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第二章 15話『託された想い』

 橙子と名乗った純白のグーバニアンは、セロルという植物のグーバニアンとズンコとの顛末をウチに語った。



『ワタクシが知ってるのは、セロルティアさん、味方の戦士から思念で聞いた情報だけですわ。ズンコさんはあなたを守ろうと、戦って、亡くなったと。それ以外の詳しいズンコさんのいきさつは、ごめんなさい。存じ上げませんわ』


 ズンコは相手がグーバニアンだと解ると、頑なに情報の提供を拒否したそうだ。そして最期は……自殺したらしい。恐らく、ウチの為に。友達だと言ってくれた、ウチのために。



『その後セロルティアさんは付近で自爆テロを行いました。本来は先の自爆テロで混乱した周辺住民と付近の武器開発企業を強襲、殺害するのが目的でしたが……、ズンコさんに予想外のダメージを負わされてしまい、戦闘続行が不可と判断したみたいです』


 セロルティアと呼ばれたグーバニアンは任務を決行中に詩絵美、つまりウチと思われる後姿を見つけ、追おうと思ったが見失ったらしい。その後、ウチが出て来た店、つまりズンコの店に入って情報を得ようとしたとの事だ。



『なのでズンコさんのお店から火薬等の必要な材料をもらい、即席で作った爆弾で近くで爆死したのです。ワタクシは思念通信でその一部始終を聞いておりました』


 橙子は語る。セロルは、白髪の女性がまだ詩絵美とは断定できないが、もし生きていたとして、詩絵美の友達を殺してしまったら詩絵美が悲しむだろうと思い、事故死に見せかけるため店内の争いの痕跡を消し、自爆した、と。



『その時点では、ワタクシは詩絵美さんが生きてるとは思えなかったですが……記憶を失って生きていたのですね。後に現場確認に向かったワタクシが、たまたま近くでズンコさんの頭部を発見したので……もし詩絵美さんが生きていた時のために、髪飾りだけでも回収しておいたのです』


 ウチは詩絵美時代からフナムシの髪飾りをしてたらしく、似た形状の虫の髪飾りに思う所があったらしい。

 それが今、目の前に。



 セロルという植物のグーバニアンはズンコを殺してしまった事を苦しく思っていたらしい。ウチの友人だから。

 結果は自殺だったが、結局あの後どうあがいてもズンコを殺してはいたみたいだ。友達の大切な人を殺す。それに苦しみを覚えるのに、止めるという選択肢は無い。はは、相変わらずの狂いっぷりだな。



『ワタクシはセロルさんの意思を継ぎ、詩絵美さんを、アナタを探しておりました。もちろん、ワタクシ自身もあなたが生きてるとは半信半疑でしたし、探すにも手掛かりがなさ過ぎて、どうしようもありませんでしたけど……』


 橙子がズンコの店のあった地域、スーディエスに到着したのは、自爆テロの1ヵ月後だったそうだ。丁度、ウチ等は入れ違いになった形だった。その橙子がズンコの頭を見つけられたんだから、もっとよく探してればウチも見つけられたかもしれないけど……ただあの時は昇葬に集中していて、それ以外は街の復旧の手伝いをしてたと日記に書いてあるから、くまなく探す暇はなかったのだろう。



『せ……グーバニアンとしての任務をこなしてはいましがた、ワタクシは詩絵美さんがいない戦場とわかると姿をくらます日々を送っておりました。セロルさんが見た後姿はマキナヴィス軍人の脳収容ユニットをしてたと聞いてましたので、戦場に現れるだろうと……』



 グーバニアンらしくないでしょう? と橙子は笑った。



『ワタクシだって本当は、マキナヴィスの軍人に突撃して早く死にたかったですけど……。でも出会えて、良かった。今日まで生き続けてて、良かった……』



 そうか。グーバニアンは、死にたいと思ってるから不利な状況でも突撃してくるのか。自分の命を顧みない行動を、マキナヴィスの人々は狂っていると評しているが……本当は、顧みないのではない。死にたかったのだ。だから、あんな無茶を……。



 ──それくらいの罰で、許される罪とは思って無い。



 キーワードはこれだろう。依然真の目的は不明だが、皆罪とわかってて、人殺しなんかしたくないのに、している。無頭の女性の姉は死に際にほほ笑んだと書いてあった。妹は姉を殺してくれてありがとうと言っていたらしい。その他にも、6年間で戦った相手に、似た様なグーバニアンは多数存在した。皆、死の瞬間にホッとしたような表情をするのだ。


 話に出て来たセロルも、ズンコへの慈愛にあふれていた。殺そうとしたのに……。何が、彼らをそうさせているのか。



『彼女、ズンコさんの想いは、あなたに伝えないと……いけないと……思いまして……これから、まだ生きて行く、あなたには……』


 橙子の思念がだんだんと弱くなる。散々痛めつけたからか、そろそろ死が近いのだろう。無理やり延命させる事も出来るが、ズンコの件を聞いて、ウチの心はこの純白のグーバニアンをどうしてやりたいのか解らなくなってしまっていた。

 なにより、殺してあげたいという優しさ。これがさっきから常に邪魔をする。その理由まで少し解ってしまった。皆死にたいから、殺してあげたいんだ。

 合理的に考えればもっと延命して拷問して、可能な限り情報を得るべきなのに。



『これから大変でしょうけど、シーエさん、どうか幸せに。後は頼みましたわ。亜瑠美さん』


 橙子はアルビの方を見て、優しく微笑む。



吏人りひと、ようやく、ワタクシも、そちらに……』


 そう言って、遥か彼方を見ながら、純白のグーバニアンは、とても安らかな顔で旅立った。



 ……



「う……」


「シーエ?」


「う、ううう。うああああああ!!!」


 緊張の糸が、切れた。様々な感情がぐちゃぐちゃになり、言葉にできず、ただ叫び声となって口から吐き出される。



「大丈夫!? 大丈夫シーエ!!」


 ズンコが大好きで、エムジが大好きで、何故か目の前で死んでるグーバニアンも、橙子も憎めなくて、敵かもしれないのにアルビも大好きで、でもウチはウチの事が大嫌いで、皆に申し訳無くて、特にエムジに、エムジに、エムジに……


 ウチは何者なんだ。ウチは確実にコイツ等の仲間で、グーバニアンだったのだろう。エムジの街に行ったのはウチ一人。ならエムジの母を殺したのも自分だ。



「ぐふぅ!」


 胃の内容物を吐き出す。ウチには今口は無いので、喉元の食道から内容物があふれ出し、服を汚していく。



「シーエ!」


 アルビが魔力で背中をさすってくれる。体は楽になるが、心は一向に楽にならない。アルビに介抱されるのも、暖かく優しい気持ちと、敵のくせに、今まで隠していたくせにという怒りとが混ざり合って訳が解らなくなる。


 ウチが、エムジの大事な人を奪った。その結果、エムジは復讐に燃え、今の様な人生を送っている。

 ウチが、ウチが壊した。エムジの幸せを。人生を。こんなに大好きな人なのに。ウチが……


 そして、そんなクソ野郎を、ズンコは命を懸けて守った。守ってしまった。



「あや、まら、なきゃ……」


 さっきまで冷静だった思考が、ダムが決壊したみたいにぐちゃぐっちゃになる。



 エムジが最初にウチに会った時、自分と会った事は無いかと言ってたのも納得だ。母親の敵の顔だ。忘れる訳がない。

 なら何故、さっさとウチを殺さずに一緒に旅をしたのか。エムジの目的は何なんだ。



「エムジ、エムジぃ」


 会いたい。会って謝りたい。その上で、エムジに殺されたい。



「あ……!」


 ふと、ある閃きが。いやこれは、単純な事実に気が付いただけだけど。


 エムジは自分の母が目の前で殺され、脳を取られるシーンを見ていたという。

 ウチがあの街で回収した脳は4つ。最初の女性、父と息子の親子二人、そして、その辺に倒れていた男性。

 つまり、女性は一人だけ。最初に解体した首は、エムジの母親だったのだ。ということはだ、今目の前にいるこの脳みそは、ウチと長年一緒に旅をして来たこの動く脳みそ、アルビは……



「シーエ。色々聞きたい事はあるだろうけど、これだけは信用して。ボクは、シーエの味方だよ」


 アルビはいったい何者なのか、橙子の話から、確実にグーバニアンの仲間だ。でもドロマイトには行って無い。行ったのはウチ一人と橙子は言ってた。何でエムジの母親の脳みそに、アルビの人格が入っている? ウチの人格が入っている?



 それとは別に、気がついた事が……



 そうか。そうだったのか。ウチがエムジを一目見て好きになった理由、わかっちゃった。

 ウチとアルビを動かしてるのはエムジの母親の脳みそなんだ。これは恐らく間違い無い。人格は何らかの理由で上書きされてアルビが入ったのだろうが、人格や記憶のコピーはとても難しく成功率が極端に低い思念魔術だ。ウチやアルビの人格に、エムジの母親の人格が混ざっていても何ら違和感は無い。


 母性だ。これは、母性だ。我が子であるエムジを、無条件で愛してしまう本能だ。

 だからウチもアルビも、エムジが大好きだったんだ。命がけで守りたいと、思ってしまう程に。


 アルビを見る。アルビは黙ってウチを見ている。



「アルビ、聞きたい事が、山ほどあって……」


「待って、シーエ。周りを」



 橙子との戦闘で破壊された家屋。既に部屋と呼べるものでは無く、壁が破壊され外の景色が映し出されている。



 ──そしてその周りには、多数のグーバニアンが集まりつつあった。





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