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第一章 09話幕間 『アルビの質問』

 ズンコを昇葬しエムジについていく決心を固めたウチ、だったが……じゃあ直ぐに旅立とうとはいかないのが世の常である。下準備というやつだ。

 それにウチらは旅行に行く訳でもない。殺し合いの場に参戦しようというのだ。やれることをやっておかないとすぐに命を落とすだろう。


 旅には資金が必要だ。ウチにはズンコからもらった資産があるが、他にも店に置いてあった武器も使用できる。全て持っていく事は出来ないが、生き残るために使えるものは出来る限り持っていきたい。その厳選が1つ目。

 他にも目的地への正確なルートの調査や、出ている汽車、飛行機の時間等、旅の計画を練る。これが2つ目。

 それらの選考の結果、出発は最短でも2日後の朝となり、ウチ等は他愛もない雑談をしながら旅の準備をしていた。

 壊れたズンコの店から武器を掘り出しながら……



「いやーエムジとアルビと3人で長旅かー。今までは女子3人だったけど、イケメンが混じるだけで股間からの分泌液が大変な事になるな!」

「今すぐお前の下半身を切り離して、機械に改造してやろうか」


 エムジが荷物に入れようとしてる折り畳み式の刀を展開する。



「やめてください露出する楽しみがなくなってしまいます!!!」

「排泄や消化の心配をしないあたり、ホントさすがだよお前は」

「排泄を交えたプレイもそれなりに好きだけど、やっぱウチとしての最優先は性器を見てもらうことかなぁ。見られながら排泄するのは好きやで?」

「ホント何なんだお前……ズンコの死を悲しんでた時とは別人じゃないか」

「それもウチ。これもウチ。ずっと悲しんで暗いより、こっちの方がいいだろ?」


 なぁズンコ。お前もそう思ってくれるだろ? 悲しくて悲しくて、本当は気を抜いたら直ぐにでも泣き崩れてしまいそうだけど、お前はそんなウチの姿見たくはないだろう?

 ズンコには天国で笑っていてもらいたい。少なくとも、ウチが逆の立場ならそう思う。自分の死は気にしなくていいから、幸せになってくれと。

 残された人間は頭ではそう理解していても、中々割り切れるものではないけど……せめて明るく生きる努力くらいはしたいと思う。同じく落ち込んでいるアルビもいる事だしね。


 晴れ渡った空に向かって心の中で話しかける。昼の日差しが気持ち良い。ズンコは空から見てくれてるかな?



「……」


 ちらりとエムジの方を見ると、ウチとの会話に飽きたのか無言で荷物を整理していた。

 エムジとはこの1ヶ月でかなり打ち解けられたと思う。今ではこのように軽い下ネタを披露するくらいの仲にはなれた。やっぱりイケメンに下ネタを言うのは最高だね。



 と、エムジと軽口の応酬をしていた、そんな中、



「魔力の使い方っていうのを、詳しく教えてくれない?」



 アルビが突然聞いてきた。


「使い方って…アルビ解ってるだろ。今だってウチ等と魔力で会話してるんだから」

「ああ違う違う。戦闘用の? 日常とは違う使い方の部分。あとはもうちょっと詳しい魔力の解説というか……何でボクがシーエの脳をハック出来たのか、正直全くわかって無いんだ。どうやってシーエの体を操ってるのかも」


 アルビはもじもじしながら質問する。勉強が解らなくて困りながら親に聞く、そんな子供の様な態度だ。



「火事場のバカ魔力と、普通の魔力の詳しい部分を知りたいってこと?」

「そうそれそれ!」

「アルビにわかるかな~?」

「殺すよ?」


 辛辣ぅ。


 アルビによると、何かあった時の為に知っておきたいらしい。日記に書きたいんだと。既に何かあった結果、ズンコは……今はこの考えはよそう。

 でもアルビ、難しい話苦手そうだからなぁ。


 そもそも一般人に使えるのだろうか。戦闘用の魔力。自分自身どうやって身に着けたのかわからないが、漠然と万人が最初から使えるものでは無い気がする。ある程度の魔力コントロールはトレーニングすれば行ける様な気もするけど、人格のコピーとかそのレベルを逸脱してる気もするが……



「知ったとしても一般人には使えないと思うぞ? 俺ら軍人てのは様々なトレーニングを日々こなして、結果戦闘用の魔力行使を身に着けるからな」


 あ、やっぱ使えないのか。そばで荷造りをしていたエムジが説明に参加して来た。



「ウチもそんな気がするな。覚えてないけど、たぶん修業期間みたいな時期があった気がする」

「逆に言えばトレーニングさえすれば誰でも使えるが、それは一般人に軍人になれと言ってるのと同レベルの話だからな」

「じゃあボクにはどうしようもないね……でも知識としては知っておきたいんだ」


 なるほど。アルビは勉強熱心な方で。素晴らしい。我が子が成長したみたいな微笑ましい表情でアルビを見ていたら何故か軽蔑されるような表情をされた。辛辣ぅ。


 気を取り直して、説明に入りますか。



「まずはリミッター解除からかな? 筋力のリミッター解除が火事場のバカ筋力って呼ばれてるのは知ってるよな? 両方合わせて火事場のバカぢからって呼ばれてるんだけど」

「いや?」


 マジか。そこからか。



「ウチ等の体は、筋力にも魔力にも普段はリミッターが設けられてるんだ。詳しい数字は忘れたけど、普段はマックスの半分も力を出せてないらしい」

「何で?」

「俺等人類の防衛本能だな。いや、全動物か。筋力は全開まで開放して使うと骨が折れるし筋繊維が千切れる。魔力は脳内出血や脳組織の損傷に繋がる」

「怖っ!」


 その結果がウチやこないだまで住んでた施設にいた人たちやで。



「だから命が危険な時以外は力が抑えられてる。でも死に直面した時には、骨折れようが多少脳が傷つこうが、死ぬよりマシだとリミッターが外れる。これが筋力魔力共通の火事場のバカぢから」

「なるほど」

「で、俺等軍人はこのリミッター解除を自在に操れる」

「えぇ!?」


 一々良いリアクションしてくれるな。アルビ。説明のしがいがある。

 てか軍人は全員それ出来るのね。怖い怖い。

 ウチも出来るって事は、やっぱ元軍人なのかぁ。



「リミッター解除の方法は後で説明するとして、解除した脳をオーバークロックした状態と言う。今では言葉が混同しててリミッター解除もオーバークロックもどちらも同じように使われてるな。少なくとも俺はこれらの言葉が使い分けられてるとは思えない」

「ふむふむ」

「リミッター解除した状態でアルビがウチの脳をハックして、人格と多少の記憶を読み取った。これがあの事象の詳細だよ。無理して脳を使ったから記憶障害になっちゃったって感じ」


 とはいえ、そんな事マジで可能なのか? 人の記憶や人格をコピるなんて現象はこの5年目撃してないが……。少なくとも日記には書いてないし。

 と、喋りながら思考にふけってたらアルビが、


「全くわからん」


 と呟く。まーウチもわかって無いから同意っちゃ同意だけど。



「そもそも脳をハックって何?」

「あーなるほど」


 お、このフレーズ「あーなるほど」っていいな。会話の中に自然にア〇ルって言葉をぶち込める。本来はぶち込まれる方だけどね。……いや本当はそれも間違いだけど。出す穴だけど。でもウチはぶち込まれるのが好きみたいだ。いつかエムジにぶち込んで欲しいです。まる。



「ハックってのは思念魔力の強化系みたいなイメージかな? とりあえず稼働魔力と思念魔力を詳しく説明しておこうか?」

「お願い。あと今すっごいどうでもいい事考えてたろ」


 なんでわかったし。さてはウチの思考はナチュラルにアルビにハックされ続けている?



「長年一緒にいてわかってる。お前は変態だ。だいたいろくでもない事考えてる」

「俺も同意」

「知識教えてもらっておいて酷すぎない!?」


 お、横暴すぎる……ウチが脳内でどんな事考えてても自由じゃないか!! エムジもさらっと同意するな! たった1ヶ月強でウチの性癖の何がわかると言うんだ!



「はー。とりあえず気を取り直して。本題のハックの前に稼働魔力からな」

「うい」


 エムジは話題を軌道修正して本題に戻す。お前も同意して横にそらそうとしたくせにぃ。



「稼働魔力はどっかの地域ではサイコキネシスって呼ばれてるな。この方がより通じ易い人もいるみたいだ」

「ボクは初耳だねその呼び方」

「地域によって違うらしい。方言みたいなもんだな。んで思念魔力の別名がテレキネシス」

「へー」


 この辺はウチも知っていた情報だが、特に日記に書く必要もなかったので共有してなかった。



「稼働魔力はその名の通り自分の周囲の物体を稼働させる力を持つ」

「物を浮かしたり、ウチ等の義手を動かしたりする力だね。アルビの足を動かしてるのもそれだよ」

「ボク無意識にやってたよ」


 アルビが不思議そうに自分の脚を動かす。



「筋肉を動かすのだって、ウチ等の脳から指令が出て筋繊維が収縮し、動いているんだ。それを意識してやってる奴はいないだろ? 魔力ってのはどんな動物も脳があるならみんな使えるから、基本的な稼働魔力も思念魔力も無意識に使ってるんだよ」

「ただ魔力の使い方を熟練すれば、酸素原子を振動、発熱させて火種を作ったり、逆に原子を静止させて温度を下げたりも出来る」

「それはウチは初めて知ったよ。エムジが戦う姿を見てビックリしたって日記に書いてある」


 筋肉だって、人によってその熟練度は違うし使い方も違う。魔力も同じってわけだ。



「あと稼働魔力には触覚もあって、これも訓練次第で感度が上げられるな」

「ウチの感度はビンビンだぜ!」

「死ね」

「今普通に返しただけだよね!?」


 これも軍人だからか、稼働魔力を使用した際の”触ってる感”はかなり強く感じられる。以前ズンコが言っていた、”周囲の空気を微妙に魔力で固めておく”というのも触覚を用いたセンサーとしての使用法だ。

 その空気に何かが触れれば、触覚を通して振れたことを感知できる。その後周囲の空気を完全に固めればバリアになるという寸法だ。



「稼働魔力はそんな感じかな。これはトレーニングもしやすいから普段からしておいても良いと思うぜ?」

「どうやってトレーニングするの?」

「筋トレと同じだ。周囲の物を疲れるまで動かし続けて、休憩する。この繰り返し。かなりカロリーを使うから培養液の量には注意な」


 稼働魔力の弱点はその使用カロリーにある。例えば目の前にリンゴがあったとしよう。そのリンゴを口元まで運ぶ場合、普通に手で持って運べば大したカロリーは使用しない。しかし魔力で浮かせて持ってくるとなると、比べ物にならないくらいのカロリーを使う。

 重いものを動かせばその量も増えるし、脳も疲れる。普通はリミッターが働いているので疲れるだけだが、繰り返し使う事で操れる力の量は上がる。これが魔力トレーニングだ。



「おー。じゃあ頑張ってみようかな!」


 アルビがやる気に満ち溢れた顔をしている。かわいい。



「次は思念魔力か。アルビがシーエの脳をハックした際に使った魔力だが……俺は今だにその話は半信半疑だ。一般人であるアルビがいくら火事場のバカ魔力があったとしても、ハッキングなんていう高等技術が使えたとは信じがたい」

「ウチもそう思うんだけどさー? でも出来たからウチはここにいる。ウチの脳が壊れてるのはエムジも知ってるだろ? ってことはアルビはやってのけたって事だ。それ以外に説明がつかんのよ」

「確かにそうなんだが……」


 エムジは難しい顔で考え込んでいる。ウチもこの部分には色々疑問があるが、当時の記憶がもうないので検証の仕様もない。出来た結果があるんだから出来たんだろうと納得するしかない。

 ただこの現象がレアなのは事実だろう。レアな現象が起きたんだから研究すれば応用も……いかんいかん。何か知的好奇心が刺激されるなこれ。



「えーと、そんなに難しい魔力なの?」


 アルビも困った顔で聞いてくる。


「そうなんだ。それこそ軍人レベルの人間が、一瞬の隙をついて行うのがハッキングという行為なんだが」

「ウチら動物の脳には防衛機能が付いていて、他者からの思念魔力による通信は妨害が可能なんだ。それを無視して強制的に相手の脳にアクセスする技術が、ハッキング」


 思念魔力による情報通信は、双方が許可を出している時にのみ可能だ。でなければ嫌な相手に一方的に嫌がらせが出来てしまったり、視覚をハックして危険な道へ誘導したりと、生き物が生き物として生きて行く事が難しくなってしまう。

 しかし、この防衛機能を突破出来る手法が存在する。それが


「リミッター解除、もしくは複数の脳を使い演算力を高めた思念魔力を使う事で、無理やり相手の防衛機能を突破、ハッキング出来る」

「ハックすると相手の人格と記憶を削除出来るんだよね。そうする事で無垢な脳みそへと変換して演算強化用の脳として使えるようになる」

「事例が限りなく少ないが、理論上はアルビの件みたいに記憶や人格のコピー、植え付けも出来るらしい。100%の精度で出来た例は見たことが無いな」


 なるほどね。ウチも記憶部分はコピー出来てないし、その後遺症で記憶障害になってるから100%の精度では無いな。つーかやっぱレアケースだったか。

 ウチはこの現象への興味に気を取られてたけど、どうもアルビは違うみたいで。



「怖すぎるんだけど!? 軍人相手にしたら脳ハックされ放題じゃない!!」


 とごもっともな意見を述べる。確かにそっちの方が怖いわな。



「まぁそう簡単にはいかない。そんな事が出来るならみんなやってるしな。どんなに演算力を高めようと、脳の防衛機能を突破するのは至難の業なんだ。通常時は不可能だ」

「通常時」

「そう通常時。しかし異常事態なら話は別だ」


 エムジは脳のハック方法を詳しく説明していく。



「ぶっちゃけると相手を殺した瞬間。多くは首を切り落としたり相手に致命傷を与えた瞬間は、脳が無防備になるんよ。この隙を狙う」

「えぇ……」

「死に直面した脳はとにかく助かる道を探す。よく聞く走馬燈現象や世界がスローモーションに見える現象がそれだが、とにかく生きるために必要な事をしようと、脳が自分の内側にこもる感じになる」

「こもるかんじ……?」


 首をかしげるアルビ。可愛い。



「今まで外に向けて防衛能力、妨害思念魔力みたいなものかな? を出していた脳が、それを無くして自分のリソースを検索することに全力になるんだ」

「う、うん?」


 いまいち解ってもらえてないね、これ。



「あとは単純に普通に死んでしまい、防衛機能が停止する場合もある。このタイミングでも脳をハック出来る。素早くしないと脳細胞が急激に死滅するから、演算用に使えなくなるが」

「ハックするとどんなメリットがあるの? えと、戦闘的に。ボクがシーエの脳をハック出来た理由はなんとなく解ったんだけど」


 アルビがウチの脳をハック出来たのは、まずアルビが死にそうで火事場のバカ魔力が発動していたこと、ウチが死にそうで防衛機能が働いていなかった事が重なった結果だ。その上でアルビはウチを助けたいと思い、無我夢中でウチの人格と記憶をコピーしたのだろう。

 だとしても超絶偶然が重なった結果ではあるのだが。



「戦闘面でのメリットとしては、ハックすることによって相手の自我を消すことが出来る事だな」

「そうするとそれらの脳はクローン脳と同じ様なものになって、こっちの魔力を増大させてくれるデバイスとして使う事が出来るようになるんだよ」


 これが戦場で脳の奪い合いが行われる理由だ。昔だれかが唱えた糞理論 『魔力は脳を酷使する事によって生み出される。しかし酷使する脳は何も自分の物でなくても良い……ならば、他人の脳を奪って使ってやれば、効率よく魔力を行使できるじゃないか』 というものに基づく。



「ひどい、理由だね……」

「だが生きるため、敵国の狂兵士を殺すためには必要な力だ」


 戦争に突入する前には、こんな非人道的な戦術はあまり行われて無かったと聞く。犯罪防止のためにクローン脳を装備した警察や軍隊はいても、生きてる人間から脳を奪っていたのはマフィアなどを除けばはるか昔の宗教戦争時代だ。

 それが、今では再び行われている。グーバニアン共は民間人を殺して脳を回収し、魔力を強化する。マキナヴィスの軍人はそんなグーバニアンを殺し、彼らの脳と彼らが回収した脳を使用して魔力を強化する。



「何で奪った脳は背中にくっつけてるの?」

「携帯型の、小型の連結脳サーバーだなこれは。魔力には有効範囲があるから、常に体の近くに置いておく必要がある」

「脳連結サーバー?」

「アルビ見たことない? 町中に置かれてる脳の集合体」


 割と中身はグロくて好きです。はい。



「あーあれかー。あれ何だかあんまり知らないんだよね……」

「生活を豊かにするために作られた装置だな。複数の脳を連結して魔力の演算力を高め、通信に使用する」

「ウチ等がいつも気軽に調べものとかするでしょ? あれあれ。ネットとかいう名前で呼ばれてたりもするね。いろんな場所にサーバーが置かれてて、それぞれで思念魔力による通信をしてるんだ。ニュースとかも流れてくるし、ストックされてる情報にアクセスも可能だから、生活の必需品だわな」

「遠方の知人等と通信することも出来る。もちろん普通の思念魔力と同じでお互いが許可出した場合だが。……元々はグーバスクロとも通信出来たんだが、戦争と同時に国交が断絶されて今では通信不可能だ」


 戦争は唐突に始まったと聞く。グーバスクロに旅行や仕事に行っていたマキナヴィス国民は連絡不可。逆にこちらの国に滞在していたグーバスクロ国民は現在捕虜状態だとか。彼らに戦争の動機を聞いても、誰一人知らないらしいが。



「んで軍人てのはその小型版、具体的には4つの脳を連結してサーバーにし、自身の魔力を強化できる装置を背負ってるんだ」

「何で4つなの? 多ければ多いほどいいんじゃない?」

「それはその通りなんだが、一番の理由はカロリーだ。脳を保存するにもカロリー入りの培養液を使うが、魔力を行使すると急激にその量が減る。4つフル稼働させたら30分も持たないんじゃないか? もちろん途中で培養液を継ぎ足せば問題無いが、その際に隙も生まれる。効率よく立ち回れる最大数が4つなんだ」

「後はウチ等の背中の広さかな? 背負える量的に4つがちょうどいい」

「なるほどねー」


 ウチは戦闘時、アルビを杖みたいに持って戦うので、背中と合わせて5つの脳を装備した状態になる。……ただ肝心の自身の脳がポンコツなので、演算力はプラス0.3くらいなものだろう。



「だいたい分かった! ありがとう」

「うむ。ウチに感謝せよ」

「ありがとうエムジ」

「あれウチは!?」

「後半ほとんどエムジが説明してたじゃないか」


 だとしてもウチだってちゃんと説明したよ!? 扱い酷くない!?



「まぁ、シーエは特に役にはたってねぇわな」

「エムジまで酷い!! ウチはこれでも乙女なんだぞ! イケメンにそんな事言われたら傷つくぞ! 主に下半身の膜が!」

「傷ついて死ねって言いたかったが、最後の一言がキモ過ぎて俺が死にそう」


 それはそれで酷くないか? こんな美少女の膜の話題で。

 てか思いつきで言ったがウチに膜はあるのか? ……指突っ込んで確認したけど無かった。記憶をなくす前のウチは素敵なアバンチュールを経験していたのだろう。……自慰行為で無くした可能性も捨てきれないけど。


 ナチュラルに指をエムジの服で拭いたら思いっきり蹴られた。マーキングのつもりだったのにぃ。


 ……もしウチにアバンチュールの相手がいたとして、その人は今どうしてるんだ?

 思い出さなきゃいけない記憶……



「アルビ、お前この変態とよく一緒にいられるな。5年だったか?」


 ウチの葛藤をよそに、エムジは雑談を続ける。



「記憶を1ヶ月で失うっていうボク等の特性が、たぶんギリギリ共同生活を可能にしてる」

「あーなるほど」

「ア〇ル!?」


 今度は二人に蹴られた。エムジなんか魔力込めて蹴ってきたからえらい吹っ飛んだぞウチ。



「あ! あともう一つ! いや二つかな……? 何でボクがシーエを今でもコントロール出来てるのかがわからない」

「完全にコントロール出来てたら、こんな変態にはならないと思うが……」

「うおぉぉぉぉい!」


 これはウチも実はよくわかって無かったが、エムジが言うには自動化された思念魔力との事だ。ウチの脳はアルビのハック下にあるので、アルビが自由に動かすことが出来る。その上でアルビは自身の脳の中に入っているウチの人格と記憶を使って、ウチの体を動かしているのだが、それらを意識して行っているわけではないらしい。


 意識せずに自転車を漕げるのと同じで、慣れると魔力は無意識に行使出来るようになる。元々熟練が必要なハッキングという魔力を、火事場のバカ魔力だけでこなしたアルビだ。そのまま助けたかったウチの人格をウチの脳に植え付ける流れまでを、無意識にこなしたんだろうというお話し。以降ウチの脳をハックし続け、無意識にウチの人格を垂れ流し続けている。



「正直、最初にも言ったが俺はまだ半信半疑だ。そんな難しい技術を無意識に行っているなんてな。アルビはもしかしたら天才なんじゃないか?」

「え、えへへ。そうかな?」


 照れるアルビ。かわいい。



「んでもう一つは?」

「あ、ああ。最初の方に言ってた、リミッター解除の方法? まだ教えてもらって無い様な気がして」

「確かに……だが知っても訓練はしない方がいいぞ。脳を酷使する事になるからな」

「わかってる。単に聞きたいんだよね」


 ウチも聞きたい。実はウチはこれをノリで行っている。たぶんエムジがさっき言ってた自動化された思念魔力だ。

 記憶を失う前はしっかり訓練したんだろうが、先ほどのエムジの話の通り、慣れてくると無意識に魔力を行使出来るようになる。ウチは無意識にリミッターを解除できるっぽい。ただ解除したところでその脳はウチ本体の脳だから、演算力は大した事が無い。結局は敵から脳を奪わないと話にならない。



「リミッター解除は思念魔力の応用だ。他人じゃなくて、自身の脳をハックする」

「そんな事出来るんだ」

「これを発見して以降、技術の進歩は目まぐるしくなったらしいな。最も、各地で争いも増えた。他人の脳をハックする技術はリミッター解除が前提だからな」


 エムジは少し苦い顔をした後に、詳しく語りだした。



「脳は本来生きて行くうえで重要な信号を無意識に出している。これをハックして、色々改造する技術の一つにリミッター解除がある」

「リミッター解除以外にも色々あるってこと?」

「ああ」


 これはウチも知っている。最初の街でウチが行った痛覚の遮断がまさにそれだ。痛覚は本来生きて行く上で必要な情報だが、この信号を受け取らない様に脳をコントロールしてしまうのだ。これは手術等の医療行為でも行われているらしい。ちなみに止血は稼働魔力で血管を収縮させる事により行える。


 他にも筋力強化の信号を出して筋トレしてないのに必要な部位の筋肉を強化したり、視神経を強化してシャッター速度を上げ、世界をスローモーションに見せたりも出来る。



「リミッターは生きてく上での防衛機能の一つなんだが、思念魔力で自分の脳をハックしてしまえば、それを外せるんだ。とわ言え、それは具体的にどの部位にどう思念魔力をかければいいのかは口頭では説明しにくく、他者からやり方を魔力で直接送り込まれたとしても、正確に自分で同じ行動するには繊細な魔力コントロールが必要になる。失敗して変な部位の設定を変えたら最悪死ぬしな」

「怖! 軍人みんなそんな事やってるの!?」

「だから死者も、脳障害になる奴も少なくない。それだってのに昨今、軍人を志願する奴は後を絶たない」


 エムジが暗い表情をする。ウチもアルビも言葉を失ってしまった。

 それだけのリスクを冒して軍人を志願する理由。想像に難くない。



 ……復讐だ。



 エムジもそう。恐らく、ウチもそう。大切な人を戦争で殺された人が、復讐のために、残った大切な人を守るために軍人になるのだ。

 負のループ、まるで地獄だ。ウチらはただ、大切な人とずっと一緒にいたいだけなのに。


 二人が暗くなり黙り込んだのを見て、エムジはパンと手を叩く。右腕が金属なのでその音は少し鈍く響いた。



「以上、この話は終わりだ! 暗くなってても何も解決しない。出発に向けて前向きに準備しようぜ?」

「そう……だな。うん。そうだ! ウチも自慰グッズを沢山梱包せねば」

「「それはマジでいらないから今すぐ捨てていけ」」


 ウチの必需品なのにぃ。


 ともかく、アルビへの魔術レクチャーは終わり、ウチ等は準備を再開する。目指すはウチが記憶を無くした土地、ソマージュ。

 ウチの記憶に関して何か手掛かりがつかめると良いのだが。


 そして願わくば、その情報がズンコの復讐の役に立つことを。

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