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第二章 01話『出発』

「ここからソマージュに行くには、徒歩でスーディエス駅まで行き、汽車を乗り継いで2日って所だな」


 ズンコの昇葬から2日、旅の下準備を終えたエムジが荷物を背負いながら大まかな予定を確認する。

 今朝は快晴。絶好の旅立ち日和だ。



「おけおけ! でわソマージュに向けて、いざ出発!」

「何でシーエはそんなテンション高いんだよ……」

「イケメンが混じる旅だぜ!? ラッキースケベが発動しない訳がないだろう!」

「変な体制で転んで、相手の腹を開いちまう的なアレな」

「そんなラッキースケベ聞いたことも無いよ!?」


 開くのはスカートとか上着とかだろう! 内臓を見られて興奮する性癖はウチにはない。そういう人種がいるのは知ってるが、残念ながらウチはそうではない。

 ……あ、性器も内臓っちゃ内臓だからもしかしたら近い? 自身の内臓を晒して興奮出来る? ……訓練してみるのも悪く無いかもしれない。



「何考えてるか分からないけどボク寒気がして来たよ……」

「奇遇だなアルビ、俺も同感だ」

「こんな天気の良い朝に?」


 何か二人が失礼な事を言ってるが、とりあえずここで立ち話してても意味無いので出発しよう。そうしよう。


 じゃあね。ズンコのお店。エムジがいる限りウチらはズンコの事は忘れないから。ずっと記憶に入れて、旅に連れていくからね。



   * * *



「蒸気機関車ってのは、本当に性器の大発明だな」

「……字、違くなかった?」

「何のことやら」

「……」


 蒸気を吹きだしながら動く巨大な鉄の塊──汽車を見ながらアルビと雑談。しかしこのカッコイイフォルム、見てるだけでよだれが垂れるね。1ヶ月しか記憶に残らないのが惜しい。


 蒸気機関の発明は人類の生活に多大な恩恵をもたらしたらしい。それまで筋力と魔力だけで行っていた様々な作業が自動化され、人々の生活は豊かになった。今では生活のあらゆる場面に浸透し、小型の蒸気自動車や二輪車、洗濯機やアイロン等、無くてはならない技術になっている。

 こんな巨大な物が魔力も使わず石炭と水蒸気だけで動くってんだから考えた人は天才だな。


 元々脳以外を機械に変えたがるマキニト達はこの技術を喜んで布教し、今ではマキナヴィス全体が蒸気機関大国となっていると聞く。

 逆にグーバスクロは有機物を信仰しているので、多くの家が木造で、自然由来の建物が多いらしい。ただ末端の市民は便利な方に流れていく様で、ジワジワと蒸気機関が浸透して行ってたらしいが。



「かっけぇなー!」


 そんなうんちくも忘れて、ウチは目の前の機関車に夢中になっていた。特に車輪を動かす機構の部分。歯車がいくつもかみ合い、芸術とも思える美しさを醸し出している。


 こういう機械系の乗り物や重機は主に男の子の心をくすぐるらしいが、どうもウチはこの手の物が好きみたいだ。自分の左手に付いてる義手も、とてもかっこよく見える。ズンコがくれた、大切な義手。



「いつまで眺めてんだよ。さっさと乗らねぇか」


 エムジに催促され、自分たちの席に。これから汽車を乗り継いで2日、空港まで横にスライドする景色を見ながら過ごす。軽い旅行みたいだな、とウチは思った。



(ズンコにも、見せてあげたかったな)


 考えてもしょうがないのだろう。そもそもズンコは旅行とか好きか全くわからない。黙々と工房に籠って自分の体を改造してる方が好きかもしれない。

 でも、3年もいたのに、ウチはズンコとどこかに出かけた記憶が無い。記憶が無いのは当たり前として、日記にそんな記述も無いのだ。ズンコとは、あの武器商店でのやり取りしか無かった。



「ズンコの事を考えてるのか?」


 エムジが聞いてきた。ウチはそんなに解り易い顔をしていたのだろうか、最近エムジにもアルビにも思考を読まれまくってる気がする。



「ああ、ちょっとね……。一緒に連れてきてあげたかったなって、思って。まぁズンコ的には大きなお世話かもしれないけど」

「来てるさ。きっと」


 エムジがまた、優しい言葉を発する。ズンコの昇葬の時もそうだった。エムジは死者への優しさにあふれている。正確には、死者と仲の良かった取り残された生者への──



「こんなことを言うと、よく軍人仲間にはバカにされたんだが……俺は天国を信じてる。死んだ魂が、天国で幸せに暮らしていて、生きてる俺らを見守ってくれてるって」

「そう、だと、いいな……」


 ウチも天国はあって欲しいと思う。死者の魂がそこで幸せに……。そしていつかウチ等も死んでそっちに合流して、一緒に楽しく暮らすんだ。生きてる間にあった思い出話をしながら、今度こそ本当にお茶を飲みながら。

 でも天国がある保証はどこにもない。あると思いたい。あって欲しい。でも……



「あるんだ。俺はそう、信じてるんだ。信じきるんだ」


 エムジは窓の外を見ていた。大切な人を亡くしたと言っていたエムジ。彼の大切な人も、天国からエムジを見てくれているのだろうか。



「信じる。そう、信じるしかないよな」


 しょせん宗教なんて生きてる人のためにあるものだ。グーバスクロの宗教は知らないが、あちらにも天国や地獄の概念はあるのだろう。親しい人の死を受け入れられず、生きて行く希望が持てない人々。彼らが縋る思いで考え出したのが天国なんだろうと思う。死んだ魂は天に昇り、空からウチ等を見守っていてくれる。そう信じれば、また会えると信じられれば、残りの人生もやり過ごせるだろう。



「ボクも信じてるよ。天国。だからシーエ、あまり凹まないで」


 アルビだってつらいだろうに、ウチを励ましてくれる。ウチばっかりが暗い気持じゃいけないな。それこそ、ズンコだって悲しむだろう。


 スライドして行く景色はコロコロとその様相を変化させ、昼間の日光をウチらの座席に届ける。さわやかな風がウチの肌を撫でて……ズンコに元気づけられてる様な気になった。



 ウチは話題を変える目的もかねて、前から気になっていた事をエムジに聞いた。


「そういえばエムジ、最初に会った時に、ウチの事を知ってたみたいだよな? 日記に書いてあるんだけど…。あれはどういう事なん?」

「いや、あれはマジで気のせいだ。変に混乱させてしまって申し訳無かったな」


 ごまかされた──素直にそう感じた。エムジ側の視点ならその言い訳で問題ないのだろうが、それだとウチの気持ちの説明がつかない。

 汽車での移動は2日ある。折角だからこの辺の情報を掘り下げておきたい。



(ズンコの葬儀の際は、そんな事聞く気持ちでもなかったからな……)


 また暗い思考に入る前に、ウチはエムジに質問をぶつける。


「ぶっちゃけ、ウチは出会った瞬間からエムジの事が好きだったんだよ」

「キモ」

「ひどくない!?」


 即答でキモて! キモて!!



「いやこれはまじめな話! 顔見た瞬間からドキドキが止まらなくてだな」

「何その一目ぼれした乙女みたいセリフ。ドン引きだわ。まぁ俺は? 多少は? 顔に自信があるが??」


 少しドヤ顔なのが腹立つ。つーか顔なんて細胞の成長調整をしてやれば誰だって自分好みに出来るじゃないか! グーバニアンがその最たるものだろ、成長の方向性を変えて腕増やしたり足増やしたり、化け物なってるやん!



「ちゃかすな! ウチはたぶんエムジに会ったことがあるんだよ!」

「えぇ……」

「何で引くかね!?」

「そうなの? シーエ」


 あ、この情報はそういえばアルビには共有してなかったか。



「そうなんだよ。今となっては日記に書いてある情報だけど……ウチ、エムジを一目見て惚れたらしい。ウチは誰とでも性的関係は築きたいと思うけど、これまで人に惚れた事はなかったから、多分記憶を失う前に会った人物なんじゃないかと……」

「誰とでも性的関係を築きたいヤツに惚れられるとか、迷惑にもほどがある」

「そこはウチの性癖じゃんか! 許してや! ぶっちゃけ本番よりも前戯が好きだし、本番も前より後ろの方が好きだけど! たぶん」

「うわぁ……。俺この汽車降りて帰る」

「お前が帰ったらソマージュ行けねぇよ!!」


 ウチは真剣な話をしてるつもりが、どうしてもエムジによってただの雑談になってしまう。こんな会話の時、普通ならアルビもウチを攻撃してくるのだが、横を見たら意外と真剣な顔でうーんと言いながら悩んでいた。



「アルビ?」

「あ、ごめん。シーエをボクから離しても大丈夫な方法を考えてた」

「おいぃぃぃぃぃ!!」


 全然真剣に悩んでくれてなかったよ!



「いっそのこと窓から捨てればアルビだけ解放されていいんじゃね?」

「おー」

「おーじゃないし! ウチ死ぬし!!」


 つーか本筋から外れまくってる! ウチはエムジとの過去について聞きたいんだ!!



「エムジ! マジな話、どうなんだよ? ウチに会ったことは無いのか?」

「……」


 エムジはしばらく考え込んだ後、口を開いた。



「真面目に答えると、似てたんだ。知り合いに。ただ、しばらく一緒にいたら別人だとわかった。似てるだけだったよ」

「ウチに記憶が無くてもか? 記憶を無くす前は知り合いだったかもよ?」

「それも薄いな。性格も違うし……正直人違いだったから、この話はあまり掘り下げないでくれると有り難い」

「前に言ってた大切な人と、関係があるのか」

「そうだ。すまん……」

「いや……」


 そう言われてしまっては、ウチはこれ以上突っ込むことは出来ない。まだゴキブリの髪飾りの件も聞けてないが、エムジがいずれ話してくれるのを待つしかないだろう。

 ウチの記憶をひも解く手掛かりは、目的地ソマージュにもあることだろうし。



   * * *



 2日後の昼、ウチらはキャド空港に到着した。本日は多少の曇り空。

 この2日、正直真面目な話は最初の方だけで、あとは3人でずっとワイワイ騒いでた気がする。エムジとはズンコの件も含めて1ヶ月強一緒にいるが、日を追うごとにすんなり話せる様になってきて、なんつーか、めっちゃ楽しい。


 奴は結構Sみたいで、よくウチをいじる。アルビも便乗していじってくるから、ウチはいつも不利になる……。ただそんな関係も結構楽しく、多分ウチはMなんだろうとこの旅で知ることになった。露出狂だけではなかったウチの性癖が明らかに!


 ま、いじるって言っても性的にはいじってくれないので欲求不満ではあります。自慰も出来ないしね。あ、個室が無いからとか、見られて恥ずかしいから出来なかったとかじゃないよ? 堂々と車内でしようとしたら本気で殺されそうになったから自重しただけです。


 ともかく、無事空港に着いた。この空港からは大小入り交えた旅客機が飛び立っており、目的地ソマージュまでの便もあるとの事。

 ウチ等が乗るソマージュ行きの飛行機は中型の旅客機で、飛行時間は23時間程らしい。巨大なプロペラが4つ付いた鋼の翼は、魂を揺さぶるものがある。

 パイロット2人を除き、乗客の定員数は10人。アルビは料金は取られるが質量が軽いので1人にカウントされなかった。カウントしないなら料金も取るなや。



「じゃ、乗るか」


 エムジに導かれ、ウチ等は旅客機の中へ。エムジと隣の席になりちょっとドキドキする。汽車では隣にアルビで向にエムジだったからな。それはそれで顔をじっくり見れて嬉しかったけど。

 手とか握れないかなとかピンクの思考をしてたら、エムジが露骨に手を引っ込めた。コンチクショウ。


 ウチの左に座るエムジ。詳しい経緯は知らないが、エムジの右手は義手だった。恐らく戦場で傷ついたのだろう。ウチの左手も義手。ズンコからもらった、大切な義手。

 左右対称みたいなウチ等の容姿に、ウチは勝手にトキメキを感じていて──。ズンコにもらった手でエムジの義手を握れたら……。何が変わるわけでもないんだろうけど、そしたらウチは、少し温かみを感じることが出来る気がした。無機物の腕を通して、ズンコがウチとエムジを結んでくれる。そんな気が。



(全く、乙女みたいだな今のウチは。絶対そんなウブな性格じゃないだろうに)


 ピンクの思考全開な脳に、自分でもあきれる。正確にはアルビの脳に入った人格がウチを動かしてるんだけど。ん? という事はアルビの脳がピンクってことか。うむ。ウチは悪く無い。


 なんとなくドヤ顔でアルビを見たら睨まれた。その目には「どうせろくでもない事考えてるだろ」と書いてあった。正解です。



『皆様こんにちは。本日はカルプト航空132便をご利用下さいましてありがとうございます。皆様のお手荷物は上の棚などしっかりと固定される場所にお入れ下さい』


 機内アナウンスがかかり、いよいよ離陸の体制に入った。当たり前だが、ウチには飛行機に乗った記憶は無い。日記にも書かれてないので、記憶を失ってから空を飛ぶのは初めてだ。めっちゃ楽しみ。


 飛行機は無事離陸した。地面から解き放たれる感覚は文章にしづらく、この経験を忘れてしまうのはもったいないと思う。日記にしか書けないからしょうがないけど。

 となりのエムジをみたら、思いのほかワクワクした顔をしている。かわいいなお前! 顔が渋いからめっちゃ年上だと勝手に思ってたけど、日常会話でも悪乗り良くするし、面白そうな事は首突っ込んでくるし、意外と少年の心を失ってない男なのかもしれない。ヤバイ好感度上がる。


 飛行機が雲の上に出る。今までの曇り空が嘘のように日光が降り注ぎ、ウチは思わず目を細めた。嘘の様にって、曇り空の上に出たんだから日差しを遮るものが無いのは当たり前なんだけどさ。

 理論的には解るけど、経験として味わうととてつもない感動がある。



「速っいなぁ!!」

「汽車とは比べ物にならない速度だよな。凄まじい発明だよ」


 ウチとエムジはテンション高めだ。エムジがウチの会話を茶化さないなんて珍しい。


「何がどうやったら金属の塊を飛ばそうって思考になったのかね? 魔力も使わず」

「鳥が飛んでるから行けるだろ、みたいな感じだったのかね?」

「脳筋すぎるだろ。いくら脳を信仰してる国だからって」

「二人共何でこんな綺麗な景色を前にどうでもいい話してるの?!」

「「どうでもよく無いだろ!」」

「えぇ……」


 本当にめずらしくエムジと意見が合う。エムジもこういうの好きなんだな。うむ、男の子。

 でもアルビが言う事ももっともだ。窓の外には綺麗な景色が広がっている。さっき突破したばかりの雲はもうはるか下方に移動してて──空が近い。



(天国って、空にあるのかな?)


 何か漠然と高いところにあるイメージがあるけど……昇葬だって上に昇ってるワケだし。



(このままずっと昇って行けば、ズンコに会えたりしないかな?)


 流石にそれは都合がよすぎるか。そんな事になったら皆飛行機で天に昇りまくってしまうだろう。でも──



(日常の様々なイベントで、ズンコの事を想えるのは良い事だよな)


 汽車にしても飛行機にしても、全てのイベントが死者への想いと結びついている。この気持ちがある限り、ズンコはウチの中から消えたりしない。ずっと存在してくれてる。



 そんなウキウキ&哀愁漂う気分で空の旅を味わって数分、完全に離陸してしばらく飛行したあたりで、ウチは両足に違和感を感じた。

 ずっと席に座っていると血流が悪くなり、モゾモゾと動きたくなるものだ。丁度そんなタイミングが来て、ウチは腰を目いっぱい座席からずりさげ、超行儀の悪い体制で両足をうーんと伸ばしていた。



 その両足が、無い。膝の少し上あたりから、無い。遅れて鋭い痛みが襲ってきて──



 直後。


 ガガガガという金属の割れる音と、隙間から入ってきた風の轟という爆音と共に、ウチらの乗っていた旅客機は真っ二つに割れた。


(な!?)


 二つに割れた旅客機は地面に落ちて行った。切断されたときに一緒に切れたであろう、ウチの両足と共に。

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