ)
さすが、次期大魔導師と言われるだけある。
見た目20代そこそこの、この若さで師団長を務めるぐらいなのだから、かなりの素質を持っているのだろう。
(私なんてまだレベル1の水魔法だけだもんなぁ……)
シルヴィさんと同じくらいの魔力量で、同じ師団長という立場だったカティさん……本名はキャスリーンさんだっけ。そのキャスリーンさんそっくりだと言われる私だけれど、それならそっくりなのは見た目じゃなくて能力の方がよかった……なんて思ってしまうのは、欲張りだろうか。
「……シルヴィさんはまだ帰らなくても大丈夫なんですか? 魔術師団長様なんですよね? とてもお忙しいご身分なのでは?」
この人がいると何だか落ち着かないので、私は早々にお帰りいただこうと思い、仕事は大丈夫なのかと聞いてみた。
「私が不在でも魔術師団には何ら問題ありません。優秀な者たちばかりですのでどうぞご心配なく。それに私が敬慕するエドヴァルド様と過ごす、この貴重で至福な時間を仕事と天秤に掛けるだなんて、とてもとても。失礼にも程がありますよ。私にとって重要度に天地ほどの……いえ、それ以上の差があるのですよ……ふふふっ」
……どんだけーっ!
エドヴァルド様大好きモード全開のシルヴィさん。エドヴァルド様への愛がとどまるところを知らない。
今もお茶を飲みながら本を読んでいるエドヴァルド様をうっとりとした表情で眺めているし。目が完全にハートマークだ。
エドヴァルド様はエドヴァルド様で、あんなに熱い視線を受けても平気なのだろうか。視線だけで火傷しそうなんだけど……平気なんだろうな、うん。
「ああ……私もここで敬愛するエドヴァルド様のお世話が出来るなら、魔術師団を退団してきたのに……。いや、いっそ今からでも……!」
何だかシルヴィさんが決意を固めているみたいだけど……。本当に仕事やめてここに転がり込んで来ちゃいそうな勢いだ。
──エドヴァルド様逃げてーーーーっ!!